パン屋の見習い
パン屋での生活は、想像以上に忙しかった。
朝は早い。
まだ外が薄暗いうちから起きて、仕込みの手伝いをする。
小麦を量り、水を混ぜ、こねる。
単純な作業の繰り返しだが、慣れない体には堪える。
「手ぇ止まってるぞ」
祖父の低い声が飛ぶ。
「……すみません」
慌てて手を動かす。
リナはその横で、器用に生地を成形していた。
「大丈夫?最初はみんなそんな感じだよ」
にこっと笑う。
「……助かる」
こうして数日。
雑用をこなしながら、少しずつ店の様子が見えてきた。
そして——
「……なんか、おかしくないか?」
ぽつりと呟く。
昼前。
店にはパンが並んでいるが、客はまばらだ。
全く来ないわけじゃない。
だが、“繁盛している店”とは明らかに違う。
売れ残りも、少なくない。
(味は悪くない)
むしろ、普通に美味い。
(なのに売れない……)
理由は一つじゃない。
場所、見せ方、売り方——全部が噛み合っていない。
「……なるほどな」
前世での記憶が、じわりと蘇る。
営業。
商品そのものだけじゃ売れない。
“売り方”がすべてを左右する。
その日の仕事終わり。
俺は二人の前に立った。
「ちょっといいか」
祖父とリナが顔を上げる。
「なんだ」
祖父の声は相変わらずぶっきらぼうだ。
「この店、もっと売れる」
はっきりと言った。
一瞬、空気が止まる。
「……は?」
祖父の眉がぴくりと動く。
リナは、興味深そうにこちらを見ている。
「今のままだと、もったいない」
言葉を続ける。
「パン自体は悪くない。でも、売り方が弱い」
「……売り方、だと?」
「ああ」
俺は頷く。
「並べ方、値段の見せ方、客の呼び込み——全部改善できる」
祖父の表情が険しくなる。
「素人が偉そうに……」
当然の反応だ。
だが、引かない。
「試させてくれ」
まっすぐに言う。
リナがぱっと表情を明るくした。
「面白そう!やってみようよ、おじいちゃん!」
「簡単に言うな」
祖父が低く返す。
「商売は遊びじゃねえ」
「分かってる」
俺は言う。
だからこそ——
「結果が出なかったら、クビでいい」
言い切った。
リナが目を見開く。
祖父も、わずかに目を細めた。
「……ほう」
空気が変わる。
「一週間でいい」
続ける。
「売り上げ、上げてみせる」
沈黙。
重い沈黙が、店内に落ちる。
祖父は腕を組み、じっとこちらを見ていた。
やがて——
「……はぁ」
深いため息。
「好きにしろ」
低く言う。
「ただし、余計な損は出すな」
「……ありがとう」
思わず口元が緩む。
リナが嬉しそうに笑った。
「やったね!」
こうして俺は——
パン屋の雑用係から、
売り上げを背負う立場へと変わった。
借金1000万ルピー。
その返済への第一歩が、
ようやく始まろうとしていた。




