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第十六話 待ちに待った帰省 (1)

 傘をさしながら小走りにバス停へと進み、静かな住宅街の通りを抜け、やがて家から約400メートル離れたバス停に着いた。バス停には、スマホを見ている中年のおじさんと、エコバッグを持った60代のおばあさんだけがバスを待っている。やはり週末で雨が降っている日に、朝の8時過ぎにバスを待っている人はほとんどいないわけだ。だから、家でゆっくりとくつろいだり眠ったりする人は、僕の想像していた通り多いと断言できる。


 腕時計には8時48分だと表示されている。次のバスが来るまであと2分。ここから天首区中央駅までは20分ほどかかるので、まだ少し時間がある。この老若男女三世代からなる行列は、こうして静かにバスを待っており、互いに何の言葉も交わしていない。長い間留守にしているため、僕は近所の住民たちとあまり親しんでいない。引っ越してきたばかりの頃、行儀のため両親と一緒に近所の数軒ぐらい挨拶回りしたほか、地元の住民とはほとんど交流がなく、名前さえすっかり忘れてしまっていた。


 かくして、安達家は浅陸区という地域で、存在感ゼロの普通の住人となった。僕が家を出て近所の人に出会うたびに、形だけの笑顔や挨拶で済ませ、あるいは軽く会釈し、そして互いにすれ違うだけだ。「あ~~~、君って、ここに引っ越してきた、史上最年少の天才宇宙飛行士、安達池さんじゃありませんか?」とか、「安達さん、おはよう~~~今日も宇宙へ勤務に行くの? 本当に大変だね~~~」といった、世間話のような会話は決して存在しない。


 仕事上だろうと生活上だろうと、自分は若くして偉業を達成したにもかかわらず、実際にはこの苦労して手に入れた人生の成果に見合う注目は得られていない。それどころか、自分の存在感はますます薄れていくばかりだ。例えば、一ヶ月行方不明になっても、宇宙飛行士のチャットグループでは誰も気にかけず、心配してくれるのは両親だけだった。あるいは、この一ヶ月の間、妹でさえ近況を尋ねてくれるメール一つも送ってこなかった。はたまた、多分一生に一回きりの叙勲式も、脚光を浴びる場で行われることはなく、虎視島にある世から隔絶された病室で……

 

 一体なぜ自分はこれほど存在感がないのだろうか?あまりにも平凡で、振り返られることなど皆無な見た目のせいだろうか?そう考えると、文緋には本当に感服する。文緋が今の成功を収められたのは、決して容姿のおかげではなく、確かな歌唱力と豊かな創作の才能によるものだからだ。彼女がステージで歌声を響かせたり、サイン会や握手会などのイベントに参加したりするたびに、いつも大勢のファンに囲まれ、熱狂的に支持され、まるで陽の国全体、いや世界中の注目の的となっているかのようだ。


 僕が「文緋がこれほど高い人気を得たのは容姿のおかげではない」と断言できるのは、決して兄として妹を贔屓しているからではなく、確かな根拠があるからだ。


 というのも、この世の中で、僕や両親、文緋のマネージャー、そして事務所のスタッフ以外には、全国的に大人気のこの少女歌姫の正体を知ったり、顔を見たことがあったりする者は誰もいないからだ。


 だから僕が上述のような結論を下すのも、当然のことだ。


 それに比べれば、僕は小学生や中学生の頃、成績があまりにも優秀だったお陰で注目を集めたことはあるが、その範囲は非常に限られており、せいぜい30人ほどのクラス内にとどまり、たまに学年全体に広がる程度だった。文緋とは比べものにならなかった。


 あのような爆発的な人気は、きっと最高に気持ちいいんだろうな。僕も一度、それを味わってみたい……


 午前8時50分。バスが停車した時のブレーキ音が、深い自己反省から僕を現実に引き戻した。車内の乗客も数人しかおらず、空席がたくさんある。僕は列に並んでゆっくりと乗り込み、スマホで運賃を支払った後、窓際の席を見つけて座った。その途端、なぜたった2分間の待ち時間の中で、こんなにつまらないことを考え込んでしまったのだろう……と考えた。


