遺跡の過去
『強者となった弱者がいる可能性は否定できぬ』
分かったような分からないような。イーサが話すことは世界の理だと思う。
「そりゃそうだが、どうしてそう思う?」
俺は詳しく聞いてみることに。何を言っても年の功。見た目とは異なり、彼女には俺よりも長い人生経験があるのだからと。
『ダンジョンの性質上、弱い魔物は上階へ追いやられてしまうのじゃよ』
「んん? てことは三階層へ進むとゴブリンとかではなくなるってことか?」
確かに一階層にはホーンラットやスライムが現れていた。二階層の魔物は明らかに強化されていたと思う。まあでも、ゴブリンは地上でも弱い魔物の代名詞だった。
『まあ、そうなんじゃが、魔物の種類に惑わされてはならん。他者を殺め、進化していく魔物も多くいるじゃろう。何しろ魂強度には際限がないのじゃから』
「はぁ? 魂強度ってレベルだろ? 俺は今131になったところだけど」
『婿殿は数値化できるのじゃったな。魂強度とレベルというものは同じと考えて差し支えない。婿殿は131になったと言ったが、140で頭打ちになると思うか?』
イーサの問いには首を振る。何しろイーサたちはレベル1000以上が魔眼により確定しているのだ。俺のレベルが140で打ち止めだなんて考えられない。
『じゃろ? つまりはレベル1万のゴブリンも存在する可能性がある。ならばレベル1のドラゴンとそれを戦わせてみるとどちらが勝つ?』
レベル1でもドラゴンは驚異だ。かといってレベル1万のゴブリンなんて想像もできない。今し方、斬ったゴブリンはレベル6であったのだから。
『レベル1万のゴブリンが勝利するじゃろうな。素質はドラゴンの方が間違いなく上であり、互いが生まれたままの状態であればゴブリンに勝ち目はないじゃろう。しかし、魂強度は際限なく上がっていく。格の違いが成長率に影響を与えたとしても、常軌を逸したレベルに到達したのならば、格下のゴブリンとて侮れぬ存在となる』
俺は頷きを返していた。確かにイーサだって元はサキュバスである。レベルが1000以上になった彼女は魔王候補にまでなっているのだ。つまりはスライムであってもレベルが1万に達した場合は明らかな脅威となるらしい。
「そういや、イーサはサキュバスなのに魔王候補になったんだっけ……」
サキュバス族はドワーフやエルフといった種族よりステータスが弱い。下手をすれば人族よりも弱いかもしれない。そんな種族的ハンデがありながら、魔王候補になったのは全て彼女のレベルが異様に高かったからである。
『そういうことじゃ。見た目に騙されてはならん。婿殿、この先には間違いなく強者がおるはず。心して戦うのじゃ』
「忠告されずとも気を抜くつもりはない。それでお前は目星を付けているのか? 最下層にはケルベロスがいると話していたけど……」
俺は質問を投げた。マズいことになっていると話す彼女は大凡の見当を付けているに違いないと。
『まあの。恐らく妾のペットは喰われてしもうたのじゃろう。あやつが生きておるのなら、スタンピードを起こすような事態にはならんからの。上階に弱者を追い払うような強者がこの先におるはずじゃ』
「ダンジョンコアはお前が作ったオーブだろ? とんでもない魔物が生み出されたのか?」
『いや、やたらと強い魔物が生み出されるはずもないのじゃ。何しろ芳香剤代わりじゃしの。しかし、先ほども言うた強者が生まれた可能性は否定できん。魂強度を得た何者かによって、弱者は追い立てられているはずじゃ』
理屈は理解できる。魔物が仲良く共存するはずもないのだ。ケルベロスを倒してしまうような魔物が現れたとすれば、ゴブリンやコボルトは上階へ逃げるしかなくなるはず。
「てことは調査書にあったスタンピードは起こり得る話だと?」
『現状は問題なくとも、最下層の強者が動き出せばその限りではない。一瞬にしてパニックとなり、魔物が地上へと押し寄せるはずじゃ』
魔物は基本的に魔素を好む。よって特別な問題が起きない限り、ダンジョンから出ようとはしない。ダンジョンコアはいずれのダンジョンでも魔素を放っており、上層へ向かうほど魔素濃度は薄くなってしまうのだから。
「ま、何が現れようと戦うっきゃねぇな。アーレスト王国の貴族なら公爵家も無視はできないはず。俺は必ずヒナと再会するんだ……」
