弱者の定義
『妾はこの場所を知っておる……』
どうやらイーサは魔物の気配を感じ取ったわけではないらしい。彼女は千年前にこの場所を訪れたことがあるようだ。
『元々、この場所は何もないとこでの。タイラーを追いかけていた妾は遺跡に入って休んでおったのじゃ』
どうもタイラー・スティルハートをストーキングしていた頃の話であるらしい。イーサは遺跡で休憩を取っていたという。
『妙に神聖な空気じゃったからな。落ち着かなくて妾が生成したオーブを最下層に置いたのじゃよ……』
もう既に嫌な予感しかしない。イーサは闇属性であるだけでなく、災禍と呼ばれた魔王候補である。そんな彼女が作りだしたオーブが、まともであるはずはない。
「おい、そのオーブがコアになってダンジョン化したというつもりか?」
『恐らくはその通りじゃろう。そこそこの魔力を注いで生成したからな。かぐわしい魔素がこの場所に充満するように……』
「邪気の間違いだろうが……」
俺は薄い目をしてイーサを見ていた。
正直にイーサは問題ばかり起こしている。魔王候補であるのだから仕方ないのかもしれないけれど、イーサが世界に残した功績はミアを溺死させたことくらいであった。
「なら何で今さら魔物事故が起きるんだ? 千年も前のことだろ?」
『まあ、オーブを守る守護者の契約が切れたからじゃろうな。千年間、オーブを守るように命じていたのじゃ……』
邪悪なるオーブが発する魔素により、魔物が産み出されているのは確実だ。イーサにとってはそこそこの魔力でも、実際は災害でしかないのだから。
「とんでもない魔物を配置したんだろ?」
『大したことはないぞ? 配置した魔物は元々妾に仕えていたものじゃし……』
イーサの話は当てにならないけれど、一応は聞いておく。
「害はないのだろうな?」
『疑り深いのお。ただの犬ころじゃよ……』
魔王軍に与していた魔物。本当に犬なのかどうか不明である。
『頭が三つあるだけじゃて……』
「それケルベロスだからな!?」
犬ころと聞いて安心したのも束の間、俺は彼女が災禍であったことを思い出す。ケルベロスといえば地獄の門番として有名な魔物であった。
「しっかし、ケルベロスを大したことがないなんて……」
『実際に妾の軍勢にいた頃は大した役割を持っておらんなんだ。犬ころは間違いなく妾に仕えていたのじゃがな……』
イーサが続ける。彼女が側に置いていたケルベロスの役割について。
『バター犬として……』
「最低な役割だし!!」
地獄の門番だぞ、と思わず大きな声を上げてしまう。サキュバスであることを考慮しても、流石に下品すぎるだろうがよ。
ケルベロスは小国なら一頭で壊滅させるほどの戦闘力があると聞く。それをバ○ー犬だなんて、とてもじゃないが信じられない。バタ〇犬だなんてな……。
「それで契約期間が過ぎたのだっけ? ケルベロスが野放しとか厄介だな……」
『まあ忠犬じゃから、五階層におるとは思うぞ。あやつは妾の感情を読むのが得意じゃったからな……』
イーサは懐かしげに目を細め、当時を振り返っている。役割はともかくとして、彼女も愛犬を可愛がっていたのだろう。
『舐めて欲しいときには必ず側におった』
「猥談とか聞きたくねぇ!!」
まあ彼は職務を遂行しただけだ。俺はそう思うことで、心の平穏としている。
「それで俺はケルベロスとどう戦えば良い? ケルベロス級の魂なら、かなりレベルアップできそうだけど」
『やつは好戦的な性格ではないからの。妾の顔を見るや尻尾を振って寄ってくるだけじゃろう。戦闘にはなるまいて』
襲いかかってきてこそ、思い切り戦えるというもの。ペットのように再会を懐かしむのなら、俺は罪悪感によって戦えないだろうな。
『舐めに来るじゃろうなぁ……』
「ぶった斬ってやんよ!!」
もう情けをかけるような気持ちは消え失せた。エロ犬は抹殺すべし。輪廻に還して浄化させるしかないと思う。
『旦那様、ケルベロスが相手であるのなら、甘いものを用意する方が良いですよ? ケルベロスは甘味を食べている間に始末するのが定石です』
意外にも脳機能がぶっ壊れているミアから、まともな話があった。彼女なら正面から戦いを挑み、圧倒するはずなのに。
「甘味なんて買ってねぇよ……」
ところが、俺は甘いものの持ち合わせがない。仮にあったとして、シルフにあげていたことだろう。彼女は飴玉に執着していたしな。
『ああっ!!』
ここでイーサが大きな声を上げた。霊体である彼女だが、甘味に心覚えがあるのかもしれない。
『妾の蜜は甘いのか!?』
「淫語やめろ!!」
どうしてもエロ方向へと向かうイーサに釘を刺し、俺は剣を抜く。
『旦那様、フォローはお任せください。いざとなればこの遺跡ごと破壊しますので……』
『犬ころには動くなと命じるので楽勝じゃぞ』
どうにも緊張感がなくなってしまう。彼女たちの凶悪ぶりは既に知っているけれど、初めてダンジョンに挑むのだ。俺はただ気合いを入れようとしただけなのに。
「お前らなぁ、大人しくしとけよ? 階層が浅い場所は魔素濃度が低い。弱い魔物しかいないのだから、黙って見ておけ」
『了解しました。旦那様の勇姿を目に焼き付けます』
『妾も応援に徹するのじゃ!』
本当かどうか分かりかねるところだが、とりあえずは彼女たちも見守ってくれるようだ。ならば俺は魔物を倒すだけ。レベルアップしていくだけであった。
一階層の魔物は街道に出る魔物と大差ない。割と数がいたけれど、俺一人で問題はなかった。だがしかし、二階層に降りるや、雰囲気は一変する。
「何だこれは……?」
明らかに魔物の質が変わっていた。まだ苦戦するほどではないけれど、悠々と進むことができないほどの魔物が生息しており、息つく暇もなく俺は襲われてしまう。
しかしながら、アクアドラゴンにて大幅なレベルアップを遂げたあとだ。とりあえずは難なく二階層も踏破し、俺は三階層へと繋がる階段の手前まで到達している。
『婿殿、これはちとマズいことになっておるやもしれん』
「何だ? ゴブリンやコボルトが群れたところで俺の敵ではないぞ?」
一応は二階層を掃討していた。荒い息を整えながら、俺はイーサに問いを返している。
まだ余裕があったのだ。ミスリルの剣は切れ味抜群であったし、ステータスアップにより二頭を一振りにて仕留めることができている。だからこそ、イーサが危惧していることを俺は理解できない。
『弱者とて成長するのじゃ。婿殿も最初は貧弱であったじゃろ?』
至極当たり前の話。確かに誰だって最初は弱いはずだ。種族による強弱はあろうとも。
イーサが見解を語っていく。弱い魔物ばかりが現れるダンジョンに、何を危惧しているのか。訪れる脅威がどのようなものであるのかを。
『強者となった弱者がいる可能性を否定できぬ――――』
本作はネット小説大賞に応募中です!
気に入ってもらえましたら、ブックマークと★評価いただけますと嬉しいです!
どうぞよろしくお願いいたしますm(_ _)m




