第三話 隔離病室での一人暮らし、初日
「まったく新しい変化」という教授が言い残した言葉に、池は少し戸惑い、自分の体をぼんやりと見つめながら、手のひらを胸に当てたりお腹に当てたりしている。触れているのは明らかに血管の正常な鼓動なのに、なぜかそれが自分の体内で生まれたある「まったく新しい変化」が脈打っているように感じられた。この皮膚と筋肉の向こう側、体内の奥深くで、一体何が育まれているのだろうか?
「俺の体の中で、本当に何か恐ろしい変化が起きているのか? バイタルサインも全部正常に見えるのに......俺は一体どうなっちまうんだろう……全身がドロドロになるのか? 大量の腫瘍ができるのか? ホラー映画のゾンビみたいになっちまうのも悪くねいな……」
池の尽きることのない想像力が存分に発揮されたが、その方向性は少々不気味なものだった。脳内の妄想劇場が十数分続いた後、病室のドアが再び開かれた。今度はようやく専門チーム医師たちが到着したが、池はもう彼らを救世主とは思っていない。
「安達さん、治療計画を策定しました。今すぐ治療を開始します。」
「そうですか、ほっとしました。」
池は、この治療が単なる形式的なものに過ぎないことをよく知っていた。彼は感情のないロボットのように、ぎごちない口調で相槌を打った。
「では、どうやって治療するおつもりですか? 腹を裂くような大手術はごめんですけど……」
「ご心配なく。そこまでする必要はありません。リチャード教授が御見舞いに来られた際、すでに安達さんに状況を説明してくださったはずです。率直に申し上げますと、安達さんの状況は特殊なケースですが、我々は必ず全力を尽くします。まず、人工的に改造されたウイルスカプシドをベクター(運搬体)とした、放射性物質を中和する特殊なタンパク質をもって体内に残留する放射性物質を除去することで、体内の被ばくによるさらなる損傷を防ぐようにします。その後、対症療法と栄養補給を行います。」
対症療法――この言葉は耳障りに響く。まるで終末期ケアと同義語らしい。
「対症療法……つまり、体内の放射性物質を除去した後は、症状に応じて対処するしかないということですか?」
「起こりうる症状は可能な限り軽減するように努めますが、保証はいたしかねます。その点、ご理解いただければ幸いです。」
あれだけ研究した挙句に出した案が、「その場しのぎ」でしかないなんて、これじゃあ専門家と呼べるのか……
幸い、教授がすでに池に心の準備をさせておいた。そうしないと、医師の一言で希望が打ち砕かれた時点で、池は本当に理性を失った行為に走りかねない。
「ダメ元でやってみるしかない。ただ死ぬのを待つよりはましだ。」
池は深くため息をつき、さらに長く深呼吸をした。
「治療を受ける準備はできています。どうぞ始めてください。」
「ご協力ありがとうございます。それでは注射を開始します。」
数人の医師が無色の液体を詰めた注射器を持ち、池の全身の主な静脈が通る複数の部位に同時に刺した。手際よく行われたが、多少の痛みは避けられなかった。一人の医師が率先して池に話しかけ、注意をそらして痛みを和らげようとした。
「あっ、そういえば安達さん、世界屈指の大学に難なく合格なさったそうですが、勉強のコツはありますか? うちの子も今年大学受験を控えているので、もしよろしければお教えいただけませんか?」
「それは長くなる話ですね。ここを出た後で、直接お子さんに私の経験を教えてあげていいですよ。」
「そ、そうですか……ありがとうございます。本当に助かります。」
雰囲気が一瞬で気まずくなり、それっきり誰も池に話しかけなくなった。どんなに痛くても、大人しく我慢するしかなかった。
しばらくして、注射が終わった。針を刺した箇所が少ししびれる以外、池の全身に不快感はない。
「安達さん、治療は終了しました。明日、体内の放射線濃度の検査を行いに参ります。それまではここでゆっくりお休みください。この後、専任の看護師が来ますので、何かご用があればお申し付けください。ちなみに、病室には娯楽用品もご用意しておりますので、ご自由にご利用ください。最後に、ご体調を常にモニタリングする必要があるため、病室のドアが常時施錠されています。ロックの解除権限を持つ関係者しかこのドアを開けられませんので、あらかじめご了承ください。」
もう、この最後のセリフは聞き飽きたよ。それにしても、ここには娯楽用品まであるのか?
