諭されるヒナ
翌朝は雨が降っていました。
ファンタジー感満載のアストラル世界でも、天気や気候は地球世界と変わりません。天候が崩れることもあれば、季節ごとに気温が変化したりもします。
「お嬢様、コートをどうぞ」
「ありがとう。それでは教会へと向かいましょうか」
もう、わたくしたちに絡む者などおりません。普通に朝食を取り、わたくしたちはチェックアウトを済ませています。
スラムにも似たストリートを行く。教会は治安のいい場所にあったため、かなりの距離を歩くことになりましたが、わたくしはとても楽しいです。生憎の雨ではあったものの、初めて歩く異国での散策を満喫していました。
「お嬢様、コートを預かります」
「アイテムボックスに入れておくから、エルサのも貸してちょうだい」
エルサは従者である負い目があるのか、長い息を吐いています。でも、手で持つより、アイテムボックスがあるのだから使った方が良いでしょ? 教会内で濡れたコートを持ち運ぶより、女神様からいただいたギフトに頼るべきですわ。
「まずはお祈りさせてね。少し時間がかかるかもしれない」
言って、わたくしはディーテ様の石像前へと跪き、両手を合わせた。世直しすることを主神に伝えられるように。
『ディーテ様……』
心のうちに祈ると、期待通りに脳裏へとディーテ様が降臨しています。けれども、おかしなことに現れた女神様はディーテ様だけではありませんでした。
『シルアンナ様……?』
『ヒナ、お久しぶり。頑張っているようで何よりだわ』
どうしてか女神様二人が脳裏へと顕現していました。
異様な光景に、わたくしは少しばかり嫌な予感を覚えています。
『あの、わたくしに何か落ち度でもございましたか?』
『ヒナ、別に貴方のことを話し合っていたわけではないの。クリエス君からの報告を受けて、ワタシたちにできることを話し合っていたのよ』
そうでしたか。急な戦力外通告かと勘違いしましたわ。とりあえず、わたくしはまだ存在を許されているのですね。
『レベルは順調に上がっているようね?』
『ええまあ、それなりには……』
ココナまでの道中に魔物はあまり現れませんでした。レベルアップの大半は地平の楽園の僧兵によるものです。
『そういえば地平の楽園を名乗る僧兵様たちに襲われました』
わたくしは先日はあったことを報告する。ディーテ様なら既に知っているかと思うけれど、今後の対応を知りたく思って。
『どうやら彼らは北大陸のどこかに本拠地を構えているようです。北端か東の端。ワタシの神力が通じにくい場所だと思われます。既に各地で大規模な活動を始めておりまして、非常にマズイ事態になっていますね』
『マズイ事態でしょうか?』
活動を始めた事実は聞いていたので、何か良からぬ企みが教団にあるのだと容易に推し量れています。
『実は輪廻に還る魂が激減しております。悪霊化の確率を考えても、計算が合わないのですよ……』
魂が悪霊化すれば地上に留まってしまう。しかし、その確率は有史以来変化がないといいます。つまりは何らかの問題が発生しているのだと考えられました。
ディーテ様は少しばかり考えるようにしてから、その理由を口にする。
『還るべき魂は邪神の贄とされております』
わたくしはゴクリと息を飲み込む。贄とされた魂は天に還ることなく、邪神に取り込まれてしまうようです。
『邪神様の復活は成されるのでしょうか?』
『必要量は生半可なものではありません。彼らは贄となる魂を厳選しているようですので、まだ時間は残されているかと思います。しかし、地平の楽園の活動が大々的になったことで世界のバランスは大きく乱され、邪竜警報が臨界値に達しました。近々、邪竜もまたアストラル世界に生み出されてしまうことでしょう』
わたくしはココナの現状を把握しようと祈りを捧げたというのに、アストラル世界の窮状を知らされていた。局地的な世直しどころではない話を。
ところが、わたくしは首を振ります。ココナを救うと決めたのです。たとえそれが自己満足の域を出ていないとしても、苦しむ市民がいる事実は、わたくしが行動する明確な理由となりました。
