↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕の仲間は60,000,000,000,000(60兆)人もいる。  作者: キヨ
第三章 60,000,001,000,000『人』に達した動員数のライブ
70/95

第十六話 空に現れる女神

「お待たせしました───!『月隠の顔』デビュー3周年記念コンサート、いよいよ始まります───!皆さん、最も熱烈な歓声で、『月の女神』の降臨をお迎えください───!」


 会場全体に響き渡るアナウンスの声で、会場のテンションが最高潮に達した。


 続いて、照明が一斉に消え、会場は瞬く間に暗闇に包まれた。


 ただ、暗闇の真ん中に、4つのゼロを表示した大型スクリーンだけがそびえ立っていた。


「もう8時? そろそろ始まるぞ清音! ついに本番だ! 」

「うん! 先輩もずっと楽しみにしていましたよね?」

「当たり前だ! この瞬間を丸3年も待っていたんだ!」


 ステージにはまだ誰一人としていなかったが、会場の歓声は波のように高まっていった。


 他のエリアに比べ、VIPエリアの観客は比較的落ち着いた様子で、発する声は会場全体の平均レベルより明らかに低かったが、それでも押し寄せる歓声の波に飲み込まれてしまう運命からは逃れられなかった。


 そのため、清音が僕のこの思わず漏らした言葉を聞いたのか、それとも僕が彼女の返事を聞き逃したのか、定かではなかった。



 ――――――――



 その時、会場の沸き立つ雰囲気は一段と高まり、至る所で甲高い叫び声が轟いた。


 巨大スクリーンに、すべてのファンのDNAに刻み込まれたお馴染みの姿が現れたからだ――


「月隠の顔」がデビューした当時のバーチャル歌手としての姿、すなわちファンたちが口々に「月の女神」と呼ぶ存在だ。


 ハイテク映像技術によって生成された二次元の幻影に過ぎないが、その登場以来、ネット上で老若男女を問わず無数のファンの心を掴んできた。


 何しろ、清純で可愛らしく、かつ華やかで透明感あふれる元気系少女の魅力を拒める人はそう多くない。


 さらに、様々なバーチャル衣装を身にまとった姿は、視覚的なインパクトを格段に高めている。


 強調しておきたいのは、「月隠の顔」がデビュー当初、決してバーチャルなイメージを誇示してファンを惹きつけ、人気を高めていたわけではないということだ。


 それどころか、ファンの大多数は彼女の歌声を通じてネット上の存在を知り、仮想世界で素敵な歌声を響かせるこの精霊に注目するようになったのであり、可愛らしく魅力的な外見はあくまでプラス要素と言えるだけだ。


 なぜ僕がこうした昔話を知っているのかといえば、当時、僕もこのバーチャル歌姫のイメージデザインに一役買っていたからだ……


 なんだかプロっぽく聞こえるだろう? 実際、僕が言う「デザインに参加した」というのは、せいぜい文緋にアイデアを出した程度のことだ。


「月隠の顔」というバーチャルキャラクターのデザイン初期、文緋は僕に何度も意見を求め、僕は自分の心の中に描いていた文緋のイメージを言葉や絵で彼女に伝えていた。


 僕が語ったイメージが一体誰を指しているのか全く知らなかった文緋は、僕を「頭の中が可愛い少女だらけの変態」だとしか思っておらず、そのせいで僕は彼女から頻繁に激しい批判を受けていた。


 誇張抜きで、僕のアドバイスなしでは、「月の女神」というキャラクターはこの世に誕生しなかっただろう。


 久しぶりにこの文緋の分身が目の前で踊る姿を見て、僕は感無量になった。


 かつて文緋とスマホのチャットアプリでイメージデザインを共に練り上げた時の数々の思い出が、スライドショーのように大画面に映し出され、「月の女神」と共に、僕一人にしか見えない情景を織りなしていた。


