第十二話 全国で一番人気のある美少女歌姫が何と、我が家に居候している件
「はあ……文緋は今日も家で歌の練習をしてるのか?せっかく家に帰ってきたのに、一日中ゆっくり休ませてくれないのか……」
待ちに待った帰宅の瞬間のはずなのに、今の池は玄関先で少し躊躇している。なぜかというと、家の現状は自分が期待していたものとは少し違っているからだ。
「ああ、もう! 後でちゃんと話せばいいんだ。妹なら、一度くらいは兄の言うことを聞いてくれるはずだ!」
池は玄関に取り付けられている顔認証端末を一瞥したら、扉のロックが解除された。家に入った途端、数倍にも増幅された歌声が聞こえてきた。さすが防音効果が素晴らしい高級住宅だけのことはある。
池は靴をきちんと並べてから、玄関とつながった居間へと足を踏み入れた。居間の中央は、周囲の無垢材の床より一段下がったデザインで、つまりサンクンリビングになっており、三方には柔らかく快適な紫色のソファが配置されている。三つのソファに囲まれているのは、菫の花が挿された花瓶が置かれた四角いテーブルがあり、 その下には青みがかったウール絨毯が敷かれている。100インチを超える壁埋め込み式の大画面テレビが居間の中央を向いており、その向かい側には数枚の大きな掃き出し窓があり、ガラス越しに差し込んでくる日光が部屋中の隅々まで明るく照らしているが、眩しすぎたり、顔が焼けるような感じはしない。日当たりもインテリアも、何から何までほぼ完璧と言える。
ただ一つ、居間の全景とは明らかに調和しないオーディオ機器が、窓際に所狭しと置かれており、床にはあちこちにコードが乱雑に張り巡らされていて、少し気を抜けばつまずいてしまいそうだ。そのオーディオ機器の山の前にはマイクと譜面台が突き立てられて、マイクの前に立って窓の外に向かって夢中で歌い上げているのは、ずっと我が家に居候している、うちの妹、安達文緋だった。
正直に言うと、超人気歌手である文緋の歌唱力は、実に超抜群だ。伴奏なしのアカペラでさえ人々を魅了でき、まさに「この世のものとは思えない、むしろ天国の歌声だ」ほどの素晴らしさだ。
しかし、池にとっては、この2年余りの間、日数が極度に限られていた自宅生活で、ほぼ毎日この天国の歌声を聴かされ、耳にタコができそうなほど頻繫だった。やはり、どんなに素晴らしい歌声でも毎日聞いていると、飽きてしまうものは時間の問題だ。幸いなことに、この家が優れた防音効果を持っている。そうでなければ間違いなく近所から騒音の苦情が寄せられるだろう。
「あの、ただいま……」
池の声は、文緋の歌声に完全にかき消されてしまった。仕方ない、もう少し近づいて、もっと大きな声で文緋に挨拶しよう。
「ただいま~」
背を向けたままの文緋には、やはり聞こえていないようだ。
そうだ、こういう場合には、こうやって挨拶するしかないんだ。どうして忘れてしまったんだろう?
次は正しい挨拶の仕方だ。池は文緋から数歩の距離まで近づくと、深く息を吸い込み、腹部の奥に溜めたエネルギーを喉へと送り込み、最後に口から勢いよく放出した――
「おい――――!た――――だ――――い――――ま――――!」
居間中に響き渡っていた歌声は一瞬で止み、再生され続ける伴奏だけが反響している。これでこそ正しい挨拶の仕方だ。文緋が不意を突かれて、池のその叫び声にきっと飛び上がるほど驚いたと思うかもしれないが、実はそうではない。というのも、こういう挨拶の仕方は文緋にとっても日常茶飯事であり、反射神経はとっくにそれに麻痺していたからだ。
その時、文緋は伴奏曲の音量を下げた。
「お帰り。今回はこんなに早く帰れるんだね。」
文緋は振り返りもせず、相変わらず僕に背を向けたまま、少し冷たい口調で答えた。まったく、歌っている時みたいに素敵な声で答えてくれないものか……
「『こんなに早く』って何よ。どう考えても、2ヶ月以上会ってないんじゃん。メールでも送ってきて、一声かけてくれればよかったのに……」
「もう慣れたんだもん~~この前、半年くらい家に帰らなかったこともあったし、それに比べれば2ヶ月なんて大したことないじゃないか。」
「それもそうだね……」
文緋は僕に背を向けたまま、次々と質問を投げかけてきた。
「お兄ちゃん、今度は家にもっと長くいられるよね?」
「ああ……そうね、この前すごく忙しかったから、上司が休みをくれることになったの。」
「休み?それなら、あたしと一緒に……」
文緋は、僕がめったにない休暇を取ると聞いた途端、言葉を終える前に嬉しそうに振り返ってきたが、その直後のアイツの反応は、僕の予想をはるかに超えるものだ――
「きゃあ―――――――――――――――――――――――――!」
文緋がわけのわからない金切り声を上げた。マイクの音量増幅効果もあって、その金切り声は僕の鼓膜が破れそうになるほどだった。近所の人たちを呼び集めないでくれよ!