『ディーテ様、わたくしはココナの住民を救いたい。守るべき行政が腐敗しているなど許せないのです。しかし、わたくしは部外者らしいのですわ。ココナの救済は越権行為だと言われてしまいました』
突然、切り出した話。予想していなかったのか、ディーテ様とシルアンナ様は困惑顔を浮かべておられます。
『ヒナ、貴方は優しい子ね。見て見ぬフリをすれば、それでも世界は廻るのよ? 貴方がココナへ来るまでも、ココナの住人は生きてきたのだし』
諭すようなディーテ様の話ですが、わたくしは口元を結んで首を振る。もう決めたことだと真っ直ぐ揺らぐことなくディーテ様を見ていました。
『仕方ないわね……。ワタシもその事実は把握しておりますが、基本的に社会の問題は世界に生きる人々に任せております。貴方が看過できないというのでしたら、今回は手を貸しましょう』
ディーテ様はわたくしの意を汲んでくれるみたい。わたくしはディーテ様の使徒。わたくしが世界を導くというのなら、助力を惜しまないのかもしれません。
『アルテシオ帝国に神託を授けます。聖女に助力すべしと。ただし、ココナ支部のブラウン司教に直接神託を授けることは叶いません。彼の能力では声すら届かないのです。よって、ある程度の時間が必要となります』
『わたくしが帝都へ乗り込んでもよろしいですか?』
時間がかかるのでしたら、わたくしが直接帝都へと向かえばいい。地方の行政を正すには根本から正すべきだと。
『ヒナ、張り切るのは構わないのですけど、先走らないようにね? 現状の貴方は聖女候補であって、聖女ではないのです。貴方の介入が問題となったとき、事態はより悪化するでしょう。ジョブ判定によって、現状はJKであることが明らかとされてしまうのですから』
ディーテ様が介入を望まない理由。それは最悪の事態を考えてのことであり、予想される結末は明らかでした。
『聖王国と帝国は戦争状態となるやもしれません――――』
人類の歴史は争いの歴史です。千年以上見てきたディーテ様には小さな綻びでさえ、そこへ帰結することが容易に察せられたようです。
『戦争ですか……?』
『可能性として高くなります。ヒナのジョブがJKであることは調べたなら分かること。神託を与えようとも、偽物の聖女とされてしまうでしょう』
わたくしは戦争なんて想定していません。わたくしはただココナの住民が安全に暮らせる社会を望んだだけ。しかし、戦争に発展してしまえば、余計に彼らが苦しむことになるでしょう。
『わたくしはどうすれば……?』
わたくしは再考を迫られていました。良かれと思い行動しようと考えたのですが、あまりに浅はかであったことを知らされています。
『ヒナ、大局を見極めなさい。貴方にはその場その場で揉め事を解決できる力がございます。けれど、全体として考えたとき、介入すべきかどうか。ワタシは世界全体を考えて欲しいと思います』
どうやらディーテ様はわたくしに助力すると話しながら、その実は誘っていたのです。目指すべき正しい方向へと。
『ディーテ様、わたくしは悔しいです……』
ポツリと返す。わたくしは無力感を覚えていました。
苦しむ人々を見て見ぬフリで放置しなければならないこと。介入すれば余計な苦痛を与えてしまう矛盾。放置がベストだなんて考えもしていません。
『ヒナ、強くなりなさい。圧倒的な力を得なければ世界は変えられません。勇者、英雄、大賢者など登り詰めた者たちには世界を変える力が責任と共に生まれます。もちろん、貴方が目指す聖女もまた世界の流れを変えられる力です』
ディーテ様の話にわたくしは頷く。現状の自分自身が弱すぎることを知りました。力がなければ理想の世界など手に入らないのだと。
『ディーテ様、先ほどの話はお忘れください。しかし、わたくしは必ずやココナの問題を解決しとうございます。五年かかろうと十年かかろうと……』
『そうしてください。切り捨てるわけではないのです。今はその時ではないだけ。貴方の強い願いはいずれ達成されることでしょう』
ディーテ様は笑みを浮かべている。素直に引き下がったわたくしを評価してくださっているのかもしれませんね。