池は周りをよく見回すと、テレビの下に、高級感あふれる銀色の小型機器が接続されているのを見つけた。そこには「PlaySpaceBoxゲーム機――プラチナ・コレクターズ・エディション」と書いてある。病室にこんなものがあるなんて、 実に行き届いたサービスだね。もしここに閉じ込められたのがゲームオタクだったら、一年や二年くらい閉じ込められても文句は言わないだろうな。
池にとっては、少しでも気分転換できれば、少なくとも最期を遂げるまで、自分の様々な悲惨な死に様ばかり考えて過ごしていくことにならずに済むだろう。
さらに、病室を見回した結果、池はあることを確認した。この病室には、監視カメラのようなものは一切設置されていないということだ。つまり、自分だけのプライベートな空間が確保されているわけだ。鼻水を垂らして泣きじゃくる醜態が怪しげな隅から誰かに覗き見される心配はない。
「外に出られないなら、物置に置いてある私のスマホをここに持ってきてくれませんか?」
「もちろんです。ただし、この施設内では通信機能が完全に遮断されており、外部との連絡は一切取れませんので、ご了承ください。」
やはりそうか……たとえ家族にこの悲報を伝えたいとしても、上層部の態度次第だ。どうやらリチャード教授に頼むしかないようだ。
「それでも構いません。誰かに持ってきていただけませんか?中には思い出の品がたくさん入ってて、もう少し見たいんです。そうしないと、もう機会がないかもしれないので……お願いします!本当にお願いします!」
「承知しました。少々お待ちください。では失礼します。何かご用がありましたら、呼び鈴で当直の看護師をお呼びください。」
医師たちが去り、再びベッドに腰掛ける池の孤独な姿だけが残された。ベッドを照らす明かりが、後ろの壁に彼の影を落としているが、その影には、ぽろぽろとこぼれる涙は映し出されていない。
どうして俺はこんなに泣き虫になってしまったんだろう? 過去2年間の過酷な訓練や、宇宙飛行士としての最初の1年間を振り返っても、死神とすれ違った瞬間は数え切れないほどあった。それでも一滴の涙も流さなかった強い自分が、たった半日の間に何度も泣いてしまった。単に死を恐れているだけなのだろうか?
それだけではないはずだ。家族との別れ、そして実験対象として見捨てられたという事実など、様々な重荷が、池の強固だった心の防壁を徐々に崩していった。
午後6時、看護師が池のスマホを、食事、着替えをまとめて届けてくれた。
栄養価が極めて高く、普段の食堂の食事よりもずっと美味しい夕食をがっつりと平らげた後、池が真っ先にやったことは、スマホの画面ロックを解除することだった。
ざっと確認してみると、電波やネット接続が遮断されているだけでなく、カメラや録音機能までもが完全にブロックされ、使用不能になっている。こんなところまで、下田ってやつは本当に細心の注意を払っている。
これらを除けば、他の機能は正常に使えるが、この状態では、このスマホはただのレンガと大差ない。幸い、中には池が大切にしているものが詰まっており、無限の宇宙にいる彼にとっての心の支えとなっている。
スマホのアルバムには、池と家族たちの様々な写真が大切に保存されている。宇宙飛行士という特殊な仕事柄ゆえ、池が両親と顔を合わせる機会はますます少なくなっている。過去3年間、入職前の宇宙飛行士訓練を受けたり、入職後に国際宇宙ステーションへの勤務が回ってきたりしたら、数ヶ月連続で今の家に帰れず、その家に住んでいる妹に会えないことも珍しくなかった。
宇宙でのビデオ通信は維持費が非常に高いため、各宇宙飛行士には利用制限があり、自由に使うことはできない。そのため、暗がりばかりの宇宙で家族を想うたびに、スマホの中の写真が池にとって唯一の慰めとなる。
中に、幼い頃の家族写真、妹と一緒にあちこち遊び回った写真、および成長過程における重要な瞬間が記録されている。例えば中学での飛び級、大学合格のお祝い、博士課程の卒業式で両親と教授と一緒に撮った記念写真、宇宙局での訓練開始前の送別会、そして宇宙へ旅立つ直前の記念式典……
