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第六話 初の定例身体検査 リチャード教授の決意

 約1時間かけて行われた検査では、安達池の体内から収集された生体情報と抽出された大量の細胞サンプルが、順次検査エリアへと送られた。

 安達池の体内でこれらの作業を実行した自動化の微粒子ロボットは、この惑星に類を見ない最先端技術の結晶と言えるだろう。

 生物の体内に注入するだけで、それらは即座に活性化され、血液循環に乗って体の隅々まで行き渡り、あらかじめ設定された指令に従って標準の大きさに自動的に組み立てられる。

 作業が終了したら、人体に無害な状態で分解される。その応用範囲は非常に広く、一般的な検体採取をはじめ、病変部の切除、マイクロ手術に至るまで、その多機能性により効率を大幅に向上させ、医師の時間と労力を節約することができる。

 しかし、その最大の欠点は、これまで人間を対象とした実験が行われたことがないという点である。

 他の動物を用いた実験では期待通りな成果が得られているものの、あまりにも高額な製造コスト、長時間かかる生産プロセス、そして極めて厳しい安全性および倫理審査といった様々な要因により、このハイテク製品は今日に至るまで、人体への応用が進んでいない。

 幸いなことに、安達池を対象とした実験は現時点で順調に進んでおり、各種バイタルサインにも異常は見られない。

 それも、検査に携わるスタッフ全員の顔には、その順調さにまったくそぐわない様子が段々浮かんできた。重々しさ、戸惑い、驚きといった表情が次々と現れ、目の前の光景に対する共通の感想を物語っていた――

 これは決して人間、いや、あらゆる生命体に起こり得る現象ではない。


 もちろん、制御室にいる専門家たちも例外ではなかった。微視的な世界における様々な特異現象を見飽きたこの専門家たちは、自分の体裁など全く気にせず、一斉に声を上げて驚嘆し、そういう振る舞いは駆け出しの若手研究者たちのとほぼ同じように見える。

 その中で最も静かだったのが、リチャード教授である。安達池の体内で「まったく新しい変化」を最初に発見した関係者の一員として、教授はこの事態の発展に既に十分心の準備をしていた。少なくとも教授本人はそう思い込んでいた。

 然るに、十数日ぶりにこの変化を再びこの目で観察したところ、教授は事態の展開がもはや自身予測の範囲以外に逸脱していることに気づいた。それでもなお、驚きの声に囲まれた教授は、感情を隠せない専門家たちのように驚異の気持ちを存分に表すことなく、冷静に対応策を熟考していた。


「わずか12日間で、なんとここまで進化してしまったとは……このまま放置すれば、一体どれほど驚くべき生命体が誕生するのだろうか?人類全体にとって、これは果たして喜ばしいことなのか、それとも憂うべきことなのか?」


 教授は振り向いて監視カメラの画面を一目見た。画面の中の安達池はずっと動かないままベッドに寝ており、周囲の6人の検査員がロボットの稼働状態を注意深く監視しながら、ロボットが採取したサンプルを安達池の首に刺さった微細なカテーテルから吸い出し、処理を終えた後、試験管に詰め、それをコンベアに載せて検査エリアへと運んでいった。

 なぜか、教授は突然、吐き気を催すような衝動に襲われた。

 口を押さえて何とかそれをごくりと飲み込んだ後、教授の脳裏にはただ一つの考えだけが残った。


「もう他のことなど気にしてはいられない……たとえ自分の全てを賭けることになっても、この状況を二度と起こさせてはならない!」


 教授が決意を固めたその瞬間、円卓を囲む十三人の顔には、他の人々とは全く逆の表情が浮かんだ。


「画面上の情報を見る限り、今日のこの協定書は正式に調印できるはず……本当に来た甲斐がありましたね。」

「ご多忙のなか、この会合にご出席いただき、皆様には大変ご迷惑をおかけしました。ホストとして、本来ならより盛大なもてなしをご用意すべきところ、結局は、この静かで薄暗い研究室で調印式を行わなければならなくなってしまいました。ここにて、森瀬首相および陽の国の内閣全員を代表して、皆様にお詫び申し上げます!」

「これは決して義堂大臣の責任ではなく、私自身の落ち度です。具体的な手配を担当した主催者として、ご来賓の皆様へのもてなしが不行き届きで、無礼極まりません。これについては、私が一切の責任を負います!」

「義堂大臣、下田君、そこまで自責することはないと思います。もてなしや会場など、あくまで表面的な形式に過ぎません。合意に至り、この千載一遇の貴重な資源を共に開発できることこそが、私たちにとって最高の歓待なのです。皆様もそうお考えではありませんか?」

「荘部長のおっしゃる通りです。今回の検査に参加し、技術的な面で貢献できることは、弊社WECWに、そして同様に積極的に技術支援を提供してくださったオーロラ社とモリス社に対する最高の評価です! 私たちの方こそ、心から感謝すべきでしょう!」


