火の大精霊
『契約するし!!』
思った通りですわ。やはりサラは手が汚れるのを気にしていたのね。名前は女の子っぽいし、お洋服が汚れるのも気になっていたのでしょう。
同意を得たことで、わたくしは魔道書を開いて、契約術式を始めることに。
「それじゃあ、始めますわよ? サラは心を開いて。抵抗しちゃ駄目よ? 甘い飴玉のことだけを考えてね」
言って、わたくしは魔道書を読み上げていく。分類的には神の力を借りるため、神聖魔法となりますの。成功率は主人の魅力値と知恵値、信仰心に加え、対象者の心に依存するらしいです。
弱者であれば強制的な契約も可能なのですが、生憎と対象は大精霊を自称しております。たとえサラが心から望んだとしても、魂の格が劣ることによって失敗する確率は少なからずありました。
いよいよ詠唱が終わろうとしています。見守るお父様やエルサは気が気でない様子。悪い影響がないだろうかとヤキモキとしていました。
「ここに主従契約を成す!」
わたくしが盾に手をかざすと、神々しい輝きが溢れ出す。まさに神聖魔法ですね。女神を保証人とした契約が今まさに成されようとしていました。
「――っっ!?」
ところが、契約は上手く成立しません。術者であるわたくしは契約によって流れ込んでくる魂の大きさに圧倒されていたのです。
堰を切ったように流れ込むそれは、わたくしが許容できるものではありませんでした。契約に必要なのは魂の一部であったというのに、わたくしが取り込める量を遥かに超えていたのです。
酷い頭痛に襲われたわたくしは倒れ込んでいました。このあとは意識が朦朧として、呼びかけに応じるなんてできません。ただ完全に意識が途切れたというわけではなく、身体とは別のところに自我があるような感じ。簡単に言えば、魂が身体から抜け出たような感覚でした。
「ヒナァァ!?」
ふと声が聞こえています。それは慌てふためくお父様の声。しかし、わたくしは少しも反応できません。まるでサラの魂に身体を乗っ取られたかのように。
「エルサ、何とかしろ!」
「いや、契約途中ですから! お嬢様が自ら魔法の行使を破棄しないことには!」
本当に慌ててますわね。普通であれば術者が苦しむことなどありません。光属性さえあれば行使できる魔法ですから……。
「ヒナ、止めるんだ! この盾は捨てても構わん!」
お父様は術式の行使をやめろと仰いますが、生憎ともう術式は完結しています。わたくしの意識が身体から追い出されたのか、或いはサラの意識がわたくしを混濁させているだけでしょう。
お父様は担架の用意を指示。正直にわたくしは身体の制御ができないだけですので、治療が必要な状態ではないのですけれど。
「そこの男、やめるし! あーしはまだ飴玉をもらっていない。ヒナ・テオドールを動かすなし!」
ふとサラが声を上げました。わたくしは一言も発せないというのに、彼女はどうやら術に縛られてはいないようです。そのことから、恐らくわたくしの格が劣ったために、現状が引き起こされているのだと推測できます。
「お前が大精霊か? ヒナは無事なんだろうな?」
「当たり前だし。あーしの力に少しずつ順応させているところ。意識があると抵抗しちゃうからね。あーしに全てを任せろし!」
どうにもよく分かりませんが、わたくしとサラは接続しているみたいね。加えてサラは意図的にわたくしの意識を切り離し、自身の格に順応させようとしているようです。
このあと数時間が経過。今もまだ、わたくしは意識を失ったままでした。
しかし、不意に身体との接続を感じます。切り離されていた意識が身体に戻されたような感覚を覚えていました。
「ぅ……っ……」
何だかボウッとしています。薄い目を開いては空を眺めている。
まあでも、問題ありません。少しばかり戸惑っただけですの。
「お嬢様! お嬢様!」
「エルサ、問題ないわ……」
とりあえず呼びかけに答えなければいけません。どうも二人には心配をかけてしまったようです。
「ヒナ、早く出してよ! 飴玉ちょうだい!」
大精霊サラが声を上げています。まだ封印術式を解除していないというのに。
まあでも、綻びを帯びた術式です。問題なく解除できることでしょう。
「えっと、解錠……」
傍目には呟いただけのように見えたことでしょう。けれど、程なく盾がガタガタと揺れ、遂には光の玉が飛び出してくる。これにはお父様もエルサも驚いていたけれど、わたくしは先ほどから感じていた大精霊という存在であると分かっていました。