『ヒナ、恐らくクリエス君は世界を救うでしょう。あの子はもうレベル321。アストラル世界でも指折りの強者となりました』
ここでディーテ様はクリエス様の現状を伝えてくれます。彼の成長を知ることで、わたくしが今よりも奮起できるようにと。
『321って本当ですか!?』
流石に驚くしかありません。一ヶ月以上早く旅立ったのは聞いていましたが、流石にそのレベルは理解できないものでした。
『彼は取り憑いた悪霊を上手く操っております。味方につけ、強敵を次々と屠っているのです』
『一体何を討伐すればそのようなことになるのでしょう!?』
わたくしは制約を遂げねばならぬ身です。従って、その方法を知りたいと存じます。
『内訳の大部分は竜種と災難レベルの昆虫を討伐したことです』
『昆虫ってどういう意味でしょうか?』
流石に意味が分かりません。わたくしも知る昆虫であれば、脅威などないはずでしょうに。
『そのままです。生きとし生けるもの全てにレベルがあるのですよ。昆虫がレベルアップすることなど稀なことでありますが、ポイズンアントという昆虫は奇跡的にミノタウロスを討伐し、進化を遂げたのです。ダイヤモンドアントとなったその昆虫は強者を喰らい尽くし、レベル500超えの災難級となりました』
主に危険度は災難級から指定となり、災害、災厄、災禍、終末級と上がっていく。それは天界が定めた危険度であったけれど、レベルの概念がない地上でも似通った認識を持っていました。
『クリエス様は災難級の昆虫を討伐されたのですか?』
『あの子には信念を貫く力があるのです。レベル不足により討伐は不可能であったはず。けれども、彼は世界を味方につけたかのように、土壇場でスキルの昇格を果たし、ダイヤモンドアントを討伐しました』
やはり格が違うのでしょうか。わたくしはそんなことを考えてしまう。地平の楽園の僧兵様を退けただけで調子に乗っていたのです。拡がっていく差に、わたくしは愕然とさせられていました。
『ヒナ、悲観することはありませんよ? 貴方とて世界に認められる可能性を秘めています。でもなければSランクジョブを得るまでに聖女と呼ばれるはずもありません。目指すべき道は明確なのです。JKであるうちにレベルアップをし、制約の規定値に達すること。聖女へのジョブチェンジを目指すのは制約の数値を満たしてからとなります。聖女にジョブチェンジしてしまうと、今よりも戦闘値と体力値は上がりにくくなりますからね』
以前にも聞いた話です。聖女というジョブは上位ジョブであるのですが、明確に支援ジョブであって前衛職のステータスは伸びなくなってしまうみたい。
『承知しました。早くクリエス様にお会いしたいです』
『強い想いは必ずや叶います。貴方の王子様は既に子爵位まで得ているわ。貴方に会おうと彼も必死なのよ』
ディーテ様の話にわたくしは頬を染める。
天界で会っただけの彼。けれども、クリエス様の頑張りを耳にするたび、会いたいと思うようになっていました。
真っ直ぐに生きている人だと分かる。天界にて必要だと言われた自分を彼はまだ求めているのです。既に約束から十六年が経過していたというのに。
『さあ、旅立ちなさい。ココナの現状は貴方が関与すべき事柄ではありません。もしも現地の人間が立ち上がったとすれば、そのときに助力すべき話なのです。今はレベルアップに専念して制約をクリアしてください』
言ってディーテ様とシルアンナ様は薄く消えていく。もう話し合いは終わりなのだと。
意気揚々と民の救済を願ったわたくしでありましたが、諭される羽目になっています。
局所的ではなく大局を見るのだと。やるべきことと、できることを混同してはならない。わたくしはアストラル世界を救うべく召喚されているのですから。
『ディーテ様、ありがとうございます』
最後にわたくしは礼を言う。この祈りがなければ、とんでもない過ちを犯す寸前でありました。
今日のことを戒めとし、わたくしはやるべきこと、できることについて考えていくつもりです。
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