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第二十二話 誰にも聞こえない告白

 現在の時刻は夜11時07分。

 文緋はまだ帰宅しておらず、小洋屋で買ったケーキが翌日のものになってしまうまであと53分だ。

 仕方なく、まず電子ピアノとケーキをリビングに置き、模型を自分の部屋にしまってから、再びリビングに戻り、ソファに座って文緋の帰りを静かに待った。

 彼女をいち早く出迎え、この想いを自分の手で手渡すために、シャワーで疲れを癒そうという考えは諦めた。シャワーを浴びている間に文緋が帰ってきて、彼女のために用意したサプライズを先に発見されてしまう恐れがあるからだ。


「眠い……やっぱり先にシャワーを浴びるべきだった……ああ~~~~~」


 時計の針は真夜中の0時に刻一刻と近づき、一日中走り回って蓄積された疲労感が、徐々に僕の意識を蝕んでいく。

 あくびが止まらない僕は、いつもの手を使うしかなかった。テレビをつけて音量を上げ、それによって最低限の覚醒状態を保つのだ。しかし、その効果はごく限られており、長く続きそうにない。いずれは押し寄せる眠気に負けてしまい、せっかくの苦労が水の泡となる結末を迎えることになるだろう……

 ただ待っているだけでは解決しない。やはりメッセージを送って聞いてみよう。


「もうすぐ12時だけど、今日はどうしてこんなに遅くまで帰ってこないの?まだ仕事が終わってないの?何かあったんじゃない?」


 チャット画面には一向に新しいメッセージが表示されない。幸い、あらかじめ対策を講じていた。チャットアプリの連絡先には、文緋の仕事の状況を確実に把握している人物が一人いる。もしかしたら、文緋の身に監視カメラを仕掛けているかもしれない……その人に対する認識からすれば、これは決して冗談ではない。何しろ「月隠の顔」は、彼女の手元にある最も貴重な財源なのだから。

 一刻の猶予も許されない。すぐに連絡先リストから「マネージャーの北崎さん」のプロフィール画像を選び、新しいチャット画面を開いた。そう、これは北崎さんを連絡先として登録して以来、初めて彼女にメッセージを送るのだ。もともと僕と北崎さんの関係は、「文緋の紹介で知り合った人脈」という程度に過ぎず、文緋を除けば互いの交友関係に全く接点がなく、当然ながらあまり交流する必要もなかった。

 とはいえ、北崎さんには感謝の念を抱いている。先日会場で起きた騒動の際に助けてくれたことだけでなく、「月隠の顔」を世に送り出し、あの大人気を築き上げてくれた恩もあるからだ。

「月隠の顔」がすでに北崎さんに莫大な短期的な利益をもたらし、さらに計り知れない長期的な利益も生み出していくことを考えれば、これらで恩義を十分に返せたはずだ。ただ質問をするだけなら、「過去の借金に新たな借金を重ねる」ということにはならないはずだ。


「北崎さん、深夜にお邪魔して大変失礼いたします。文緋と連絡が取れず、時間も遅くなってしまいましたので、失礼ながらお伺いしたいのですが、文緋は今まだそちらでライブの下稽古をしていたりするのでしょうか?」


 やがて返信が届いた。やはり、スマホを片時も手放さない北崎さんなら、僕のメッセージを見逃すはずがない。


「あら~、超能力者の池君じゃないか?珍客だね~そうよ、今リハーサル中なの。終わるまでもう少し時間がかかりそうよ~。ご存知の通り、このライブの重要性は並大抵じゃないから、手抜きはできないの~。でも安心して、あなたの愛しい妹ちゃんは無事に帰してあげるから~~~」

「分かりました。お疲れ様です。それでは、妹の送迎はよろしくお願いします。」


 北崎さんとの短いやり取りが終わった途端、スマホに表示されていた時刻も4桁から3桁へと切り替わった——つまり午前0時00分となったわけだ。

 大抵の人は一晩ぐっすり眠った後でなければ翌日が来たことを実感しないものだが、厳密に言えば、午前0時0分こそが新しい一日が正式に始まる瞬間である。それとは対照的に、「文緋と一緒に『当日製』のケーキを楽しむ」という、あれほど心を砕いて計画した予定は、正式に始まるのを待たずして、いきなり終わりを迎えようとしていた。

