第二十話 僅かな異変 ①
「え~~~~~~~??? そんなことないよ?気のせいじゃない?」
「先輩、どうか誤解しないでください。絶、絶対に先輩を責めているわけじゃないんです!なんていうか……その……すごく羨ましいんです!本当に、本当に羨ましいんです!」
「そんなことないって言っただろ…あくまで仮の話だけど、もし彼女が本当にずっと僕をじっと見ていたとしても、たぶん俺の見た目がダサすぎるから、目で注意されてただけじゃないかな?」
清音はプッと笑った。僕の自嘲は、やはり彼女の笑いのツボを直撃したようだ。
「それより、なんで俺を羨ましく思うの? 彼女にじっと見られるなんて、喜ぶことじゃないと思うけど……」
「だって、それが私にとって彼女と関われる唯一の方法ですから…。」
「ってことは、君は『月隠の顔』と間近で交流したことがないってこと?」
「先輩のおっしゃる通りです。お、お恥ずかしい限りです! この3年間、ずっと彼女の足跡を追いかけてきましたが、握手会でも、サイン会でも、コンサートの交流コーナーでも、彼女と間近で触れ合うという光栄には恵まれませんでした……おそらく、私には『月の女神』の目を引く資格がないのでしょう。」
清音の表情は、彼女の次第に沈んでいく口調に合わせて、ますます寂しげになっていった。
「ですから私ができることといえば、彼女が自ら私の方を見てくれるのを待つことだけです。たとえほんの少し長く見てくれるだけでも、清音は満足なのです……」
周囲を見渡すと、高価な贈り物や鮮やかな花束が置かれた席が至る所にあり、その目的は言うまでもなく、100万人のうちたった20名だけ選ばれ、ステージに上がって「月隠の顔」に贈り物を捧げる究極の幸運者になるための下準備だ。
僕のような時代遅れの田舎者でさえ、花束くらいを用意すべきだと知っている。たとえ他人の豪華な贈り物と比べれば安っぽく見えるとしても。
しかし、名誉会員である清音の席には、贈り物の影すら見当たらない。
その理由もまた推して知るべし——彼女は自分がその20人の一人になることを全く期待しておらず、一か八かの覚悟さえ持っていないのだ。
清音の気持ちをよく理解している。期待が何度も裏切られれば、どんなに高ぶった情熱も、いつかは尽きてしまうものだ。
しかし、現実がいわゆる「月の女神の恵みを受ける資格」といった唯心論的な見方とは何の関係もないことも、よく分かっている。
彼女たちの間に立ちはだかる本当の障壁は、客観的に存在し、人為的に引き起こされた結果なのだ。
その根源をたどれば、北崎さんによる妨げにある。
当初、文緋は清音が自分のファンであることを知ると、様々な「裏口」で彼女に優遇を与えようとした。
例えば、握手会では毎回、直接清音を招いて握手しようとしたり、サイン会では自ら清音にサインを贈ろうとしたり、コンサートでは清音にステージに上がってもらって、二人で話し合おうとしたり、といった具合だ。
ところが、彼女がこの考えを北崎さんに伝えたところ、北崎さんによって容赦なく却下されただけでなく、逆に利用されてしまった。
その後のコンサートやすべてのオフラインイベントにおいて、「月隠の顔」が清音に近づくことは厳しく禁止され、その理由はやはりあの陳腐な「プライバシー保護」だった。
文緋の親友としては、当然ながら彼女のあらゆる側面を熟知している。ならば、「月隠の顔」と至近距離で接した際、彼女が文緋と「月隠の顔」の類似点に気づく確率はどれほど高いだろうか?
