10倍
目を覚ました時。
俺は、見知らぬ天井を見上げていた。
石造りの部屋。粗末なベッド。
明らかに、日本ではない。
体を起こした瞬間、頭に流れ込んでくる記憶。
この身体の持ち主のものと、そして——俺自身のもの。
「……異世界転生、かよ」
そう呟いた直後。
視界の端に、淡く光る文字が浮かび上がった。
【異世界転生特典:付与済み】
・言語理解
・基礎適応能力
・債務強化
「……は?」
最後の一行で、思考が止まる。
その瞬間、机の上の紙が目に入った。
嫌な予感しかしない。
手に取る。
「未払い金額:10,000,000ルピー」
「借金が引き継がれてる?……それになんで増えてんだよ!」
元は100万円の借金をしてたはずだ。
それが——1000万ルピー。
そしてこの世界では、ルピーと円の価値はほぼ同じ。
つまり。
「実質、1000万円ってことかよ……」
十倍。
理由は一つしかない。
「債務強化……これか」
異世界転生特典。
普通ならチート能力や強力なスキルが与えられるはずだ。
なのに俺に与えられたのは——
借金の増額。
「ふざけんな」
思わず笑いが漏れる。
笑うしかない。
その時だった。
——ドンッ。
ドアが乱暴に開いた。
「よう。起きてたか」
入ってきたのは、鋭い目つきの男。
「請求書、確認したか?」
俺は無言で紙を見せる。
「10,000,000ルピー……間違いじゃねえよな」
男はニヤリと笑った。
「当然だ。この世界での正式な額だ」
やっぱりか。
逃げ場はない。
「期限は明日までだ」
「……一日で返せる額じゃねえだろ」
「知るかよ」
男は肩をすくめる。
「払えなきゃ、それなりの方法で回収するだけだ」
それが何を意味するのか——聞くまでもない。
「じゃあな。明日、取りに来る」
男はそう言って出ていった。
ドアが閉まる。
静寂。
夜。
「……終わってんな」
1000万ルピー。
この世界の一般人が一生かけても届かない額。
しかも、一日で返せと言われている。
「特典ってなんだよ……」
思わず天井を見上げる。
だが、答える者はいない。
「だったら——」
俺は立ち上がる。
「逃げるしかない」
荷物を掴む。
静かに外へ出る。
夜の街。
見知らぬ世界。
だが、やることは決まった。
「この借金、いつか絶対返してやる」
逃げるために走り出す。
そして同時に——
取り戻すために。
俺の人生を。




