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第十五話 嵐の後の日常(2)

 5月19日、土曜日、連休の2日目、朝8時ちょうど。


 一夜熟睡した。やっぱり自分のベッドが一番気持ちいい。普段家で過ごしている時と同じように、相変わらず目覚まし時計をセットする必要はない。文緋の歌声の幻聴が聞こえることで時間通りに起きられる。この体内時計は、世界中のどんな目覚まし時計よりも確実に頼りになる。ただ、2つだけ欠点がある。1つ目は、この「歌声式体内時計」が自宅で寝ている時しか効かないこと。2つ目は、一度この特別な時計で目が覚めてしまうと、短時間では絶対に再び眠れないということだ。つまり、僕は二度寝とは完全に縁がないわけだ。


 ベッドに座ったままに伸びをして、視野が少しぼやけた目を軽くこすった。この体には、起き抜けの時の、まだ頭がぼんやりしている感覚がはっきりと感じられ、また、温かく心地よいベッドから離れたくないという残念さも伝わってくる。


 僕は布団を掴んで胸元を覆い、起き上がった後の体の感覚の変化を意図的に感じ取ってみた。そして導き出された結論は――何の変化もなく、普段と100%同じだ。


「この感覚は、生きていてこそ実感できるものだな……つまり、僕の体も、生活も、何も変わっていないということじゃないか?」


 宙に向かって今日最初の一言を口にした後、僕はベッドから降りてカーテンを開け、生き生きとした姿で朝の爽やかな日差しを迎える準備をした。


「おはよう!京空市!今日も晴れ渡った素晴......らしい天気だね。」


 窓を向いて、最初は明るく、最後は落ち込んだような口調で今日二番目の言葉を口から出した後、今日の天気が雨だという事実が分かった。空は暗雲に覆われ、空色はどんよりと暗く、窓の外ではしとしとと雨が降っている。雨脚はそれほど強くないものの、出かけるにはやはり少々不便だ。


「ちっ、今日の天気はイマイチみたいだな……でも、両親と約束したんだ。今日は陣港市に帰って両親に会うと。どんな嵐が来ようとも、俺を止められないんだ!」

 

 そういえば、京空には嵐なんて起こるわけがないそうだし……それなら、実家に帰るのを諦める理由なんて何もない。昼食の時間までに着かないと。母さんが、ご馳走を作ってくれるって約束してくれたんだか。


 急いで行動しなきゃ。僕は階下に降り、洗面所で身支度を整えようとする。洗面所のドアを開けた途端、すでに歯を磨いている文緋と、見慣れたあの家でのアップヘアの髪型が目に入った。今日は休日だと文緋に聞いているんだけど、アイツにとっての貴重な休日となると、普段は10時過ぎまで寝ているのに、今日は珍しくこんなに早く起きたなんて?

 

「あ、おはよう、文緋! もう起きたの? 休日にしては珍しいね。」

「眠れなくて、しょうがないんだ。」

「不眠症? お前も不眠症になるんだ~? 昨日の疲れのせいかな? いや、それならもっとぐっすり眠れるはずだけど。」


 そんな与太話の風なことを言いながら、僕は文緋のそばに立ち、目の前の鏡に向かって顔を洗い始めた。


「もう、お兄、ちゃん、慰めの、言葉、さえ、まともに、言って、くれないの!」と、文緋は歯を磨きながら、ゴニョゴニョと、途切れ途切れにそう言ったが、僕はそのはっきりしない言葉をすべて聞き取ってしまった。

「誰にでも眠れない時なんてあるよ、ごく普通のことじゃないか。この1ヶ月、俺もほとんど毎日よく眠れてないんだ。どれほど辛いか、お前には分からないだろうけど……」

 

 なんでつい口走っちゃったんだろう?まだ寝ぼけてるかな?


