古代遺跡のダンジョン
俺は四階層へと降り立っていた。けれど、予想外に魔物の姿はない。
「どうなってんだよ……?」
『婿殿、何もいないはずがないのじゃ。魔素濃度は三階層と比べて段違いじゃし、これはある程度以上の魔物がいて然るべき濃さじゃぞ?』
『旦那様、何か召喚しましょうか?』
悪霊の二人は俺の身を案じている。恐らく彼女たちは俺が太刀打ちできないような気配を感じ取っているのだろう。
「いや、いざとなればチチクリを出す。俺はレベルアップしてぇんだ。ミアの使い魔なら瞬殺してしまうだろう?」
『まあ、確かに……』
幾ら強敵が現れようと、このダンジョンの創造者より強いはずがない。イーサが魔力を注いでダンジョン化したのだ。彼女を超える魔物なんて覚醒魔王くらいしかいないはず。確信があったからこそ、俺は強気でいられた。
「進むぞ……」
慎重に歩いていく。俺は愛剣を握る手に力を込めている。
徐々に寒気を覚えていた。迫って来る威圧感。姿は見えなかったけれど、強大な何かが近寄って来るのが分かる。
「来る……」
ここで俺は立ち止まり、迎え撃つことに。恐らく四階層の魔物は前方から迫り来る何かが殲滅したに違いない。
地面を叩く音と、唸り声が聞こえた。どうやら魔物は考えていたほど大きくないらしい。威圧感の原因はレベルがやたらと高い魔物であるからだろう。
待ち構える俺の眼前に現れた影。しかしながら、予想したような魔物とは異なっていた。
「えっ……?」
俺は戸惑っている。あらゆる魔物を想定していたけれど、現れた魔物は早々に候補から除外していたもの。既にいなくなったはずの魔物であった。
「ケルベロス?」
確かイーサのペットはケルベロスであり、五階層の守り神であったという。だが、その契約は既に満了しており、新たに現れた強者によって殺されたはずだ。
困惑する俺の隣でイーサが急に声を上げる。
『お主、生きておったのか……?』
何度も顔を振るイーサ。どうやら現れたケルベロスは彼女がバタ○犬としていたペットで間違いないようだ。
「主人様、俺っちのこと覚えているのか!?」
ケルベロスが返す。千年が経過した今も主人と呼ぶ彼は契約が切れたあともイーサの事を覚えていたらしい。
『忘れるはずがないだろう? 幾星霜過ぎようとも、お主のことは片時も忘れたことがないのじゃ!』
「なら主人様、名前を呼んでよ! 覚えているのなら、俺っちの名を呼んで欲しい!」
感動の再会である。声を震わすケルベロスに俺まで涙ぐんでしまう。
『ふふん、可愛いやつ。何しろ他者に名を与えたのは初めてじゃったからな。あの日のことは忘れん。どのような名前が相応しいのか、街道で拾った犬っころの名を夜通し考えておったわ。だから妾が貴様の名を忘れることなどあり得んのじゃ……』
意外にも人間的な話であった。
一晩かけて熟考し、イーサはペットのケルベロスに名前を与えたらしい。
『久しいな、バターよ……』
「そのまんまじゃねぇか!!」
バターだなんて最悪である。絶対に思いつきで付けたはず。一晩中考えたなんて、明確な嘘であるはずだ。
「やったぁぁっ! 主人様……って、あれ? 主人様の身体に触れられない!?」
『バターよ。残念だが、妾はもう霊体なのじゃ。肉体はとうの昔に朽ち果てた……』
「嘘だ!? 主人様が死んじゃったなんて!?」
再び感動ルートへと戻る。またもやケルベロスは目に涙を浮かべて、声を震わせていた。
せっかくの再会だというのに、抱きしめることすら叶わない。流石の俺も目に涙を浮かべている。
「あ、主人様ぁぁっ!!」
『泣くな、バターよ……。どんなときも強くあれと教えてきたじゃろ? あの言葉を実戦するのじゃ。今ならお主にも意味が分かるはず……』
二人の遣り取りに俺は胸を打たれている。感動せずにはいられなかった。
どうやらイーサは飼い主として真っ当な教育をしていたようだ。逆境にも負けない強い意志を持つ魔法の言葉をバターに授けていたらしい。
『泣くより、舐めろじゃ……』
「俺の感動を返せ!!」
やはりオチがあった。どこまで言ってもバターはバ○ー犬であるようだ。それ以上でもそれ以下でもない扱いである。
『それでバターよ、お主は三つ首であったじゃろ? どうして二つしかないのじゃ?』
現れたケルベロスの頭部はなぜか二つしかない。左の頭が根元からなくなっていたのだ。
痛い所を突かれたのか、バターは言い淀む。だが、二度ほど頭を振ってから、彼はその理由を口にした。
「実はダンジョンボスにやられたっす……」
『何じゃと!? お主、遺跡の主導権を奪われたというのか!?』
声を大きくするイーサ。元魔王軍のプライドだろうか。彼女は怒りを露わにしている。
「主人様、ごめんなさい。でも契約が切れてなかったら、俺っちは殺されていたっす」
『まあ、よい。それで五階層には何がおる? ギガンテスか? それともノーライフキングか?』
問い質すイーサに俺は呆れたような目をしている。
仮に強大な魔物がいたとして、伝説級の魔物がいるとは思えない。不死王やら伝説の巨人が城下に住んでいるなんて信じたくない話だ。
まあしかし、俺が困惑させられたのは事実だ。バターの返答は不死王や伝説の巨人などではなく、魔物と呼んで良いのかも分からぬものであった。
「いえ、アリンコっす――――」
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