 バスが走るにつれ、窓を叩く雨粒の跡も後方へと傾いていった。ああ、きっと雨の日のせいだろう。ある心理学論文によると、こうした暗くどんよりとした雨の日には、人の精神状態に影響が出て、ネガティブな感情を抱きやすくなるという。具体的な出典は定かではないが、どこかで読んだ記憶がある。


 10分後、バスは人通りがややまばらな浅陸区をスムーズに抜け、都心部の天首区に入った。いつも賑やかで、活気に満ちた都心の光景も雨の影響を多少受け、歩行者も車も普段より少なめだったが、各大型ショッピングモールはかえって通常より賑わっている。それはそのはず、この天気ではビーチの利用が制限されているはずだし、登山にも向いていない。観光客にしてみれば、モールやデパートでぶらぶらしたり、飲み食いしたりすることが、時間を潰す数少ない選択肢となっているのだ。


 雨の日の街並みは見映えがあまり良くないし、スマホでも見たほうがましだ。


 スマホを取り出して適当に見てみると、普段は「新着通知オフ」に設定している宇宙飛行士のチャットグループで、誰かに僕の名前をメンションされた。

 

「おや? 珍しいな、チャットグループで俺を呼ぶなんて。何か用事があるのかな? 普段は空気扱いで無視されてるのに……」


  どうせやることもないし、チャットグループを開いてみるか。


 うわっ、僕をメンションしたのは一人だけじゃないみたい。正確に言えば、グループのほぼ全員が僕の話をしている……マジか?さっき駅でバスを待っている時は、まだ自分の不運に嘆いたり、みんなに崇拝される存在になりたいと願ったりしていたのに、こんなに早く願いが叶ったなんて思いもしなかった!まさか僕の遭遇が広まったのか?虎視島全域で話題になっているのか?みんなが、死の淵から帰った僕の栄光を褒めてくれるのか?


 待てよ、非現実的な妄想に浸るわけにはいかない。下田がこんな大事故に関する情報を漏洩するはずがない。みんなが僕のことを何と言っているのか、しっかり確認しよう。会話の最初、誰かが僕をメンションした部分まで戻してみて……


「@安達池、いる?ちょっと返事してくれよ。有給の長期休暇を取るらしいって聞いたけど、本当か?」


 この話題を最初に持ち出したのは、僕が所属する虎視島宇宙飛行士第3編隊の隊長、40代前半のベテラン男性宇宙飛行士である星川律行だった。僕が虎視島に来たばかりの頃、彼の担当した訓練は難易度がまさに地獄レベルだったため、新参者の私たちに密かに「非人道的な悪魔の教官」と呼ばれていた。当時、あまりにも苛烈な訓練に耐えきれず、何度も諦めようと思ったが、宇宙飛行士になるという夢への揺るぎない信念のおかげで、最後までやり遂げることができた。

 

 記憶が正しければ、近いうちに星川隊長は、隊員全員の大半と共に、太陽系から0.65光年離れたMX-243惑星から帰還する予定だ。虎視島の一員になったのはただ1年ぐらいで、新人としての僕はまだ経験が浅くて未熟者であるため、太陽系外での文明探索や、未知の惑星への着陸、観測、サンプル採取という風な上位任務に参加する資格はない。だから、今回星川隊長が遂行する任務に、当然ながら僕の出番はない。僕の現在の経歴に見合った任務といえば、国際宇宙ステーションへの交代勤務を除けば、宇宙ステーションへの物資輸送、地球型惑星近傍軌道上の宇宙ゴミの清掃、故障した人工衛星の修理といった、様々な雑用や厄介な仕事ばかりだ。新人が上司に酷使されることなど、陽の国ではごく一般的な社会現象なのだろう。


