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第八話 隔離生活の29日目、予想外の叙勲式

 29日目、午前9時58分。


 池が毎日医師の診察を受ける時刻である午前10時ちょうどまで、あと2分だ。池は早々に身支度を整え、ベッドにじっと座って医師の到着を待っている。


 囚人の生活にすっかり慣れ、条件反射が身についてしまった池は、「廊下から聞こえてくる足音だけで、誰が歩いているかを判断できる」という、一見すごいけれど、実際の日常生活ではあまり役に立たない特殊能力を習得してしまった。毎日診察に来てくれる主治医と看護師2人の場合、3人いるにもかかわらず足音は乱れておらず、むしろ歩調は穏やかで整然としており、足音も澄み切っている。これは彼らが履いている厚底靴のおかげだろう。教授の場合、足音は比較的小さく、歩調もやや緩やかで、中高齢の教授らしい落ち着いたイメージにぴったりだ。


 池が最も予想外だったのは、入り口で自分を監視している警備員たちが、歩く時に全く足音がしないことだった……それもそのはず、警備員たちが履いているのは特殊な防音素材で作られた戦闘用ブーツで、靴底が地面に触れるたびに生じるあらゆる振動を消し去り、どんな表面を歩いても全く音を立てない。というわけで、足音によって居場所がバレる可能性を完全に排除でき、いかにも軍用レベルの標準装備だ。とはいえ、警備員たちの足音が聞こえなくても、池は彼らから圧迫感に満ちた強烈な気配を感じ取ることができた。その気配が消えれば、それは警備員たちが退勤したことを意味する。


 毎日の定例検査は、誰にとってもごく当たり前のことのはずだが、今日はいつもと少し違うようだ――もうすぐ検査の時間だというのに、廊下の向こうから医師や看護師の足音が聞こえてこないし、警備員の気配も感じられない。周囲は静まり返り、まるで外界から完全に隔絶されたかのようで、その静寂は、池に自分が宇宙の真空空間にいるのではないかと錯覚させるほどだ。


 池はベッドから身を翻して起き上がり、足音を立てずに隔離室のドア脇にあるガラス窓まで歩み寄り、ちらっと病室の外を見た。案の定、病室の周囲には人影一つなかった。窓から見える、病室とつながっている廊下の一つは、毎日診察にやってくる医師が必ず通る道だが、今はがらんとしており、その先にある扉は固く閉ざされ、開かれる気配は微塵もない。


「もう10時を過ぎているのに、医者は今日、なんと遅刻しているとは。警備員さえ入り口にいない。まさか、彼らはついに私の体内に潜む怪物の正体に気づいて、私を見殺しにするつもりなのだろうか?」


 池はのろのろとベッドに戻り、座り込んだ。全世界に見捨てられる運命を受け入れる覚悟を決めたのだ。


「これでいい。これまでずっと迷ったり、躊躇したりしていたが、これでやっと決心をつけられる。思い切って自滅しよう……」


 池が絶望の深淵に沈んでいたその時、病室の外の遠くから足音が聞こえてきた。それは池がこれまで、かなり聞き慣れない足音だった。その歩みは力強く、一歩踏み出すたびに山野に響き渡る山びこのような反響を伴っていた。この点からだけでも、この人物が履いている靴が間違いなく高級ブランド品であることは判断できた。しかし、次第に近づいてくるその響き渡る足音は、池に不安を抱かせた。まるで身長は数百メートルの巨人が歩く時に引き起こすような、地が揺れ山が震えるほどの騒音が、池の鼓膜に激しい振動を走らせた。これほど気品高い足音を響かせる人物の身元は、間違いなく並大抵のものではない。しかも、一人ではないようだ?


