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俺とあいつの共同生活 17


「……え、」



 思ってもなかった言葉に、俺は固まるしかなかった。景は至極真剣な表情になり、続けた。



「僕は瑛太さんが『会いに来るな』って言うても、会いに来ます。僕がそうしたいから……何年掛かるか分からんけど、僕はまた、瑛太さんに会いたい。ううん。絶対会いに来る。だから、成長した僕の事、楽しみに待っとってほしいな」


「おまえ、なんでそこまでして……」



「へへ。だって瑛太さん。僕の事めっちゃ好きでしょ?」


「……は?」



 言ってる意味が分からず呆然とする。景は笑顔を浮かべ、照れくさそうに頬を掻いた。


 好き? 誰が誰を? え……俺が景を? ようやく言葉の意味を理解し、途端に顔がボッと音が出るほど熱くなった。



「なっおまっ……普通そういう事言う!?」


「え? 言うたらあかんのですか?」


「え、いや、別にいいけど……なんつーかさぁ」



 クソッ顔が熱い。全部景のせいだ……!



「でも、待てなかったらどうすんだよ。その頃には俺、ここには居ねえかもしんねえし。お前まだ若いから……気持ち変わるかもしんねえだろ」


「変わらへんよ。だって僕、瑛太さんとの約束、破っちゃったもん」


「約束? 何のことだよ」


「指切りしたやん。『ジョジョ最後まで読めへんかったら、僕が一生ご飯作る当番』って」


「……あ、」



 確かにこの前、そんな約束をした。だけどあんなのただの軽い口約束だ。あんなの本気にするようなことじゃないだろ、普通。



「お前、いくら何でもあんなの本気にすんなよ」


「え~でも約束したやん。針千本飲むのと、どっちがええんですか?」


「お前なぁ……」


「瑛太さんがどこにおっても、僕は絶対探し出しますよ。それこそ探偵さんにお願いしてでもっ」


「いや、それは普通に怖えって」


「えへへ~」



 なんだよこれ。この部屋での最後の会話だってのに、調子狂うなぁ。

 ガシガシ頭を掻いていると、景は小指を差し出してきた。



「……なんだよ?」


「瑛太さんが不安になるんやったら、もう一回しましょうか? 指切り」



 にこりと極上の笑みを浮かべ、景はじっと俺を見つめる。全く、こいつのこういう所には、敵わない。



「はいはい、分かったよ」



 自分も小指を差し出して絡める。景はにこにこしながら歌いだした。



「ゆーびきーりげんまん、僕は瑛太さんに絶対うそつ~かんっ……ほら、これで大丈夫やろ?」


「うん……そうだな」



 若いやつ特有の根拠のない自信に満ちあふれている景とは対称的に、俺の気持ちは沈むばかりだった。


 こんな約束したって、今からこいつと離れなくちゃいけないという事実は変わらない。俺はこれから、また一人になるんだ。


 離れなくてはいけないことくらい頭では理解している。でも、それでも心は追いついて来なかった。


 それに気付いたのか、景は俺の手をぎゅっと握る。

 顔を上げると、穏やかな海のように優しい瞳が、俺だけを映して輝いていた。



「ちゃんと自分の罪と向き合って償おうと思えるようになったのは、瑛太さんのおかげですよ?」


「……うん」


「僕、もっと強くて賢い、すごい男になって帰ってくるから……待っとってくれますか?」



 その言葉に静かに頷くと、景の笑顔がじわりと滲む。

 泣き顔なんてみっともないから見せたくない。涙が目から流れ落ちる前にぐっと上を向き、立ち上がった。



「よし、決めたならさっさと行けよ。そんで……ちゃんと罪償って、帰ってこい」


「はいっ!」




「忘れモンないか?」


「あ、はい。というか僕、何も持たへんと家出てきたから」


「それもそうか……じゃ、交番はこのアパート出て右に真っすぐ行ったらあるからな」


「はい。何から何まで……本当にありがとうございました」



 玄関扉の前で靴を履き、景がぺこりとお辞儀をする。その拍子に、俺が巻いてやった白いマフラーが一緒に垂れ下がった。


 景がこの扉を出てしまえば、俺達の長いようで短かった、奇妙で穏やかな一ヶ月の日々が終わる。


 顔を上げた景は、一度にこりと微笑んで、「じゃあ瑛太さん、お元気で」と告げてドアノブに手を掛けた。


 その背中を引き止めたくなるのをぐっと拳を握りしめて堪え、目に焼き付ける。

 するとドアを開けた所で、その背中がピタリと止まり、振り返った。



「瑛太さん」


「……なんだよ」


「最後に一回だけ……ぎゅってしてくれませんか?」



 頼りなく両手を広げて、景が言う。

 ついに顔がくしゃりと歪むのを堪えきれず、その腕の中に飛び込んだ。


 小さくて頼りない景を、服の下に隠された傷だらけの身体と心を、その存在を確かめるように、きつくきつく抱きしめる。

 俺の胸に顔を埋める景の身体は、カタカタと震えていた。細い腕が、俺の背にしがみつくように抱きついてくる。



「瑛太さん。僕……ほんまはめっちゃ怖い。瑛太さんがおらんくなるのも、この家から出るのも……怖くてしゃーない」


「んなの俺だって、俺だってっ……でも景……けい……しっかりやれよっ……!」


「当たり前やん。約束したんやから……瑛太さんも、ちゃんと僕のこと待っててくださいね?」


「景……けい……っ……」


「瑛太さん。今までずっと、ずっとありがとう……大好き……っ」



 ひっくひっくとしゃくりあげる声が腕の中でする。

 俺達は玄関でしばらく抱き合って、泣きあった。この時間が永遠に続けばいいのにと、心の底から願った。



 でも、永遠とも一瞬とも思えた時間は終わり、景は泣き腫らした顔でにこりと微笑んで、ガチャンと俺の部屋から出ていった。


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