俺とあいつの共同生活 10
衝撃的な犯行供述、その全貌を聞いて、俺の中で育ちつつあった景への信頼は、終わってしまったようだ。
景もそれを感じ取ったのだろう。
粛々と皿とフローリングを片付け、風呂場へ向かってしまった。
俺はそれを引き止めることも、傷心しているであろうその背中に声を掛けることも、しなかった。
その後俺達は一言も話すこと無く、居心地の悪さと嫌悪感を抱きながら、眠りについた。
「……瑛太さん、おはようございます」
朝起きると、既に起きていたらしい景がぎこちなく朝の挨拶をしてきた。
それに返事を返すこと無く起き上がり、洗面所へ向かう。歯を磨き終えたタイミングで、景が話しかけてきた。
「あの、瑛太さん。朝ご飯、何がええですか?」
「…………」
「瑛太、さん」
「納期やばいから仕事する。朝飯、俺の分は気にしなくていいから」
「じゃ、じゃあ、お昼ご飯は」
「自分でなんとかする……悪いけど、仕事集中したいから、今日一日どっか出かけといてくれるか? 何なら、そのままどっか泊まってきてもいいし」
「え、」
景の顔を見ないように横を通り過ぎ、財布をテーブルに置く。
「……分かりました」
景はテーブルに置いてある財布を手に取り、早々に身支度をし、バタンと玄関から出ていった。
「納期がやばい」っていうのは、当然嘘だ。冷たい対応になってしまったのは分かってる。
でも今の俺には、あれが精一杯だった。
通常の人間関係なら、連絡を断つなり接触を避けるなりどうにでも出来ただろう。
殺人犯である景と身体が入れ替わっている以上、俺はここから出られない。だったらあいつに出てってもらうしかないだろう。
部屋の中で距離を取って過ごすにしても限界がある。なんせウチはワンルームだ。逃げ場がない。
景が俺との仲を保とうと頑張ってくれた事は分かってる。でも、今まで通りなんて到底不可能なのだ。
昨日のこと──食事の光景が脳の奥に鮮明にこびりついて、景の顔をまともに見ることもできないんだから。
今はできるだけ接触を避けるべきだろう。とにかく今は一緒にいない方がいい。
俺のメンタルの為にも。景をこれ以上傷つけない為にも。
聞き出しておいて、洗いざらい話させておいて、結果拒絶するなんて。自分でも最低だと思う。
でも、受け入れられないんだ。無理なものは無理だ。今はとにかく一人になりたい。
同じような境遇同士だから仲良くやってけるかもなんて、そんな非現実的な幻想と、自分に成し遂げられなかった事をやってのけた景に、歪んだ憧れを抱いていた。
あいつの全部を受け入れてやることなんて何でもないと、そう自惚れてた。なのに、実際はどうだ?
結局俺は、ただの平和ボケした馬鹿だったんだ。
……今日は仕事出来るコンディションじゃねえな。サボるか。
上司に体調不良で休む旨をメッセージで送り、ベッドに転がる。シン、と静寂が部屋を満たした。
一人になるのはいつ振りだろうか。ああ、やっぱり落ち着く。
スマホのカレンダーを見る。景と身体が入れ替わって、今日で三週間か。
一体いつになったら元に戻れるのだろう……あー、考えるのがめんどい。スマホをベッドに放りなげ、起き上がる。
どうせ景は夜まで帰ってこないだろう。せっかく時間があるし、ゲームでもするか。
久々にゲームを起動すると、サモが当然の如くログインしていた。こいつ、一体いつ寝てんだ?
