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第八話 初の定例身体検査 勇者の再臨、殺し屋の誕生

「モノ閣下、失礼ながら……どういったことでしょうか?」

「はっきり言えば、教授、そして皆さん、私の本職を忘れてしまいそうです。」


 心を凍りつかせるほどの冷たい口調は、このモノという人物が一体何者であるかを、一瞬にして皆に思い知らせた──世界中のメディア業界で最も知名度の高いメディア企業「モノポリティアン」の第二代経営者。つまり、彼は全世界の膨大なメディアの資源と情報発信用の主要ルートを支配しており、報道界全体を意のままに操る力を持っている。

 もっと端的に言えば、この人物は、安達池が隔離されたというニュースを外部に漏らす可能性のあるあらゆるメディア経路を、いとも容易く断ち切ることができるのだ。

 これまで表舞台に立つことのないモノが、まさにこの重要な局面で介入してきたのは、明らかにタイミングを見計らったものだった。これは教授が計算に入れていなかった見落としであり、安達池を救出する作戦に再び不測の事態が生じた。


「我らは、モノ閣下が常に控えめに行動され、他者による妨げを好まれないことを深く承知しております。本日、我が虎視島にお越しくださったことは、この上ないご厚意であり、礼儀において不手際があった点、どうかご容赦ください。」


 義堂大臣の言葉には謙虚なニュアンスが満ちており、公爵陛下などと会話する時よりもさらにへりくだっていた。しかし、公爵陛下の、巨石が頭上にのしかかるような威厳とは全く異なり、モノという人物から独特の雰囲気が漂ってきている。相手はまるで視界を遮る霧の中に入り込んだかのように感じさせられ、いつ目に見えない敵が不意を打って放った矢により、命が奪われるかもしれないという不安を話し相手に抱かせた。


「恥ずかしながら、わしでさえ、世論を巧みに操ることのできるモノ閣下を見落としてしまっていた。閣下の協力さえあれば、たかが報道機関など恐れるに足らない!」


 意気込んだ公爵陛下は、自信満々にメディアへの軽蔑をぶちまけた。もし彼らが手を組めば、安達池は今後一生、日光を浴びることはできなくなるだろう……。絶体絶命の教授に残された道はただ一つ。再び祖国に恥をかかせ、権力者たちの逆鱗に触れるという甚大なリスクを冒し、後戻りできない覚悟で目の前の危機に立ち向かうことだけだ。


「腹をくくるしかない……どれほどの罪を背負おうとも、池君に誓った約束を破ることは断じてない!」


 教授は気持ちを落ち着かせ、冷静にマイクに口を近づけると、同じように冷たい口調でモノにこう言い放った──


「モノ閣下は報道界で絶大な影響力をお持ちとはいえ、一人の人間の生き死にを左右できるほどではないでしょう?」


 この、ほとんど生意気とも言える発言は、再び大きな波紋を広げた。


「リチャード教授!また何をほざいているんだ!我が万象国の面目を完全に潰さないと気が済まないのか!」

「ジル部長、落ち着いてください。私が教授としっかりと話し合った後で、お怒りになっても遅くはありません。」


 すると、モノは椅子を教授の方に向け、人目を引く帽子をわずかに持ち上げて、長い間隠されていた眉や目、細長い目尻、そして狐のようにずる賢い視線を露わにした。その視線と一瞬でも目が合うだけで、背筋がぞっとするような感覚に襲われるほど恐ろしいものだ。


「私にとって、リチャード教授のような博識な方と議論を交わすことはこの上ない喜びです。先ほどのお言葉の真意について、ぜひご教示いただけないでしょうか?」と、モノは興味深そうに教授に尋ねた。

「私は誰かを名指しするつもりも、閣下を不快にさせるつもりもありません……しかし、公爵陛下のお言葉には到底同意できません!確かに、モノ閣下が一役を担えば、皆様にとって不利な世論を完全に揉み消すことはできるかもしれません。だとしても、それが皆様の根本的な利益、すなわち安達池の生命の安全を守ることに、一体どう役立つというのでしょうか?そもそも彼の精神状態を改善する上で、これでは何の役にも立ちません! それどころか、安達池を気遣う家族や友人たちは、彼からの連絡が一切途絶えたことに苦しみ、絶望に陥り、結果としてさらなる被害者を生み出すだけでしょう! このような労多くして功少なしの行動を取るかどうかは、くれぐれも皆様ご自身で利害得失を慎重に検討した上で、ご判断ください!」