「ん?この1ヶ月、どうかしたの?」


 やっぱり文緋に聞かれてしまった。


 文緋にそう聞かれて、慌てふためいた僕は、危うく手に持っていたタオルを天井まで投げ飛ばしそうだった。


「あ、いやいやいや……何でもない! この1ヶ月の間、宇宙でずっとよい睡眠を取れていなかったっていうことだ。知ってるだろ? 宇宙空間でも地球型惑星でも、よくあることなんだ。今日眠れなくても、明日はまたよく眠れるようになるかもしれない。だから……気にすることなんてないよ。そうだろ?」

 

 ほっと一息ついた。なんとかはぐらかすことができた。本当に、この口が軽くて困る。


「まあ、そうかも。けどそれ以外のことを言ってくれないの?」

「えっと……じゃあ、何を聞きたい?」

「アタシが説明しないと分からないのね……本当に気が利かないわ。妹がなぜ不眠なのか、気にかけてくれないの~?」

「えっ? そうだ、それ聞くのを完全に忘れてた! 思い出させてくれてありがとう……」


 ちょうど口をすすいでいた文緋は、口の中のうがい水を吹き出しそうだった。


「……どうしてこんな唐変木なバカ兄貴がいるのよ!その『天才少年』の称号や大学の卒業証明書、まさか裏口で手に入れたんじゃないでしょね!」

 

 典型的な安達文緋流の毒舌だが、僕の答えがあまりにもアホウだったのも悪い。


「はいはい、また俺のせいだ。謝るから許してくれない? 怒らないでお姫様~~~」

「まあいいわ。反省の態度も悪くないし、今回は大目に見てあげる。」

「もう怒ってないだろ? ならよかった……ちょっと待って、さっきうがいしてたんじゃなかったっけ?口の中の水を吐き出すのを見た覚えはないんだけど?」

「そうだね......えーーーーーーーーーーっ? うっかり飲み込んでしまったみたい!!!どうしよう!!!」

「......どうしてこんなバカ妹がいるのよ。」


 文緋の大きな瞳は一瞬で涙ぐんできて、その泣きそうな様子は見るに見かねるほどで、無意識に彼女を慰めたくなる。


「大丈夫、だよ、ただの、水道水、だけだし、毒なんて、入ってないん、だから、そんなに、緊張しなくて、いいよ。」と、歯を磨きながら、僕は先ほどの文緋と同じように、ゴニョゴニョと、途切れ途切れの言葉で彼女をなだめようとしたが、アイツはなんとそれを全部聞き取ってくれた。

 

「でも……あれってうがいをした水なんだから......汚れてるし、お腹を壊すんじゃないかって心配だもん!」

「お前の口腔衛生って、そんなに悪いのか……あのピカピカの真っ白な歯なら、歯磨き粉のCMに出られるんじゃないか。」

「どうせ今回も全部お前のせいよ!もしお腹を壊したら、責任取ってよ!」


 歯を磨いていた僕は、文緋の愚痴を聞いて、磨いていた手が思わず震え、すんでのことに歯ブラシを飲み込むところだった。これはうがい水を一口飲み込むよりも、はるかに危険なことだ。


「これって……どうしてまた俺のせいになっちゃうの?」

「さっきのあんたの馬鹿な言葉のせいで、アタシが過剰反応しちゃったんだから!」

「確かにそうなんだ……悪い悪い。じゃあ、どうしたらいい?」

「いっそ喉をほじって吐き出せばいいじゃないか。」と提案してから、文緋は指一本を口に入れようとした。僕は驚いて歯磨きを止めて、電光石火の速さで、口元まで伸びていた文緋の指を掴んだ。

「バカ、やめろ! ただのうがい水くらい、そこまでする必要がある? もし喉を傷めたら、どうやって歌うんだよ!」

「でも……お兄ちゃん、じゃあどうすればいいのよ!」


 もともと涙ぐんでいる文緋の瞳がさらに赤くなり、どうやら本当に泣き出しそうだ……早く彼女を慰める方法を考えなければ。妹を泣かせてしまうなんて、兄にとっては恥なんだ!