「よお」とチャットを送ると、予想通り、秒で返事がきた。
『エース氏!? エース氏でござるか!?!? もぉ~この間の通話急に切ったから、下手したら死んでるんじゃないかと心配したでござるよぉ~!!!!!(ぷんぷんっ★)』
うん。いつも通り過ぎて安心する。まるで実家に帰ったような気分だ。
「すまん。あの時めちゃくちゃ腹下してて。最近バタついてたのもあってゲームする暇無かった」
『もお~寂しかったでござるよぉ~!? あの日のエース氏いつもと全然違う感じだったしぃ、拙者てっきり【ひょっとして俺達……中身が入れ替わってるぅ~!?!?】系ラノベ主人公になってしまったのかと思ったでござるよお~www フォカヌポウッ!』
「う、大当たり……」
たぶん冗談で言ってるのだろうが、サモは時々勘が異常に鋭い。とりあえず平静を装って「んな非現実的なことが起こるかっての」とチャットを返した。
それから通話に切り替えようとゴネるサモを上手くかわしながら、俺達は久々に一緒にゲームをした。
ダラダラとチャットで雑談しながら進めていたら、気が付けば、日が沈むような時間になっていた。
『エース氏! 次はこのマップに行くでござるよっ!』
「サモ。お前っていつ見てもオンラインだけど、いつ寝てんの?」
『拙者は眠たくなった時が寝どきでござるな~。今はエース氏が珍しくオンラインしてますゆえ、エナドリがぶ飲みして無理矢理起きてるでござるっ!!』
「おまえぜってー身体壊すぞ」
『ドキッ☆ それって……エース氏が拙者のこと心配してくれてる……ってコト!?』
「そろそろ寝ろよ。俺もやることあるし。またちょくちょくログインするからさ。寝不足で体壊したの俺のせいにされたら、たまったもんじゃねえわ」
『じゃあお言葉に甘えて、そろそろドロンするでござるかなぁ~』
落ち着くな。サモとのやり取り。そうだ。これが健全な人間関係だよな。
俺、やっぱこの異常な環境のせいで、どっかおかしくなってたんだ。
景は衝動のままに、父親と無実の犬を惨殺したんだ。どれだけ健気だろうと、あいつは殺人犯、それが事実だ。
そんな奴と今まで通りなんて、誰だって──。
「なあ、サモ」
『なんでござるか? エース氏』
「もし俺が、過去に犯罪を犯した人間だとしたら……お前、俺と縁を切る?」
いつも即レスのサモの返事が止まった。やばい。流石に引かれただろうか。ドキドキしながら待っていると、返事が来た。
『とりあえず拙者なら、エース氏にリアルで会ってみてから判断する。でござるかなぁ?』
返ってきた答えがあまりに意外で、つい聞き返す。
「なんで『会う』って選択肢が出るんだよ。怖いだろ普通。だって、どんな犯罪犯したか分かってないんだぞ? 殺人とか強盗とか、やべー前科持ってるかもしんねえだろ」
『なんと言いますか~。拙者は周囲の声に左右されずに、何事も自分の価値観に従って物事を決める、を信条としておりまして。ネット上だけで人との付き合いを切る切らない判断するのは早計かと思いましてなぁ。拙者、こう見えても人を見る目には自信があるので、エース氏は【大丈夫な人間】と思ってるフシがありまして。【拙者にとってのエース氏がどういう人か】リアルで会って、きっちり判断してから決めたい。と思うでござるかな?』
「サモにとっての俺?」
『うむ。拙者にとってのエース氏は、ちょっと厨二病っぽくて気取ってて、でも拙者のような魅力的過ぎて誰もが恐れ、近寄ってこない孤高の存在──ユニークピーポーと唯一対等の関係を築いてくれるかけがえのない友──エターナルフレンド──でござるからな』
「友達……か」
『そうでござる! 正直犯罪歴があるとか無いとか、そんなものだけで、今まで築き上げてきた二人のメモリ──数多の思い出──が崩れ去るのは、悲しいでござるよ。だから顔を突き合わせて話して、エース氏に対する熱き友情が揺らがないか、齟齬が発生か、まずはそこを見極めたいと思いますなっ! だから会おうず! カラオケでポテトと唐揚げ爆食して、一緒にButter-Fly熱唱しようず!! さあ!! 今すぐに!!』