 一ヶ月前に火星へ小惑星のサンプルを採取しに行った任務も同様だった。編隊の隊員は、星川隊長と共に太陽系を飛び出したり、他の任務で手が離せなかったりしたため、唯一派遣できたのは、たまたま虎視島で待機していた一年生の新米である僕だけだった。さらに、基地では下田の「全面的な経費削減」という戦略が徹底しており、そのため、僕に割り当てられたのは標準装備の小型宇宙船一隻のみだった。メンテナンス費用が高額な採取ロボットもなければ、設置費用がかなりかかる自動採取装置もなかった。その後、どのような事故を招いたかについては、言うまでもない。様々な偶然が重なったせいで、僕はこの思いがけない災難に見舞われた一方で、奇跡的に一命を取り留め、今こうして休暇を楽しめているなんて……


 考えれば考えるほど話が脱線してしまう。やはりチャットグループに目を戻そう。ところで、星川隊長は僕が三倍の給料がもらえる長期休暇を取ることを、一体どこで聞いたのだろうか?

 

「何ですって?本当か?星川隊長、どこで聞いたんです?」と、他の隊員からの質問だ。

「羽杉秘書から聞いたんだ。本当だよ。」


 まさか羽杉がそんなおしゃべりな奴だとは。下田は彼がうっかり口走らないか心配じゃないのか?とはいえ、羽杉と星川隊長は親しい間柄だそうだ。道理で隊長が知っているわけだ。


「本当に羨ましいな、僕も休みがほしいなあ~~~最近任務が多すぎて、もうヘトヘトだ!」

「そうですよ、隊長、聞き間違いじゃないですよね?しかも有給休暇?こんな良いことってあり得る?棚から牡丹餅のような話じゃ!」

「それは安達君に聞いてくれ。俺も詳しくは知らないんだ。羽杉秘書から、俺の編隊に所属する安達池が次の1ヶ月間欠席するとの連絡があったんだ。詳しく聞いてみたら、安達君は長期休暇を取っていて、しかも給料は全額支給されるらしい。」

 

  まあ、少なくとも星川隊長は、休暇中の僕の給料が全額支給されるだけでなく、それに普通の3倍になることまでは知らないようだが……

 

「うわっ、マジかよ!前回の長期休暇は何年前だっけ?地球型惑星に帰る時間さえほとんどなかったんだ!」

「そうなんだよ、ちょっと不公平じゃないか……スケジュールがいっぱい詰まっているし、そして一日中宇宙を飛び回って疲れている私たち古参の飛行士の待遇が、入隊して1年で有給の長期休暇が取れる新米より劣るなんて……上層部ってちょっと贔屓しすぎじゃないか……」


 上層部が君たちの想像した以上に偏っているって信じてください。僕には、君たちが一生手に入れられないかもしれない「探求の眼」の勲章があることもお忘れなく。もしこれまで同僚たちに知られたら、彼らはどんな反応をするだろうか……ちょっと気になる。


「隊長である俺だって、年休を全部合わせても1ヶ月にも満たないんだぞ。@安達池、お前はなかなかやるじゃん。」


 もし星川隊長が、僕が「なかなかやる」と引き換えにどれほど痛ましい代償を払ったかを知っていたら、まだそう思うか?


「@安達池、さっさと出てきなさい! お前はどこかに隠れて、長期休暇を楽しんでるんだろう!」

「そんないい話があるなら、虎視島に戻ってから、@安達池、みんなにご馳走して誠意を示さなきゃな~~~給料を独り占めするのは意地悪だよ!」

「@安達池、上層部に私たちの意見も伝えてくれないか?俺も有給の長期休暇を満喫したいんだ、頼むよ~」

「@安達池、死んだふりしないで、とっとと出てきて有給休暇を取るコツをシェアしてくれ!」


 ……残りの会話は、大抵こうした羨望と嫉妬に満ちた内容だった。


 やっと分かった。チャットグループで突然人気が爆発した理由は、僕が憧れていたような「敬われる存在」になったわけではなく、同僚らに「自分たちは不平等に扱われている」と感じさせたからだ。普段僕を空気のように扱っていた連中が、存在感ゼロの僕に突然これほど興味を示すのも当然だ。「悪事千里を走る」という諺の通り、他人の羨望の的になるこの有給休暇は、僕にとっては間違いなく「悪事」だ。