 4人の重役が共に立ち上がり、他の来賓たちに深々と一礼した。


「皆様、どうぞお座りください。とはいえ、儀礼の件についてですが、これはもともと皆で検討した上で決めたことなのです。何しろ今回の会議は公式な名目で開催されたものではなく、非公開の国際交流イベントですから。要するに、この会議の性質を踏まえて、私たちは皆、世間の注目を集めないように慎重に行動しなければなりませんでした。というわけで、主催側にも控えめな対応をお願いしたのです。ですから、失礼など全くありませんので、義堂大臣、どうぞお気になさらず。」

「ジル部長の話はごもっともです。実を言えば、現時点ではまだ外部に公表する時期ではありません。それゆえ、私たち王室の者でさえ、こっそりと虎視島を訪問せざるを得なかったのです。もし一般市民に知られてしまえば、大変な事態になりかねません~そうでしょう、アリゲル陛下?」

「王室の一員であることを自覚されているのなら、王子殿下も言葉遣いに気をつけてください。」

「そんなに堅苦しくしないでください、陛下~ここは全員が信頼できる仲間ばかりですから~」

「下田さん、検査はもうすぐ終わりそうでしょう?」


 源文国のハシ大臣は、どうやら時間に非常に厳しいようだ。


「はい、あと10分くらいです。その後、専門家チームが皆様に詳細な検査結果をご報告に参ります。」

「ならば、そろそろ調印式の準備を始めないと……その前に、今回の検査の完遂と協定の締結に、前祝いに一杯いかがでしょうか?」

「ご名案です会長!今後の連携に乾杯しましょう!」

 

 ファリティ王子が真っ先にガラスを持ち上げると、すぐに皆もそれに続き、幾度となく浄化され、人体に有益なミネラルが大量に添加されたワインが入ったグラスを高く掲げた。


「乾杯——!」


 異なる国や地域から集まり、人種も様々であるにもかかわらず、今この瞬間、グラスを挙げる動作は皆同じだった。これは多分、砲火の洗礼を受け、無数の確執を生み、数多くの紛争に直面した人類文明の歴史上、最も団結した瞬間だったのだろう。


 1時間15分を経て、安達池の検査は正式に終了した。制御室内の専門家たちは、後片付けの作業をしているところである。


「これで終了だ……皆さん、お疲れ様でした。」

「まだ信じられない……ありえない現象だ……」

「我々が検査している対象は、果たして人間なのだろうか?いや……生物ですらないと言えるだろうか?」

「道理であの高官や貴賓たちがこの安達池の身体検査を直々に見に来たわけだ。この世には、こういう自然の法則を破り、人知の及ばない生命体が存在しているとは……」


 専門家チームのほぼ全員が面食らって、この衝撃的な事実を受け入れられずにいる。だが、一人だけが例外だ。


「皆さん、落ち着いてください。どんなに信じがたいことでも、検査結果をありのままに報告しなければなりません。貴賓たちを長く待たせないように、早く出発した方がいいと思います。」

「そうは言っても、リチャード教授がこれほど冷静だなんて……もしかして、安達さんの事情をずっと前からご存知だったのでしょうか? あなたの教え子に一体何があったのですか?」

「リー博士、確かに私は安達君の事情については多少把握しています。しかし、詳しい経緯についてはお答えできませんので、どうかご理解ください。それに、今そんなことを議論する場合ではないでしょう?」

「問題は、誰が報告を担当するのかということです。ここにいる皆さんは、まだ少し落ち着かない様子ですが……」

 

 驚愕に覆われた十二人の目が一斉に「事情を把握している」教授に向けられた。これはまさに教授の思惑通りだった。


「皆様に異論がなければ、喜んでお引き受けします。」

「じゃ、よろしくお願いします!ところで、報告が終わるまで、安達さんにはもう少し眠っていただくことになりますが、これについて何かご意見はありますか、リチャード教授?」

「差し支えありません。検査係が見張っていますから。さあ、出発しましょう。」


 制御室を出た瞬間、教授は再び振り返って監視モニターに目をやった。その後警備員たちの後をついて、他のメンバーを率いて中央区の円卓へと向かった。現場の警備を担当している羽杉秘書は教授たちの姿を見ると、すぐに迎えにやって来た。


「皆さん、お疲れ様でした。来賓の方々は、皆さんの成果を期待して待っていらっしゃいます。

「羽杉秘書、検査報告書は準備が整いました。来賓の方々に挨拶を済ませた後、私が報告を担当させていただきます。」

「え? 教授、お一人で報告されるのですか? それはちょっと意外ですが......これも全員の意見なのでしょうか?」

「はい、総意でリチャード教授を報告者に推挙することにしました。」

「全員の決定である以上、私もこれ以上口を出すわけにはいきません。じゃ皆さん、こちらへどうぞ。」


 案内する途中、これに疑念を抱いた羽杉は、教授の真意を密かに推し量っていた。


「リチャード教授は一体何を企んでいるのか?ひょっとして、これから行われる調印式を台無しにしようとしているのか?下田長官に用心してもらっておいたほうが妥当かも......」