相変わらずのキツいノリを詰め込んだ文章だ。だけど、じわりと胸の奥が温かくなり、目頭が熱くなった。
ああ、やっぱりサモは、どこまでもまっすぐで純粋だ。
他人を偏見という色眼鏡を通して見ず、自分の目で真実を確かめる勇気があって、そしてそれに向き合う強さを持っている。
偏見と保身で逃げばかりが先行する俺とは、全く正反対だ。
俺はサモのそういう所に惹かれて、同時にそこが怖くて、今まで会うのを躊躇っていたのかもしれない。
「やっぱすげえよお前は、普通に尊敬するわ」
『なぬっ!? エース氏が拙者にデレた……だと!? これはフラグ! 恋のヨカーン!?』
「いや、ネタじゃなくてマジレスだって。俺、リアルとネットで結構ギャップあるからさ。本当はサモが思ってるような、そんな立派な人間じゃないんだ。俺だって、友達と呼べるヤツ、お前だけだし。正直、サモに何度もオフ会誘われてたの嬉しかったし、断ってたのは、会えばがっかりされるんじゃないかって、ビビってたからだったんだ」
『そんなのお互い会ってみないと分からないでござろう!?!? 拙者はまだ、もしかしたらエース氏が黒髪ロングツインテの美少女♂かもしれない可能性を捨てきれていないゆえ……会う前に縁を切られてしまっては困りますぞ!?』
「いや、ねーよ。出会い厨乙」
『フォカヌポウッ!?』
「でも、ありがとな。今はまだ会えないけど、全部片付いたらこっちから連絡するから、そん時は徹カラしようぜ」
『エース氏がとうとうオフ会に前向きに!? 拙者はネオニートゆえ、24時間365日いつでも馳せ参じますぞぉ!』
「どんだけ暇なんだよ。まあ、オフ会のことはまた今度詰めようぜ。じゃあ落ちるわ。おやすみ」
『おやすみでござる~!! オフ会、楽しみにしてるんだからねっ☆ 絶対ぜ~ったい! 約束なんだからねっ!』
「はいはい、じゃあまたな」
ゲームを終了して、ベッドに寝転ぶ。スマホを見ると、時刻は既に21時だった。
すげー、朝からぶっ続けで12時間くらいゲームしてたのか……腹減ったな。出前でも取るか。
「なあ景。今日の晩メシさあ──」
そこまで言って、景が外出中だということを思い出す。
成り行きとはいえ、俺にとって景がこの部屋にいるのが当たり前になっていたのだろう。景に対して抱いていたはずの嫌悪感は、すっかり消えていた。
サモは言ってた。周囲の意見に左右されずに相手のことを判断したい。犯罪歴があるかないかで関係が壊れるのは寂しいと。
あいつがかなりぶっ飛んでて、特殊な価値観を持ってるからこそ言えた事だというのは分かってる。けど──。
「……俺って、案外影響されやすいんだな」
俺は人を殺したことが無いから、父親を殺した景の気持ちなんて分からない。
でも、想像してみれば、俺だって景と全く同じ環境なら、十中八九、景と同じように親父を殺していただろう。
俺にはサモっていう友達がいるし、安定した職もある。親父が荒れてた時だって、母さんがいつも傍にいてくれた。
景はずっと一人だったんだ。ずっと一人で、理不尽な暴力にさらされて、人権を蹂躙されて、守ってくれる誰かも現れず、逃げることも出来ず、ずっと。
もし景が父親を殺さなかったとして、果たして景は、幸せになることが出来ただろうか。生き延びることが、出来ただろうか。
切羽詰まった末の凶行を、たまたま自らの手を血で汚さずに生きてこられただけの俺に、非難する権利があるのだろうか?
……それにしても、随分帰りが遅いな。あいつ、ビジホにでも泊まることにでもしたのか? 連絡の手段が無いから確かめようがない。
トイレに行こうとしてふと玄関を見ると、何かが置いてある。
手にとって見る。それは、景が持っていったはずの財布だった。
今は真冬だ。金も無くて、いったいあいつはどこで何して──。
「っ……バカヤロウっ!」
その辺にあった上着を引っ掴んで羽織り、スニーカーを引っ掛けるようにして履き慣らし、俺は玄関から飛び出した。




