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俺とあいつの共同生活 8

「瑛太さん! このテキストもう終わりましたよっ!」


「まじか……普通にすげえな、お前」


「へへ~、頭撫でてください」


「え? ああ……うん」



 言われるがまま景の頭を撫でる。

 景のというより、実際は自分の頭を撫でてるから、違和感が半端ない。でもまあ、景が喜んでるから良いか。


 あれから景は、俺が付きっきりにならずに参考書を進められるようになった。


 横で仕事している俺にたまに質問してくるが、一度教えたらすんなり理解して次に進む。それを8時間×5日。


 つまり俺の勤務時間5日分を繰り返しただけで、景は中一の国語と数学をマスターしたのだ。



「よし、次は英語と地理でもやるか。景、この調子ならお前、一ヶ月もしない内に中一の内容終わるぞ?」


「やったぁ! 瑛太さんっ、僕すごいですか!? 偉いですか!?」


「あんま調子乗んなよ。たまたま国語と数学が向いてただけかもしれねえだろ……でもまあ、よくやったとは思う」


「えへへ~、瑛太さんが素直に褒めてくれたぁ~」



 見えない尻尾をぶんぶん振りながら景が表情を緩める。


 何なんだよこいつ。そんなに俺に褒められるのが嬉しいのかよ。



「よし、とりあえず仕事も終わったし、晩飯作るか。景、今日何食いたい?」


「え!? もしかして、瑛太さんが作ってくれるんですか?」


「……参考書最後までやれたごほーび」


「じゃあ僕、ハンバーグっ! でっかくて目玉焼き乗ったやつ!」


「はいはい。じゃあ俺飯炊いてるから、ハンバーグの材料買ってこい」


「分かりました!」



「いただきますっ!」


「いただきます」



 向かい合って手を合わせて、俺達は食事を始める。

 ぱくぱくと次々に箸でハンバーグを口に運び、景は笑顔で顔を綻ばせてた。いつも通り、当たり前の日常。


 でも、少し前まではそうじゃなかった。

 俺が「食べていい」と言うまで、景はじっと正座して、俺の顔色を窺うようにこちらをちらちらと見つめるばかりで、全く飯に手をつけようとしなかった。


 もしかして、父親にそうするよう言われてたのだろうか。


 当初は自分の事を頑なに話したがらなかったが、今はかなり信頼関係が築けたはずだ。少し突っ込んでみるか。



「なあ、景」


「なんですか? 瑛太さん」


「お前ってさ。父親と飯食ってたの?」



 ぴたりと、口に運んでいた景の箸が止まる。やはり何かあるようだ。



「なんで、そんな事聞くんですか?」


「ん、何となく気になって……嫌なら答えなくていいけど」



 それまでの無邪気な表情が消え、景は静かに箸を置いた。



「一人ですよ。僕はいつも、『一人で』食べてました」



 やけに『一人』の所に含みがあるように感じる。その違和感に、俺は敢えて突っ込む。



「父親が仕事でいなかったとか?」



 景が首を横に振る。そして苦虫を噛み潰したような顔になり、続けた。



「お父さんもシロも……僕が食事してるのを、見てました」


「シロ?」


「飼っとった犬です。白いマルチーズ。子犬の時に捨てられてたのを、僕が拾ってきたんです。僕によう懐いてくれてて、お父さんに殴られた後で、いっつも慰めに来てくれて……ほんまにええ子でした」



 景のその言葉で、身体が入れ替わった時に見た凄惨な光景が瞬時に蘇る。


 確かに父親の死体の傍らに、白い犬が血まみれで息絶えていた。


 あの犬も、シロも景が殺したんだろうか?

