第二十二話 僅かな異変 ③
目の話を聞いて、僕はすかさずレンズの倍率を最大に設定し、文緋の顔色を注意深く観察した。
メイクのせいか、文緋の顔には「極度の衰弱」の兆候が少しも見受けられない。
リップグロスを塗った唇やファンデーションを塗った肌は、本来の色合いが何なのか判別がつかず、カラーコンタクトを入れた瞳も、そこから放たれる輝きが本物なのか見分けがつかない。
確かに、ここ最近、文緋はこのコンサートの準備に追われていた。
昼夜を問わず行われる高強度のリハーサルに加え、休息時間の不足も相まって、彼女の健康状態に潜在的なリスクが生じている可能性は十分にある。
この懸念は常に胸に引っかかっており、コンサートが始まる直前まで消えることはなかった。
しかし、3時間にわたるパフォーマンスを通して、彼女の歌声、姿勢、そして顔色には、いずれも目立った不調は見られなかった。
もし本当に「目」が言う通り、文緋の体調が極めて衰弱していたのなら、どうやってここまで持ちこたえ、何一つミスを犯さずに済んだのか?
ちなみに途中での涙は突発的な出来事であり、参考になるまい。
僕の分析は穴が一つもない。確固たる証拠がない限り、文緋の若々しい身体には、ここ数日蓄積された疲労を解消し、今夜という人生で最も重要な関門を乗り越える力があると信じるよりほかない。
「これを見て、文緋が体調不良だなんてわかるもんか?お前たち、大げさすぎるんじゃないか?」
「実は私たちにも確たる根拠はありません。ただ、妹さんの顔から、体調が優れない患者だけがほのかに放つような気配を感じ取りました…… 第一段階が終わり、『月隠の顔』がご主人様の元へ挨拶にやって来た時、私たちはすでにわずかな異変に気づいていました。ですが、あの時はまだそれほど顕著ではなかったため、ご主人様を興ざめさせないように、あえて申し上げないことにしたのです。しかし今、その気配はますます強まってきています……」と、目の細胞たちが懸命に弁解した。
「患者の気配だの何だの、そんな言い草はあまりにも曖昧だ!お前たちの一方的な主張だけでは、到底納得できるものではない!」
「ご主人様、私見では、目が見たものは決して根拠のないものではありません。実のところ、私もいくつかの異常を察知しておりましたが、やはりご主人様の機嫌を損ねないよう、直接に伝えないことにしたのです。」
「まさか、心臓さんまで……今さら隠し事したって意味ないから、はっきり言いなさい! 」
「『月隠の顔』が第二段階では、第一段階のように常に主人とのアイコンタクトを求めるのではなく、頻繁に顔を他方へ向けたりしていることに、気づかれましたか?」
「言われてみれば、確かにそんな気がする。アイツが一時的に他のファンに重きを置いているからだとばかり思っていたので、あまり気にしていなかった。ひょっとして、アイツは……」
「ご主人様に異変に気づかれないよう、意図的に視線を避けているのです。」
「ありえない……そんなの筋が通らない! もしそうなら、なぜ彼女は最初から俺にこのメガネを用意してくれたんだ? それじゃ、かえってバレやすくなるじゃないか?」
「これはあくまで私の見解ですが、恐らく彼女は自身の体調を楽観しすぎていたため、結局パフォーマンスの途中で予想以上に悪化し、それを必死に隠そうとしているのでしょう。」
心臓の視点と照らし合わせると、「文緋の健康状態が優れない」という仮説はますます説得力を増している。
仮に文緋が本当に無理をしているのだとしても、北崎さんをはじめとする運営チームが決して座視するはずはなく、彼女の健康を守るための何らかの措置を講じるに違いない。
表向きは「月隠の顔」とは全く無関係な、ただのファンである僕が、一体何ができるというのか?
ステージに駆け上がってコンサートの続行を阻止するか?それとも無理やり彼女をステージから連れ出すか?
足の指先で考えても、こうした無謀な選択肢が絶対に実行不可能であることは明らかだ。
もし百万人の見守る中で何か騒動を起こし、文緋にとって極めて重要なこのコンサートを台無しにしてしまったら、「月隠の顔」の面目は丸つぶれだ。
僕がただのストーカー扱いされても構わないが、問題は文緋が、マスコミの集中砲火や世間の噂や中傷にどう立ち向かえばいいのかということだ。
自己欺瞞であれ、現実逃避であれ、僕はこの仮説を信じる余地など微塵もない。
言い換えれば、僕にできる唯一のことは、一か八かの賭けに出ることだ。
「目と心臓が考えすぎる」という発想と、「北崎さんには彼女なりの考えがある」という可能性――この二つの、負ける確率がゼロにほぼ等しい選択肢に、ありったけの賭け金を投じるしかないのだ。
これは僕の堅実な投資傾向とは正反対であることを痛感しているが、もし投資の潜在的なリターンが拒むことのできないほど高ければ、どんなに冷静な投資家でもその誘惑に屈し、全財産を賭けることを厭わないギャンブラーへと変貌してしまうだろう。
――――――――
正式に賭けをする直前、舞台上で起きた小さな出来事が、僕がチップを投げる動作を遅らせた。
第1段階終了時とは全く異なり、「月隠の顔」はステージを一周して各方向のファンに挨拶することもなく、僕がいるVIPエリアの真ん前に来ることもなかった。
代わりに、ファン全員に手短な挨拶を済ませると、早々に切り上げ、バックダンサーたちを人垣にして、彼女たちの厳重な護衛の下、再びステージ中央へと姿を消した。
「らしくないです…」
隣にいた清音の独り言が、僕の耳を逃れなかった。彼女も僕と同じ異変に気づいていることは分かっていたが、知らないふりをして彼女に尋ねてみた。
「どうしたの、清音? 誰の話?」
「先輩も気づいていらっしゃいましたか? 『月隠の顔』はさっき、ファンに挨拶もせずにそのまま退場してしまいました。普段はファンとの交流を大切にしている彼女が、これほど観客を軽んじるはずがありません。なんだか急いで退場したように見えて、とても不自然です。」
やはり、目新しい発見ではなかった。
幸い、会場の雰囲気を見る限り、清音のようにこうした些細なことを気にかけている人はほとんどおらず、基本的には第2段階の余韻に浸っているようだ。
その光景は、まだ完全に消し止められていない火災現場のようで、「月隠の顔」が再登場すれば、再び大炎上する見込みのようだ。
「彼女は以前、こんなことなかったのか?」
「断言はできませんが……少なくとも私が観たコンサートでは、こんなことは一度もありませんでした。私の気のせいだと願います。」
清音の観察結果も加わると、すべての手がかりが、僕がどうしても信じたくないあの仮説を指し示していた。
この賭けで全敗する確率は、瞬く間に1対1近くまで急落した。
まだ賭け金を払っていないからには、ギャンブルの席から抜け出すチャンスはまだある。
もしかすると、文緋の状態を確認する別の方法があるのではないか?
例えば……北崎さんに連絡を取ってみる? 何しろ「月隠の顔」に関するすべての業務は彼女の支配下に置いてあるだから。
もしも文緋の体に本当に何か異常があるのなら、北崎さんから保証さえ得られれば、心配することはないはずだ。




