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僕の仲間は60,000,000,000,000(60兆)人もいる。  作者: キヨ
第三章 60,000,001,000,000『人』に達した動員数のライブ
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第十九話 陰で泣いた女神

「月隠の顔」の代表作の一つである『暗夜と朝焼け』は、彼女がデビュー初年度に創作したヒット曲である。


 クラシックなバラード系の曲で、『君とつながる星空』と同様に、人々の心を癒やす効果がある。


 客席のあちこちで燃え上がっていた情熱も自然に冷め、会場全体が厳かな静寂に包まれ、「月隠の顔」のソロ歌唱を最高の敬意をもって迎えた。


 その瞬間、ステージ上にはピアノを弾きながら歌う仮面の少女がただ一人残り、聞き手一人ひとりへ心を浄化する薬を届けていた。


 この曲がサビに入る直前に、歌声に不自然な震えが混じった。


 その持続時間は極めて短く、おそらく1/4拍分にも満たず、且つピアノの音でカバーされていたとはいえ、僕でさえ聞き取れたのなら、会場にいる全員のファンや全国各地の視聴者が聞き逃すはずがない。


「さっきの音……あれは調子外れだったのか?」


 思わず心の中で疑問を抱いた。


「調子外れ」という言葉は、「月隠の顔」の非の打ち所のない歌声とは無縁のものだ。


 たとえ6、7時間連続で歌い続けても、彼女の声質に何の影響も及ぼさない。


 そうでなければ、文緋がこれほどの素晴らしい成果を挙げることなどあり得ない。


 しかし、曲全体とは全くそぐわないあの短い震えは、一体どういうこと?


 ちょうどその時、先ほどとほぼ同じ震えが再び現れた。


 その持続時間は前よりも長く、曲の本来のメロディを明らかに乱していたが、僕はこの状況を利用し、震えの本質をはっきりと聞き取ることができた――


 調子外れと言うよりは、むしろ泣き声と言ったほうが正しいだろう。


 人間は感情が高ぶって自制できなくなると、声帯の筋肉に明らかな震えが生じ、それによって発声が不安定になる。


 特に涙を流すような感傷的な瞬間に、この現象はより頻繁に見られる。


 しかし、トップクラスの優れた歌手であれば、歌唱時にどれほど真心を込めようとも、音程の正確さには影響しないはずだ。


 つまり、ただ一つの可能性しかない。それは、「月隠の顔」が本当に泣いているということだ。



 ――――――――



 観客席の静寂の中、ささやき声で形成されたうねりが、ひそかに渦巻いているようだった。


 具体的な内容は聞き取れなかったが、確かなのは、歌声の不安定さに気づくファンがますます増えているということだ。


 特にVIP席に隠れている親は、空気の中に溶け込むほど強い懸念を抱いており、その思いはステージとの隔たりを軽々と越えるものの、文緋の心の内にはなかなか踏み込めないため、ステージの前で立ち止まるしかなかった。


 隣にいる清音も同様。口からは一言も発さず、身振り手振りもさっきほど豊かではないが、彼女の不安げな表情には、心に抱いていることが丸見えだ。


 親や清音よりもさらに焦っているのは、眼鏡のレンズを通して見える映像をより拡大しようとして、震えすぎてノブを正確に回せなかった僕の右手。何度も試みた末、どうにか成功した。


 しかし、その結果は言葉に尽くせないものだった。なぜなら、僕がレンズを通して見たものは、会場の全員が予想していたことの半分にしか当てはまらなかったからだ。


 仮面の裏側では、本来は輝くはずだったその瞳はとっくに赤く染まり、鼻筋の左右には微かな光がきらめいていた。


 湿った涙の跡は、仮面の保護の下で、彼女の美しく整ったメイクを乱暴に引き裂いていた。


 疑いようもなく、この少女は確かに涙で自らの歌声に伴奏を添えていた。


 それでも、彼女の甘く愛らしい笑顔は涙に溺れることなく、僕だけが見える場所で、依然としてほころんでいた。


 それは悲しみから泣いている顔ではない。喜びのあまり涙を流しているのだ。


 たとえ自分のパフォーマンスを台無しにしたり、100万人の前で失敗する恐れがあったりしたとしても、彼女は溢れ出る涙を止めるつもりはなく、その喜びの感情も歌声に存分に表れていた。


 それでも僕は完全には安心できない―――アイツの「喜び」は一体どこから来たんだ?どうして突然、これほどまでに嬉しくなったんだ? 


 こんな重要な場面で、顔を涙でぐしゃぐしゃにしても構わないというのか?もしかして、親の姿を見たのか? 