池は静かにスマホのアルバムをめくりながら、人生の様々な思い出が次々と胸に込み上げてくるのを感じていた。
「あの頃の親父は、すごく威圧的な感じだったな。眼鏡をかけていたけど、全然科学者っぽくなかった。がっしりとした体格で、まるでヤクザみたいだった……だから、怒るたびにすごく怖かったわけだ。本当は優しいのに、一家の大黒柱としての面子を保つためにいつも強がってて、本当に手のかかる父さんだったなあ。お母さんもそう。見た目は優しそうだけど、怒り出すと親父とはどっこいどっこいだった。勉強を少しでもサボると、いろんな国の言語で説教されたもの……今思えば、俺の子供時代も結構大変だったな。まあ、親の期待を裏切らなくてよかった。」
池は毎日一緒に遊んでいた妹の写真を見ながら、口元が少し綻びた。幼い頃の妹は、キラキラと輝く大きな瞳をしており、長い睫毛がまばたきをするたびに上下に軽く揺れ、いつもほのかなピンク色のふっくらとした頬が、思わずつねりたくなるほど可愛らしかった。ふさふさした長い髪がケアされなくても、その滑らかさが変わっていなかった。
しかし、なぜか兄妹二人とも生まれつきの茶色の髪をしている。妹の方が少し濃い色。両親はどちらも普通の黒髪なのに。おそらく遺伝子変異のせいだろう。そうでなければ、どうして兄妹の一人は頭脳明晰で、もう一人は容姿端麗なのだろうか。
「アイツ、あの頃は毎日俺にべったりだったなあ。勉強の時間になって一緒に遊べなくなると、いつも目が赤くなって、泣きそうに俺の服を引っ張ってきやがった。何度か、親にアイツを無理やり引き離してもらわないと逃げられなかったこともある……小学生の頃、一緒に登下校する時、いつも俺の手をすっごく強く握りしめていて、家に帰ると、俺の手が真っ赤になってた…… なぜ俺の手を握らなきゃって聞いた時の答えは、こうだったっけ――」
「お兄ちゃんが迷子にっちゃうかもって心配だったのよ、バカ!」
池はあの頃の妹が答える際のうんざりした顔を思い出した。視線をそらしながらも、兄の手から一瞬たりとも離そうとはしなかった。二人の手が接着剤でくっついていたかのように見えると言っても過言ではない。
「手を握りしめるくらいなら、家まで案内してくれるべきじゃないか…… 本当に素直じゃない子だったな。それに小さい頃からやんちゃで親の言うことを聞かないし、勉強も嫌いだった。でも、あの頃からもうすっごく美人だったな~~~放課後になったら、いつもうちのクラスのスケベ連中に羨ましい視線で見られてた。なんだか結構誇らしい気持ちだったな~」と、池は妹の写真を見ながらつぶやいていた。
見ているうちに、池は写真の中に何かおかしいところがあることに気づいたようだった。
「そういえば、俺が高校に入ってからの写真で、妹と一緒に写っている回数がだんだん少なくなってきたような気がする……大学合格のお祝いも、卒業式も、その後宇宙飛行士になった時の様々な祝賀会も、そんな大事な場面に、アイツは一度も来てくれなかった……」
きっと何か理由があるんだろうな。よくもこんなに長い間気づかなかったものだ。やっぱり頭の良い人はこういうことには鈍感なんだな。
「たぶん、親のせいだろう……あのことが起こる前から、彼らの間には溝ができてたんだろう……でも、アイツは相変わらず俺にべったりで、今でも俺の家に居候してるし……」
考えただけで、池はまた、家で妹に支配されているという恐怖を再び感じた。彼女はまだ引っ越してないはずだ。もっと早く遺言書を作って家を彼女に譲っておけばよかった。どうせ遅かれ早かれ乗っ取られるだろうし……
池はそうしてスマホのアルバムを何度も何度も見ていた。その間、トイレや洗面のためにベッドから降りる以外は、真夜中までずっとアルバムの画面をスクロールし続けていた。睡魔に抗える自信がある池は、まぶたが閉じそうになるまでスマホを手に持ち続け、知らず知らずのうちに眠りについた。
隔離観察の初日、終了。身体は、客観的な生命兆候も主観的な体調も正常である。もし翌朝目が覚める時に、これがすべて夢だったと分かれば、どれほど良いことだろうか。