 このまま無視し続けるのも得策ではない。やはり何か返信したほうがいいだろう。


「皆さん、おはよう。グループチャットで皆と話すのは久しぶりだな。」

「やっと出てきたか、安達君。さっさと教えてくれ、上司はなぜ君にこんなに長い有給休暇をやったんだ? 隊長たる俺が虎視島で10年も働いていても、こんな福利は一度ももらわなかったぞ。」

「そうそう、どうして俺にはこんないいことが来ないんだ……まさか何か裏道を通じて上司の機嫌を取ったんじゃないだろな~」

「正直に言えよ、上司にどんな豪華な贈り物をしたんだ? お願い~今度俺も贈ろうと思ってんだ~」

「誰に贈ったんだ? 下田長官に直接か? それとも羽杉秘書に代行させたのか?」


 上から目線の奴ばかりだ。俺を羽杉みたいな下田にへつらうことしかできない取り巻きと同列に扱うな。


「もういい加減にしなさい!僕がそんな卑劣な真似をするわけがない!」

「お前たち、冗談しすぎたぞ。むやみに他人をそしるんじゃねー。さっさと安達君に謝れ。」


 星川隊長は、皆の歯に衣着せぬからかいを即座に制止し、起こりかねなかった口論を鎮めた。こういうことに関してはやっぱり先輩の星川隊長は経験があるな。とはいえ、星川隊長も心の底では、他の連中と同じような考えを抱いているのかもしれないが……


「わかりました、言い過ぎました。安達くん、ごめん!」

「僕もだ。悪い悪い~」

「みんな謝ったんだから、そろそろなぜ休んだのか、みんなに教えてくれないか?」と、星川隊長が僕を急き立てた。


 どうごまかせばいいんだ……説得力のある言い訳を考え出さなければ、こんな嫉妬深い同僚らは簡単には諦めないだろう。しかも、この件が漏れてはならない。さもないと、僕の宇宙飛行士としてのキャリアはいつ終わってもおかしくない……世の中に、この両方を完璧に両立させる方法などあるだろうか?


「別に特別なことじゃない。健康上の理由でさ……最近健康診断を受けたんだけど、結果があまり良くなかったから、上司に休暇を申請したら、なんと承認してくれたんだ。自分でもちょっと驚いたよ。」

「病気休暇を取ったら、給料は止まるんじゃないか? 俺たちを騙してるんじゃないだろな?」

「そう!うちの上司はそこまで太っ腹じゃない。病気休暇といっても、給料を減らされないだけでもラッキーだ! 給料がそのまま支給されるなんてありえない!」

「全く辻褄が合わない。安達くん、どう説明するんだ?」

 

  この全然人間味のない連中は、僕の「健康診断の結果」など全く気にも留めず、一言の気遣いもなく、ただ僕が病気休暇も取れば給料ももらえる理由ばかりを気にしている。それにしても、彼らは予想以上に手強いな……僕の拙い嘘など、彼らを納得させることなど到底できない。今にもばれそうなこの下手な嘘を隠すために、新たな出鱈目をでっち上げるしかない。


「えっと、これは僕の個人契約書の特別条項で、毎年1回、上限1ヶ月の有給休暇を追加で取得できるんだ。その時、下田長官は、僕が万象国宇宙局に加入することを諦めて、陽の国に戻って虎視島に来るように、僕の契約書に魅力的な条件をいくつか盛り込んでくれたんだ。これがその一つ。」