 ……そう考えることで、兄としての自分は立派だと感じられるが、実は一番の理由は、陣港市行きの早朝便・千通線に乗るために急がないとからだ。ここで時間をあんまり無駄にしたら、正午までに両親の家に着くことは絶対できない。

 

 僕は科学者に匹敵するほどの知恵を絞ってみるが、それでも思いついた方法はただ一つだけであり、しかもその方法には代償が伴う。損得勘定した末、やはり一度だけ自己犠牲を払うことにした。この方法がどれほど優れているからではなく、文緋を黙らせる他の手段がどうしても見つからないからだ。


「たかがうがいの水なんて恐れるものか?よく見ておけ!」

 

 僕は自分のうがい用のコップを手に取りつつ、蛇口を開けてコップいっぱいに水を注いだ。そして片手を腰に当て、もう片方の手でコップをカッコよく持ち、一気に水をぐいっと飲み干した。口の中でしばらくガラガラとうがいをした後、 目を閉じて頭を後ろに反らし、喉の奥がごっくんと動くのを感じながら、うがい水と歯磨き粉の白い泡を全部一気に飲み込んだ。最後に、文緋に向かって爽やかで朗らかな笑顔をを見せた。一連の動きは順調に、一気呵成にした。


「どうだ? 俺も全部飲んでしまったよ~ほら、何ともないだろ?もし本当に腹が痛くなるなら、俺も一緒に痛くなってあげる。」


 正直なところ、歯磨き粉の化学的な味わいと、起き抜けの嫌な口の匂いと口いっぱいの泡が混ざったこの液体は、本当に超まずかった。まるで洗濯した後の石鹸水を飲んでいるような感じだ。飲み込んだ瞬間に、泡だらけの奇妙な味の生ビールを飲んでいると自分に言い聞かせなければ、すぐに吐き出してしまいそうだった。


「まさか本当に飲み干したのか……」

「そりゃあ当然だ。ほら見て、口の中に一滴も残ってないだろ。嘘ついてないよ~」

「あんなに美味しそうに飲んでたけど、そんなにうまかったのか?」

「どこが美味しそうに見えたんだ?それに、こんなものが美味しいと思うかい?お前のためだじゃ……これで少しは安心できるだろ?」

「大バカ……もしあんたもお腹を壊したら、誰がアタシの面倒を見てくれるの。それに、アタシもお兄ちゃんのことを心配……」

「ん? 何て言った? もっと大きな声で言ってよ。」

「な…何でもないわ! 聞こえなくてもいい! 朝食作ってくる!」

 

 ようやく落ち着きを取り戻した文緋は台所へと行った。彼女が立ち去った後、ずっと我慢していた僕はついに耐えきれなくなり、吐き気が込み上げてきて、洗面台の端に身をよじりながら、反射的に空嘔してしまった。同じように自分のうがい水を飲んだのに、結局のところ僕の反応は文緋よりも随分激しかった。さらに辛いのは、文緋に聞かれないように声を抑えなければならないことだ。さっきまで彼女の前でカッコつけていたのに、今のこの惨めな姿を見られたら、一生アイツの前で顔を上げられなくなるだろう……


「たかがうがいの水なんて恐れるものかって……あんなに気軽に言ったなんて、本当に恥ずかしかったものだ!」

 

 僕は洗面所のドアを開け、顔がドアからはみ出して、目が周囲をきょろきょろと見回した。文緋が僕の様子を見ていないことを何度も確認した後、やっと安心して洗面所から出て、ダイニングテーブルの椅子に座り、台所で文緋が朝食を用意してくれるのを待っている。僕の席には、淹れたてのコーヒーと牛乳がすでに置いてある。これらは、僕が家で朝食をとる際に欠かせない二種類の飲み物だ。


「さっき、トイレから変な音がしたような気がするんだけど……お兄ちゃん、何してたの?」

「え……いや、別に何もしてなかったよ。音なんて聞き間違いじゃない?」

「まさか、さっき吐いてたりしないよね~~~」


 文緋の勘って本当に鋭い。これがいわゆる「女の勘」っていうものか?それってちょっと怖すぎる……


「え――? 違う、違う、違う! 聞き間違いだって言っただろ!」

「冗談で言っただけなのに、なんでそんなに慌てるの~~~」

「そんなつまんない冗談はやめてくれないか……それより、今日はなんで朝食があるんだ? 昨日、家には食べ物さえないって言ったじゃ。」

「ゆうべ家に帰る途中でスーパーに寄って買ってきたんだ。帰ったらすぐに冷蔵庫に入れた。コンビニで弁当だけ買ってきたわけじゃないんだから、それくらい想像できないのか、バカ。」

