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逃亡生活 13


「自首したいって……」



『けい』の口から飛び出した言葉に呆気に取られていると、『けい』は話を続けた。



「詳しくは話せないんですけど、ある事がきっかけで、お父さんと取っ組み合いになって、我に返った時には……お父さんが血まみれになって、倒れてました。怖くて、どうしよう。どうしようって。咄嗟に洗面所まで走って、血まみれになった服を着替えて、手についた血を洗い流しながら、心の底から願ったんです。『こんなの嫌だ。逃げたい。誰か、誰か助けて』って。そしたら急に視界が変わって……僕は、吉田さんになってました」


「俺も……俺もそうだったんだっ! 家にいて、気付いたら洗面所にいて、お前になってて……訳分かんなくて逃げたんだ!」



急速に進む答え合わせに、ドーパミンが溢れ出して声が大きくなる。

すると隣からそっと肩を叩かれた。はっとして隣を見ると、奏汰さんが唇だけで「おちつけ」と言う。



「ご、ごめん。急に大声出して……正直な気持ちを言うと、俺は元の身体に戻りたいんだ。お前は、どう思ってる?」


「……僕も、元の身体の戻りたいです。自首したい。だから、何か元に戻る方法が無いかなって、身体が入れ替わった時と同じように手を洗ってみたり、元に戻りたいって心の底から願ってみたりしてるんですけど、全然駄目で」



これはもう、言ってもいいんじゃないか? 確認の為、隣にいる奏汰さんを見る。

奏汰さんが俺の目を見つめ、はっきりと頷いた。



「実を言うとさ。俺、お前の所に向かってるんだ」


「……え?」


「一人でいるより、一緒にいる方が元に戻れる確率が高くなるんじゃないかと思って。だから……今からそっち行ってもいいか?」


「はいっ!」



食い気味の了承の返答に、内心胸を撫で下ろす。



「でも吉田さん、ここまで来れますか? 警察とか」


「俺に協力してくれる人がいて、今からその人に東京まで送ってもらう予定なんだ。だから……たぶん大丈夫」


「分かりました。起きて待ってます。何かあったら、公衆電話からでもいいから連絡下さいね?」


「うん。順調に行けば、一時間くらいで着くと思う。家に着いたら3回ノックするから、鍵開けてくれ」


「……はい」


「じゃあ、後で」



電話を切ると、奏汰さんが立ち上がった。



「話もついたみたいだし、さっそく出よう」



フルフェイスのヘルメットを受け取ると、「その帽子、入れとく?」と聞かれた。テツさんから預かった黒いキャップだ。

テツさんにとって大切な──家族との思い出が詰まった帽子。約束したんだ。元の身体に戻ったら、絶対返しにいくって。


……あれ? そういえばテツさんの子供の名前って、確か──。



「……どうした?」


「え? あ、いやっ……何でもないです」



どこか直感めいたものを感じながら、奏汰さんに黒いキャップを渡す。

奏汰さんはそれを受け取り、バイクの収納スペースに丁寧にしまい込んだ。



「じゃあシート乗って。俺の腰を膝でしっかり挟むように座って、手は腰の辺りを掴んでな」


「……はい」



タンデムシートに跨がり、奏汰さんの腰を挟み込むように座る。バイクに乗るのなんて初めてだ。ましてや二人乗りなんて……。マジで振り落とされねえようにしないと。


奏汰さんの腰に腕を回し、ぎりぎりと力を込めながら抱きつく。



「……そんな力一杯抱きつかなくても大丈夫だよ」


「え!? あっ、すいません!」



あたふたしながらもようやく正しい姿勢になり、奏汰さんがバイクを発進させる。

静かな夜道に、バイクの排気音が風と共に後ろに流れていく。バイクに乗ることを「風を切る」とはよく言うけれど、本当にそんな感じだ。

身体を通り抜けていく夜風がすげー気持ちいい。元の身体に戻ったら、バイクに乗ってみるのも良いかもしれない。



「どこまで行ったらいい?」



ヘルメットにつけているインカムから奏汰さんの声がする。自分の住んでいる最寄り駅を伝えると、奏汰さんが「了解」と答えた。



「ヘルメット、いつも二つ積んでるんですか?」


「うん。たまに母さん乗せるから」


「へえ……仲良いんすね」


「まあ。たった一人の家族だからさ」



これはやっぱり……『そう』なんじゃないか? 東京に着く前に、この直感が正しいのかどうか。それ確かめておかなくちゃいけない。俺にも出来るかもしれない可能性があるんだ。テツさんへの恩返し。



「家族の話、あんま聞かない方がいいっすか?」


「いや、せっかくの縁だし、話すよ……俺、今は母さんと二人なんだけどさ。昔は親父も一緒だったんだ。大きな建設会社の社長やってたんだけど、事業に失敗して、俺と母さんに全財産渡して行方くらましてそれっきり。親父が残した財産が結構な額でさ。それに集ってくる悪どい奴らがたくさん出てきて、大変だったよ。親父がいなくなって弱ってる母さんに同情する不利して、金を騙し取ろうとする奴だったり、実は親父に借金していたなんてホラを吹く奴だったり。ほんと色んな奴が家に押しかけて来てさ。だからその時住んでた大阪から、こっちに引っ越してきたんだ。だからすぐに分かったよ。瑛太が嘘ついてないってこと。今まで色んなタイプの『嘘つき』を、見てきたからさ」



やっぱりそうだ。奏汰さんを見た時に感じた既視感。どこかで聞いた事のある名前。

今、全部俺の中で繋がった。テントの中で見た家族写真。


テツさんと奥さんの間で、無邪気に笑ってた男の子は──。



「奏汰さんはお父さんのこと、どう思ってるんですか?」



そう問いかけると少し間があって、奏汰さんが答えた。



「昔は戻ってきて欲しいと思ってた。でも手掛かりもないし、今はどっかで元気にしてればいいなと思うくらい。そりゃ最初はショックだったよ。『親父は俺を捨てたんだ』ってずっと泣いてた。一人で大きな会社引っ張って、家族も大事にしてた親父のこと、尊敬してたからさ。でも母さんから、『お父さんは何も悪くない。こうなったのは仕方のない事なの』って聞いてたし。一時期大変だったけど、母さんもなんとかこっちで仕事見つけて、今は二人で平穏に暮らしてるから……でも、今でも尊敬してるし、感謝してるんだ。自分も大変な状況だったのに、俺達に生活できるだけの財産を残してくれたわけだし。だから、親父にいつも言われてた。『奏汰は強い子なんだから。父さんが家を空けてる間は、お前が母さんを守るんだぞ』って約束だけは、何があっても必ず守ろうと思ってる」



このバイクだって、親父の金で買ったもんだしな。と奏汰さんは小さく笑う。


俺も父親が行方をくらませた時、ショックだったし恨んだりもした。

ついこの間までは心底軽蔑もしていたし、二度と会いたくないも思っていた。でも、テツさん達に出会って、ハナさんに出会って、自分とは違う考えに触れて、少し揺らいできている。

もしかしたら親父は、『そうしなくてはならない理由』があって、出ていったんじゃないかと。



奏汰さんも、きっと──。


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