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俺とあいつの共同生活 2


「わ、わわっ!」



 俺が唐突に叫んだ弾みで景はびくりとし、持っていた湯呑を落としそうになっていた。


 あぶねえ。飯が美味すぎて、本来の目的を完全に忘れていた。

 馬鹿かよ俺。軽率に胃袋掴まれてんじゃねーよ!



「おい! 俺達これからどうすんだよ! さっさと元に戻れる方法考えろ!」


「そんな難しいこと言われてもっ!」


「いいからさっさと俺の身体返せ!」


「うーん……あ、そうだ! 映画とかドラマだったら、一緒に階段から転げ落ちたら戻ったりしますよね?」


「バカ! んなことして、打ちどころ悪くて死んだりしたらどうすんだよ! しかもめちゃくちゃ目立つじゃねーか!」


「ご、ごめんなさい……」



 景は分かりやすいほどシュンとしてしまった。

 俺の姿でナヨナヨした落ち込み方すんなよ、気持ち悪い! 

 ……落ち着け。こいつを責めても何も変わりはしない。ビークール。ビークールだ、俺。



「そういや、今日は会社に有給申請ちゃんとしたのか?」


「し、しましたっ。言われた通り、グループチャットで……ほらっ!」



 景がスマホを手に取り、画面を見せる。俺はそのスマホを取り上げた。



「これは返してもらうぞ。俺のモンだからな。とりあえず、このスマホで元に戻る方法ググって、今日一日全部試すぞ!」


「は、はい!」



 俺達は『身体が入れ替わる方法』でググり、出てきた方法を色々と試した。が、当然だが、どれも成功しなかった。


 気つけば昼を食べないまま夕方になり、お互いぐったりしながら俺はソファへ、景はカーペットに転がっていた。



「おい、どうなってんだよ……全然元に戻れねえじゃねえか」


「僕に言われても……」



 ぐううと同時に腹が鳴る。虚しく響く空腹のデュエット。

 こんなとこでシンクロするくらいなら、さっさと身体を元に戻せよ。


 心の中で愚痴っていると、景が起き上がった。



「そろそろ晩御飯の用意、買ってきますね」


「ん、頼む」


「ピーマンの肉詰めでええんですよね?」


「そうだな。後は汁物をてきとーに」


「分かりました」


「あ、デザートも頼むわ。頭使って疲れたから」


「はい」


「財布はこれ使って。普段クレカだからあんま入ってねえけど……スーパーの場所分かる?」


「昨日会社行く途中にあったんですけど、そこでええですか?」


「うん。そこで」


「はい、じゃあ行ってきますっ」



 バタンと扉が閉まり、景は買い物へ行った。それを普通に見送っている自分に気づき、ハッとする。


 何故だ。なぜ俺はナチュラルにあいつを見送ってる? つーかなんだよこの状況。

 自分で言うのもなんだが、俺はあまり人と上手くやれるタイプじゃない。誰かと一緒にいると、妙に居心地が悪く感じるのだ。


 だから会社での付き合いは極力断っているし、プライベートの交友関係はネット上だけにしているくらいで、家に人を上げるなんて、もちろん論外だ。



 だから、あいつと一緒に居ることに全く違和感を感じていない自分に、強烈な違和感を感じる。違和感が無いことに違和感を感じる。

 というと矛盾しているように聞こえるが、でも実際に今、そうなのだ。


 変な気遣いをしなくていいというか。素のままで居られるというか……まるで長年一緒に生活していたような気すらしてくる。


 テツさん達との出会いのおかげで、俺に変化があったのだろうか。それとも、あいつが人に合わせるのがすこぶる上手いのか。



 だとしても、おかしいだろ。あいつは父親を殺した殺人犯だぞ? それに、この身体の痣だって──。



「吉田さん」


「うわっ!?」



 ふいにガチャリとドアが開いて、景が顔を出す。

 不意打ちを食らった俺は、驚きのあまり上ずった声を上げた。



「どうしたんですか? そんな驚いて」


「いや、なんでも……それより何だよ?」


「これからの事考えたら、『僕の身体』に合った服というか……吉田さん用の服と下着、買っといたほうがええかなと思うんですけど。ついでに今買ってきましょうか?」


「え? あーそうだな……うん、じゃあよろしく」


「はいっ!」



 元気よく返事をし、景は再び出掛けていった。


 つーかあいつはどうしてあんなに呑気なんだ? あんだけ『えげつない事』をしでかしておいて、けろりとした顔で、まるで俺との生活を楽しんでるみたいだし。



「……何なんだよ、あいつ」



 早見景。俺と身体が入れ替わった中学生。あいつは一体──何者なんだ?