「そうか……昨夜は本当にご苦労だったな。」

「朝ご飯はこの卵さえ焼けばできるから、先に何か飲んで。」

「ああ……ちょっと急いでくれ。時間がないんだ。これから9時25分の千通線に乗らなきゃいけないから、時間がちょっと厳しいんだ。」

「お兄ちゃん、今日出かけるの……?外は雨降ってるのに。」


 文緋は、僕がこれから出かけるという話を聞いて、少し不満そうな顔をした。


「ああ、言い忘れてた。ごめん、ごめん……」

「千通線に乗るってことは、陣港に行くんだろ。」

「ああ、実家にちょっと行って、両親に会ってくるつもりなんだ。ずいぶん会ってないから、どうしてるか気になるんだ。お前も……一緒に来る?」

 

 僕は試しに文緋に聞いてみた。すると、僕に背を向けて卵を焼いていた文緋の動きが段々鈍くなってきた。フライパンで片面焼きにしている卵の底が徐々に焦げ茶色になり、焦げたような匂いを放っている。


 周囲の雰囲気が妙に気まずくなった。僕は意識せずに文緋が最も聞きたくない言葉を口にしてしまったからだ。


「おい文緋! フライパンの卵、卵が焦げそうだ! 早く火を止めて卵を出せ!!!」

「あ……やばい!!!」


 僕が叫ぶと、凍り付いていた文緋は一瞬にして正気に戻り、あたふたコンロの火を消し、炭になりかけた卵をフライパンの脇の皿に載せた。目玉焼きを焼きすぎてしまうなんて、料理上手な文緋にとっては絶対にあってはならないミスだが、今回はやむを得ない事情があったから。その理由は、言うまでもなくやはり僕のせいだった。数えてみれば、昨日家に帰ってから今に至るまでまだ24時間も経っていないのに、僕は既に文緋の前で数え切れないほどの過ちを犯していた。しかし、今回の過ちは、僕から見れば、昨夜文緋を誤解した時よりも、ずっと許しがたい重大な罪だと感じている。


「あの……俺のせいだ。お前が彼らに会いたくないと分かっていながら、余計なことを聞いてしまった……本当に、ごめん……」


 確かに都合のいい話だった。あの時の出来事以来、僕はずっと、長年冷え切っていた文緋と両親の関係を修復するために何かすればいいと考えている。さもなければ、このまま対立が続けば、最悪の場合、互いに縁を切ってしまうような事態になりかねないと恐れているのだ。さっきの打診から見て、文緋はやはりあの件を全く水に流せていないようだ。親子関係を救う大作戦は、ひとまずの失敗に終わった。


 文緋は僕の謝罪を聞いても何の反応も示さず、黙りっぱなしにコンロの前に立ち、一言も発しなかった。

 

  「えっと……そうだ、あの……夕飯前には帰るから、絶対に実家に泊まることはないよ。だから……えっと……心配しないで。あと……晩ご飯は残しておいてね、ハハ~」

「あそこで一晩過ごすにしたって、長く住むにしたって、あんたの自由だ。邪魔をしないから。」


 文緋はようやく口を開いたが、その口調は氷のように冷たく、骨の髄まで凍りつくほどだった。


「でも、俺があそこに長くいるのを嫌がってるんだろ? ずっと知ってたよ……」

「大丈夫よ。あんたがいない間、アタシはもう全世界に証明したわ。アタシ一人でも生きていけるって。だから、心配しなくていいのはあんたの方よ、お兄ちゃん。」


 まさか逆に文緋に慰められるなんて……僕の口は一体どれだけ不器用なんだろう!