 それは、僕たち兄妹二人だけの共有の思い出。



 ――――――――



「親愛なるファンの皆さん~私のこと、覚えていてくれるかな~~~しばらくお会いしていなかったので、私のことを忘れてしまったかしら~~~」

「もちろん忘れるわけないよ─────!『月の女神』は月と共にあり─────!」


 会場からは再び、津波のような歓声が沸き起こり、「月の女神」の挨拶に応えた。


 一方、僕と清音はただスクリーンをぼんやりと見つめるだけで、その騒ぎに加わらなかった。


 前回の騒動で経験したことから、清音の冷静さには特に驚きは感じなかった。


 僕に至っては、その思い出に浸っていたことに加え、もう一つの動じなかった理由は「月の女神」の声にあった。


 というのも、それは文緋の声紋を基に加工処理された「月の女神」専用の声であり、文緋本人が発声しているわけではないからだ。


 その理由は想像に難くない。デビュー当時、事務所側が「月隠の顔」のプライバシーを守るために意図的にそうしたのだ。


 文緋の歌声については、特別な処理を一切必要としない。なぜなら彼女は歌う際、声質が自動的に普段とは異なる歌手のスタイルに切り替わるからだ。


 その素晴らしい歌声に影響を与えることなく、清音のような知人に音色の共通点を気づかれることもない。


 もちろん、文緋の歌声で耳にタコができるほど聴き込んでいる僕には通用しない。


「覚えていてくれてありがとう~~~私が仮想世界の壁を越えて、現実のステージに立ち、皆さんと会えるのは、すべて皆さんのサポートと励ましのおかげだ~~~特に今夜、こんなに多く『月隠の顔』を愛するファンの皆さんが集まってくれたのを見て、本当に、本当に嬉しい~~~!皆さんの応援に感謝を込めて、これまでで最高のパフォーマンスを捧げます! ぜひ楽しみにしていてくださいね~~~」


「月の女神」の挨拶が終わると、会場の雰囲気は今までの頂点を超えて、さらなる高みに上り詰めた。


 僕と清音を含め、誰もが首を長くして待ちわびており、薄暗い会場の中で百万もの視線が「月隠の顔」が現れる可能性のある場所の一つひとつをくまなく見渡し、「月隠の顔」が登場した時に最初に目が合う相手が自分であるよう祈っていた。


 しかし、みんなの努力は無駄に終わった。


 ステージ全体であれ、会場内の各出入り口であれ、「月隠の顔」が現れる気配は微塵もなかった。


 ファンたちも騒ぎ始め、全力を尽くして様々な応援コールを叫び、いつの間にか競い合うような雰囲気になり、まるで誰かが十分に大声で叫べば、その熱い想いをどこにいるのか分からないあのヒロインに伝え、彼女を会場に呼び寄せられるかのような様相を呈していた。


 僕もファンたちと同じような焦りを感じていたが、行動面では彼らよりはるかに冷静だった。


 できる限り忍耐と集中力を保ち、主役の登場を静かに待ちつつ、清音の前では先輩としての体面を維持していた。


 もちろん清音も例外ではなく、その振る舞いは貴賓にふさわしいものだった。彼女にとっては、こうした場面もすっかり慣れっこなのだろう。



 ――――――――



 その時、清音が突然、僕の右腕にそっと触れ、何か言いたげな様子。


 現場は騒がしすぎたため、僕は顔を横に向け、清音に近づいた。彼女もそれに合わせて、顔を僕の耳元に寄せた。


「先輩!『月隠の顔』の気配を感じました!もうすぐ到着します!」


 僕はつい忘れていた。これが彼女の特殊能力の一つ――「月隠の顔」に対する専用感知能力。


 その効果はレーダーに匹敵するほど強力で、僕の超能力ですら及ばない。


「本当か!!! どこにいるの?早く教えて!!!」

「空です!」

「え────? 冗談言ってるんじゃないだろうな!!もしかして本当に月から飛んできたりするってこと?」

「嘘ではありません! はっきりと感じられます!空のどこかにいるんです! しかも、どんどん近づいてくる気がします!」


 仮に清音の言葉が事実だとすれば、もしかすると文緋が専用ヘリコプターでこちらへやってきているところのかもしれない。だから彼女の「気配」が空に現れているのか?