公爵家に取り次いでもらうため。俺はそれだけのために、アーレスト王の要請を引き受けているのだ。公爵令嬢であるヒナに会うという目的を果たすためだけに。
『旦那様、無理をせずとも、私がいるではありませんか?』
『乳臭い娘ッ子なんぞ、妾の魅力と比べれば月とスッポンじゃぞ?』
「お前らは触れねぇだろうが? 俺には死活問題なんだよ……」
俺は巨乳のために生きているのだ。前世からずっと巨乳な彼女とイチャコラする夢を見ている。たわわな果実を持つ悪霊の二人ではあったけれど、見るだけだなんて俺が我慢できるはずもない。
「やってやんよ。こうなったらケルベロスでもドラゴンでも倒してやる……」
俺は腹を括っている。覚悟を決めるに充分な理由なのだ。巨乳に成長しただろうヒナを想像しては、熱く滾る想いを抑えきれない。主に股間を中心として。
三階層へと進むと、やはり魔物が大量に湧いていた。しかし、二階層と比較するなら、その数は間違いなく減っていると思う。
「オークまで湧くようになった……?」
『進化したものですら、三階層まで追い立てられているの。こうなると四階層に竜種がおっても不思議ではないのじゃ』
仮に竜種が追い立てられているのなら、最下層には何がいるのか。少しも想像できなかったけれど、常軌を逸した魔物がいるのは確実である。
『しかし、街中にダンジョンが発生してしまうとはの……』
「明確にお前のせいだからな!?」
嘆息するしかない。前世の故郷がスタンピードに襲われるなど、許容できる話ではなかった。少なからず知った人がいる。別人となった今でも、俺は彼らを覚えているのだから。
「千年前は何があった? この場所には遺跡しかなかったのか?」
イーサは遺跡で休憩したと話していたのだ。もしも街が存在したのなら、わざわざ遺跡で休もうとは考えないだろう。
『あの頃は毒の沼地じゃったな。妾には毒など効かんが、流石に気持ち悪くての』
イーサが記憶を頼りに話すと、どうしてかミアがポンと手を叩く。
『ああ、そうでした! 古代遺跡を中心として街があったのです! たった今、思い出しましたよ!』
どうやらミアはイーサが訪れるよりも前に、古代遺跡の場所を訪れた経験があるらしい。アーレスト王国が建国された場所には街があったのだと。
「へぇ、その頃は今と同じように発展してたのか?」
『そこそこですね。降伏勧告に応じませんでしたので、巨大なヒュドラゾンビを5体ほど解き放ってやりました』
えっと、なんだ……。
ミアの返答に俺は一連の問題における原因を予想できていた。どうにも事の顛末を理解したような気になっている。
「おい、ヒュドラは猛毒を吐くだろ?」
『ほんの少しですよ?』
「いや、毒の沼地はお前のせいだろうが!?」
ほんの少しという言葉の解釈が違いすぎる。巨大なヒュドラゾンビを5体も解き放てば瞬く間に一帯が毒化してしまうはずだ。
どうやら、此度のスタンピード騒動は本を正せば狂気のハイエルフが原因。一帯を毒の沼地としてしまったせいで、イーサが遺跡で休むことになったらしい。
『旦那様、私はヒュドラゾンビを解き放ったあと、先に国へと戻りましたから結果がどうなったのか知らないのですよ。気が済むまで暴れたあと、住み処へ戻るよう命令しておりましたから……』
「確認の必要なんかねぇわ! 街が壊滅したのは確定事項だろうがよ!?」
明らかに確信犯じゃねぇか。一体でも恐らく同じような結果になったと思う。
まあ流石に狂気のハイエルフという異名を持つだけはあった。普段の会話から、すっかり忘れていたけれど、彼女はイーサと比べても遜色ない邪悪なのだ。
『婿殿、四階層は気を引き締めていくがよい。いざとなれば妾が手を貸す』
脱線話を切ったのは意外にもイーサである。責任を感じているのか、彼女はダンジョンと化した古代遺跡を踏破するつもりであった。
「ああ、分かってる。何が現れても俺は前に進む。お前のペットも強敵も俺が討つ。そして……」
俺は踏破するつもりだった。
障害の全てを乗り越えていくのだと心に決めている。
「ダンジョンコアは叩き割ってやんよ――――」
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