第十四話 仲間 VS 清音 前編
6月13日、午後7時55分。
100万人を収容する巨大な会館内は、至る所で喧騒が渦巻いており、口から飛び出すどんな言葉でも、その声の波に瞬く間に飲み込まれてしまう。
しかし、その中の一百万分の二だけは、その喧騒に全く影響を受けていないようだ。
普段通り会話を交わすだけでなく、互いの鼓動さえ聞こえるほどだ。ただし、双方の鼓動を速めている原因はそれぞれ異なる。
「ここで、先輩とお会いできて、この上ない光栄です───! これはきっと、きっと『月の女神』のご加護に決まっています!」
僕の隣で、喜び顔で浮き浮きしてやまない端麗で清楚な女性は、まさに僕が今、最も会いたくない旧友、高貴な終身名誉会員であり、「月隠の顔」の親友でもある長実清音。
率直に言えば、清音をこのように評するなんて実に失礼極まりない。
なぜなら、僕にとって彼女は、幼なじみに近い異性の友人であるだけでなく、文緋と共に幾多の孤独な昼夜を過ごしてきた、うちの妹の心の支えでもあり、当然ながら彼女に対して嫌悪や軽蔑の感情を抱くことなどあってはならないからだ。
もし別の場面で、明らかに一般人よりも際立った美貌を持つ女性が隣に座っていたとすれば、男性でありながら全く動じないというのは、男性としての能力に多少の欠陥があるか、あるいは同性愛者である可能性が高いだろう。
しかも彼女にしてみれば、僕の存在は神様からの賜物であるのだ……
残念なことに、今ここに現れた清音がまったく神様の悪戯のように思える。
もし、この面白くもなく深みもない僕の22年間の人生を本にまとめたとしたら、これまで読み続けてくれた読者がこの場面を見れば、僕の置かれた状況や、清音に会いたくない理由が分かるはずだ。
「ちょ…ちょっと、まずなぜ君がここに座っているのか答えてくれ清音!!!」
パニックに陥り、表情は人形のように固まっていたものの、唇は勝手に上下に動いて、清音に対して説明を迫っていた。
だが、清音のことに口を出す権利なんてあるのか?見ればわかるだろう?彼女はただ、名誉会員として当然の権利を行使しているだけだ。僕があれこれと詮索する立場にあるのか?
それどころか、「同僚にチケットを買ってあげた」僕がここにいる方が、むしろ怪しいじゃないか?問い詰めるべきは清音の方じゃないか???
「こ、これは、システムがランダムに割り当ててくれたVIP席で、私の力では変更できません……実のところ、私、私もこんなに前の席に座ることになるとは、予想していませんでした。最前列、最前列の席は眺めが一番良いですから、とっくに全て予約済みだったかもしれませんし、たとえ空席があったとしても、他の会員よりも、他の会員よりも先に確保できたとは限りませんし……」
清音の説明は極めて理にかなっている。責めるなら、いわゆる「システム」を責めるべきだ。
別の席を割り当てられるはずなのに、よりにもよって清音を僕の隣に……一体どこのAIシステム会社の製品がこんなに粗悪なんだ?
しかし、よく考えてみると疑問が湧いてくる。チケットシステムがいくらインテリジェントであろうと、それを操作するのは結局人間だ。
言い換えれば、操作者はシステムが行った座席割り当てを完全に把握しているはずだ。
だとすれば、清音が僕の隣の席に座ったのは全くの偶然ではなく、操作者が意図的にそうしたのではないか?
特に、僕のVIPチケットは正式な販売開始よりずっと前に手に入れていたことを考えると、つまり僕がどの席に座るかは、操作者が数日前に把握していたことになる。
そうなると、操作者がわざとそう手配した以外に、説明のしようがない。
したがって、「容疑者」は二人しかいない――北崎さんの仕業なのか? それとも……文緋のやつがしやがったことなのか?