「全然聞いたことのない足音……ひょっとして俺を始末しに来た奴か? 誰だって構わない。どうせ、そんなつまんないことを推測する気もない。さっさと終わらせてくれればいい。」


 足音がどんどん近づいてくるにつれ、池の鼓膜に伝わる振動はますます激しくなり、今にも鼓膜を破りそうだ。池は苦しそうに両耳を押さえ、目を固く閉じ、歯を食いしばって焦燥感を必死に抑えながら、心の中で繰り返し呟いている。


「俺を殺しに来た奴だ……俺を殺しに来た奴だ……間違いなく俺を殺しに来た奴だ……つらい……誰でもいいから、早く俺を解放してくれ!!!」


 ついに足音が止んだ。それは、彼らが病室の入り口に立っていることを意味している。「ピッ」というロックが解除される音が聞こえ、分厚い隔離用ドアがゆっくりと開いた。


「とうとうこの時が来た……」


 死期が差し迫っていると思い込んでいた池は、最後にもう一度勇気を振り絞り、上下のまぶたがくっつきそうになるほどぎゅっと閉じていた目を開き、入り口に立つ人物を頭からつま先までじっくりと観察すると、信じられないという驚きの声を上げた———


「下……下田?マジで、お前なのか???」


 如何にも、今、入り口に立っているのは、まさしく虎視島宇宙センター総指揮官の下田勝聡と、彼の秘書だった。


「失礼極まりない!敬礼をして『長官』と呼べ!せっかく長官がご多忙の中、ご自分のお時間を割いてあげて、お見舞いにいらっしゃいましたのに……」と、秘書は厳しい口調で、あたふた池を叱りつけた。下田が手を振って合図すると、秘書はそれ以上何も言わなかった。

「第3編隊、番号10510の安達池さん、おはよう。我が身元はお分かりだろうから、自己紹介は省ける。入隊式以来、会うのはこれが初めてだな。」


 池はまだ少し信じられない気持ちでいる。ただ自分を殺すために誰かを送り込むだけのことだ。そんな単純なことに、総司令官が自ら出向く必要などあるだろうか? ひょっとして、これは何らかの最高規格の処刑式というのか?そう考えると、自分も死を全うできるような気がする。そんな疑問を抱きながら、池は心ここにあらずという面持ちで、下田を一瞥もしないまま、冷たく尋ねた———


「私という『怪物』を始末しに来られたのですか? わざわざお手を煩わす必要はありません。誰かを派遣する必要すらありません。自ら命を絶てばいいのですから……」

 

 下田は解せない顔をしており、その表情が本当に池の言っていることが理解できないというか、わざとそうしているというか。


「誤解しているようだ、安達君。なぜそう思うのか?もし本当にそんなことをしに来たら、秘書一人だけ連れてくるのではなく、緊急対策班を何人か連れてくるはずだ。もちろん、最初から最後まで、私を含め誰もそんな危険な考えなど抱いていない。心配しすぎる必要はない。」

「一体何を企んでいるのか……じゃ、説明していただけますか。口封じのために来たのではないのなら、今日ここへ来られた目的は何でしょうか?」

「長官に対する態度を改めろ!長官はただ善意を持って、良い知らせを伝えるためにわざわざここへ来ていらっしゃったのです!」


 下田の秘書は、池の冷淡で無礼な態度に我慢の限界に達し、再び池に向かって大声で叱りつけた。一方、下田は気にも留めず、秘書に落ち着くようにもう一度合図を送った。


「良い知らせって?」


 池は相変わらず顔を上げないままでいる一方で、生存本能に駆られたのか、とっくに生気を失い、虚ろな瞳の奥に、かすかな光がちらりと見えた。


「我が秘書の言った通りだ、安達君。今日ここに来たのは、上層部の決定を直に君に伝えるためだ。上層部はかねてより君のことを深く案じており、将来有望な宇宙飛行士を失いたくないと考えている。現在の状況を見る限り、君はこの危機を無事に乗り越えたようだ。上層部はそれを大変喜ばしく思っている……」

「上層部のことはどうでもいいので、早く本題に入っていただけませんか?」

「焦らないで、これから本題に入るところなんだ 。」と、下田は少し間を置き、咳払いをしながら口調を整え、そして池に上層部の最終決定を伝えた――


「よって、上層部の決定により、明日、つまり5月18日で、今回の1か月にわたる医療監護期間は満了となる。明日の午前10時ちょうどをもって、君に対する医療監護は正式に解除され、延長は行われない。明日には帰宅できるぞ、安達君。」