 偶然にも、僕が適当にチャンネルを選んだテレビでは、深夜ドラマが放送されており、画面には自宅で一人で夕食を作り、夜勤から帰ってくる夫を待ちわびている妻の姿が映っていた。彼女は、夫が今まさに、ネオンがきらめき、美人がひしめく華やかな世界にうっとりとしていることなど、知りようがなかった。

 性別が逆で関係性も異なる点を除けば、状況にはどこか似たところがあるように感じた。タイミングの偶然ぶりもあまりに絶妙だったので、我が家のテレビが知能を身につけて、わざと僕をからかうためにこんな番組を流しているのではないかと疑わずにはいられなかった。


「この嫌らしいテレビまで、俺を嘲笑っているのか……」


 苛立ちと落胆の感情に駆られ、チャンネルを変える代わりに、テレビの電源を切ってしまった。家の中はたちまち真空状態のような静寂に包まれ、眠りにつくには絶好の環境となった。もうこれ以上耐えきれなくなった僕は、すぐにソファに倒れ込み、半開きにした目でテーブルの上に置かれたケーキの箱を見つめた。


「ケーキをこんなに長く置いておいたら、味は確実に落ちてるはず……それに、0時過ぎにケーキなんて食べる人なんている? 夜食にしては甘すぎるし。文緋のようなケーキマニアでさえ、こんな時間に前日のケーキを目の前にしても食欲は湧かないだろう。だから、落ち込む必要なんてない。」


 しばらく自分を慰めた後、寝返りを打って天井を見上げた。まぶたがますます重くなっていく。眠気を振り払うために、最後の努力として手元のスマホを手に取り、「小洋屋」で撮った自撮り写真を開き、Vサインをしながら間抜けな笑顔をしてる自分の姿を見入っていた。


「どうやら、まだタイミングが合わないみたいだなぁ。文緋と一緒にケーキを食べるのが、まさかこんなに難しいことだとは思ってもみなかった……一日も早く彼女と一緒に陣港に戻って、堂々とケーキを食べるといいなぁ。ならばこっそり買ってあげる必要なんてなくなる……それに、俺たちの古い家で……」


 思考は僕の最後のエネルギーを消耗し尽くした。疲れ果てた脳は、様々な形でこの「ご主人」である僕に「眠れ」という合図を連発し、ずっと踏ん張っていた僕もついに抵抗を諦め、脳の指示に従うことにして目を閉じた。はっきり言えるのは、これは決して精神世界にいるあの「奇声君」の仕業ではなく、自然で生理的な反応なのだ。

「奇声君」といえば…… 昼、母ちゃんと一緒に皿洗いをしている時、頭の中の妙な声に何か伝えようとしていたっけ?


「今日のことは……ありがとう……」


 夢の世界に完全に引き込まれる直前、感謝の言葉が脳裏をよぎった。だが、その言葉が誰かに、あるいは体内の何か「もの」に聞こえるかどうかは、自分でも分からなかった。

 まあいいや、あいつが聞こうが聞くまいが。


 深夜、1時半近く、玄関でドアが開く音が響き、その直後に、意図的に音量を抑えられたようなドアを閉める音がした。

 非人道的な強度のリハーサルから戻ってきた「月隠の顔」は、スリッパに履き替えて玄関に立ち、音も声も聞こえないリビングの入り口をボーッと見つめていた。


「テレビの音も聞こえないし……まったく、何を期待してたのかしら。」


 文緋の期待外れはほんの一瞬のことだった。なぜなら、ボロボロになりかけた体を引きずってリビングを通り過ぎたとき、目の前に広がる光景が、その落胆を瞬時にこの上ない幸福感へと変えたからだ――ここ数日、毎晩リビングで自分の帰りを待っていたあの姿が、今夜も欠かさずそこにいた。熟睡の最中で、寝相もあまり上品とは言えなかったが。