 意外と、かなり説得力のある嘘を編み出せた。どうやらこの点では少し上達してきたようだ。


 その瞬間、チャットグループはしんとして、誰も発言しなくなった。


 その理由はだいたい想像がつく。僕のこの、一見筋の通った言い訳が、彼らに精神的な打撃を与えたからだ。この少し気まずい空気を和らげるため、僕は少しばかり威張ってみることにした。


「どうですか、みんな。私の契約について何か意見はありますか? 意見があったら、直接下田長官に申し出ればいいですよ。」


 この言葉を口にした瞬間、僕はすでに同僚たちから疎外される覚悟を決めていた。


「それもそうだな。何しろ安達君は、史上最年少の天才宇宙飛行士として虎視島に加わったんだ。万象国から引き抜くには、手厚い報酬と優遇がなければ無理だろ?これも世の常だし、嫉妬するようなことじゃない。みんな自分の仕事をしっかりこなしていれば、いずれ相応の報いがあるはずだ。」


 やはり星川隊長が先に口を開き、怒り心頭に発しそうな皆をなだめ、全員にガス抜きをさせた。


「隊長のおっしゃる通りです……安達君くらい運がいい人になれない自分を責めるしかないな~」

「上を見ればきりがないっていうことだな。我々は大人しく社畜でいよう。」

「私も万象国に引き抜かれたいなあ……」

「おい、慶野!お前、転職でも考えてるのか!そんなこと上司に聞かれて、どうなっても知らないぞ!」

「冗談だよ、冗談……その話は置いといて、シフトが終わったら、一緒に一杯どう?」

「俺も連れて行ってくれ!ここんとこ碌に飲んでないから、もう我慢できないよ!」

「俺も俺も! ただし、慶野がおごってくれないとね~」

「わかったわかった、俺がおごってやるよ! じゃあ、シフトが終わったら例のところで。」

 

  ……チャットグループでの会話はいつの間にか、いつもの雑談モードに戻り、僕はまたしても隅っこに追いやられ、誰にも取り合われなくなった。まあいい。もともと、この俗っぽい会話から一刻も早く抜け出したいと思っていたのだ。


 ついに、バスは天首区中央駅に着いた。9時25分の発車まであと15分ほどあり、ホームへ向かうには十分な時間だ。ホームには待っている人が予想外に少なくなく、まるで平日の朝、通勤者で混み合う地下鉄の駅のような雰囲気だ。


 千通線の列車が定刻通りに到着し、京空で降りる乗客は9割近くにも上り、車内は瞬く間にがらんとした。こんな天気でも、京空市の魅力は少しも衰えていない。僕は人波に流されるように車内に入り、席を見つけて座った。これから1時間半もの乗車時間があると思うと、気持ちは虎視島の宇宙船をここまで運んできて、それに乗って陣港へ飛んでいきたいくらいじれったくなる。そうすれば3分もかからずに着くのだ。


 父さん、母さん、そして私の成長を見守ってくれたあの古い家、もうすぐみんなと会える。


 列車が京空市の範囲を出たばかりの時、マナーモードにしておいた僕のスマホにメッセージが届いた。開いてみると、それは「数か国語に精通し、口達者な中年の大文豪」、つまり母からのものだ。


「池、千通線に乗った?11時頃に陣港に着くはずだよね?駅に着いたら連絡してね。父さんとあたしで迎えに行くから。」

「母さん、もう電車に乗ってるよ。京空を出たばかりで、10時55分着の予定だ。自分でバスに乗っていくから、わざわざ迎えに来なくていいよ。親父の体調もあまり良くないし、無理をさせないで。」

「その言い方だと、母親のあたしの体調はまだ元気だから、少し無理しても構わないってことね、そうでしょう?ママ、すごく傷ついたわ……」と書いてあるけど、メッセージの最後に泣き顔の絵文字が3つ付けられている。