「おい、お前なんで急に大声で叫ぶの??」
「不法侵入者!!! どこから忍び込んできたの!? 兄貴の言った通り、窓もドアも全部しっかり鍵をかけたはずなのに! 空き巣か!? それとも泥棒!? うちには金目なものは何もないわよ! 今すぐ出て行かないと、警察を呼ぶわよ!」
勘弁してくれよ。これって一体どういう空き巣だ?耳が正常な人なら、この雷鳴のような歌声を聞けば、家に人がいるってすぐ分かるだろ?
「一体何わけわかんないこと言ってるんだ?俺だよ俺?」
僕は文緋のところに近づこうとしたと同時に、怯えて震え上がっている文緋もすぐ後ずさりしたため、結局、二人の距離は全く縮まっていない。
「あんたが誰だかわかんない!近づくな!」
文緋は手元にあった譜面台の上の楽譜を手に取り、手榴弾を投げるかのように、僕の顔めがけて力いっぱい投げつけた。不意を突かれた僕は避ける間もなく、やむを得ず顔を手で覆って防ぐしかなかった。
「痛てぇ……おい、落ち着いて、俺の話を聞け!」
今、目の前に広がる光景は、間違いなく僕が生まれてから一度も見たことがない、冷や汗が出るほど驚かされる場面だ――華奢な体つきの文緋が、片方の肩までとてつもなく重そうなスピーカーを担ぎ上げて、それを振りかざして俺の方に投げようとしている……一体どこからそんな馬鹿力が出たんだ??? まさか遺伝子変異でも起こったのか?放射線を浴びたのは俺であって、彼女じゃないんじゃん?遺伝子変異者であっても、俺の方であるじゃないの???
僕はドギマギ数歩後退して、命を守るために半身をかがめてソファの後ろに隠れて、頭をのぞかせながら絶望的に叫んでいる――
「やめろ――――――――!俺はお前の兄、安達池だんだ――――――――!!!」
文緋の投げようとする動作が止まった。スピーカーは文緋の肩の上にとどまり、その横にある文緋の顔には困惑した表情が浮かんでおり、まるで別人のような面持ちだ。
「お、ま、え、は、あ、た、し、の、あ、に、き? ア、ダ、チ、イ、ケ?ありえない!冗談だろう!うちの兄貴がそんな不良やチンピラ、ならず者、ヤクザみたいな顔つきなわけないだろ!お前、どうして兄貴の名前を知ってるんだ!きっと兄貴が宇宙飛行士になって有名になったからに決まってる!」
不良、チンピラ、ならず者、ヤクザ???文緋のやつ、どうかしてるんじゃない? 俺みたいに天真爛漫で真面目で優秀な人材のイメージが、どこがあれらの社会のクズどもと結びつくんだ???
この瞬間、床にしゃがみ込んでいる僕は、ふと掃き出し窓のガラスに映った自分の顔を見た。見ていると、なんだかどこかおかしいような気がした……目の前にはいつも邪魔な黒い影が視界を遮っていて、ガラスに映った自分の顔をまともに見ることができない。
考えなくてもすぐ分かった。僕の目の前で頻りに視界を遮っていたその黒い影こそが、僕の前髪なのだ。
突然、頭の中に閃きが起こって、自分を戸惑わせていた謎が一気に解けた。
そうだ、髪だ!間違いなく髪のせいだ!