 ……いや、きっと違うな。こいつはそんな事するような奴じゃない。


 もしかしたら、父親がシロを殺して、それが景にとっての『引き金』になったのかもしれない。


 新たな疑問が芽生えたが、先に確認すべきことを俺は訊ねる。



「さっき父親とシロが、景が食事してるのを『見てた』って言ってたけど。よくわかんねーから、もうちょい詳しく教えてくれる?」



 俺がそう言った瞬間、景は俯き、瞳から光が消えたのが分かった。あ、『ここ』だと、そう確信した。


 この話を聞けば、景の殺人の真相が解るはずだ。


 逸る気持ちを押さえながら、俺は景の返事を待った。

 数秒、いや、数分くらいだろうか。長い沈黙が続き、景は顔を上げぬまま、ぽそりと呟いた。



「それ、明日でもええですか?」


「明日? 何でだよ」


「今日は、今日だけは……幸せな気持ちのまま、一日を終えたいから」



 消え入りそうな声で、景はそう告げる。

 それはつまり、俺の質問に答えてしまったら『俺達の何かが変わってしまう』、ということなのだろうか。



「景、俺は別にさぁ──」


「お願いです瑛太さん……この通りやから」



 景が姿勢を正し、深々と頭を下げる。

 カーペットに景の額が近づく、だけどその額は、決してカーペットに付くことは無かった。


 俺と交わした『土下座禁止』のルールを、こんな時でも律儀に守っているのだろう。



「……分かったよ」



 正直俺は、景が何をそんなに切羽詰まってるのかが分からなかった。

 俺はすでに、景が父親を殺してしまったという事実をすっかり受入れてしまっているのだ。


 今更景が父親を殺した動機を知った所で、今までと何も変わらないだろうに。




「ふぅ~……さっぱりさっぱり」



 風呂を出ると、景は机に向かっていた。かなり集中しているようで、俺が出てきたことにも気付いていない。


 髪をタオルで拭きながら上から覗く。参考書の復習をしていた。



「あんまり根詰めると、後が続かねぇぞ」


「わっ!?」



 ようやく気づいた景が、心底驚いたように目を丸くし顔を上げた。



「瑛太さん、おったんですね!?」


「さっき風呂出たんだよ。つーかめちゃくちゃやる気だな。実は勉強好きだったのか?」


「いや、勉強は……別に……」


「? じゃあ何だよ」


「……たから」


「え?」


「瑛太さんに褒められたんが、嬉しかったから」



 俺の目を真っ直ぐ見つめたまま、景はにこりと無邪気に笑う。


 こいつはまた、こういう事を。



「あのなぁ……」


「?」


「お前さあ。あんまそういう恥ずいこと言わないほうがいいぞ。こっちが照れるから」


「え? 瑛太さん。ほんまに顔赤い……照れてるんですか? え、ええ~っ」


「うっせぇ! これは風呂上がりだからだっつの! つーか真正面からんな事言われたら、誰だって照れるわっ!」


「へへ~、瑛太さんの珍しい顔見れたぁ~」


「だから……からかうなって」



 どんどん顔に熱が集まるのに比例して、景がにへらと顔を綻ばせていく。


 これ、俺がキレても意味ないやつだ。それにこの状況、恥ずかしさはあるが、嫌では無い。


 俺、いつからこんなになっちまったんだ?



「僕、ほんまに嬉しかったんですよ? いっつもお父さんにも先生にも怒られてばっかやったから、瑛太さんが褒めてくれたん、めちゃくちゃ嬉しかった……今までこんな僕のこと褒めてくれて、ありがとうございました」