 教授は、利害関係と個人的な感情を織り交ぜたこの一連の主張を一気にぶつけると、すぐに両手で机に手をつき、息を切らしながら喘いでいた。地位も実力も自分より圧倒的に上回る相手たちを前に、教授が使える唯一の武器は弁舌であり、言葉を鋭い矢に変えて、霧の中に潜み、姿の見えない敵へと反撃を仕掛けた。


「ええと……良い知らせと悪い知らせが一つずつあるのですが、教授はどちらから聞きたいですか?」

「モノ閣下、その言葉はどういう意味でしょうか……?」

「教授、他のことを気にせず、お好きな方を選ぶといいです。」

「リチャード教授! 皆様のお時間は限られています。さっさとモノ閣下の指示通りにしろ!」


 苛立ちを隠せないジル部長は教授を繰り返しせき立てた。大国の代表として、教授の度重なる無礼な言動に面目を失ったと感じており、一刻も早く体裁を保ってこの場を収めたいと願っている。


「承知いたしました……モノ閣下、その『良い知らせ』とは一体何のことか、ご明示いただけますか?」

「それでは、はっきりと話しましょう。教授はご自身の主張には確実に多少の説得力があることを、幸運だと思うがいい。確かに、『世論操作』と『安達池の心理状態の改善』という二つの要素の関係から見れば、それほど大きな相関性はないようですね~」

「モノ閣下!まさか、そんな根拠のない見解に、もう納得されてしまったのか?」

「アリゲル陛下、モノ閣下もそうお考えなら、教授の言うことは決して虚言ではないということになりませんか?ここで教授に聞きたいんだが、安達池の身の安全を確保するための良い方法ってあるの?」と、ファリティ王子が横槍を入れた。


 情勢のバランスが自分に傾きつつあることを察知した教授は、その流れに乗じて解決策を打ち出した。


「実はとても単純な話です。現状を維持することが、最も妥当な方法なのです。」

「つまり……安達池を定期的に虎視島に呼び戻して検査を受けてもらえばよい、ということですか?」

「その通りです、義堂大臣。同時に、安達池には検査の結果を隠し続けるのです。そうすれば、安達池に過度な精神的負担をかけることも避けられ、皆様の共同プロジェクトも円滑に進めることができます。私見では、これは両方を満たす最善の策ですので、ご来賓の皆様にはご採用いただければ幸いです。」


 傍らに立っている下田は、思案げに教授の方をちらりと見た。すると突然、下田の背後から一筋の白い光が閃いたかのように、彼の心の中の疑念が解けた。


「なるほど、一人で来賓たちに報告をしなければならなかった理由はこれか……」


 教授は円卓を囲む席を一通り見回した。出席者たちの表情から判断すると、概ね教授の提案には賛成のはずだ。アリゲルとモノという、読みづらい二人の顔はさておき。多数派の支持を得て、勢いづいたままに、速やかに採決を行えば、勝算は格段に高まる。


「もし私の提案についてご意見がございましたら、どうぞお申し付けください。もしこの提案が妥当であるとお考えでしたら、皆様の貴重な時間を節約するため、速やかに採決を行うのが最善だと存じます。」


 異議を唱える者も、率先して採決を始めようとする者もいなかった。上座に座る四人がいずれも態度を示さない限り、先陣を切る者など現れるはずもない。教授は思わずじれったくなり、さらに促そうとしたところで、場を盛り上げるのが最も得意なファリティ王子がようやく口を開き、教授に代わってこの膠着状態を打開した。


「ん? なぜ皆さん、何も言わないのですか? アリゲル陛下もモノ閣下も異議がないのなら、皆さんは遠慮なく採決を行ってもいいです。余計な気遣いは必要ありません。」

「そうです。時間を無駄にするわけにはいきません。では始めましょうか? 羽杉君、具体的な進行はあなたにお任せする。」

「承知いたしました。」

 

 基地の業務全般を担当する羽杉も、円卓のスクリーンを遠隔操作する権限を持っている。彼が手にした小型タブレットをさっと操作すると、13人の来賓の目の前のスクリーンに「○○様(来賓それぞれの呼称)、リチャード教授の提案にご賛同いただけますでしょうか?」という文字が表示された。


「ご来賓の皆様、それぞれのスクリーンで選択を行ってください。教授の提案に同意し、安達池に対する現在の定期検査体制を維持することに賛成の方は、スクリーン上の『はい』のオプションを選択してください。反対の方は『いいえ』をクリックしてください。」