危うく忘れるところだった。髪は目や耳まで隠れるほど伸びているから、文緋が僕だと分かってくれないんだ。そうだ、きっとそうなんだ!事件解決だ!さすが地球型惑星の文明を進化させた有名な科学者たちに匹敵する超高い知能を持つ天才少年だけある!
僕は急いで前髪を上に払い上げ、頭のてっぺんにしっかりと押し付け、いつも元気のない両目とつるつるした額を剝き出した。ついでに僕の自慢であり、ハゲの方々をひどく嫉妬させる生え際も披露した。
「よく俺の顔を見ろう!俺だぞ!本当に俺だ!お前の兄貴の安達池だ!たった2ヶ月会ってなかっただけで、もう老眼になったなんて言わないでくれ!」
文緋は怪訝そうに目を丸くし、僕の顔をじっと見つめた。僕の眼差しが確かに彼女の記憶通り、虚ろで生気がないことを確認したことで、僕が彼女の兄である安達池だと百パーセント確信した。引き締まった顔はたちまちほぐれ、もちろん僕のも同様だ。
「何だよ、やっぱりお前だったのか。びっくりしたよ。どこからか現れた曲者かと思ったよ。」
「俺の方が死ぬほど驚いたんだぞ! まったく、自分の兄貴さえ見分けられないなんて、悲しい限りだよ……」
「そんな変な長い髪にしてるんだもん! こんな変わった姿、見たことないんだから、見分けられるわけないでしょ……」
やっぱりこの奇妙な長い髪が原因だったのか……帰る前は、文緋がそれのせいで僕を認識できなくなるんじゃないかと心配していたが、まさか本当にその通りになるとは。せめて俺の声くらいは聞き分けてくれるはずだろうに。ところで、文緋はどうやって「長い髪」と「不良」「チンピラ」「ならず者」「ヤクザ」なんかを結びつけたんだ? 世界中の無数の長髪の人々が、侮辱されたと抗議してくるぞ。
「はいはい、俺のせいだ。ところで、スピーカーを下ろしてくれない?そんな風に持ち上げてて疲れないの?」
どうやら文緋は自分の肩に、とてつもなく重いスピーカーを載せていることなどすっかり忘れていたようだ。僕に思い出させると、アイツの体の半分が押しつぶされそうになり、さっきまでの火事場の馬鹿力は一瞬で消え失せた。アドレナリンが急上昇して、コスモが燃えたおかげなのだろうか?
「スピーカーって……あ……あ!!!なんでこんなものがあたしの肩に……重すぎ......死にそう......」
僕はさっと駆けていき、文緋に手を貸してあげた。よろめいて倒れそうになっていた彼女とスピーカーをしっかり支えた。もう少しで床に大きな穴を開けるところだった。木製の床の修理代は安くはないね。
「あんたってば、本当に手のかかるやつだな。」
「全部あんたのせいじゃないの!バカ兄貴!」
目の前にいるこの少しおっちょこちょいな18歳の少女、僕の妹である安達文緋は、前述の通り、絶世の美貌と素晴らしい歌声を持つ超人気の歌姫だ。
幼い頃からその美貌ゆえに、学校の男子たちに必死に追い求められていた文緋は、今でも子供の頃の容姿の良さをしっかりと受け継いでいるだけでなく、少女らしい甘美な雰囲気も加わっている。身長は166センチ、両目は真珠のように明るく魅力的で、まつ毛は相変わらず台風を巻き起こせるほど長く、鼻筋は整形手術を受けたかのように高く整い、ちっちゃくていじらしい唇は口紅を塗らなくても常に潤いと色艶に満ち、肌は赤ん坊のように瑞々しくて滑らかで透き通るほどだ。総合すれば、いかにも申し分のないスーパーアイドルーの顔立ち......のはずだ。
ただ一つ、この完全無欠なほどに近い容姿を著しく損なう欠点がある。それは文緋の左目の真下に、眼窩と平行に走る三日月形の傷跡があることだ。3年前にこの傷跡ができて以来、文緋の言動は思春期の少女らしいイメージとはかけ離れたものになり始めた。
まず、あらゆる化粧品やスキンケア製品に対して強い拒否感を抱いている。美を愛する心は誰にでもあるものだ。文緋のような花盛りの少女なら尚更だ。