率直に言って、北崎さんの立場に立って考えれば、彼女の取った行動は非常に合理的。僕だって、文緋の無謀な行動を迷わず却下しただろう。
けれど、当時の文緋はそこまで先を見通しておらず、ただ親友に幸せになってほしいと願っていただけ。
そのせいで文緋は北崎さんとこの件で口論になり、それから家に帰ってきて、ちょうど家にいた僕に愚痴をこぼした。僕が彼女を理屈で納得させた末、文緋はついに北崎さんに歩み寄ることにした。
「月隠の顔」として活動する際、清音には近づいてはいけないという条件の下で、可能な限り清音に「特別扱い」を与えることになった。
その後の「終身名誉会員専用パス」や、騒動を引き起こしたあの限定版アルバムも、いずれもそこから生まれたものだ。
だから「月の女神」は、清音という敬虔な信者を断じて見捨てたことはない。
ただ、私ども誰も清音にそのことを明かすことができず、彼女をずっと何も知らぬままにしておくしかなかったのだ。
「実はさっきさ、『月隠の顔』が俺をじっと見つめる前に、彼女はまず君の方を一度見てたんだ。これは、俺みたいなダサくて目立たない奴より、君の方が彼女の心の中で優先順位が高く、存在感があるってことじゃない?」
この下手くそな慰めの言葉が効果を発揮するかは分からないが、清音に辛うじて手に入れた信念を失わないでほしいためにも、そして文緋の陰での努力が無駄に終わらないためにも、試さなくてはならない。
「きっと、彼女は君には見えない場所で、ひっそりと君を見守っているに決まっている。まるで空の月のように、俺たちは毎晩月明かりに包まれているのに、太陽の光ほど眩しくないから、気づいていないだけなんだ。でも、月が長い夜を共に過ごして、夜明けを共に迎えてくれているという事実は、決して変わらない。だから、絶対に……えっと……希望を捨てちゃダメだよ清音! きっとまたチャンスは来るから!」
清音は少しうつむいていた顔を上げ、再び僕を見つめた。
「やっぱり先輩の方が、私より名誉会員にふさわしいですね~」
「え? いやいや、そんなことないよ。お前に勝てるわけないじゃない~」
――――――――
以前なら、文緋に関することで僕が清音より一歩リードできたとしたら、心に湧き上がる感情はただ一つ、勝者の快感だけだっただろう。
なのに今この瞬間、清音からの「敗者宣言」を聞いて、かつての勝者の姿は跡形もなくなり、残ったのは憐れみと、ほんの少しの戸惑いだけだった――
僕のこの美辞麗句は、清音に逆効果だったのだろうか? 彼女の反応は本当に読めない……どうやらまた、読心術の達人である心臓先生に教えてもらわなければなりそうだ。
「あの……心臓さん、清音の本心を解読してもらえる? さっき言った言葉が彼女を傷つけてしまったのではないかと心配で……」
「ご主人様、私の観察によれば、長実さんは喜びの気持ちを込めてその言葉を述べた模様です。」
「なぜそう言える?」
「長実さんの言葉には、嫉妬の口調もなければ、皮肉な意味も感じられません。これが第一の理由です。第二に、ご主人様が長実さんの瞳をよくご覧になれば、ご理解いただけるでしょう。」
心臓の指摘を受けて、僕は初めて気づいた。
清音が僕を見つめる瞳には、もはや嫉妬の色がなく、その代わりに、一度は消えかけた光が再び灯り始めていたのだ。
「こう言うと少し抽象的かもしれないが、清音が俺を見る眼差しは、確かにさっきとは違っているようだ……」
「おっしゃる通り、人の心を推し量って導き出される結論は往々にして抽象的なものです。それに、先ほども述べましたが、相手によってその結果も人それぞれ異なります。例えば、妹さんは、知らず知らずのうちに本心を露わにしてしまう純真な女性ですので、その内面を分析するのは比較的簡単です。一方、長実さんはそうではなく、彼女のボディランゲージや表情、仕草を細かく観察しなければ、本当の考えを正確に判断することはできません。」
「その言い方、逆じゃない? なんだか、うちの妹の方がむしろ読みづらいような気がするけど?」
「うーん……これこそ『岡目八目』といったところでしょうか。」
「まるでお前たちが部外者みたいに言うな。俺たちは同じ体を共有しているんだぞ。でもなかなか複雑な話だな……ともあれ、彼女が『月隠の顔』への期待を再び抱いてくれればそれで十分だ。」
「そういえば、ご主人様は私たちの細胞の助けがなくても、随分と女の子を喜ばせられるんですね。先の発言を撤回します。ご主人様はこの点において、実は全く鈍感ではありません。」
「俺をバカにしないでくれ。甘い言葉ばかり並べるようなクズ男にはなりたくないんだ。それに、もし俺が鈍感じゃなかったら、君に助けを求めたりしないだろう?」
「しかし、ご主人様は他者と共感する能力をお持ちです。喜びを分かち合うこともできれば、苦痛を分かち合うこともできます。私は人間についての理解がまだ浅いですが、ご主人様のこの長所は、全人類の中でも非常に稀な品格であると言えます。」
「やれやれ、お前も清音と同じで、お世辞も上手いね。自分でもそんな長所があるなんて知らなかったぞ…。」
「私の知る限り、人間は自己分析が苦手な生き物だとされています。」
「そう言われれば、自分を正しく理解するのは、本当に簡単なことじゃないな。」
――――――――
僕と心臓が雑談している最中、「月隠の顔」は会場のファンへの挨拶を終え、次々と湧き上がる見送りの声と共に、ステージ中央の昇降装置に乗ってゆっくりと降りていった。
これでコンサートの第一部も終了し、短い休憩時間に入った。
「月隠の顔」がなぜ突然退場したのか理解できない細胞たちが、僕の脳内で不満を漏らし始めた。
「え~~~~~、もうコンサート終わったの? まだ満足してないのに!」
「そうだよ、まだ始まったばかりじゃない! 私たちのテンションがちょうど高まってきたところなのに! がっかりだ~~~」
「認めたくないけど、我々耳もこの素晴らしい音色に浸り続けたいんだ。このまま終わっちゃったら、私たちの音楽鑑賞能力の育成に悪影響が出そう。」
「アンコール! アンコール! アンコール!」
「みんな、落ち着いて! うちの妹はただ一時的に楽屋で休んでいるだけだ。すぐに戻ってくるから!」
口では平静を装って、物足りなさを感じている細胞たちをなだめていたが、実際の気持ちは彼らと全く同じ―――まだ全然足りないじゃないか?