「そんな意味じゃないって知ってるじゃ……」

「冗談よ!本気にするなんて!池は相変わらず騙されやすいわね~」


 どうして僕は母のあの口達者な性格を引き継いでないの。


「はいはい、もう勘弁してくれよ大文豪さん。まあ正直、母さん、僕一人で帰れるから。」

「そうね、そこまで言うなら無理強いはしないわ。お父さんは最近家で療養中、目の前の仕事もしばらく休んでるの。あたしも大学院から長期休暇を取って家で看病しているけど、今のところ政の体調に大した問題はないから、心配しなくていいわ。それより、この前あんたに本当に心配させられたわね。」

「ごめん、ごめん……帰ったら、肩もみや背中叩きでしっかり謝るから!」

「そんな必要はないけど、どうしてもそうしたいなら、お父さんもあたしも反対はしないよ~」


 幸い、四六時中執事服を着て家事を手伝うといった、もっと手厚いサービスを提供するとは言わなかった。そう言ったら、両親は間違いなくその提案を丸ごと受け入れるだろうから。


「そういえば一人で来たんでしょ?」

「ああ、僕一人だ。」

「そうか、じゃあ文緋は……やっぱり来られないんだね。」

「うん……一緒に来ないかと誘ってみたんだけど、アイツも今日イベントがあるみたいで、無理だったんだ。」

「そうか……わかるよ。いいんだ、彼女が忙しいのは分かってる。ただ気遣って聞いてみただけだから、気にしなくていいよ。」

「分かった……」


 この3年間、実家に一人で帰省するたびに、文緋のことについて聞かれたら、僕はいつも似たような理由で誤魔化した。だが、実のところ父も母も、とっくにそのことを見抜いていた。互いに見透かしているのに口に出さないのは、互いの面目を守るためでもあるのだ。


「じゃ、政と買い物に行くから、駅に着いたら一声かけてね。わかった? 気をつけてね!」

「わかったわかった。もう宇宙にも行ける立派な人間なのに、まだ子供扱いされるなんて。」

「あんたって、どれだけ遠くへ飛べても、両親の前ではいつまでも子供なのよ! じゃあ、お母さんはこれでね!」


 母も相変わらず、全く変わっていない。


 僕は無意識に文緋とのメッセージ画面を覗いたが、やはり新着メッセージは何一つない。最後のメッセージは去年の12月25日に届いたクリスマスの挨拶のままだった。宇宙にいる僕と彼女が交わした、恒例の祝日の挨拶だけだ。


 アイツって体調が大丈夫だろうか?今朝の出来事を思い出すと、つい心配になってくる。彼女から何かメッセージが届かないかと期待しつつも、自分から先にメッセージを送ろうとも思っていた。しかし、僕が宇宙飛行士になって以来、文緋とのスマホでのやり取りは徐々に微妙になってきた。最初はまだ頻繁にチャットしていたが、次第に僕一方からのメッセージや声かけばかりになり、いつの間にか兄妹二人はまるでスマホ上の冷戦状態に陥ったようで、この冷たい現代の機器を介しての二人の交流は、ほとんど皆無になっていた。文緋を気遣いたい気持ちは山々なのに、もし先にメッセージを送ってこの目に見えない壁を破ってしまったら、何か大切なものを失ってしまうような気がしてならない。例えば、兄としての面目やプライドのようなものを。


 まったく無意味な勝ち負けへのこだわりだ。だが正直なところ、なぜ彼女の方から一歩踏み出してくれないのか?家にいる時は、アイツはこんなに冷たくならなかったのに。昨日だって、僕のためにいろいろしてくれたのに……この点がどうしても理解できない。


 文緋の異変についてあれこれ考え込むのは、確かに暇つぶしには悪くない方法だ。気づけば、1時間半の列車旅行は時の流れの中に静かに去っていた。


「まもなく陣港市に到着します。お降りの際は、お忘れ物のないようにご注意ください。また、電車とホームの段差にご注意ください。千通線をご利用いただき誠にありがとうございました。またのご利用を心よりお待ちしております。」

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