 いや、彼女の性格からすれば、もし両親が会場にいるのを見たら、腹を立ててそのまま退場してしまうかもしれない……



 ――――――――



 彼女に向けた困惑した視線に気づいたのか、はたまたこれまで通り僕をこっそり覗き見していたのか、涙で潤んだその瞳が、僕の方へと向けられた。


 この好機を逃さず、「瞬き暗号」で文緋が涙を流した理由を確かめようとした。


「見られちゃったね……アタシが泣いている姿、みっともないでしょ?」

「まったく、俺と清音を心配させちゃったじゃないか! 一体どうしたの? なんで突然泣き出したんだ?」

「言うのはちょっと恥ずかしいんだけど……実は大したことじゃないの。すぐに落ち着くから、あなたも清音ちゃんも心配しなくていいよ。」

「そんなこと言っても心配しないわけにはいかないだろ!こんな盛大な舞台で取り乱したら、どうなるか分かってるだろ!それに、自分の妹が泣いているのを見て、平然としていられる兄なんて、この世にいないんだ!」


 この「メッセージ」を読んだ文緋は、すぐに涙を止めた。


「これで安心できるでしょ~このドシスコンのお兄ちゃん~」

「好きに言え……で、まだ教えてないけど、一体なんで泣いたり笑ったりしてたの?」

「全部、あんたのせいで泣かされたんだから!このしつこいドシスコンのお兄ちゃん!」

「えっ??? 俺に何の関係があるんだ? また何か悪いことしたか? 君への応援を分かりやすく表現しろって言われたから、精一杯やったじゃないか? でも、他の人みたいに、あんな気持ち悪いスローガンを叫ぶのはどうしても無理なんだ……」

「バカ、それじゃないのよ。だって……聞こえちゃったの。」

「何を聞いたの?」

「あの……あなたの歌声さ。アタシの歌を全部、歌詞一つ間違えず歌えるなんて思わなかったし……つい涙が……まあ、声はオオカミの遠吠えみたいだけどね~仕方なく『月隠の顔・ナンバーワンファン』って称号を授けてあげるわ~」

「そんなちっぽけなことで、泣くほど喜ぶの?君もちょっと兄コンの傾向があるみたいだね。」

「あ、あんたみたいなドシスコンの兄貴に、アタシを批判する資格なんてないわ!!!」


 文緋は顔を赤らめて、いたずらっぽく舌を出した。僕は思わず笑ってしまった。


「どうやら、歌声に込めた俺の想いを、こいつはすべて受け止めてくれたようだね~」


 彼女のこぼれた涙こそが、この「想いの宅配便」を受け取った受領証だった。


 そして僕もよく分かっていた。もし彼が僕の疑問を解消し、勇気と自信を与えてくれなかったら、自分一人ではいつまで待ってもこの「想いの宅配便」を届けることはできなかっただろうと。


 感謝の意を表すため、僕はひとまず音楽の世界から離れ、細胞たちと共にある精神空間へと戻った。


「心臓さん、今回もまた大いに助けてくれたね! あなたの助言のおかげで、文緋に俺の支持を最も適切な方法で伝えることができた。本当に心から感謝する!」

「お気遣いいただき恐縮です。ご主人様をお手伝いすることは、私と仲間全員の義務です。ご主人様が妹さんと心を通わせているのを見て、私も大変嬉しく思います。」

「でもマジで、君は人間の心理活動を分析するのが本当に得意だね! 君が『心臓』だから、俺というマスターの心の内を読み解くのが得意なだけでなく、他人の心も一目で看破できるんだろ?」

「どう言えばいいか……おそらく、私たちも人間に似た知性と感情を進化させたので、思考パターンに多くの共通点があるでしょう。私は単に、細胞の思考パターンや物事の進め方を応用して、相応の結論を導き出したまでです。必ずしも、すべてのご主人様が出会う人間に通用するとは限りません。」

「そう言われると、人間である俺の方が他人の本心を読みやすいはずじゃない? それなのに、なぜ俺はいつも他人の、特に女の子の気持ちを見抜けないんだ?」

「それはね、たぶん、ご主人様がその点で鈍感なだけでしょう。人間の言葉で例えるなら……何でしたっけ……『無神経な男』?」

「コラ~!生意気だなお前、俺をそんな風に呼ぶなんて?」

「えっ?『鈍感』とか『無神経な男』って、蔑称なんですか?どうやら私は、人間の呼び方に関する知識をもっと深める必要がありそうですね……」


 僕と心臓との会話は、互いにからかい合うような和やかな雰囲気の中で一段落した。


 まだ明確な証拠はないものの、これまでの様子を見る限り、「読心術」もまた僕の超能力の一つなのかもしれない。


 たとえ物理法則に反するような能力が他になくても、他人の考えを読み取る才能さえあれば、人間社会で順風満帆に生きていけるはずだ。



 ――――――――



 その後のパフォーマンスで、文緋は有言実行で素早く調子を立て直し、心を揺さぶる歌声と名手級ピアノの独奏で、この名曲を見事に奏できった。もはや誰も先ほどの震える声を気にする者はいなかった。


 まるで壮大なコンサートホールでクラシック演奏を鑑賞しているかの如く、聴衆はすっかりその音色にうっとりして、渦巻いていた暗い気配も、一つひとつの美しい音符によって完全に払拭されてしまった。