しかし、仕事以外の時間、文緋は外出時であれ自宅にいる時であれ、身だしなみを整えようという気はちっともなく、女の子なら特に気にする化粧やスキンケアなどにも全く無頓着だ。そこで、彼女の部屋には化粧品やスキンケア製品の影すら見当たらない。僕は文緋がファンデーションなどでその傷跡をできるだけ隠そうとするだろうと思っていたが、実際にはそうではなかった。アイツはいつも完全なすっぴん姿で家の中をうろついている。真夜中に顔パックをして部屋から出てきて、僕を驚かせるという場面は絶対に起こらない。
さらに、なめらかな茶色の長い髪を持っているが、文緋はほとんどの場合、髪をまとめて後頭部に巻き上げたり、シンプルなポニーテールに結んだりしている。今の若い女の子のように、ネットのインフルエンサーが推奨する流行のヘアスタイルや、芸能人のスタイルの真似を追い求めるようなことは一切しない。長い髪を肩に垂らした姿の方が断然似合うのに……
次に、仕事以外の文緋は、普段はめったに自ら外に出ない。僕が宇宙滞在中で留守にしている時、彼女が家を出るのは以下の2つの場合だけだ(少なくとも彼女はそう言っていた)。
1、食料やその他の生活必需品を買いに行くとき;
2、親友から遊びに誘われたとき。
それ以外の時間の文緋は、まるでオタクのように家から一歩も出ず、家に引きこもってひたすら以下二つのことに打ち込んでいる。
1、歌唱力を磨くということ。これで、うちの家にこんなプロ仕様のオーディオ機器がある理由が分かっただろう。
2、新しい歌を作るということ。
そう、文緋はデビュー以来、すべての歌を自分で作詞、作曲している。3年前、文緋は世界で一番有名な動画サイト「EverybodyTube」に自作の曲をアップロードし、自分の声で歌った。単なる音声ファイルに過ぎなかったが、その美しいメロディー、心に響く歌詞、そして甘い歌声だけで、短期間のうちに数百万回の再生回数を稼ぎ、コメント欄も称賛の嵐となった。
ネットで一躍有名になった文緋は、間もなくレコード会社のスカウトの目に留まり、正式な契約歌手としてのオファーを受けた。幼い頃から歌うことが大好きだった文緋は迷わず契約を結んだ。この点は僕と少し似ているようだ……何しろ実の兄妹だからな。
デビュー後の文緋は、作詞作曲を自ら手掛けるスタイルを貫き、リリースしたアルバムはどれも大好評を博している。彼女は生まれつきの素晴らしい歌声を持っているだけでなく、楽曲制作の面でも類まれな才能の持ち主だ。
兄として、妹が音楽の道でこれほどの成果を上げたことを大変誇りに思っている。だが正直なところ、これらはすべて「僕が家で過ごす貴重な余暇を犠牲にする」という代償の上に成り立っているのだ……文緋が歌手になって僕の家に居候して以来、地球型惑星での僕の平穏な日常は、一変してしまった。
まず、我が家に多種多様な音響機材が運び込まれ、家の多くのスペースを占有し、 居間の掃き出し窓の前は、本来なら裏庭の景色を眺める絶好の場所だったが、文緋の手によって歌の練習専用のミニステージへと改造されてしまった。朝から晩まで、いつもそこで歌に合わせて踊る彼女の姿が見える。一気に3、4時間歌い続けても全く平気で、しかも歌いすぎて声が枯れたり出なくなったりすることもない……なんて恐ろしい体の仕組みなんだ。
その一方で、家にいる僕は彼女の一人だけの熱心な聴衆になることを強いられていた。文緋との同居生活が始まった当初は、毎日これほど美しい歌声を聴けることが人生の大きな喜びだと思っていたが、日が経つにつれて、 歌声に洗脳されそうなこの生活に、次第に反発を感じるようになった。部屋に閉じこもって普段寝るときに使っている耳栓を耳に詰めたり、ヘッドホンで音楽を流して彼女の歌声を打ち消そうとしたりしても、まったく役に立たない。あたかも彼女の歌声に目でもついているかのように、あらゆる障壁を軽々とすり抜け、まっすぐ僕の鼓膜へと突き進んでくるのだ。