「ただいま~」と景が呑気な声を上げて帰ってきて、早々に台所に立ち、夕食の支度を始める。


 てきぱきと慣れた手付きで調理を進めていく背中をぼんやりと眺めていると、あっという間に夕食が出来上がった。


 俺のリクエストしたピーマンの肉詰めと、根菜のごろごろ入ったけんちん汁。そしてきんぴらごぼう。今回もかなり美味そうだ。



 景を見る。俺の前に正座したまま、きょとんとこちらを見つめ返してきた。

 こいつについて色々気になる所はあるが、俺に危害を加えそうな雰囲気は皆無だ。今はよしとするか。



「いただきます」



 手を合わせてさっそく食べ始める。どれもこれも唸るほど美味かった。ただの中学生がこのクオリティを作れるはずがない。

 普段から料理をしているだろうか。晩飯担当とか。じゃなきゃここまでは──。



 ふと視線を上げると、何故か景は自分の分を配膳せず、俺の食べている様子を、緊張した面持ちで正座しながらじっと見ているだけだった。



「お前は食わねえの?」


「え……食べてええんですか?」


「はぁ? 当たり前だろ。せっかくの美味い飯なんだから、冷める前に食おうぜ」


「美味しいんですか!? 僕の作ったごはんっ!」



 急に景が身を乗り出してくる。凄まじい勢いに驚いて、口の中のピーマンの肉詰めをそのまま飲み込んでしまった。



「え、うん。美味いけど……急になに?」


「ほんまですか? 嘘ついてないですか?」


「いや、こんな事で嘘つく意味ねえだろ」


「そうですか……そうなんですかぁ」



 噛みしめるように呟いたかと思えば、景の表情が一気に明るくなる。それはもう、ぱあと音がしそうなくらいに。

 何なんだこいつ……さっぱり意味が分からん。


 というか、俺の身体で喜怒哀楽を全面に出すのを止めてほしい。見てるこっちが恥ずかしくなる。



「じゃ、じゃあ僕もお言葉に甘えて……いただきます!」



 景はいそいそと自分のご飯をよそい、手を合わせる。

 そして見ていて気持ちいいくらいにパクパクと口に運び、あっという間に完食してしまった。



「おま……食うの早すぎだろ」


「へへ。なんか嬉しくて。やっぱりちゃんとお箸使って食べるのって、ええですね」


「箸使うの苦手なのか?」


「え、あっ……ははは」



 照れたように誤魔化し笑いをする景は、とてもじゃないが殺人なんてしそうには見えない。もしかしてこいつは犯人じゃなくて、誰かを庇ってるのだろうか? 


 だとしたら、こいつの妙に天真爛漫な態度も頷ける。



「? どうしたんですか、吉田さん」


「……いや、何でもない」



 ま、元の身体に戻れさえすればそれでいい。こいつの事情なんて、俺には関係ないことだし。

 さっさと元に戻る方法を見つけて、今まで通りの日常を取り戻す事を目指すか。



 明日は土曜で次の日は日曜。時間はたっぷりとある。今週中に元の身体に戻ってやる!




「……景、お茶」


「はいはい」


「けい~ご飯まだ?」


「もうちょっとで出来ますよ~」



 俺が家にたどり着いてから既に三日が過ぎようとしている日曜の夕方。

 俺はソファでだらだらと寛ぎながらゲームをし、景が煎れた緑茶と胡麻せんべいを齧りながら、夕飯が出来るのを待っていた。


 え? この二日間何をしていたかって? それはまあ……察してほしい。



 いやいや、だってさ。想像してみて欲しい。

 座ってるだけで美味い飯が三食勝手に出てきて、洗濯掃除も勝手にやってくれるこの環境を。これを『快適』と言わずして何という。


 それに、元に戻る為の手段は、外でしか出来ない事以外ほぼ試して、全部駄目だったんだ。だったら仕方ねえよなって、そう思うだろ?


 こんな状況で己を律することが出来る人間なんてな、この世の中そうそう居ないんだよ。だから俺は悪くない。



 キッチンには調理器具や調味料が充実してきていて、いつの間にか二人暮らし用の物も完璧に揃っていた。景がちょこちょこと買い物に行っていたのだ。



「そろそろご飯できるから、ゲーム止めてくださいよ?」


「へいへい」



 仕方なくゲームを止め、テレビをつける。

 夕方のワイドショーでは相変わらず俺──もとい景がまだ逃走中だということ連日報道していた。不思議なもんだよな。


 みんなが血眼のなって探している『俺』は、自分の家で呑気に緑茶とせんべい齧って、どこか他人事のように眺めているのだから。



 こういう時に逃亡犯が頼るのは、遠い親戚や友人ってのが定石だからな。

 俺が一歩も外に出ることがなければ、まさか大阪に住んでる中学生が、何の接点もない東京の独身男のアパートにいるなんて、誰も気付かないだろう。



 仕事は明日からしばらく在宅に切り替えるよう、上司には連絡してある。

 家に籠もってれば警察に捕まる心配もない。『俺の身体』である所の景の、自分との所作の違いに関しても、少し見慣れてきた。



 つまり俺達は、今の生活に何も支障が無くなってしまったのだ。



「ご飯出来ましたよ。お箸並べてください」


「はいはい」



「いただきます」



 お互い向かい合って座り、手を合わせて食べ始める。夕食は目玉焼きの乗ったハンバーグと具だくさん味噌汁だ。

 卵は半熟で、箸で割ると黄身がとろりと溢れ、ハンバーグも塩胡椒がしっかりきいていて、噛めば肉汁が溢れ出す絶品だった。



 やばい。箸が止まらない。

 夢中で食べているとふと視線を感じ、顔を上げる。景が俺の顔を見ていた。


 いつもそうだ。景は何故か俺が「食べていいぞ」と言うまで、正座して姿勢を正し、様子を窺うようにじっと俺の顔を見てくる。



「美味いよ。ほら、お前も食えって」


「あっはい。いただきますっ」



 景はぱっと表情を明るくし、手を合わせて食べ始める。

 相変わらず大食い選手よろしく、すさまじい勢いで食べ進めていく。



「お前ってほんと食うの早いよなぁ。もうちょいゆっくり噛めよ」


「へへ、気をつけます」



 箸の使い方も綺麗だし、食べ溢したりもしない。見ていて気持ちのいい食べっぷりだ。

 こんなに食うのが早いのは、成長期だからなのだろうかと、呑気にそう思っていた。



 この時の俺はまだ知らなかったのだ。きっと知らない方が幸せだっただろう。景の食事に関するルールと──その理由を。

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