 皆が円卓に近づいた途端、貴賓たちに挨拶をする間もなく、かえってその側から熱烈な歓迎を受けた。

 

「みんな戻ってきた!ご苦労様!大したお手柄だ!本王子は、黄金の瓦七王国連合の王室を代表し、皆さんの勤勉に心から敬意を表する!」

「専門家各位の全面的なご支援のおかげで、本日協議された事項も円満にまとまり、実に実り多いものでした!」

「やはりお任せして正解だった。専門的なことは、その分野で最も専門的な方に任せるべきだ。今後、安達池に関する研究プロジェクトも、安心して皆にお任せできそう。」


 この身分や地位を問わず、親しみやすい反応に対し、先ほどまで検査結果が認められるかどうかを懸念していた専門家たちは、明らかに気まずさを感じている。彼らは受動的にその場に立ったまま、笑顔を作りながら称賛を浴びているが、教授は相変わらず「浮いた存在」のキャラクターを演じ続け、厳しい顔をしながら、あらゆる称賛にも動じなかった。

 その理由は単純で、教授は、この熱意の源泉がどこにあるかをはっきりと理解していた――実験体である安達池が、これらの要人たちの期待を100パーセント満たしていたからだ。

 その後、円卓を取り囲む各席から、盛大な拍手が送られた。しかし、その拍手の中に、二つだけ場違いな拍子が混じっていた。

 一つは、最終報告書を見るまで疑念を完全に捨てきれなかったアリゲル公爵からのもので、もう一つは、今でもずっと態度を表明していないメディア界の重鎮、モノ閣下からのものであった。謎めいた雰囲気に包まれた来賓である彼は、頭にかぶったレトロな中折れ帽で両目を隠した。どうやらこの検査に対する自身の見解を他人の目に読み取られないためらしい。


「これほどのご表彰をいただき、大変恐縮です。皆様にお仕えできることは、私たちチーム全員にとって最高の栄誉です。私個人として、この栄誉を、医学界の発展と国際協力・交流の促進のために最大の犠牲を払った安達池に譲りたいと思います。この若者が科学研究に身を捧げたその献身的な精神があったからこそ、私たちはここにお集まりでき、力を合わせて生物医学の未来を切り拓く道を歩むことができたのです。」


 教授の言葉を聞いた途端、貴賓たちの拍手は途絶え、やや気まずい空気が流れた。特に「身を捧げた」、「献身的な精神」といった言葉は、とりわけ耳障りに聞こえた。


「リチャード教授はさすがは教育者のお手本です。我が万象国の有名学者として、後輩への配慮も、私たちが一貫した理念に合致しています。この点については、ご来賓の皆様もご賛同いただけるものと思います。では早速、諸専門家の方々には総括報告を始めていただきたいと思います。」


 ジル部長は巧みに話題をそらした。海外で自国民をかばうことこそ、公務員の誰もが果たすべき責務であるからだ。


「その必要なし。余の見る限り、安達池の価値は汝らもすでに弁えているはずなり。」

「そうは言えませんよ、グレイツ閣下。私の隣には、まだ納得していないゲストが一人いらっしゃいますから!」と、王子がツッコミの口調で話題の中心を公爵に向けた。

「専門家たちの結論を聞いてみるのも悪くはない。もし説得力のある論拠を提示できないのであれば、わしと北ロシット諸国は、この協定に署名するかどうかを改めて検討することにする。」

 

 教授の発言で気まずくなった雰囲気は、アリゲル公爵が機械的な音色で、さらに火に油を注ぐような意見を述べたことにより、より一層気まずいものとなった。

 高官や重役たちは一瞬で険しい顔をしたが、個人の面目や不適切なタイミングを気にして、口を閉ざしたままだった。


「えーと……公爵殿下は先刻、我々と共に杯を交わして決意を固めたばかりです。土壇場で態度を変えるなど、貴国の王室の名誉を傷つけるような行為は、きっと冗談に過ぎず、実際には科学的な厳密さを重んじ、今回の試験の信憑性を見極めるためのものだと確信しています。皆さん、深く考えすぎず、安心して専門家たちの報告に耳を傾けてよい。」

「王子殿下がそうおっしゃったならば、諸君、どうぞ検査結果を報告してください。報告の際は、ご来賓の貴重な時間を無駄にしないよう、できるだけ簡潔明瞭に述べてほしいです。」

「承知いたしました、義堂大臣。では、私、リチャード・ライアードが、ご来賓の皆様に説明させていただきます。」

「お任せします。他の専門家の協力は必要ないのでしょうか?」

「はい、安達さんのことについて最も詳しいリチャード教授が最適であると、私たちは全員合意いたしました。」

「ならば、諸君は休憩室へ行って少し休んでください。リチャード教授、報告を始めましょう。」

ご感想とご評価を頂けましたら、幸甚の至りでございます。よろしくお願い申し上げます。

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