「やったぁ! 外に出られたし!」
大精霊と聞いていましたけれど、現れたのは妖精サイズです。彼女の姿には騙されたのだと思えてなりませんね。恐らくはただの妖精なのでしょう。
「はい、飴玉よ……」
まあしかし、約束は約束ですの。わたくしはアイテムボックスから飴玉を取り出し、サラに飴玉を手渡している。
「おいしー! もっとちょうだい!」
「今日は三個までよ? 食べ過ぎちゃ駄目」
わたくしたちの会話にお父様とエルサは絶句しています。
そんなに驚くことでしょうか? 別にサラは害のなさそうな感じですけれど。
「お嬢様、契約をして大丈夫なのでしょうか? それは悪い妖精でしょう?」
何とか立ち上がったわたくしにエルサが聞きました。体調的には問題なさそうでしたが、妖精と契約したのですからチェックする必要があるかもしれませんね。
「ちょっと待って。ステータスを確認してみるわ」
わたくしはステータスを表示します。何か変化が起きたのかと。
【名前】ヒナ・テオドール
【種別】人族
【年齢】16
【ジョブ】JK
【属性】光・火
【レベル】6
【体力】43(+8)
【魔力】82(+16)
【戦闘】41(+49)
【知恵】88(+17)
【俊敏】33(+6)
【信仰】110(+22)
【魅力】87(+17)
【幸運】75(+15)
【加護】ディーテの加護
【スキル】
[超怪力]戦闘値50%アップ
[華の女子高生]制服を着ているとステータス二割増
レベルアップと超怪力によって戦闘値は制約の半分近くまで来ていました。けれど、ステータスには何の変化もありません。妖精と契約をしたというのに。
ところが、一番下に新しい項目を見つけています。それは先ほどまでなかったものであり、契約が成されたことを意味するものに他なりません。
【従者】旧大精霊サラ・マン・ダァァ
従者との文字。それは主人と対を成す者であり、付き従うものであることでしょう。加えて自称していた大精霊との話は間違っていないみたいです。
「旧大精霊……?」
旧ならば現行ではないという意味でしょう。彼女は霊体ではなく、実体であって現在も存在していたというのに。
「あーしは封印されちゃったからね。世界は二代目のサラ・マン・ダァァを選定しているはずだし」
「ああ、今は代わりの大精霊がいるのね? それでサラは何ができるの? 小さくなってしまったの?」
精霊といえば人と代わらないサイズだと本で読んだ記憶がありましたけれど。実際には妖精と同じ大きさなのでしょうか。
「あーしは炎の魔法が得意! 元からこの大きさだし。でも力はだいぶ減っちゃった。あと、あーしはヒナに魔力を供給することができるし!」
どうやら新たな大精霊が選定されたことで、力を失っているようです。かといって、元々からして戦うタイプではないとのことで、魔力支援などができるみたいね。
「ヒナ、旅立ちは明日にしないか?」
ここでお父様がいう。お母様は所領の運営を一人で行っていますので、聖都にはおりません。従って、わたくしが旅立てば、広いお屋敷にお父様は一人きりとなってしまいます。
「お父様、一日も無駄にはできないのです。まだステータスが足りません。わたくしが成人するには運命に抗う強さが必要なのですから」
言って、わたくしは深く礼をしています。ここまでの感謝と敬意を込めて。
いよいよ出立の時。妙な同行者が増えてしまいましたけれど、本当に大精霊であったことだし、小さいので邪魔にもならないことでしょう。
「まずは東に進みます。アルテシオ帝国へと向かい、そこから南下して南大陸に渡るつもりです」
北大陸の西側にグランタル聖王国はありましたが、直ぐさま南へ向かえない理由がございます。
聖都ネオシュバルツの直ぐ南には[世界の狭間]と呼ばれる深い谷が東西に走っており、橋を架けることすらできません。世界の狭間を迂回しなければ、南へ進めないのです。加えてグランラル聖王国の西端は海に面していましたが、切り立った崖となっているため、港など存在しませんし、船での移動は初めから選択肢として存在しておりませんの。
「そうか。気を付けてな。愛しき我が娘ヒナ……」
最後にわたくしは笑顔を作って手を振りました。
これより十六年を過ごした聖王国を発つ。
寂しげな表情は旅立ちに相応しくないと、わたくしは精一杯の笑顔を向けていました。
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