少なくとも文緋の歌をあと50曲ぐらい聴かせてもらい、10時間ほど踊る姿を見させてくれれば、同様に高ぶった僕のテンションを少しでも満たすことはできるだろう。
ファンに全力で恩返しすることしか考えていない文緋が、僕のような「特別なファン」の期待に応えてくれないはずがない。
――――――――
僕の確約を得て、騒がしかった細胞たちは少しずつ落ち着き、辛抱強く「月隠の顔」の再登場を待ち始めた。
とはいえ、待ちきれないのは僕の体内の細胞だけではない。会場にいる人間のファンたちも同様だ。
他人の心を読むことはできないが、会場にいる全員が同じことを考えていると確信している。
すなわち、時間が10分だけ早送りされれば、「月隠の顔」と瞬時に再会できることを願っているということだ。
たとえそれが、自分の寿命がそれに応じて10分短くなることを意味するとしても。
一方、さっきまで愚痴大会に加わっていなかった目が、他の細胞たちが黙っているうちに、突然僕に話しかけてきた。
その声には、ほんの少しの不安が混じっていた。これは、普段溌剌で元気いっぱいの目の行動パターンとはあまり一致しない。
「あの、ご主人様……あることを報告していいものか迷っているんですが……」
「どうしたの、目? もごもご言っているなんて、全然あんたらしくないぞ~」
「あの……ご主人様の妹さんが退場される前に、私たち、ちょっと注目すべきものを見かけたような気がするんですが、でも……」
「一体何のこと? とっとと話しなさい。そんな風に遠回しに言う必要はない。」
「えっと……何、何でもないです~~~きっと気のせいですよ! ご主人様もお気になさらず! 何も言わなかったことにしてくださいね~」
「は? 一体何を隠してるんだ? 言いたいことがあるならはっきり言えよ!」
「本当に何でもないですよ~~~視力が良くても、見間違えることはありますし! あ、ご主人様、早く見て! 妹さんがまた登場しましたよ!」
さらに問い詰めようとした矢先、会場と僕の体の中から湧き上がる熱狂的な歓声に飲み込まれてしまった。
「月隠の顔」が、青春の息吹に満ち溢れる歌とダンスのために特別にデザインされた薄手の衣装に着替え、再びスポットライトの下で華々しく登場したのだ。
彼女がこの手の衣装を着ているのを見るのは初めてではないが、それはあくまでテレビやスマホの画面越しに何気なく目にした程度に過ぎなかった。
実際に生で見てみると、保守的な考えを持つ伝統派の僕にとっては、やはり露出している肌の面積が少し多すぎるように感じてしまう。
大方、いわゆる「考え方が古臭い」ということ以外にも、僕が服の生地の量にこれほどまでこだわるのには、何か別の理由があるのだろう。
親父は今、どんな感想を抱いているのだろうか……会場に怒りに任せてステージに乱入し、騒ぎを起こす正体不明の男が現れなかったということは、親父も文緋の服装スタイルを受け入れているということだ。
「もうしばらく様子を見たほうがいいかも?」
先ほど僕の精神空間の中でひそかに報告した目の話が、脳細胞の受容体には届かなかった。
そして、何の異変にも気づかなかった僕は、二つの世界のファンたちと共に、その後の時間、この聴覚と視覚の二重の饗宴を楽しみ続けた。
メリハリの効いた、耳に残るリズムと、時には可愛らしく、時には奔放でセクシーなダンス。
その二つが織りなす網は、百万人を覆い尽くすほど広大で、観客一人ひとりの耳と目をしっかりと捉えていた。
「月隠の顔」から視線を少しでも逸らしたり、耳でたった一つの音符聞き逃したりしただけでも、取り返しのつかない深刻な損失となるのだ。




