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第十一話 京空市、我が家、ただいま

 トンネルの出口から差し込むまばゆい日差しが、かつてないほど眩しく感じられる。その眩しさのせいか、池は無意識に片手で額をかざした。そういう身振りから見ると、長い間暗闇に閉じ込められた人間が突然直射日光を浴びた時のように、一瞬の間、目を開けられないという感じが伝わってくる。池の視界が真っ白から回復するまで、十数秒ほどかかった。


 次第に、これ以上ないほど見慣れた街の景色が目の前に浮かび上がってきた。


 交通の利便性のために、トンネルの出口は京空市の海岸線付近、かつ市中心部の天首区に近い場所に建設された。トンネルを出て横海大通りを進むと、京空市で最も賑やかで活気あふれるエリアが見えてくる。


 色調の明るい建物が軒を連ね、それぞれの高さが異なるが、すべて整然と並んでいる。街路はほこりの一粒もないほど清潔で、青色の海と真っ白な砂浜と見事に調和している。


 夜になると、色とりどりの灯り溢れる夜景は格別だ。砂浜で海水浴や日光浴を楽しむ観光客たちの笑い声が空気に響き渡る。


 まだ本格的な夏ではないが、京空市では一年中、このような活気あふれる光景を見ることができ、全く違和感がない。


 車が横海大通りから市中心部へ曲がっていくと、道路は他の大都市のように車や人でごった返しているわけではないが、両側の歩道には常に人が行き交い、自転車道にも多くのサイクリストが通り過ぎ、その颯爽とした姿は疾風の如く街中を駆け抜けていく。


 そろそろ昼食の時間だから、街には昼休みに食事に出かける人が多く、大きなレストランも小さな食堂も、入り口には客が乱れなく列をなしており、もともと活気に満ちた道路や路地がより一層賑やかになっている。


 食事を求めて出かけた会社員であろうと、好奇の目で街の新しい発見を探し回る観光客であろうと、近所の人と笑いながら立ち話する一般市民であろうと、誰もがゆったりとした生活リズムで、のんびりと日々を過ごしている。


 道理でここが多くの観光客や、大都市のプレッシャーや喧騒に疲れて、ストレスフリーな生活を憧れる現代の都会人を惹きつけてくるのだ。同じ大都市であるにもかかわらず、何故か京空市には確かに、心を落ち着かせたり、生活を楽しませたりするという特別な魔力がある。


 とっくに見慣れた街並みを眺めながら、池の心も例外なくこの都市の不思議な魔力にかかったかのように、極上の安らぎと心地よさを感じた。


 なんとなく、これまではたとえ宇宙で数ヶ月過ごした後でも、京空市に戻った時にはこういう久々の再会のような親しみは感じなかったが、今回はいつもとは少し違う。


 なぜなら、この一ヶ月の間、池と京空市を隔てていたのは、地球型惑星から宇宙へと向かう距離よりも遥かに遠い距離であり、決して繋がることのない二つの世界の間にある距離だったからだ。


 京空市、ただいま。


 幾つかの交差点を過ぎると、車は浅陸区に入った。市郊外に隣接する浅陸区は京空市最大の住宅地であり、御潮山の麓から2キロも離れておらず、海辺まで車で十数分ほどの距離にある。山と海に囲まれた静かな環境で、漁師を除けば地元住民の6割以上がここに住んでいることから、この行政区域内の主な建物は一般住宅であり、その中には池の家も含まれている。


 虎視島は、多分世界中最も住みやすい都市の一つである京空市に隣接しており、まさしく地の利を占めているとは言えるが、宇宙センターのスタッフの多くは基地内の寮に住むことにした。第一に、通勤時間を節約できるし、第二に食事や生活用品や水道光熱費などが無料の寮に住むことで生活費の大部分を節約できるからだ。当初、宇宙センターが職員を募集した際、この点こそ売りにすることで多くの人材を惹きつけたのだ。


 その後、下田が権力を掌握するにしたがって、機密保持の重要性が大幅に高まった。現在寮に住んでいる職員であれ、新入職員であれ、居住地を変更したい場合――例えば京空市で住宅を購入して定住したい場合は、上司に申請し、厳格な審査を受け、承認を得てからでないと実行できない。


 手続きがあまりにも煩雑なため、申請者はごく僅かしかおらず、2000人余りの職員のうち、もともと京空市に住んでいた十数人しか承認を得られなかった。宇宙飛行士の場合は言わずもがな、一人を除いて全員が虎視島の寮に住んでいる。宇宙での長期滞在が常であるという理由で、皆は地球上の住まいに対してそれほどこだわりはなく、虎視島付近に家を買って住む必要は全くない。


 そのため、「外泊者」である池は虎視島にいる宇宙飛行士の全員で、最も風変わりで、最も浮いている人間になった――虎視島に来て候補宇宙飛行士になる前、採用審査の合間の些かな時間を利用して、池は両親と共に京空市を心ゆくまで楽しんだ。


 小学生の頃から本の海に浸り、あらゆる休暇さえも勉強に充ててきた池にとって、これは実に貴重な旅行の機会だった。この旅行を通じて、池は当地の自然や風土を深く知るようになった。それ以来、彼はこの町に特別な愛着を持つようになり、ここを池の第二の故郷と呼んでも過言ではない。