 一見するとかなり理にかなった仮説だったが、想像以上にはやく覆されてしまった。



 ――――――――



 ちょうどその瞬間、ステージ周囲のサーチライトが一斉に点灯し、 同時に数百メートル高い空へと向かい、ゆっくりと開いていくアーチ型の屋根に集中した。


 屋根の隙間から徐々に広がっていく光景は、漆黒の夜空でもなければ、僕が予想していた空中に浮かぶヘリコプターでもなかった。


 それは3Dホログラム技術によって作り出された銀白色の影であり、舞台へと清らかで澄んだ輝きを降り注いでいた。


 屋根がほぼ完全に開く頃、その影の正体が人々の眼前に現れた。


 純白に輝く人造の月が、会館上空の中心を覆っていた。


 その大きさは本物の月よりも遥かに大きく、手を伸ばせば触れられそうなほど近くにありながら、実際にはその一片さえも掴むことはできない。


 一瞬、幻想と現実の境目が分からなくなり、虚実が入り混じった朧げな美しさを醸し出していた。


 だが最も人々を感嘆させたのは、その絶妙な美しさを誇る月自体ではなく、月の中心に浮かぶ、真っ白な翼を持つ十数人の姿の輪郭。


 後方から差し込む月明かりに照らされ、舞い散る無数の花びらや羽がうっすらと見え、さながら天使が降臨したかのような神聖な情景を繰り広げていた。


 それと同時に、スクリーンにはその十数人の「天使」たちのクローズアップ映像が流れ始めた。


 真ん中に位置するその存在は気高く優雅な装いをしており、背中には三対のふっくらとした白い翼が生えている。


 天使における最高位に相当する存在――いわゆる「熾天使」そのもののような聖なる姿。


 残りの「双翼の天使」たちは「熾天使」を取り囲み、その崇高な地位を引き立てている。


 この絶景を目の当たりにし、会場の雰囲気は再び限界を突破した。もはや誰も胸の高鳴りを抑えて席に座っていられず、一斉に立ち上がって大騒ぎを始めた。


 その中には、喜びのあまり涙を流す感性豊かな人々も少なくない。観客席から噴き出す炎のような情熱が、会場全体を焼き尽くさんばかりだった。


 今まで割と控えめだったVIPエリアさえも、この熱狂の渦に加わった。


 洗練された身なりで、品のある振る舞いをしていた「貴賓」たちも、なりふり構わず、次々と席から立ち上がり、「天使」たちを見上げながら、「月隠の顔」の名を声を限りに叫び、その身分には似つかわしくない熱狂的な感情を思う存分解き放った。


 両親がこの熱狂の渦の中にいるかどうかは見えなかったが、僕と清音はああいう渦に飲み込まれていた。


 狂乱に陥ったファンたちとは異なり、僕たち二人はただその場に立ち尽くし、この幻の光景を静かに見上げていた。


 冷静な判断力を持つ者なら、この「理想郷」を構成する様々な要素を一目で見抜くことができる。


 現実世界との乖離を感じさせる月を除けば、天使の翼や、天使の周囲の花びらや羽といった幻影も、すべて3Dホログラム技術の産物。


 彼女たちがなぜ空中に浮いているのかといえば、この惑星並みのテクノロジーからすれば難事ではない。


 ただ、僕が先ほど乗った小型飛行機と同様、一般人が利用できない手段を通じてこそ実現できるのだ。


 つまり結論はただ一つ、これもまた北崎さんの傑作だ……


 しかし、本当にその真実を暴く必要があるのだろうか?


 美しいもの、美しい光景――たとえそれらが偽りの外見に包まれていようとも、いわゆる理性的な思考でその皮を剥ぎ取らなければならないのだろうか?


 人々に精神的な満足感を与え、現実世界の暗雲を一時的に追い払ってくれるのであれば、仮初のものにせよ、何の罪があるというのか?


 アイドル、あるいは信仰、その真髄はまさにここにある。


 今になって初めて理解できた。なぜ入場時に、あのスタッフたちが僕に、あれほど中二病全開の祝辞を語りかけたのだったのか。


 彼らは単に、事実を伝えてくれていたに過ぎないのだ。


 今やあの言葉は僕にとってあまりにも素朴にさえ聞こえ、彼らが描く対象とは全く釣り合っていないように思える。


 もし僕が祝辞を書くとしたら、生涯かけて学んだ華麗な言葉や文学的な修辞を惜しみなく使い、文学史上最も大げさで、最も甘ったるい文章を積み重ねることで、「月隠の顔」というこの世のものとは思えないほど美しい姿を世に謳い上げるだろう。


 たとえ最も率直な表現で形容したとしても、やはり中二病全開だ―――


 この瞬間、僕の妹はまさに女神の化身そのものだ。


 たとえ顔が見えなくても、彼女は依然として天が人間界に授けた、最も美しい存在なのだ。



 ――――――――



「先輩、ご覧ください! 真ん中にいる、仮面をかぶっているのが『月隠の顔』です!」


 清音は片手で僕の袖をそっと引っ張りながら、もう一方の手を差し出して紹介してくれたが、彼女は「月隠の顔」を直接指さすことはせず、ただスクリーンに、恭しく平手を向けて指し示してくれた。


 相手とスクリーンを隔てて向かい合っているという状況であっても、清音は人に対する基本的な礼儀を忘れてはいない。


「うん、知ってるよ。」


 知っているとも。会場の誰よりも知っている。だってこれこそが、僕の特権だから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。