 下田の言葉が終わるやいなや、池は感電したかのように、即座に顔を上げ、血走った両目を目玉が飛び出しそうなほど見開き、驚愕の眼差しで下田をじっと見つめた。やっと自由を取り戻せるのか? やっと暗闇から抜け出すのか?やっと、心待ちにしていた家族の元へ戻れるのか?幸せがあまりにも突然訪れたため、池は一瞬、何を言えばいいのか分からなくなった。


「長、長官……う、噓……冗談でしょう? 本当に私を解放してくださるのですか?」

「もちろん、安達君が健康で何の問題もない以上、誰にも君をここに留めておく理由はないだろう。安達君の身の安全を案じてのことではあったが、この間、安達君には確かにご迷惑をおかけしてしまった。ここで上司を代表してお詫びさせていただく。その埋め合わせとして、我々は安達君に多額の慰謝料を支給してあげて、さらに1ヶ月間の有給休暇を与えることにした。給与は通常の3倍とする。この期間を利用して、しっかりと休養をとってほしい。のみならず宇宙空間において危険を物ともせず果敢に突き進んだ探求精神を称え、破格の待遇として『探求の眼・サファイア勲章』を授与することにした。」


 すると、秘書は手袋をはめた手で華やかな彫刻が施された箱を取り出した。蓋を開けると、そこには極めて精巧に作られた勲章があった。純銀の縁取りが手作業で施され、中央には傷一つなく、青空のように澄んだサファイアが入っており、日光の下で魅惑的な輝きを放っていた。


 この報酬は実に魅力的だ。一ヶ月も家で寝転がっているだけで大金を稼げる(口止め料の感じだが)のはさておき、最高位の「陽の心勲章」に次ぐ「探求の眼勲章」まで授与されるとは。これは、たった1年のキャリアしか積んでいない新人宇宙飛行士が受ける資格などない栄誉だ。宇宙で十数年から数十年年もの間漂流し続けたベテラン宇宙飛行士でさえ、一生この勲章を手に入れられないかもしれない。それゆえ、これは宇宙界において手が届きがたい栄誉を象徴している。今、その慣例を破って自分に授与されるなんて、伊達にあのガンマ線バーストを浴びたわけではないな!


 しかし、この目もくらむような報酬を前にしても、池は少しも光栄に思う様子を見せず、むしろ異様に冷静な顔をして、胸に手を当てながら、ずっと気になっていた質問を投げかけた。


「この勲章を授与してくださって、この上ない光栄に存じます。しかし、しかし、私の体には何か変化が起きているのではないでしょうか?リチャード先生も、私の体には『全く新しい変化』が現れたなどとおっしゃっていましたが、それが一体何を意味するのか、今でも分かりません……長官も他の研究者たちも、とても興味をお持ちではありませんか?このまま私を解放してくれるって、私の体をこれ以上研究し続けたいと思わないのですか?万が一、この変化が他の人々を危険な目に遭わせることになったら、どうなさるおつもりですか?」

  「正直なところ、安達君は実に細やかな配慮をしてくれている。そういうことにはとても感心した。それこそが、これから私が話そうとすることだ。日常生活に戻った後も、いくつか注意すべき点があるので、安達君には協力してもらいたい。」


 自由を取り戻すにはやはり条件がついている。ただで得をするような話などあり得ない。だが今回は、すでに教訓を得た池は、かつて入社契約を結んだ時の、世間知らずで無邪気だった自分のように、何も見ず、聞かず、考えもせず、相手の条件をすべて無批判に受け入れるようなことは決して二度としない。いつの日か、それらの条件が、自分の人生の道を塞ぎ、乗り越えられない障害となるかもしれないからだ。


「さあ、外に出た後、私に何をしてほしいのですか?」

「安達君にとって、これは難しいことではない。まず、定期的に虎視島に戻り、全面的な健康診断と遺伝子解析を受けねばならない。それによって、体に他の突然変異が生じるかどうか、またがんなどの病気にかかる可能性といった長期的な影響があるかどうかを明らかにするのだ。このプロセスは、基地の専門家たちが行うのではなく、世界の主要な大国にある最先端の生物学研究機関、大手多国籍製薬企業、そして政府に雇用された一流の医学者たちで構成される合同研究組織が担当することになる。つまり、君は彼らに自分のすべての生物情報を共有しないといけないのだ。」


