俺とあいつの共同生活 15
「もしもし」
『瑛太、元気にしてる?』
性格をそのまま変換したみたいな穏やかな声が、スピーカーから聞こえてきた。
「うん。元気だよ。そっちは?」
『母さんも元気よ。今年の年末年始はお仕事あるの?』
「いや、普通に休み。28くらいにはそっち帰るよ」
『そっかぁ~じゃあ瑛太の好きな物、沢山作って待ってるわね。ねえ、それよりもう上京して二年でしょ? 彼女とか出来たんじゃないの?』
「いねぇよ。母さんこそどうなんだよ」
『いないわよ~、でも母さんは友達とリア充してるからっ』
母さんは地元で仕事をしながら、俺と一緒に住んでいたアパートで一人暮らしをしている。
優しくて、面倒見が良くて、いつだって笑顔を絶やさない人だ。
親父がいなくなってからも、母さんは恋人も作らず、遊びにだって行かず、ずっと働きづめの日々だった。
せっかく俺も独り立ちしたんだし、クソ親父の事は気にせず、別の相手を探してもいいんじゃないか? と思ったこともあるけど、今は職場で出来た友達とカフェに行ったり、テーマパークに行ったりと、結構充実した日々を過ごしている写真がたまに送られてくる。
「ま、楽しく過ごしてんなら良かったよ」
母さんは親父と俺のためにずっと苦労してきたんだ。これからは自分の人生を心の底から楽しんでほしい。それが俺の、心からの本心だ。
それからしばらく母さんと近況報告を兼ねた雑談をしていると、風呂場から景が出てきそうな気配がした。
「明日も仕事あるし、そろそろ切るわ」
『あ、そうよね。ちゃんと早寝早起きして、戸締まりもしなさいよ? 都会はどんな人がいるか、分かったもんじゃ無いんだから』
「分かってるって、いつまでも子供扱いすんなよ」
『あ、そういえば少し前、中学生の子がお父さんを殺して逃亡中ってニュースでやってたわ。警察が足取りを追ってるけど、まだ捕まってないらしいわよ。怖いわねぇ』
「……え、」
油断しきっていた所で、途端に心臓を掴まれたような気分になる。
母さんの言ってるそいつは、景のことで間違いなかった。
なんだ? なんで急にそんな話題。最近ニュースは極力目にしないようにしてたけど、景が父親を殺してもう一ヶ月くらい経ってる。
もしかして、世間ではまだ景の事が取り沙汰されてるってのか?
「は、はぁ……んな事あったんだ。俺、あんまテレビ見ないから知らなかった」
『もう、ちゃんとニュースくらい見ときなさいよ? それにしても怖いわよねぇ。お父さんを殺すなんて。きっと残忍で自分勝手な子なんでしょうね。次の犠牲者が出る前に捕まるといいんだけど』
「……いや、何も知らねーじゃんそいつの事。もしかしたら、父親に酷い虐待を受けてたとか、どうしても『そうしなきゃいけない事情』があったかもしれないだろ? 今は自分のしたことに苦しんで、人生を立て直そうと必死に頑張ってるかも、しれないだろ」
『どんな事情があったって、今まで育ててくれた親を殺すなんて……それは絶対許されないことよ。そういう手段に出る前に、周りの人に助けを求めるのが先でしょ? ましてや自首もせずに逃げるなんて、無責任で自分勝手すぎる……私ならそんな子、絶対に関わりたくないわ』
絶句して、次の言葉が出てこなかった。
俺と母さんは今まで喧嘩の一つもしたことが無い。反抗期だってほぼ無かった。
それは俺が我慢していたというよりは、母さんが俺に対して、ずっと理解と愛情を示してくれていたからだ。俺はそんな母さんの事を好きだったし、尊敬していた。
なのにどうして。どうして今、こんなに話が通じないんだ。
一緒にあの地獄の日々を耐えてきた母さんなら、分かってくれると思ったのに。
「じゃあ母さんは、もし俺があの時親父を殺してたら、縁切るなりなんなりしてたってのかよ」
『それは……それとこれとは話が別でしょ?』
「何が違うってんだよっ!」
思わず叫ぶ。母さんが電話口で驚いて息を呑むのが分かった。
一番理解して欲しかった人に、否定してほしくなかった人に、景の事を──もしかしたらあり得たかもしれない過去の俺を否定された。
それが俺にとっては、あまりにもショックだった。
「あいつのこと、何も知らない癖に好き勝手言わないでくれよ! あいつは……景はなぁっ……」
『……瑛太。あんた、どうしちゃったの?』
母さんの怪訝な声にハッと我に返る。
「急に怒鳴ってごめん。疲れてるからもう寝る……おやすみ」
『ちょっと、瑛太?』
まだ何か言いかけた母さんの声を遮断するように電話を切る。そして頭を抱えた。
まずい。明らかに喋りすぎた。これでもし母さんが不審に思って通報しようもんなら、俺も終わりだな。
母さんがそんな事絶対にしないってことは、分かってる。
でもまあ……それでもいいんじゃないか? そしたら俺は景と同じ土俵に立つ事になる。あいつの隣にいられる。
景のことを理解しれやれるのは、きっと俺だけだから。
俺に母さんを非難する権利なんて無いことは分かってる。俺だって、景に出会うまでは犯罪者なんて例外なく全員クソだと思ってた側の人間だったから。
母さんは昔から温厚で、悪口なんて絶対に言わなかった。その母さんがあんな言い方するなんて。
当然だ。殺人を犯すというのは、そういう事だ。
もし景が少年院を出て、外の世界に出たその時、もっと酷い偏見に晒されるんだ。
景の中身なんて、きっと誰も見ようとも知ろうともしない。
「瑛太さん、どうしたんですか?」
「!」
振り返ると、景が背後に立って俺を見下ろしていた。
「なんかあったんですか? さっき大きい声聞こえたけど……」
「あ、いや、ちょっと……母さんと言い合いになってさ……まあ気にすんな。お前には、関係ないからさ」
「……大丈夫ですか?」
「だから、大丈夫だって」
そう返すのが精一杯だった。気疲れから項垂れると、頭の上に何かが乗る。そしてそれは、ぎこちなく俺の髪を数度滑った。
驚いて顔を上げると、景が俺の頭に手を伸ばしていた。
「は? なんだよ」
「あっごめんなさい。僕こういう時、どうやって人を慰めたらいいんか、分からんくて」
「別に俺は……いや、ありがとう」
素直に礼を言うと、景はえへへと照れ笑いを浮かべ、そして言った。
「瑛太さん。お風呂出たし、今後の事、話し合いましょう」
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