エルフの国
俺は大深林を突き進み、ライオネッティ皇国へと入っていた。
かといって森の中を延々と進んでおり、土地勘のない俺には近付いているのかどうかすら分からない。
『旦那様、もう直ぐです。見えてきました!』
ミア曰く、首都コロポルックが見えてきたという。しかし、俺には道中と変わらぬ森にしか見えない。
「どこに街があんだよ?」
そう返答した直後、視界が一度に変化していた。
木々が生い茂る光景は変わらなかったものの、明らかに人が住んでいる雰囲気。木の幹をくり抜いたような家や、苔の生えた土壁の家が建ち並んでいる。
『幻影魔法が施されています。コロポルックはエルフにしか見つけられないのですよ』
自慢げな顔をしてミア。やはり近代的な建物ではなかったけれど、首都と聞いて分かるくらいには大勢のエルフが通りを行き交っていた。
「止まれ! 貴様たち何者だ!?」
しかし、街の手前にある巨大なツリーアーチのところで俺たちの馬車は止められてしまう。ハーフエルフが操る馬車であったものの、顔を出していた俺が問題となったのかもしれない。
「おい、貴様は人族だろう? 皇国になんのようだ?」
槍を突きつけたエルフが聞く。幌から顔を出していた俺の責任であるけれど、彼らの行動は裏目にしかでないと思う。
「兵隊さま、槍を収めてください。あたしは貴方の為を思って忠告しております」
「何だと!? 人族に与する汚らわしいハーフが!」
せっかくベルカさんが間に入ってくれたというのに、衛兵は聞く耳を持たない。彼にはミアの姿が見えないのか、俺に槍を突きつけたままだ。
『槍を収めろ、雑兵ォォッ!!』
怒鳴り声を上げるのはミアである。以前にも増して強大な魔力を垂れ流していた。これでは姿が見えぬエルフにも彼女の脅威が伝わったことだろう。
「なな、何だ……?」
男が後ずさりするや、手に持つ槍が腐り始める。瞬く間にそれは手元まで達し、遂には男の手も腐り落ちてしまう。
「うあぁあぁああああっ!?」
男の絶叫に兵が集まり出す。全員が武装した兵であり、益々騒動が大きくなっていた。
「ああいや、俺たちは怪しい者じゃない! この馬車には姫様が乗っているんだ! 幽霊だけど……」
堪らず俺が言葉を発する。このままでは全員が大地の肥やしとなってしまう。怒り狂う姫殿下によって、全員が輪廻へと強制送還されることになるだろうと。
「何だと!? 皇国に姫君などいない!」
後から現れた一人が俺に返す。しかし、そういった瞬間に彼の全身は腐り果て、徐に大地へと崩れていく。
「ふ、腐食術!?」
全員が言葉を失っていた。魔法に長けたエルフ族であるけれど、無詠唱腐食術の使い手がいないのか、彼らは驚きを隠せない。
『全員、ウジ虫の餌になりたいようですね……?』
「えっと、腐りたくないのなら槍を収めてくださいと、姫君は申しております……」
激怒するミアの通訳を俺は買って出る。しかし、そのまま伝えるわけにはいかないと、できる限り誤魔化すような感じで。
『ミア・グランティスが千年の時を超え、皇国に帰還したのです! 雑兵はそこを退けっ!』
「ミア・グランティスです。せっかく戻ってきたので、どうか皇城まで通してくださいなと申されております」
俺の通訳にようやく兵たちは顔を見合わせて頷いていた。
「人族、お前は本当にミア殿下がそこにいらっしゃるというのか?」
『旦那様にお前とか無礼千万! 腐り果てなさい!』
「頼みますから、俺に強く当たらないでくださぁぁい!」
瞬時に俺が叫ぶも時既に遅し。声をかけた兵は先ほどと同じように朽ち果てていた。
これには全員が目を丸くしている。此度も術式の発動が少しも分からなかったのだ。明らかに無詠唱の腐食術だと分かるものである。
「兵隊さん、騒がないで! ミア殿下は気が短いので、本当に通してください! 全員腐食術をその身体に受けたいのですか!? ハイエルフであれば姿が見えると仰っていますから!」
立て続けの腐食術。あまりに強力なそれを目の前にいる人族やハーフエルフが唱えられるはずもない。
少しばかり話し合ったあと、
「よし、通って良い。しかし、確認できるまでおかしな行動はするなよ?」
とりあえず兵たちは俺の話を信じることにしていた。
「そこはもっと丁寧に言ってもらわないと、貴方が腐っちゃいますよ!?」
俺は声を張る。
一人、二人と腐ってしまえば、流石に大人しく通訳などできなかった。
「ミアも落ち着け! 俺は人族なんだ。彼らが疑うのは必然だって!」
何もない空間に話しかける俺。かなり怪しかったけれど、俺が本当に焦っていることだけは全員に伝わったことだろう。
「兵たちも頼むから、もうミアを刺激すんなよ! コロポルック全体が腐ったとして俺は知らねぇからな!?」
必死の懇願が通じたのか、それ以降エルフたちは何も言わなかった。何もいない空間を恐れながらも、俺たちの馬車を先導していく。
程なく俺たちは巨大な大木の前に連れられていた。ミアは喜々として馬車から大木の前へと飛び、何やら魔力を注ぎ込んでいる。
刹那に大木が輝き出し、どうしてか扉が現れていく。更には触れてさえいないというのに、自動でそれは開かれていた。
「お、皇城の扉が開いた!? まさか本当にミア殿下が!?」
「だから言っただろ!? 無駄に死にやがって!」
既に俺もへりくだるのをやめ、強気に話す。ここはミアのお膝元。彼女がどれだけ暴れようがハイエルフにさえ会えたのなら、全てが不問とされるはずだ。
大扉が開くと、中から若く見えるエルフの女性が現れていた。
「えっ……?」
俺は驚いている。彼女には見えていると思えてならない。視線は宙を舞うミアにピタリと合っていたし、王女殿下であるミアに頭を下げる様子は彼女が見えているという証しであろう。
「ミア殿下……お帰りなさいませでよろしいでしょうか?」
やはり千年も経過していては確信が持てなかったのだろう。彼女はミアに気付いていたというのに、問いを返している。
『久しぶりね、マール。お父様を呼んできてくれるかしら?』
ミアは故郷に着いた頃から割と高圧的な喋りを続けている。姫殿下という立場的なものなのかもしれない。
まあしかし、とんだ里帰りだ。ミアは霊体であるのだし、この先も非常に厄介な状況となるに違いない。
ミアは霊体であるけれど、正当な姫殿下であるのだから……。
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