「ちょっと気分が優れないの。昨夜よく眠れなかったせいかも。部屋に戻って少し休みたいんだ。良かったらこの少し焦げた卵を我慢して食べてね。」


 と言ったところ、文緋はオーブンからこんがりと焼けたクロワッサンを取り出し、卵の載ったお皿と一緒に、僕の目の前のランチョンマットの上に運んできた。お皿には、香ばしいベーコン、バターを絡めたツクリ茸、そして色とりどりのフルーツサラダがある。整っている様子で見栄えの良い盛り付けだが、目立ちすぎて邪魔な焦げ茶色の目玉焼きだけが、朝食全体の完璧なバランスを崩していた。まるで、文緋の端麗な顔立ちに、左目の下にある三日月形の傷跡のような、本来あるべきではない欠点だ。

 

「文緋、体調は大丈夫か? 少し食べてから休まないか?」

「先に食べて。急いで食べないと、電車に間に合わないじゃ。出かける時は傘を忘れずに。」


 そう淡々と答えると、無表情の文緋は二階の部屋へと戻っていった。文緋の心の奥底にある傷跡を暴いてしまった犯人である僕にも、今さら彼女のためにできることは何もない。口にしてあげる言葉も見当たらない。


 文緋が部屋に入り、そっとドアを閉めるのを無言のままに見送ってから、僕は皿の脇にあるナイフとフォークを握り、焦げかけの目玉焼きを切り分け、手が止まらずに口に運んだ。


 僕が味わったのは、卵が焦げたことによる苦みではなく、文緋と僕だけが感じ取れる、特別な苦みだった。二人のこの苦みを消し去ることに、僕は微塵の躊躇いも感じていない。程なくして、その焦げた目玉焼きは僕の皿から完全に消えた。


「ごめん、文緋。傷つけてしまうかもしれないけど、これ以上、あなたに逃げ続けてほしくないんだ……」


 僕は手早く朝食を済ませ、皿とコップを食洗機に入れた後、普段遠出の際に使うリュックを背負い、傘、腕時計、スマホ、モバイルバッテリー、財布を持って、準備万端で出かけようとした。玄関で雨靴を履き終えており、急がないと間に合わないと分かっていながらも、気がかりでまた雨靴を脱いで、踵を返して居間へ戻り、二階へ上がって文緋の部屋のドアの前に立っている。ドアはしっかりと閉まっており、部屋の中は微かな物音すら聞こえないほど静かだ。


「文緋、あの……先に行ってくる!何か食べたいものや買いたいものがあればメッセージを送って。帰る時に買ってくるから。もし体調が悪かったら電話して。すぐに戻ってくるから!」

 

 部屋から何の声も伝わってこない。もしかすると、彼女は本当に眠ってしまったのかもしれない。


「俺を待ってて……」


 心の中でそう独白すると、階下に降りて雨靴を再び履き、家を出た。僕を迎えるのは、ざあざあと降り注ぐ雨だ。雨脚は僕が起きた時よりも強くなっている様子。傘を差して家の外にある大門まで歩いたが、雨の中をバス停まで急がなければならないと気づいたら、少しやきもきしてきて、引き返して家に帰りたいという衝動さえ萌してきた。


「せっかくの休みなのに、こんな天気なら家でゴロゴロして寝てたい……文緋が本当に羨ましい!まあいい、ここで時間を無駄にするのはやめよう。両親と約束したことは変えられないし、急いでバス停に行ったほうがいい。」


 池は小走りでバス停へと行った。一歩踏み出すたびに、水しぶきが跳ね上がった。


 その時、池の家の二階の左側の窓辺に、一人の孤独な人影が現れ、次第に遠ざかっていく池の後ろ姿を注視している。


 その窓は文緋の部屋の窓だ。そう、彼女は眠っていない。池が家を出る直前に文緋に残しておいた言葉も、池の心の中でのあの独白も、彼女はすべて聞き逃さなかった。


「待ってる……いつも通り、アタシのそばからどれほど長く離れていても、待ってるから、お兄ちゃん。」

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