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俺とあいつの共同生活 11


 外気はシンと冷えきっていて、暖房に慣れきっている身体から一瞬で体温を奪っていった。ぶるりと身を震わせながらも、構わず駆け出す。


 景、どこだ。一体何処にいる。頼むから──無事でいてくれ。


 あてどもなく走っていると、すぐに足と肺に限界が来て思わず立ち止まる。


 もう三週間家から出てねえからな。そりゃ、いくら14歳の身体でも体力落ちるよな。


 膝に手を突きながら、ぜえぜえと必死で酸素を取り込んでいると、前からカップルが歩いてきた。

 やばっ顔、隠さねえと!


 慌ててパーカーのフードを被り、素知らぬ顔で横を通り過ぎる。

 カップルが不審がる様子は無かったようだ。内心ほっと胸を撫で下ろす。



 早く見つけないとマズイ。あいつ、一体何処行ったんだ。

 俺が外にいる間に帰ってくる可能性を考えて、部屋の鍵は開けたままにしてきた。でも、万が一まだ何処かにいるならさっさと連れて帰らないと。


 無一文で外を彷徨うには限界があるはず。とりあえず、ここら辺にあるコンビニを回ってみるか。後は──。



「瑛太さん?」



 ふと俺の名を呼ぶ声に足を止める。


 驚いて声の方を見ると、公園のブランコに景が座ってこちらを見ていた。

 駆け寄ると景はびくりと身を竦め、俺を見上げた。



「おまえっ……馬鹿! こんなとこで何やってんだよ! 心配しただろっ!」


「ご、ごめんなさい」



 心底驚いたように目を丸くしたまま景が謝罪する。

 やばい。あんまり騒ぐと人が。声のトーンを抑え問いかけた。



「なんで財布持っていかなかったんだよ」


「瑛太さんのお金、自分の為だけに使うの勿体ないと思って」


「……今までどこで時間潰してた?」


「ずっとこの公園にいました」


「おま、おまえさぁ……」



 説教してやろうと思ったが、もう何か言うのも面倒になり、ため息が口から漏れるばかりだった。

 景はブランコに座ったまま、そんな俺を不思議そうに見上げている。



「今お前は俺の体だろ。風邪でも引かれたら困るんだって」


「あっ……ごめんなさい。全然考えてへんかった」


「もういい。とりあえず無事なら、それで良かった」


「……瑛太さん」



 心なしか、景の表情に安堵が灯ったように見えた。近くの自販機を指さし問いかける。



「そこの自販機で飲み物買ってくるけど、何がいい?」


「……ここあ。ココア飲んでみたい、です」


「分かった」



 ホットココアと自分の分のあたたかい緑茶を買って戻る。

 ココアを渡す時に触れた景の手は、氷のように冷たくなっていた。



「これ、飲んでもええですか?」


「んなこと一々確認すんな」


「……じゃあ、いただきます」



 プシュとプルタブを開けて、景は恐る恐る口をつけて、あち、と漏らす。

 俺も隣のブランコに座り、緑茶の蓋を開けた。


 この公園唯一の遊具を男子中学生と社会人が占領するという、世にも奇妙な絵面が出来上がった。


 シンとした夜の公園に、くぴ、ぐび、と飲み物を飲む音だけが響く。

 ココアから口を離した景が、ぽつりと口を開いた。



「家に入れてもらえへん時、いっつも公園のブランコに座っとったんです。それがまだ、癖になっとって」


「あっそ」


「ココア、めっちゃおいしいです。ありがとうございます」


「そりゃよかったな」


「……瑛太さん、怒ってます?」


「別に」


「絶対、怒ってるやん」


「じゃあ聞くけどさ。俺が寒空の下、財布も持たずに一日中外ほっぽり歩いてたら、お前、どう思うんだよ」


「そんなん絶対あかんっ! 風邪引いてまうやん!」


「少しは分かったか? 俺の気持ち」


「……あ、」



 景は自分が心配されていたなんて微塵も想像していなかったようだ。

 ようやく思い至ったようにハッとし、小さく「ごめんなさい」と呟いた。


 もう取り繕うのはやめよう。変なとこで我慢するのもやめよう。それで駄目なら、それまでだったって事なんだから。


 これが俺にとっての──景との向き合い方だ。



「正直さ。俺にはお前の過去を全部受け入れるとか、そんな度量無い。景の話を一々真に受けてたら気が滅入るし、重すぎて逃げたくなる。こないだの事も、自分から聞き出しといて何だけど、結構キツかった」


「……ごめんなさい」


「でも、ほっとけなくてこうやって家飛び出すくらいでは、あるんだよな」


「……え?」


「俺にとっての景は、ちょっとズレてて、訳わかんねーことばっか気にしてて、すぐに感動して泣いて、目の前のことに一生懸命取り組めて、すげー美味い飯が作れる。俺にとってはそういう……気の置けない、ただの中学生なんだよ」



 景が俺を見つめている気配を感じる。手元のペットボトルに視線を落としたまま、俺は続けた。



「父親と飼い犬殺したとか、ひでー虐待されてたとか、全部やべーことだと思うけどさ。でもそれ、俺と会う前の話だから……いや、それで俺が酷え目に遭ったのは確かなんだけど、なんつーか……あー、だからさぁ」


「瑛太さんは僕を、大事に思ってくれてるってこと?」



 景のハッキリとした声が、寒空に響く。


 大事かと問われれば、いや、別にそういう訳じゃないと思う。たぶん。自分でもよく分からない。

 こいつのせいで酷い目に遭ったわけだし、つーか、現在進行系で遭ってるわけだし。


 ……でも、もしこのまま景が俺の前から姿を消してしまっていたら。元の身体に戻れるかどうかとは別の部分で、俺はきっと、深く後悔していた気がする。



「さあ……お前がそう思うなら、そうなんじゃねえの?」



 急に照れくさくなって、頬を掻きながらそう返す。が、しばらく待っても返事が返ってこなかった。

 隣を見る。景はブランコの鎖を握りしめたまま、俯いて震えていた。


 ぽた、ぽたと、景の履いているジーンズにいくつも透明な染みが出来る。



「ちょっおまっ……何泣いてんだよ!?」


「ごべんなざい……ぼく、そんなん人に言ってもらったん……はじめてやからっ……僕、ホンマのこと話してもうたから、ぜったい瑛太さんに嫌われたって……だってこんな、自分みたいな奴、僕やって大嫌いやしっ……だから、さっき瑛太さんが僕を心配して、怒ってくれて……う、ううっ……っ」


「だーもう! 分かったから泣くなって! ほらっ……ティッシュ!」


「う゛っ……ありがどうございまず……っ」



 上着に入っていたポケットティッシュを渡すと、景はずびびと勢いよく鼻をかみ、未だに嗚咽している。


 この公園唯一の遊具を占領している男子中学生が社会人を泣かせているという、さっきにも増して奇妙な絵面が出来上がった。



「とにかく帰るぞ。さみーし腹減った。今日は出前取るからな」


「えっ出前? わぁ……ぼく、そんなん久々やぁ。どんなご飯なんやろぉ」


「んなキラキラした目で見んな。なよなよすんな。俺の身体だってことをもうちょい自覚して行動しろっ」


「えへへ、すいません」



 ブランコから立ち上がり、景に手を差し出す。景は不思議そうにその手を見た。



「ほら、行くぞ」



 そう声を掛けると、景は無邪気に口元を綻ばせ、俺の手を掴んだ。


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