 ただ残念なことに、この至高の幸福感もまた、ほんの数秒間しか続かず、文緋の顔から消え去ってしまった。ソファの横に置かれたあの大きな長方形の物体、そしてティーテーブルの上の白い箱。

 少し距離はあったものの、文緋は一目でそれらが何であるかを見抜いた。

 通常なら、この二つの、自分が日夜思い焦がれていた代物を目にすれば、文緋の興奮ぶりは想像を絶するものだったはずだ。ただ、今日は「通常ではない状況」だった。理由は単純で、それらは本来、ここにあるべきものではなかったからだ。


「お兄ちゃん、またこっそり『あちら』へ行ってしまったのね……」


「あちら」――それは、文緋にとって常にタブーとされてきた存在。

 自分だけでなく、兄が「あちら」と過度な関わりを持つことも望んでいなかった。とりわけ、自分よりも優先されるような関わりはなおさらだ。特定の言葉で表現するなら、おそらくある種の独占欲が頭をもたげているのだろう。

 池が何も告げずに「あちら」へ戻り、妹が兄に強いたこの「境界線」を勝手に越えてしまったことに対し、文緋の心にはやはり、やるせない思いがよぎる。たとえ、池のすべての行動がこの妹のためであることを知っていても。

 どんなに気が進まなくても、妹の冗談のような一言だけで苦労を厭わず電子ピアノを持ち帰ってきたこの「唐変木」な男に対して、妹の好みを一瞬たりとも忘れず、記憶力が良すぎるこの頭脳の持ち主に対して、文緋は、どんな怒りの理由も理不尽であり、どんな感謝の言葉も微々たるものに過ぎないことを深く理解していた。

 左目の下にある消えない傷跡と、兄への深い愛情は、それぞれ憎しみと絆を象徴していた。相反するこの二つは、文緋の心の中で激しくぶつかり合い、絡み合い、まるでもつれた毛糸玉のようになっていた。

 自分の力だけではこの心の結び目を解くことのできない文緋に、唯一できることは、静かに池のそばへ行き、床に腰を下ろし、その無造作な眠り顔をやさしく見守ることだけだった。ただそれだけで、十分だった。


「本当に世話が焼けるお兄ちゃんだね。お疲れ様、アタシの大好きなお兄ちゃん。」


 淡い微笑みと心の独白――熟睡中の池には、それを見ることも聞くこともできない。そもそも文緋は、この想いを伝えるつもりはさらさらなかったからだ。感情が芽生えたその日から、それは棺の中にしまい込み、永遠に深く埋める運命づけられているのだ。

 突然、澄んだメッセージ通知音が鳴り響き、一瞬で空気に溶けていった。どうやら何らかのアプリの通知音らしく、実質的にはスパム同然だ。

 音は池の右手に握られたスマホから発せられた。画面を下向きにして腹のあたりに置かれていたが、明らかに「おやすみモード」をオンにし忘れたせいで、こんな時間に鳴り響いてしまったのだ。

 無防備だった文緋は、その音に本当に驚いてしまい、あたふたとその場を逃げ出そうとする。仮に池が起きたとしたら、仰向けの顔を横に向けると、床に座って至近距離から自分を見つめる怪人が目に入る。それに、真夜中の雰囲気と相まって……池の視点に立って想像しただけで、文緋自身も背筋が凍るような思いがした。もしかすると、自分には本当にくノ一の素質があるのだろうか?

 しかしすぐに、文緋はそうした心配が杞憂だったことに気づいた。目の前にいるこの熟睡中の男は、目を覚ますどころか動く気配すらなく、いびきはさっきよりもさらに大きくなっていたからだ。池が寝たふりをしているわけではないと確認すると、文緋はようやく安堵の息をつき、人差し指と親指で池のスマホを挟み、そっと池の手から少しずつ引き抜いた。もちろん、池はそれに全く気づいていなかった。


「バカお兄ちゃん、スマホの音も消さずに寝ちゃったなんて……えっ? こ、これは『小洋屋』の店内じゃないか?」


 もともと兄のスマホの中身を覗き見るつもりはなかった文緋だが、網膜に映り込んだ画像は避けようがなかった。池のスマホはスリープ状態ではなく、画面はずっと点灯していたからだ。