前者の場合、彼女の動機がどうしても理解できない。後者の場合、仮に文緋が今夜、親が現場に来ることを全く知らなかったとすれば、彼女が清音を僕の隣に座らせた理由を概ね推測できる。
例えば、ステージから最も近い距離で、彼女の人生で最も大切な二人が自分を応援する姿を見たいという、ちょっとしたわがままといったところだろうか。
しかし、せめて事前に一言知らせて、心の準備をさせてくれればよかったのに…
根拠もなく、少し自惚れがちな推測は、現状を改善するのに何の役にも立たない。
今最も重要なのは、僕が磨き上げた嘘の腕前を最大限に発揮し、清音がいつ切り出すか分からない難問に対処することだ。
もし彼女がこのまま僕に会えた喜びに浸り続け、すべての疑念を頭から追い払ってくれるなら、手間が省けるのだ……
「あ~~~~~、確かにね! VIPチケットを買う時によくあることだよね~~~こんなシステムって、本当に当てにならないよね~~~」
仮に今、僕の足元に下水道のマンホールがあったなら、迷わずそこに飛び込んでしまうだろう。
だって、僕のはぐらかす話術があまりにも気まずくて、清音の前で残っていたわずかな存在感を完全に消し去りたくなるほどだったからだ。
生でコンサートを一度も観たことのない門外漢であるくせに、まるで毎日VIP席で観てきたかのような経験者のふりをし、真の通の前で、そもそも存在しないチケット購入体験について饒舌に語ってしまったなんて……
僕の薄っぺらな面目は、あたかも処刑台に縛り付けられた死刑囚のようで、今にも清音という「処刑人」に切れ味抜群の刃みたいな言葉で切り裂かれる。
「先輩の洞察力は実に、実に鋭いです!システムの欠点を一目で察知するとは!会員であるにもかかわらず、運任せで席順が決まるなんて、到底、合理的なやり方とは言えません!」
洞察力が鋭いのは清音の方こそだろう…普通の人には気づけない角度から僕を大いに称賛してくれるなんて、鏡の前で自画自賛したところで、これほどの効果は得られない。
「そ、そうなんっすよ! 運営側にしっかり苦情を言わなきゃ!こんな席順の決め方、どう考えてもおかしいじゃない?こんなチケットシステムって、ちゃんと改善しなきゃダメだろ!」
清音の言葉に乗じて気まずい会話を続け、先ほどよりも少し恥じらいが和らいだ気がした。
「でも、全く、全く良いところがないわけじゃないですよ。例えば、例えば今回、先輩と隣同士の席に座れたのは、このシステムのおかげですし……」
頭上の照明のせいなのか、錯覚なのかは分からないが、清音の顔に赤みが差しているように見えた。
「いやいやいや、このクソシステムはやっぱり改善したほうがいいよ。さもないと、次はスケベなオジサンの隣に座らされて、何かあったら文緋に謝りきれないから……」
「はい!後でご指示、ご指示通りにきちんと苦情を申し立てます!」
清音も非常に積極的に受け答えしてくれた。その真剣な表情から、冗談ではないことがわかった。
ただ、清音がそこまで言い切ってしまったため、僕がさらに話を膨らませる余地は完全に封じられてしまい、この気まずい会話もここで終わらざるを得ない。
次は、僕が最も心配している「あの質問」の番だろう? 清音が口を開く前に、何とか対応策を考え出さなければ。さもないと、どんな結果を招くか分からない……
「ご主人様~~~、隣にいるこの美しい女性は、御妹様ですか~~~」
脳細胞を総動員して言い訳を捏造しようとしていたところで、美しい女性に目がない「目」が再び話しかけてきた。
それもそのはず、清音の際立った美貌は、そもそも目の細胞たちの美的基準に完全に合致しているのだ。
しかしヤキモキした僕は、美少女についての感想を「目」と語り合う余裕など全くなく、清音に対する誤解をさっと訂正するだけだった。
「違うよ!この子は俺たち兄妹の親友で、長実清音って言うんだ!うちの妹はまだ登場してないんだ!」
「へえ~~~そうなんですか?お友達もすごく美人ですね~~~」
「まあ、清音が確かに可愛くて美人だけど、うちの妹にはちょっと及ばないと思う……いや、今そんなこと議論してる暇なんてない!一刻も早く何か策を考えなきゃ!」
「どうしたのですか、ご主人様? なぜそんなに慌てているのですか? 私と相談させていただけませんか?」
しばらく声を出していなかった心臓が、僕の焦りの原因を気遣って尋ねてきた。
しかし今回は、細胞たちの超能力が役に立つとは思えず、使い方によっては余計なトラブルを招く恐れもあるため、心臓には詳しく説明しなかった。
「何でもない、ただの私事だから、自分で何とかする。」
「しかし、ご主人様の自律神経の反応や、アドレナリンやドーパミンなどのホルモンレベルを見る限り、明らかに極度の緊張状態にあります。先ほど警察官たちと対峙した時の様子と非常に似ており、私としては黙って傍観するわけにはいきませんから…」
「はあ、やっぱりお前に見破られたか……」
「ご主人様に何かお困りのことがあれば、遠慮なく私たちに相談してください! 繰り返しになりますが、私たちはご主人様にお仕えするために生まれてきたのですから!」
「そこまで言うなら、いいだろ。話してやるよ。」
僕は事の経緯をありのままに生物信号として編集し、心臓へと送信した。
「なるほど……ご安心くださいご主人様。この件は私たちにお任せください!」
「え? 本当にいい方法があるの? じゃあ、どうするつもり?」
「ご主人様がどう対応すればいいかお困りでしたら、私たちが代行いたします! ご主人様は、発声を担当する部位に一時的に制御権を委譲していただくだけで結構です。」
これって、前回、家に帰って親父を説得してコンサートに誘おうと試みた時の状況の再現じゃないか?