 このたった13人による投票は、陽の国国会で千名以上の議員が参加し、一国の政策に関わる大規模な採決よりも、はるかに重要な意味を秘めている。

 一本一本の指が指し示す方向、画面に触れる位置──たとえほんのわずかな違いであっても、それが一人の「人間」の将来と運命を決定づけることになる。


 教授は固唾を呑み、顔から汗が絶え間なく滲み出ている。採決の現場を凝視するその目は、まばたき一つする余裕すらもない。角膜上の涙も次第に蒸発し尽くしてしまった。

 それと同時に、「最悪の結末」をこの目で目撃してしまうかもしれないという恐怖に駆られ、額から滑り落ちる冷や汗が目に流れ込み、涙腺の分泌物の代わりとなって、干からびかけた角膜を潤す一方で、自身の視界をぼやけさせていった。


「投票の集計が終了しました。ご来場の皆様のご協力に心より感謝申し上げます。それでは、小官から今回の投票結果を発表させていただきます……」


 下田の声は、雷鳴のように耳をつんざく教授の鼓動を覆い、過度の緊張でほとんど停止状態にあった思考と意識を呼び覚ました。


「集計の結果、本案に賛成した人数は12名です。採決規則に基づき、賛成者が総投票者数の3分の2を超えているため、謹んで皆様に申し上げます。今回の採決は可決されました!」

「12名……聞き間違いじゃないだろう? まさか……下田って奴が私をからかってるんじゃないだろうな!!!」


 ほぼ全員一致での可決という結果と、教授の心の奥底から湧き上がり、誰にも聞こえなく、思い切り吐き出された咆哮。


 同じく12対1というスコアは、以前専門家団によって否決された屈辱的な記録とは鮮やかな対照をなしている。教授は、見事な逆転劇をもってすべての屈辱を洗い流し、肩の重荷をすべて卸し、奈落から一躍飛び上がり、勝者の表彰台へと登りつめた。

 あの唯一の、目障りな反対票を誰が投じたかなど、もはやどうでもよいことだった。


「決議に則り、安達池は隔離されることなく、当初の計画通り、彼に引き続き定期的な検査を受けてもらうことになります。我々虎視島側も安達池の状況を常にフォローアップし、万が一何らかの変化があれば、直ちに関係各方面に報告いたします。」


 この「隔離されない」という約束を得て、教授はようやく100パーセント安心することができた。一瞬、気が緩みすぎたのか、あるいは脚の持病が突然再発したためか、教授は演壇の上で倒れそうになったが、幸いにも素早く手を伸ばして講演台につかまったおかげで、「滑稽な勝利者」という恥ずかしい姿で、全力を尽くして勝ち取った成果を締めくくる事態は回避された。


「決議はすでに可決されたのですから、そろそろ協定に署名すべきではないでしょうか?時間は待ってくれませんよ!」


 せっかちな荘部長は、他の者たちが今日ここに集まった最終目的を忘れてしまうのではないかと心配して、繰り返し皆に催促した。


「いよいよ始まる時ですね。ただ、アリゲル陛下が安達池についての見解に変化があったかどうかは分かりませんが……」

「ジル部長、今日見た限りでは、この人物の価値は確かに証明された。しかし、あらかじめ言っておくが、協力の過程において、我々北ロシット同盟諸国が投資に見合う見返りを得られない場合、当方は協定を撤回する権利を留保する。」

「ご安心ください! 安達池は我々を失望させることは決してありません!」


 公爵陛下が発言を終えた時点で、協定締結への道のりには何の障害もなくなったことを意味している。ベッドに寝転がって爆睡するだけで、ある大国の支配階級からの好意と認めを得られるなんて、まるで、濡れ手で粟を望む者たちを騙そうとする詐欺師がでっち上げたような魅力的な嘘に聞こえる。


 義堂が下田に目配せをすると、下田はすぐにその意図を察し、羽杉に協定書を持ってくるよう命じた。やがて、羽杉は警備員から分厚い金属製の手提げケースを受け取り、ケースに施された数か所の生体認証セキュリティロックを解除して開け、中から書類のような紙の束を取り出し、13名の来賓に均等に配布した。


「本協定書は一人ずつ正副2部で作成されており、各貴賓様のお名前が署名された紙の原本は、皆様が共同で管理する生物医学財団が保管し、電子版は当方が代行して保管いたします。皆様、協定書の具体的な内容をよくお読みください。内容に異存がなければ、お手数ですが、卓上の万年筆でご署名をお願いいたします。」

 