毎朝起きる時、目覚まし時計など必要ない。耳の中に彼女の歌のメロディーが自動的に響き渡り、僕を目覚めさせてくれる。これは、彼女の歌声に洗脳され、幻聴の域にまで達してしまったことによる、唯一の利点なのかもしれない。
それだけでなく、文緋が新曲の制作に専念し、霊感を得られるように、僕は彼女の指示に従い、快適な創作環境を整えざるをえなかった。
例えば、彼女のミニステージの前にある、掃き出し窓の外の庭に、彼女が好きな柳の木を数本植えた。柳の木がよりよく育つように、ついでに池を掘り、その周囲に細かい砂を敷き詰めた。このどこか禅の趣を感じさせる庭は、曲作りにはあまり向いていないような気がする。むしろ詩や歌謡を書くのに適しているのではないか……
さらに、文緋が二階の部屋で静かに曲を作っている時は、足音を含め、彼女が聞き付けるような音を家の中で一切立ててはならない。そのため、僕は階段から二階、そして自分の部屋に至るまでの床の全部に分厚いカーペットを敷き、スリッパも柔らかい底のものに替えなければならなかった。部屋に出入りしたり、階段を上り下りするたびに、つま先立ちで、忍び足で歩かなければならず、その様子はまるで泥棒のようだった。
それに、文緋は歌の練習でも曲作りでも、家の中でいつも様々なアロマを焚くのが好きだ。心を落ち着かせる効果があるらしい。最初はなかなか良い香りがするのだが、問題は彼女が家のあちこちで同時に複数のアロマを焚くのが好きで、家中が異世界の戦場のように煙に包まれてしまうことだ。いつ何時煙の中から剣や盾を手にし、全身中世の騎士のような格好をした怪人が現れてきてもおかしくないような雰囲気だ。
この基準値を超えた濃度のアロマは、僕を眠気に襲わせるばかりでなく、家の煙感知器まで鈍らせてしまった。こんな状況なのに一度も警報が鳴ったことがなく、点検に来た修理業者も原因を突き止められなかった。品質が不十分というか、それとも賢すぎるというか……
以上が、普段の家で妹に支配されている僕の姿だ。もし我慢できないなら、外に出てぶらぶらしたほうがいいんじゃないか、と君は思うかもしれない。どうせ京空市のビーチは家からそう遠くないし、砂浜でゆったりと横になるほうが、家にいるよりましじゃないか?あるいは、兄として妹に少しは控えめになるよう求めるのはどうだろう。何しろ他人の家に居候しているのだから、せめて兄の気持ちくらいは考えてほしいものだ。どうしても無理なら、この言うことを聞かない妹を追い出してしまえばいい!
こうした考えが頭に浮かばなかったわけではないが、僕は決してそんなことは許さない。
僕が文緋に対して抱いているのは、単なる兄妹の情だけでなく、強い罪悪感と自責の念でもある。率直に言えば、彼女の性格や振る舞いが、かつての情熱的で明るい、美を追求する姿から、今の頭の回りが鈍く、多少の劣等感を抱き、人とは異なる姿へとこれほど劇的に変化したのは、結局のところ僕のせいなのだ。
そして、このすべての変化の源は、文緋の左目の下にある、彼女の一生を共にするであろう三日月形の傷跡なのだ。
彼女の完璧な顔にこの傷跡を残した犯人は僕ではないが、僕のせいで起きた悲劇だった。ここ数年、僕はずっと自分を元凶だと思い込んできた。妹がどんなに風変わりで、理不尽な人間であろうと構わなく、無条件に、見返りを求めなく彼女を受け入れるべきだ。彼女が外出を嫌うのなら、宇宙で過ごす日々を除いて、家に帰れる時間がある限り、しっかりと彼女と一緒に家にこもって過ごすべきだ。こうした些細な積み重ねで償うことだけが、僕の心の中で渦巻く罪悪感を少しでも和らげることができるのだ。
だから、文緋が「全部お前のせいだ」と僕を責めたのは、全く間違っていない。