「なんで過去形なんだよ」


「えへへ~」


「覚えてろよ。次はお前の顔が真っ赤になるまで、褒めるの止めないからな」


「あ、それ漫画の台詞で似たようなんあった」


「読んだのかよ、ジョジョ」


「カエルがメメタァってなる所まで読みました」


「読み始めたからには全巻読めよ? 分かったな?」


「それは、約束ですか?」



 無邪気な顔が、微かに翳ったように見えた。

 これは、どう答えるのが正解だろうか。



「……そうだな。約束、かな」


「じゃあ指切りしません?」


「はあ? なんで。嫌だよ。俺いくつだと思ってんだよ」


「お願いです。瑛太さん」


「……はぁ、分かった分かった」



 小指を差し出してくる景に渋々自分の小指を絡ませる。景は上機嫌に歌い出した。



「ゆーびきーりげんまん」


「そういうのいいから」


「嘘ついたら針千本のーまんっ」


「いや、そこは飲めよ」


「千本も飲めへんですよ」


「まあ、それはそうだな……じゃあこうするか。『嘘ついたら景が一生飯作るとーうばん』」


「…………」


「なんだよ。なんか言えよ」


「そんなん言われたら、僕、約束破ってまうかも」


「別に、好きにしたらいいだろ。俺はどっちにしろ損しねぇし……さ、そろそろ寝るか」


「……はい」



 なんだ。何なんだよこの会話。俺らしくない。

 景のせいだ。こいつが何かおかしいから、俺も引っ張られてるんだ。


 電気を消して各々布団に潜る。するとすぐに景が話しかけてきた。



「瑛太さん」


「なに」


「手……少しだけ、握ってもええですか?」



 あーもう、さっきから何なんだよチクショウ。


「ほら」とぶっきらぼうに言って、そっぽ向いたまま布団から手だけ出す。

 すると景が「ありがとうございます」と手を握ってきた。大きくて温かい手だった。


 いや、元は俺の手なんだけど。つーか俺の手って、こんな温かかったのか。


 人と手を繋ぐなんて、いつ振りだろう……いくら記憶を掘り起こしてみても、そんなイベントは俺の人生で発生したことはなかった。


 小学校の体育以来じゃないか? ほらあの、バディ組むやつ。


 そんな事を考えていると、景がくすりと笑う気配がした。



「瑛太さんの手、めっちゃ冷たいですね」


「うっせえ、心があったけえんだよ」


「そうかなぁ? 瑛太さん勉強教える時結構スパルタやったし、心の温度が掌に伝わってるんちゃいますか?」


「あのなぁ、これは元はと言えばお前の手だからな?」


「……そうや。これは僕の手や。この手は人を殺した、極悪人の手。僕の手は汚れてる。ほんまやったら、僕は誰かと手を繋ぐなんてこと、したらあかんのや」



 あはは。と景は笑う。きっといつか見た、全てを諦めたような悲しい笑顔を浮かべているんだろう。


 俺はそれがどうにも納得がいかず、心底嫌で、景の言葉を否定したくて堪らなかった。



「あのさぁ。お前、ちょっとネガティブに考えすぎ。別に通り魔的に関係ない人間を、憂さ晴らしの為に殺したとか、快楽とか私利私欲の為に誰かを殺したとか。お前はそうじゃないだろ。景の殺人には『そうしなくちゃいけない理由』があったんだって……だから、お前は、」



 悪くない。


 そう言いかけて、自分が一体何を言おうとしているのかに気付いて、やめた。



「ありがとお……瑛太さん」



 ぎゅうと、繋いだ掌に力が籠もる。

 いつの間にか俺の手も、景の手の熱が伝わって温かくなっていた。



「嬉しい……めちゃめちゃ嬉しいです。瑛太さんが僕のこと真剣に考えてくれてるん、伝わってきました……だから、ほんまやったら僕は、こんな優しい人の手、絶対握ったらあかんのに、我慢できひんかったんや。今日が瑛太さんと仲良くいられる、最後の日やろうから……僕は瑛太さんの事が好きやから、ほんまのこと言うと、僕のこと嫌いにならんといて欲しい。でももう、きっと無理や……明日全部話します。僕のこと、ぜんぶ。瑛太さんが、それを望んでるから」


「はぁ……さっきからお前の言ってること、全部意味不明なんだけど」


「えへへ、キモくてすいません」



 本当は、「嫌いになんてなるわけないだろ」と、そう言いたかった。

 だけど照れが勝ってしまって、いつも通りのぶっきらぼうな返ししか出来なかった。



「瑛太さん。このまま僕が寝るまで、手ぇ繋いでてもええですか?」


「嫌だ」


「参考書終わらせたご褒美で、今日だけでええから」


「はぁ……分かったよ。さっさと寝ろよ?」


「へへ~おやすみなさい」


「……おやすみ」



 妙に胸の奥がむず痒いし、景の言葉が一々引っ掛かる。


 どうしてこいつは急に『終わり』を意識したような話をしてくるんだろう。そんなにヤバい話をする気なのだろうか。


 すうすうと穏やかな寝息が隣から聞こえてくる。


 横目で見ると、景は俺の手を握ったまま、子供みたいな顔をして眠っていた。


 ……でもまあ、なんとかなるか。同じような経験をした俺ならきっと、景のことを分かってやれるはずだ。


 あいつの話を聞いてやる覚悟は、ある程度出来てるつもりだしな。


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