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逃亡生活 4

 出た!  聞き間違いようが無い。これは間違いなく──俺の声だ!



「おい、お前は誰だ! 俺は吉田瑛太っ! お前のその身体は、元は俺のだったんだっ!」



 矢継ぎ早にそう叫ぶ。少し待ったが返事は無い。受話器の向こうは、不気味なほどシンと静まり返っていた。



「俺は今、何故か殺人犯の中学生になっちまってる。もしかしてお前は──『けい』か!?」



『けい』。


 家にカレーを届けに来たおばちゃんが、『こいつ』をそう呼んでいた。


 もし受話器の向こうにいるのが、『けい』だとしたら──。



 受話器に耳を研ぎ澄ます。微かにだが、息を飲む気配がしたような気がした。


 だがそれだけで、やはり返答はない。



「おい答えろよっ! お前は『けい』なのか!? 俺の体は無事なのか!? おいって!」



 さっきの『もしもし』が嘘だったみたいに、受話器の向こうは静まり返っている。そして痛くなるほどの沈黙が数秒続いた後──。



「ごめん、なさい」



 絞り出すような声の後。


 ガチャリ。ツーツー。



 電話が、切れてしまった。料金不足じゃない。『向こう側』が意図的に切ったのだ。


 再び十円を入れて電話をかけ直す。『おかけになった電話は~』とアナウンスが流れ、繋がらなかった。スマホの電源切ったようだ。



「クソッ!」



 受話器を戻し口へと叩きつけ、叫ぶ。


 怒り、理不尽、不可解。


 色んな感情が頭の中でぐちゃぐちゃになり、思わず髪をかき混ぜながらしゃがみこむ。


 駄目だ。怒りで頭の中が混沌としてる。おかしくなりそうだ。



「チクショウ! 返せ! 返せよっ! ……俺の身体」



 仕方なく電話ボックスから出て、河川敷を降りる。テツさん達が心配そうに俺を見上げていた。



「瑛太、どうだった?」


「出ました……『俺じゃない俺』が」



 信じられないといった表情で、テツさん達が顔を見合わせる。



「一体そいつは、何て言ってたんだ?」


「何も答えなかった……もしかしたら、このまま俺に成り代わろうとしてるのかもしれない」


「だったらお前っ、こんな所にいないで早く、『元の瑛太』の所に行くべきだろ!」


「待てよネジ。瑛太は一日中歩き続けて疲れてるんだ。今日はゆっくり身体を休めるべきだ」



 ネジさんが叫び、テツさんが制す。カンさんは信じられないといった表情だった。


 怒りで拳を握りしめ、歯噛みする。駄目だクソ。どうにも腹が立つ。


 だが、これではっきりした。


 あの電話口での反応──『俺』の中にいるのは、『けい』で間違いないだろう。


 ネジさんの言う通り、俺は早く『元の俺の身体』の所へ行かなくていはいけない。



 しかし……何が『ごめんなさい』だよ。こっちがお前のせいでどんだけ苦労してると思ってんだ。


 俺に罪をぜんっぶ押し付けて、自分はこれから、俺の築き上げてきた平穏安泰な生活を満喫しようってのか?



 そんなの絶対許さねえ。絶対元の体に戻ってやる……てめぇのした事くらい、てめぇで責任取れ!



 怒りに身を震わせていると、肩を叩かれる。ハッとして見ると、テツさんが心配そうに俺を見ていた。



「瑛太、今日はとにかく休め。明日の事は俺に任せろ。良い考えがあるんだ」


「……テツさん」


「今日は冷える。俺は外で寝るから、お前は俺の家で寝ろ。少々臭うかもしれんが、身を隠しておいた方が安全だろう」


「はい……すいません。ありがとうございます」



 呆然としたまま、テツさんの家に案内してもらう。ダンボールやビニールシートを駆使して組み立てられた家が、三つ並んでいた。


 真ん中にある一番立派な家が、テツさんの家だ。


 なんとなく、中は混沌としているんじゃないかと思っていたが、収納ケースなんかがあって、かなり整理整頓されていた。



「中にある毛布使えよ」


「あ、はい。テツさん、ほんとに外で大丈夫なんですか?」


「俺のことは気にするな。何年ホームレスやってると思ってんだ? とにかく瑛太は今晩ゆっくり休んで、明日に備えろよ」



 ニカッと笑顔を浮かべ、テツさんは歩いていってしまった。



 とりあえず寝転んでみる。寝返りは打てそうなくらいの広さだ。青いビニールシートにダンボールが敷いてあるだけの簡素な設計だが、そこまで背中は痛くなかった。


 この身体が若いせいってのもあるのだろうか。


 やっぱ風が凌げるというだけで、かなりあたたかい。ああ、急に疲れがどっと来た……眠い。


 微睡みの中で寝返りをうつと、ガタンと何かが落ちてきて額に直撃した。



「いでっ!」



 あまりの痛みに一気に目が覚めてしまった。どうやら収納棚の上にあった物が落ちてきたようだ。


 慌てて起き上がり、壊れてたらどうしようと落ちてきた物を手に取ると、それは写真立てだった。



 豪邸と言っても差し支えない程の、白壁が眩しく光る大きな家をバックに、それに見劣りしない綺麗な衣類を身に纏った家族が、笑顔で立っていた。



 満面の笑みを浮かべている小学生くらいの男の子を真ん中にして、未だ若々しさが残る顔つきの夫婦が寄り添っている。


 精悍な顔つきでしゃんと背を伸ばし、美人な奥さんの肩を抱きながら口元に微笑みをたたえて、こちらへと視線を送る紳士。


 その姿に、眼差しに、既視感があった。


 もしかしてこの人は……テツさんなのか?

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