 そこで池は大学時代に様々な奨学金で貯めた山ほどの貯金を全額投じて、京空市浅陸区の住宅を一軒購入することにした。入社契約を締結する前には「京空市に住みたい」という唯一の条件を下田方に提示した。下田は当然、快く承諾した。何しろ、目の前にいるこの才能あふれる若者が結ぼうとしている契約書には、下田自身に有利な条項が百以上も盛り込まれており、100対1の比率で、この取引は絶対に損をすることはないからだ。


 というわけで、先だって池が契約内容を一瞥もせずに自分の名前をサインしてしまったあの場面を思い出したのも無理はない。なぜなら、その瞬間の池が夢の叶った高揚感と、京空市で第二の家を見つけたという感動に夢中になり、すっかり我を忘れてしまったせいで、今の自分がこんな厄介な状況にさらされているからだ。


 決して衝動買いをしてはなりません、と、ついでに皆さんに忠告させていただきます。


 車が小道を走り抜けると、池の家が視界に入り、次第にはっきりと見えてきた。


「安達様、まもなくご自宅に到着します。車内に忘れ物がないよう、お手荷物の確認をお願いいたします。」


 帰心矢の如しでワクワクする池はとっくに降りる支度を整えた。帰宅までの些かな道のりで、池はひたむきに片頬を窓に押し当て、さながら自分の住宅以外の全ての建物が消えたかのように、どんどん近づいてくるあの家だけを眺めていた。


 セダンは目を引くデザインの家の前に到着した。車輪がまだ完全に止まっていないのに、池はイライラしてドアを開けようとし、ハンドルを十数回も引いたが、当然ながら開くはずもなかった。車が完全に停止するまではドアのロックが解除されないわけだ。これは一般的な自動車の標準的な安全装備であり、下田長官が普段乗っている高級セダンになれば尚更だ。


「安達様、どうか急がないでください。外でドアを開けさせていただきます。」

「いいえ、結構です。身体には障害ないんです。お願いですから、早く車を停めてもらえますか?」


 強迫性障害によるのか、それともわざと池に嫌がらせをしようとしたのか、運転手は車を完璧な位置に調整した上で停車した。後部座席のドアは、池の家の外周の塀にある門とぴったり向かい合っており、その精度には微塵の誤差もなかった。こうすれば、池は車から降りれば、そのまま家に入ることができ、余計な一歩も歩く必要がない。


 物事の細かい部分に極めてこだわっている習性は、おそらく長年上司に仕えてきたことで身についた癖なのだろう。


 ようやく車のドアのロックが解除された。池は運転手が降りてドアを開けてくれるのを待たず、待ちきれない様子で先回りしてドアを開け、車から降りてから、おもての道端に立ったままで、自分の家を愛おしそうに注視している。


 それは、ずっと僕を待ち続け、どんなに遅く帰っても、暖かい両腕で出迎えて抱きしめてくれる家だ。


 運転手はトランクから池のリュックを取り出し、静かに彼の足元に置いた。


「安達様、こちらがお荷物です。お忘れなく。それでは、これでお暇します。」


 車は徐々にスピードを上げて去っていき、静かな小道には、一人立ち尽くす池の姿だけが残されている。


 池の目の前に立つこの2階建ての一戸建ては、かつて池が購入した後、自ら設計し、内装業者に依頼して改装してもらったものです。


 外壁の色は白、銀、ベージュを組み合わせたグラデーションになっており、庭の前方の塀沿いには装飾用の低木が植えられ、その高さはちょうど塀より少し高くなっている。


 上下2階の全体構造は、複数の大きな立方体が組み合わさって構成されており、まるで様々なブロックを使って様々な建物を作れるあの名作ゲームに登場しそうな家のように見える。しかし、そのゲームを知らない人にとっては、この家は視覚的に空間感に満ち、現代的なデザインの芸術的な雰囲気を漂わせているように映るだけだろう。


 ありふれた民家が立ち並ぶこの地域において、この独創的なデザインはひときわ目を引く存在となっている。幸いにも、池の家は、通りが観光客で溢れかえっている天首区のような場所にはない。そうでなければ、間違いなく大勢の観光客が訪れたり、写真を撮りに来たりする「タスイン映えスポット」になっていただろう。


「やっと帰ってきたな……自分で設計した家だから、何度見ても飽きないなあ~」


 池はリュックを肩にかけ、半開きになった鉄の門を押して開け、玄関のドアへと向かった。庭の両脇に生い茂る様々な緑を眺めながら、その生き生きとした雰囲気によって、池自身も旺盛な生命力に満ち溢れているのを感じた。


「しばらく会わなかったけど、みんなずいぶん成長したね~。やっぱり健やかに育ったって、園丁にとって一番幸せなことだね!でも、後で少し剪定しなきゃ。こういうこと、文緋のアイツには絶対できないだろうな……」

 

 自分の精神世界に浸っていた池は、妹のことを思い出した途端、耳元で何か音が響いていることに気づいた。玄関に近づけば近づくほど、その音もますます大きくなっていく。


 池の耳に届いたのは歌声だ。しかも、とても美しく心地よいメロディで、カラオケ機器のエフェクトがかかり、ほんのり反響しているような歌声だ。目を閉じれば、まるでどこかのカラオケボックスの入り口に立っているかのように思える。

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