 この条件は、厳しいとは言えないかといって、「厳しくない」と言われると、池は心底嫌味を感じた。結局のところ、たとえ外に出られても、また自分が実験動物のように扱われたり、正体不明の連中に体を好き勝手にいじられたりすることを断る権利すらないのだから。


「現時点では、毎月15日と月末にそれぞれ1回ずつ検査を行う予定だが、継続期間は未定だ。つまり、安達君は毎月少なくとも2回の検査を受けなければならないということだ。ああ、言い忘れていたが、もちろん君の指導教員であるリチャード教授にもこの研究組織に参加してもらう。何しろ教授は業界の第一人者だからな。」


 先生もこの組織の一員になるのか……少なくとも、このわけのわからない連中の中に、本当に自分を大切にしてくれる人がいると思うと、池は少しばかり安堵した。


「分かりました。他の『注意点』はありますか?」

「それに加えて、休暇終了後は、健康診断を受ける必要性と君の体調管理のため、宇宙へ赴く任務や探査活動の割り当てを無期限に中止とすること。君は地上勤務グループに配属され、基地の日常任務や宇宙データの分析を担当することになる。これについて異論はないだろう、安達君?」


 これは、池が宇宙へ飛び立つ権利を容赦なく奪うことに等しい。そうなると、池が長年追い求めてきた宇宙への夢は、実現してからわずか1年余りで、うたかたの夢のごとく、果てしない宇宙の中に消え去ってしまうことになる。池にしてみれば、これは死と同じ意味だ。この夢を実現するために費やしたすべての苦労は、全部無駄になってしまうのではないか?


「君にとって、このことをすぐに受け入れるのは難しいかもしれないが、この決定もやむを得ないものなのだ。宇宙任務を無期限に一切中止とするとはいえ、例えば、一定の期間を経て、安達君の状態が変わらずに安定したとしたら、状況次第で宇宙への飛行活動を再開できなくもない。チャンスはまだ沢山あるのだ。どうか落ち着かないでほしい。」


 これは絶対に受け入れられない屈辱的な条約であり、考えるまでもなく、これに対する唯一の答えは「そんな理不尽な要求は断固として拒否させてもらう!」に他ならない。ちょうど口を開いて断ろうとした瞬間、池より一足先に、下田が口を開いた。


「もしどうしても我が指示に従う気がないというのなら、上層部に報告するしかない。安達君の健康のために、上層部は間違いなく、契約書の『健康安全条項』第2条第1項に基づき、ここでの医療監護を延長しろという命令を下すだろう。彼らにはそうする権限がある。そうなれば、この日も空も見えない生活はいつまで続くか分からない。まあ、安達君はとても賢い天才なのだから、どっちを選択すべきか分かってるはずだろう?」


 またしても下田の常套手段———卑劣で悪辣な脅しだ。池が相手の条件を黙って受け入れるはずはないとはいえ、目の前にある二つの選択肢のうち、どちらを選ぶべきかは、目が見えなくても分かるほど明白だった。宇宙に戻れないなんてことは、きっと一時的なものに過ぎない。この牢獄から脱出できれば、自分の体が長く健康を保てさえすれば、いつの日か再び宇宙飛行士として、果てしなく広がる美しい星空へと足を踏み入れることができるだろう。だが、このままここに閉じ込められ続ければ、死の瞬間まで二度と宇宙を見ることはできないという結末しか待っていない。


 そう、自由が欲しい! 自由に生きてこそ、自由に探求でき、自分が希求する目標を思う存分追い求められ、人生にも無限の可能性が広がるのだ!