 画面に映っていたのは、小洋屋で撮られた池の自撮り写真で、ダサくてたまらない「V」サインを掲げ、バカみたいに笑っている。背後には、カメラのフレームに割り込んではいるものの、池よりも映えている店員が二人いた。自撮り写真の構図全体を見る限り、池はやはり自撮りが苦手なタイプだと言い切れる。


「な、何これ!超下手な写真じゃないの~~~お兄ちゃん、今まで自撮りしたことあるの? しかも他の人に邪魔されてるなんて!お兄ちゃんよりも写りが良いし~ってかこの時計、すっごく可愛い! 午後6時32分……ん?」


 あの二人の店員が写り込んでいる位置の頭上、つまり写真の中央上部に、壁に掛けられたカラフルな時計がひときわ目立っている。どうやらこの写真の構図の焦点となっているようだが、文緋の関心を引いたのは時計自体ではなく、時計に表示されている時刻だった。


「まさか……」


 ある考えが文緋の検証を求めており、そのため文緋はケーキの箱へと視線を向けた。おそらく前回騙された経験のせいか、文緋の視線には警戒心が満ちており、手を伸ばそうとしながらも躊躇していた。知らない人が見れば、この箱の中身はケーキではなく、爆弾のような危険物が入っていると思われてもおかしくない。文緋の様子は、まさに爆弾処理班が爆弾を解除しようとしているかのようだったからだ。


「まったく、一体何を怖がっているのかしら?たとえお兄ちゃんがまたアタシを騙したとしても、どうってことないわ。せいぜい、お兄ちゃんにケーキを全部食べてもらえばいいじゃない~そうすればケーキも無駄にならないしね~」


 この一石二鳥の素晴らしいアイデアを思いつくと、文緋はためらうことなく、しっかりと手を伸ばして箱の縁の隙間に挟まっていた領収書を引き抜き、そこに記載された取引情報を丹念に確認した。その姿は名探偵っぽかった。


「栗のケーキ――640新青ドル」

「バニラケーキ――600新青ドル」

「支払い時間――18:32」

「支払い方法――コード決済、決済アプリ『Yapyap』経由、カード番号:xxxx xxxx xxxx 2014」


 照合を終えると、領収書上の情報は、文緋が覚えている手がかりと一致していた。この決定的な証拠は、池の潔白を証明しただけでなく、文緋に空前の安心感を与えた。騙されるという苦しみ、特に最も信頼し、大切に思っている人に騙されるという苦しみは、どんな理由があろうとも非常に辛いものだからだ。

 この瞬間、ある考えも裏付けられた。


「よくもこんなこと思いついたわね。証拠写真まで用意してるって、本当に参った。この大バカ。」


 この甘くて優しい「叱り」は、文緋の口からそっと紡がれた。池のこのちょっとした小細工は決して巧みではなく、むしろ余計なことだったかもしれないが、文緋にとっては紛れもない幸せだった。

 そこで文緋は、自分なりの「ちょっとした気遣い」で池に恩返しをすることにした。

 彼女は台所から小さな皿を一枚つとフォークを一本持ってくる。そしてケーキの箱を開け、栗とバニラのケーキをそれぞれ一切れずつ皿に盛り付けた。次に、フォークでケーキのクリームをほんの少しだけ取り、そのフォークで池のわずかに開いた唇に軽やかに触れた。

 すると、クリームがすぐに池の唇にべっとりと付いている。

 しかし、池自身はただ美味しいケーキを食べている甘い夢を見ているだけだと感じ、無意識に2回ほどくちゃくちゃと音を立てた後、再び熟睡した。


「ごめんね、せっかく一緒にケーキを食べられるチャンスを作ってくれたのに……まあ、これで一緒に食べたことにしよう~えへへ~~」


 文緋はそのフォークで一口大の量を取り、自分の口に運んだ。やがて、二切れのケーキはこの世から完全に消え去った。

 ご覧の通り、真夜中にケーキを夜食として食べる人は確かに存在し、しかも二切れも一気に平らげたのだ。

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