 下田の指示のもとで、この表沙汰にできない秘密協定の調印式は、着々と進んでいく。協定の内容をざっと目を通した後、出席者たちは次々と手元の万年筆を手に取り、署名し始めた。一方、教授は未だに演壇に立ち、複雑な気持ちでいっぱいである。この「重大な意義」を持つ瞬間をこの目で目撃できるとすれば、他の人なら、この経験を一生自慢できる誇りとして捉えるだろう。


「池君、私にできることはここまでだ……この協定の調印を、私にはどうにも止められなかった……この世で最も不甲斐ない先生である私を、どうか許してほしい……」


 全員が万年筆を置いた瞬間、円卓の前方から整然とした力強い拍手が沸き起こった。どうやら警備員たちが、すべての検査員や休憩室にいた専門家たちをここに連れてきて、この歴史的な場面にふさわしい礼遇を捧げたのだ。端的に言えば、彼らはチアリーダーとほぼ同じだが、おそらくこの惑星で最も平均学歴の高いチアリーダーチームだろう。


 ただ一人、誰も気にかけない高みに立ち、拍手を送ることを拒んだ者がいる。


 長く続く拍手が収まると、義堂大臣は席から立ち上がり、陽の国政府および主催者である虎視島を代表して、短い締めの挨拶を行った。来賓一人ひとりの顔には喜びが溢れており、義堂大臣の挨拶も人々の心を奮い立たせるもので、まるで全てが光と希望に満ちた方向へと進んでいるように思われた。

 しかし、その「光と希望」の源は、依然として薄暗い一室に置き去りにされたままで、誰にも知ることのできない悪夢に苛まれながら孤独に過ごしている。彼に寄り添っているのは、引き抜かれて脇に捨てられた数本のカテーテルだけだ。カテーテルの内側に付着している大量の血痕は、長時間空気に触れたことで凝固し、細長い暗赤色の縞模様となって、カテーテルの末端へと伸びていく。

 この血痕まみれの末端は、決して安達池と彼の細胞たちが辿り着きたがる終着点ではない。


 挨拶が終了すると、要人たちの会合も無事に幕を閉じた。警備兵の厳重な護衛のもとで、来賓たちは真っ先に研究室を後にし、残りの検査員や専門家たちは反対側の出口から順次退場した。ほどなくして、広々とした研究室は静寂と寒気に包まれ、機械の稼働音が微かに響くだけとなった。力尽きた教授は、演壇からよろめきながら降りてきて、重い足取りで精密検査室へと向こうとした。

 健康診断エリアの入り口に着いた途端、教授は入り口の脇に佇む人影に驚いて一歩後ずさった。暗がりに潜み、不吉な予感を漂わせるその人影。


「だ、誰だ!」

「教授、お待ちしておりました。」


 陰の中から次第に見えてきたのは、見覚えのあるシルエット──あの一目でわかる中折れ帽である。


「モ……モノ閣下?もうお帰りになったのでは?」

「教授が必ずここに来られると分かっていたので、ここで待っていました。ご安心ください。警備員と出迎えの従者には、研究室の外で待機するよう指示しておきました。ここには私たち二人以外、第三者は誰もいません。」

「モノ閣下、何故こうなさったのでしょうか?」

「先ほど、教授は正しい選択をされました。もし『悪い知らせ』を先に聞くことを選んでいたら、恐らく教授の精神力では、あの説得力のある理由を口にすることはできず、安達池を救うこともできなかったでしょう。」

 

 モノは教授に一歩ずつ近づいていった。普段は口数の少ないこの大物実業家なのに、今に限って饒舌に語り続けている。


「とはいえ、研究界のベテランであるあなたにとって、知的好奇心は不可欠な属性だと私は信じております。ですから、きっとこの『悪い知らせ』に興味を持ってくださるだろうと思っています……」


 たとえ興味がなくても、今の教授には、この「人間ラジオ」の「悪い知らせチャンネル」を聞き流す力など残されていない。

 モノは教授の耳元に顔を寄せ、こう囁いた───


「残念ながら、教授は一点だけ誤解されているようです。世論は人の生殺与奪を軽々と左右し得るということです。この世に血を流さずに人を殺す手段があるとすれば、世論は間違いなくその一つです。適切に操作さえすれば、法律でさえこの目に見えない殺し屋には手も足も出ないのです。」


 モノは教授のわずかに震えている肩を軽く叩くと、振り返って研究室の扉へと向かった。


「安達池をこの殺し屋の次のターゲットにさせたくないのなら、我々に積極的に協力してください。それでは、失礼します。」


 この脅迫に近い言葉を残すと、モノは研究室の扉を開け、再び陰と溶け合った。

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