あの時は、僕とやり取りしたのは正体不明の「奇声くん」だったし、操作の過程も少し違っていたけれど、結果はほぼ同じだ――僕の口から何が言われようとも、全く本人にはコントロールできない。
もしも暴言を吐いて清音を傷つけてしまったら、文緋も絶対に僕を許さないだろう……
しかし考え直せば、前回の件も、細胞たちの無礼な発言のおかげで思いがけない良い結果をもたらした。
つまり、時には率直かつ簡潔に本音を伝えることも、一つの選択肢になり得るということだ。
どうすればいい? 細胞たちの主張に従い、再び彼らに全権を委ねるべきか、はたまた自力でこの難局を乗り切るべきか?
――――――――
「あの……そういえば、先輩の、先輩の同僚お二人は、先輩と同じ列の席にはいらっしゃらないんですか?」
決断を固める前に、清音からの「致命的尋問」がすでに始まっていた。
その口調は十分に婉曲なものだったが、僕の予期せぬ来場に対する彼女の疑念が、はっきりと感じ取れた。
戦場を数多く経験してきたこの嘘の戦士である僕が戦死するという悲壮な瞬間が、もう目前に差し迫っていることは、よく分かっている。
たとえ死に際の最後の足搔きだとしても、少なくとも先輩としての貫禄は失ってはならない。
「あ、あの二人か?彼らとは一緒に座っていないぞ。だって、あの二人は……カップルだからね。邪魔者になりたくないし……」
また僕の錯覚なのかは分からないが、清音の頬はさらに赤くなった。
「私の、私の思い過ごしです!ただ、これまで『月隠の顔』に全く興味を示さなかった先輩が、まさか、まさか本当に自ら会場に足を運んでライブを見にいらっしゃるとは、今でも信じられなくて……まるで夢のようです……」
清音が僕を見るその眼差しは極めて複雑で、喜びと疑念が共存し、衝動と理性が入り混じっている。
「そ、そこまで大げさじゃないぞ?ただのコンサートを見に来ただけじゃないか~」
「でも、それって私の知っている先輩のイメージとは、全く、全く違うんです!」
そう、これは僕が待っていた質問。合理的な答えが成り立たないこの質問。僕を死地に追い込もうとしているこの質問。
為す術もなく、ただおしまいを待つこと――それが僕に思いつく唯一の解決策だった。
文緋の正体を守りつつ、十分な説得力のある理由をでっち上げ、清音のすべての疑問を晴らす。
そんな両立可能な妙案が、この世に本当に存在するのだろうか?
最期の瞬間、僕はあの大型スクリーンをこっそりちらりと見た。そこにはライブ開始までの残り時間が表示されている――あと2分ちょっと。
このまま清音の質問をごまかして、開演までやり過ごすのはどうだろう?
一時的にごまかすことはできても、永遠にごまかし続けることはできない。
曖昧な対応は現実からの逃避でしかなく、清音の心にあるわだかまりは全然解消されないばかりか、それによって大波乱を巻き起こし、僕と文緋を飲み込み、溺れ死なせてしまうかもしれない。
よし、これで自分の最後の逃げ道を自分で塞いでしまった……よりによってこういう点で、頭は結構冴える……作戦を練るのにその知恵を働かせろよ、安達池!
説明する言葉も見つからず、ただ黙って顔を横に向け、いつでも僕の本心を見透かしそうになる清音の視線を避け、これから待ち受ける数々の悲劇的な結末を想像し始めた。
ちょうどその時、何度も僕を窮地から救ってくれたあの声が再び響いた。
「ご主人様!私たちのことを忘れないでください!さあ、ご命令を!」
そうだ、僕にこんな頼もしい仲間たちがいることをすっかり忘れていた……
彼らが清音に対して一体何を言うつもりなのかは分からないし、失礼なことを言うかもしれないが、今となっては他に選択肢があるだろうか?
それに、自分の体を信じ抜くこと――それはそもそも、誰にとっても当然の義務なのだ。