「考える必要はない。条件を全部受け入れるから。早く賠償金を私の銀行口座に振り込んでくれ。」


 池は躊躇なく下田に返事をし、しかも金に関する後半の言葉をわざと声を大きくして言った。自由はかけがえのないものだが、お金もなかなか大事だろう。世の中に、自分の金が多すぎるなんて思う人間などいないはずだ。


「よくもそんな言い方を......この無礼者め......」と、秘書は池を叱責しようとした矢先に、下田はカジュアルな口調で応答した。

「安達君がこんなに快く応じてくれるとは思いもしなかった。これでお互いも手間を省ける。だけと、そんなに急がなくてもいい。まずは、この勲章を授与させてほしい。」


 下田は箱から慎重に勲章を取り出し、恭しく池のそばへ歩み寄ってから、身を屈めて自らの手で「探求の眼」という勲章を池の胸元に掛け、さらに池の病服の襟を丁寧に整えてあげた。場面からして想像に難くないことは、きらきらと輝く勲章は、池の着ている灰白の縞模様の病衣とあまりにも不釣り合いということだ。本来なら神聖かつ厳粛な瞬間であるはずが、場違いな場所、場違いな状況ゆえに、本来なら大衆の前で盛大に行われ、万人の注目を集めるはずだった授勲式は、ひっそりとした病室でいい加減に扱われた上に、ただの形式だけのものとなってしまった。道理で池が全くやる気のない表情でこの極めて貴重な勲章を受け取り、立ち上がりさえも面倒そうに思う。傍らにいる秘書は、池の無礼な振る舞いをすべて目撃し、我慢の限界に達して三度目となる大声で叱責した———


「安達池、よくもお前は座ったまま、長官にこんなみっともない姿勢で勲章を授与させるなんて、まったくもって図々しい!!!入隊時の訓練で、上司に対する基本的な礼儀を学ばなかったのか!!!」

「静かに! 安達さんにそんな態度を取るな! 外で待っていけ!」

「承……承知いたしました。」


 秘書は歯を食いしばって怒りを抑え、先に病室を出て行った。ちなみに、この秘書の名は羽杉順一郎。長年下田に仕え、下田の側近として最も頼りになる助手だ。基地のありとあらゆる事務は彼を経由して下田に報告され、下田の指示はすべて彼が文句一つ言わずに見事に遂行する。下田への忠誠心の深さは言うまでもない。だからこそ、羽杉秘書は池が下田を全く眼中に入れていない様子を見て、当然のことながら激怒したのだ。


「本当に申し訳ない、安達君。叙勲式は本来なら式典会場で正式に行われるものだが、今こうして窮屈な場所で叙勲するなんて、嫌な思いをさせてごめん。」

「お気になさらず。ご自身で私に勲章を授けてくださるなんて、光栄に思うべきです。ところで、先ほど長官がおっしゃっていたことですが、あの約束を守ってくれますよね? 明日の午前10時には、ここを出て行けるんですよね?」

「当たり前だ。あれは命令だ。命令は勝手に変えられるものではない。それでは、安達君、しっかり休んで、明日の到来を元気いっぱいで迎えるように。」


 下田は病室を出て、相変わらず不機嫌そうな秘書を連れて、廊下の突き当たりにある扉の向こうへと進んでいった。この茶番劇のような叙勲式は、こうして幕を閉じた。


 池は胸元の「探求の眼」勲章を優しく撫でた。自分の功績がそれにふさわしいものなのか、また、これほどの命の危険を冒し、これからの人生と引き換えに手に入れるほどの価値のある勲章なのか、自分でも分からなかった。


 同時に、下田は秘書を連れて司令官室に帰る途中で、反対方向へ向かうリチャード教授とすれ違った。


「ああ、教授ですね。おっしゃった通りに安達氏にお伝えしました。ついでに勲章の授与も。それはそうと、彼はとても元気です。お見舞いに行かれなくてもいいですよ。」

「最後の言葉は余計だ。」と、教授は冷ややかな態度で返事をすると、下田から離れた。

「ちっ、どいつもこいつも下衆な奴だ。」と、羽杉は振り返って、ぶつぶつと文句を言いつつ、遠ざかっていく教授の背中を軽蔑な目で見送っていた。


 羽杉に引き替え、池と教授に無視されていた下田が、全く気にしていない様子で、意味深な微笑みを浮かべた。


 教授は池の病室の前に到着し、ドアが完全に開いたところ、まず教授の目を引いたのは、池の胸元に輝く「探求の眼」の勲章だった。池は教授がやって来たのを見て、思わず胸が高鳴り、そしてベッドから飛び起き、興奮した口調で教授を出迎えた。