 曲が終わるやいなや、会場に詰めかけた100万人のファンが一斉に立ち上がり、手のひらの痛みを物ともせずに、ステージ中央で聴衆に挨拶する仮面の少女へ、首都の隅々まで響き渡るほどの大きな拍手を送った。


 ステージを一周して一般席のファン全員に感謝の意を表した後、「月隠の顔」はわざわざ僕と清音の目の前の位置で足を止め、僕たち二人と、その他のVIP席の観客に向かって深くお辞儀をした。


 当然のことながら、VIP席の皆も最も熱烈な拍手と最高級の歓声で応えた。


 その中には、間違いなく、スパイのような格好をしたあの二人の「正体不明の人物」も含まれていたと確信している。


 身元の制約から、彼らは思うままに歓声を上げることはできなかったかもしれないが、少なくとも拍手の音量に関しては、安達家以外の誰にも決して負けてはいなかった。


 もちろん、人間のファン以外にも、肉眼では見えない数十万億個の超小型サポーターたちが、顕微鏡でしか見ることのできない異空間で、人間と同じように歓声を上げながら「月隠の顔」を称えていた。


 あの辛口な耳さえも、プロの評論家としての気取りを捨て、これまでのパフォーマンスに最高級の評価を送っていた。


 これも両手を持たないこの小さな連中が唯一できる応援の方法なのだ。


 ところで、彼らは「アンコール、アンコール」といった外国語の掛け声をどこで覚えたのだろうか?



 ――――――――



 お辞儀を終え、体を起こした「月隠の顔」は僕と清音を一瞥すると、仮面の下で僕に誇らしげな笑みを浮かべた。


 文緋から見ると、僕のたった一言の称賛が、百万の賛辞を合わせたものよりもよほど大切なものだったようだ。とはいえ、慢心しないことの重要性を、彼女に言い聞かせる必要はあると思う。


「お兄ちゃん、ちょっとインタビューさせて~この満場の喝采を浴びた優秀な妹について、どう思う?」

「なあ、まだパフォーマンスの三分の一くらいしか終わってないだろ? 終演まで気を抜いちゃダメだよ!さっきみたいなミスは二度とあってはならんぞ、分かった?」

「本当につまらないわね~北崎姉さんより厳しいじゃない?」

「そりゃ当然! 最高のパフォーマンスであってこそ、俺が手渡す花束にふさわしいんだから~」


 仮面の下にあるその頬が、一瞬で真っ赤になった。


「ま、ま、待ってろよ!アタシ、絶対にあんたを心底感服させてから花束をいただくわ! それはそうと……どんな花なの~?」

「内緒! 後でわかるから~」

「ちぇ~~~別に興味ないわ~どうせあんたのセンスじゃ、いい花なんて選べないでしょ~」

「そっか~~~じゃあ花を渡す時は、喜んで気絶しちゃうんじゃないぞ?」

「そ、そんなこと、絶対ないわ!先に楽屋に戻る!自惚れ屋でドシスコンのあんたと話してる暇なんてない!」


「月隠の顔」は振り返ってステージ中央へ戻り、遅ればせながらの開演の挨拶を補った。


 慣れた様子、礼儀正しい言葉遣い、時折織り交ぜられる茶目っ気のある流行語――たとえメロディのない普通の言葉であっても、彼女の口から発せられれば、会場の雰囲気を沸点まで盛り上げることができた。


 特筆すべきは、彼女の一言一句が決して事前に暗記したものや、定型的な決まり文句ではなく、一人ひとりのサポーターへの感謝の気持ちが込められた、心からの言葉だったということだ。


「今度、アタシの可愛いファンたちに無茶なことはするなよ! 彼らをとても大切にしているんだから!」


 かつて文緋が僕を叱った言葉が、突然耳に響いた。


 詐欺師である僕とは違い、彼女は表裏一体で、言行一致で、他人優先で、馬鹿正直な、根っからの善人だ。


 密かに文緋の長所を列挙していた僕が、隣にいた清音に気を散らされた。


「先輩、あの……一つ、ちょっと、ちょっと気になってることがありまして…。」

「ん?何だい?」

「さっき『月隠の顔』が私たちの前に立って挨拶した時、顔は見えなかったけど、彼女の視線がずっと、ずっと先輩の方に向いているような気がしたんです!」


 そう言いながら、清音は嫉妬に満ちた眼差しで僕をじっと見つめていて、まるで僕が浮気者扱いされてるみたい……


 自分が最も憧れる存在であり、かけがえのない心の拠り所である人物が、まさか僕のような田舎者にも惹かれるなんて、誰だって寝取られた気分になるだろう。


 それにしても、僕と文緋の秘技「まばたき通信術」が清音に気づかれてしまうなんて……僕の周りには、なぜこんなに鋭い洞察力を持つ連中ばかりが集まっているんだ……

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