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逃亡生活 12


「電話って、今からですか?」


「今からだよ。この時間なら、もしあんたと入れ替わった奴が『吉田瑛太』をきちんとやってる場合、家にいる可能性が高いだろ。それを確かめてから東京へ行かないと」


「……確かに」



 前回電話を掛けた時も深夜だった。

 あの時の『俺』はコール音から少し間があって、寝ぼけたような声で電話に出ていた。


 確証は無いが、俺の家で寝ていた可能性が高い。


 男の人の提案に頷き、スマホを受け取る。キーパッドで見知った番号を押し、電話マークに手を掛けた。



「通話が始まったらスピーカーモードにして。一人で聞くより二人で聞いたほうが、気付くこと多いだろうから」


「……はい」



 あの時の俺は気が動転していたせいで、矢継ぎ早に怒鳴ってしまって、逃げるように電話を切られた。


 俺と身体が入れ替わった『けい』という少年は、電話口で俺に対して謝罪の言葉を述べていた。

 声色も弱々しく、気弱な性格なのかもしれないと想像できた。


 父親と飼い犬を惨殺した奴がそんな性格だとは到底思えないが、普段静かな奴の方が怒らせると怖いってのはよく聞くし。

 あの殺人事件は、そういうパターンだったのかもしれない。



 今回の通話では決して相手を責めず、優しく諭すように、冷静に話を進めよう。

 相手に警戒心を持たせて電話を切られたら、それでジ・エンドだ。

 目を閉じ、頭の中で会話の筋道を組み立てる。


 ごくりと唾を飲み下し、隣にいる男の人をちらりと見ると、目が合った。そうだ。大事なことを聞き忘れていた。



「お兄さんの名前、教えてもらってもいいですか?」


「奏汰だよ。西園寺奏汰」



 奏汰か。なんだろう。つい最近その名前を聞いた気がする。……いや、今はそんな事気にしている場合じゃない。気合いを入れないと。



「奏汰さん。じゃあ、今から掛けますよ」


「うん」



 お互い頷き合って、スマホに視線を向ける。深い呼吸を数度繰り返した後、ついに電話を掛けた。


 トゥルルルル、トゥルルルル。


 スピーカーモードのスマホから、呼び出し音が鳴り響く。もし警戒して電源を切られていたり、俺からの連絡を恐れてスマホを解約されてしまっていたら、手掛かりが一切無くなってしまう。


 頼む。繋がれ……繋がってくれ!



「……はい、吉田です」


「「!」」



 すぐに電話口から寝ぼけた『俺』の声がし、鼓動が跳ねる。奏汰さんも緊張した面持ちで様子を見守っていた。


 ……なーにが「はい、吉田です」だ。吉田瑛太は俺だっつの! のうのうと寝てやがって、こっちはお前のせいで大変な目に遭ってんだぞ!


 怒りで拳に力が籠もり、ぶるぶると震える。駄目だ。このまま喋ったら、こないだの二の舞いになる。

 落ち着け、落ち着け。ここまで俺を助けてくれた人達の事を思い浮かべ、長い息を吐き出す。


 ……よし、大丈夫だ。一旦冷静になった。



「『けい』だよな? 俺だよ。昨日電話した、吉田瑛太」


「……あっ」



 焦りを含んだ声が聞こえ、慌てて言葉を続ける。



「待って、昨日は怒鳴りつけて悪かった。きっとお前だって……この状況に混乱してるはずなのにさ」



 少しの沈黙が続いたが、電話を切る様子は無かった。

 さあ、どう出る。頼むから電話を切ったりするんじゃねーぞ。

 ドキドキしながら返答を待っていると、ようやっと電話口から『俺』の声がした。



「いえ……僕の方こそ、昨日は勝手に切ってすみませんでした。あの後掛け直そうとしたんですけど、非通知だったから折り返せへんくて」



 関西弁訛りの謝罪の声に、ほっと胸を撫で下ろす。

 良かった。思ってたよりまともに会話出来そうだ。このままシミュレーション通りに話を進めよう。



「大丈夫だよ。気にしてないから。今日は、聞きたいことがあって電話したんだ。俺さ。身体が入れ替わる前に、職場で重要な仕事任されてたんだけど……それどうなってるか、教えてくんない?」



 いきなり「お前は今俺の家に居るのか」「のうのうと会社に出勤して、俺に成りすましてるのか」なんて直接的に聞くと、警戒されて逃げられる可能性がある。


 あくまで『残してきた仕事』の心配をしているという体で遠回しに探れば、上記の二つについて、大体の予想がつく答えが返ってくるはずだ。

 まあ、こんな状況で仕事に行ってるとは到底思えないが。家に引き籠もっている可能性は高い。


『俺』はしばしの沈黙の後、答えた。



「ごめんなさい。ちゃんと仕事行かへんと、『吉田さん』に迷惑掛かるかと思って、スマホの電話帳にあった『会社』って電話番号をネットで調べて、マップを頼りに職場に行ったんですけど……分からへん事だらけだったのと、質問ばっかりして色んな人に不審に思われてしまって、午前中で早退してしまいました……明日はもっとちゃんと出来るようにしたいから、『吉田さん』の仕事について、少し教えて頂けませんか?」



『けい』の予想外の返答に、思わず奏汰さんと顔を見合わせる。

 こいつ、馬鹿なのか真面目なのかよく分からないが、俺に成りすまそうとしている事を自ら自白してやがる。

 あまりの呑気さに腹が立つが。俺に対しての警戒心はかなり薄そうだ。


 この感じだと、もっとはっきり聞いても大丈夫かもしれない。



「仕事のことは、今は気にしなくていいよ。会社のグループチャットに、『しばらく有給使わせてください』とでも書いといて。あのさ……『けい』は今、俺の家にいるって事であってる?」


「はい。『吉田さん』は、今どこに?」



 ……正直に答えていいものか。俺に迷惑が掛からないようにとか、電話を掛け直そうとしていたと言っていることから、罪悪感は感じていそうだが、この慎ましやかな態度も演技の可能性だってある。なんせ相手は殺人犯なんだ。


 考えあぐねていると、『けい』が先に口を開いた。



「僕……自首したいって、そう思ってるんです」



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