「先生!もうお聞きになりましたか?明日、ここから出られるって!この日がやっと来ました!」

「おめでとう、池君。人生の難関を見事に乗り越えたのだから、この『探求の眼』の勲章は、君にふさわしい栄誉だ。」

「でも、もし選ぶことができたら、私はこの栄誉を辞退したいところです……この小さなメダルにはあまりにも多くの代償が込められています。果たして、これだけの価値があったのでしょうか?」

「池君、名誉など、努力もせずに手に入る天からの賜物などではない。古今東西、宇宙事業に限らず、あらゆる業界において、自分の『名誉』を追い求め、懸命に努力し、困難を乗り越えて前進する人々が存在する。その中には、君よりも多くの代償を払い、あるいは自らの命を捧げた者さえいるかもしれない。結局、一生のうちに一度も本物の叙勲式に参加する機会もなく、本物の勲章を授かることもなかったのだ。しかし、自分の心の奥底にある栄誉の壁に、大小さまざまなメダルや勲章を飾ることができれば、どんなに大きな代償を払ったとしても、それだけの価値があるのだ。」

「とおっしゃいますと?」

「死への恐怖であれ、未知の未来への不安であれ、あるいはすべてを投げ出したいという思いであれ、君はそれらを乗り越え、今ここにたどり着いた。それはいかにも、信じがたい生命の奇跡だ。このような困難や試練さえ乗り越えられるのなら、これからの人生の道において、君の進路を阻む障害などもう何一つもないと思う。これこそがこの勲章の意味だ。あれが実際に胸に掛けられていようが、もしくは仮想的な形で心の中に飾られていようが、この勲章が今回の経験を通じて、君の心と意志がより強くなったことの証でもあれば、一生の恵みでもある。」


 教授の人生講座を聞いて、池は目から鱗が落ちるような思いをした。わずか30日間で、他の人だったら一生かけても経験できない浮き沈みを味わった。この骨身に染みる、生涯忘れられない人生経験は決して無意味なものではなく、もしかすると将来のある日、自分にとって大きな糧となるかもしれない。今すべきことは、得失を気にするのではなく、感謝の気持ちで、自分に生まれ変わりを与えてくれたこの「全く新しい変化」を遂げた身体を受け入れ、優しく包み込み、そして歩みたい人生の道へと進んでいくことだ。


 池は勲章を外し、手のひらに乗せて、優しい目で愛でいる。どうやらこの勲章の価値と意味をすでに認めたらしい。

 

  「恥ずかしながら、先生、私をそれほど高く評価してくださいましたが、実のところ、下田が私に勲章を授与しに来てくる直前まで、私はどうやって自分の命を絶とうかと考えていましたし、下田に最後の一撃を与えてほしいとさえ願っていたのです……私は先生がおっしゃるような強い人間ではありません。」

「もう過去の出来事だった。今一番大切なのは、君が元気に生きていて、自由を取り戻したということだ。君と共にこの日を迎えることができて良かった。」

「ありがとうございます、先生。実は、私は分かっています。先生が私の目が届かないところで、たくさんのことをしてくれたのです。今回、私が自由を取り戻せたのも、きっと先生が下田の前で必死に戦ってくれたおかげです。先生は私のためにこれまでにしてくれたのに、私には恩返しすらできません……」


 池の声には少し泣き声が混じり、必死に感情を抑えようとするのが見えた。


 教授はゆっくりと眼鏡を外した。わずかに赤みを帯び、潤んだその瞳には優しさが満ちており、白髪交じりの髭も、冬の暖かな日差しのような教授の温かい微笑みを隠しきれなかった。


「池君がしっかりと生きていてくれれば、私にとって最高の『恩返し』だ。君は私が最も大切にしている教え子だからね。」


 窓から差し込む陽光が、二人の姿を照らしている。この世のあらゆるもの、天を突く高層ビルから、微細な砂や塵に至るまで、明るい陽光を浴びれば、その影を現し、自らの存在を確かなものにする。ただ、先生と教え子の情を象徴するこの絆だけは、形がなくとも、陽光に影を映し出されなくとも、二人の心をしっかりと結びつけられるのだ。

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