二人の女神と
フォントーレス公国を発った俺は一週間を要してアーレスト王国へと到着していた。
関所では公王にいただいた親書を見せただけで、馬車が用意されている。関所から王都デカルネまで歩く必要はなかった。
「久しぶりだな……」
実に十六年ぶり。所々、街並みに変化はあったけれど、大聖堂は俺が生きていた頃とまるで変わっていない。
「お祈りしていこう……」
『やめるのじゃ、婿殿!』
『そうですよ! 教会なんて辛気くさい場所に!』
『主人様、私も教会は……』
俺の思考は三人に筒抜けである。
召喚していないチチクリまで脳裏に訴えていた。
「るせぇよ。俺の死後、どうなったのかを見てみたいんだ」
恐らくは変化はない。何しろ司祭が一人失われただけなのだ。
ディーテ聖教会は巨大な組織であるし、俺が失われたところで何の支障もない。世界と同様に廻り続けていたことだろう。
悪霊と悪魔を放置して、俺は大聖堂へと入っていく。
昼間ということもあって人の姿はまばらだが、シルアンナの教会と比べれば、やはり礼拝に訪れる人の数は多い。
懐かしさすら覚えるディーテ様の像。何度も祈りを捧げたその前に跪き、俺は手を合わせて祈り始めた。
ここでの祈りは巨乳な彼女が欲しいと願ったあのとき以来である。
「ディーテ様……」
すると脳裏に煌めきを感じる。それはなぜかシルアンナが降臨する瞬間と似ていた。ここはディーテ教の大聖堂であったというのに。
『お久しぶりね。クリエス君……』
脳裏に現れたのはどうしてかディーテ様である。現状の俺は彼女の信徒ではなかったのだが、見覚えのある顔は間違いなくディーテ様であった。
『ディーテ様、どうして?』
『ふふ、クリエス君。ワタシは貴方に加護を与えました。透視というスキルを授けたのを忘れましたか?』
そういえば俺はディーテ様が引いた透視スキルを授かっていた。どうやら顕現してくれたのは、そういった繋がりがあったからだろう。
『現状はシルアンナの使徒でありますが、ワタシの使徒でもあるのですよ。我が教会で祈りを捧げたなら、ワタシの元へと届きます。熱心に祈られたものですから、思わず降臨してしまいました』
『えっと、ありがとうございます……』
流石に恐縮してしまう。もうシルアンナの使徒として俺は違和感を覚えない。あれ程までに心酔していたディーテ様を前にしても舞い上がることなどなかった。
『シルアンナと接続するわね』
ここで妙な話となる。脳裏に降臨したのはディーテ様であるというのに、シルアンナまで割り込んでくるような話であった。
『ディーテ様、クリエスがお世話になっております!』
即座にシルアンナまで脳裏へと現れていた。何がどうなっているのかまるで分からなかったけれど、共和国を離れてもシルアンナに報告できるのだと理解もしている。
『クリエス君はかなり強くなったのね? もう単独でドラゴンと戦えるステータスじゃない?』
シルアンナからステータスを見せてもらったのか、ディーテ様が笑顔で言った。
ステータスは四分の一であったけれど、既にヒナの制約に手が届くくらいに強くなったのだ。戦闘特化のドワーフでさえ、俺には敵わないだろうな。
『ありがとうございます。でも悪霊二人のおかげです。ディーテ様は彼女たちを祓おうとしているのですよね?』
『あの二人は災禍なのよ? 今はクリエス君に従順だけど、身体を乗っ取られでもすれば、世界は混沌の渦に飲み込まれていくことでしょう』
俺自身も彼女たちの能力を理解している。女神様が恐れるほどの脅威であることを。
『俺も祓うのには賛成ですけど、一方で彼女たちは常識が欠けているだけかもと考えています。強大な力を持ちすぎて加減を知らないだけ。世界平和に活かせる可能性を俺は感じています』
意外な話だったのか、ディーテ様は丸い目をする。
ディーテ様が知る彼女たちは災禍そのものであり、彼女たちが役に立つとは少しも思えなかったのだろう。
『祓うにしても俺が責任を持って処理します。どうかヒナを制約に専念させてください』
『クリエス!?』
確かに俺は自分自身で祓うと話していた。けれど、ディーテ様を前にそれを口にするだなんてシルアンナは想定していないはずだ。
さりとてディーテ様は微笑んでいた。それが同意であるとは思わなかったけれど、俺は考慮してもらえるはずと疑わない。
『クリエス君、貴方は良い男に成長したわね? 流石は元ワタシの信徒。やはり男は女を守るべき。でもね、ヒナは既に聖女になると決めている。しかも、その上で制約をクリアするのだと意気込んでいるわ』
ディーテ様の話に俺は唖然としている。
悪霊の力を借りるのなら、簡単なことかもしれない。だが、ヒナには悪霊も悪魔もいないのだ。力技で強引にレベルアップする方法を彼女は持っていない。
『クリエス君、君と同じなのよ。ヒナはね……』
ディーテ様は困惑する俺に構わず、ヒナが制約を遂げるだろう理由を告げる。
『とても心が強い――――』
せっかくの説明であったけれど、今さら精神論はないと思う。
誰だって死にたくないし、生命の危機にあるのなら、それこそ死ぬ気で頑張れるだろう。しかし、不可能なものは不可能であり、努力や根性なんてものでは覆せないのだ。
『ディーテ様、やはり俺は自分自身でけりをつけますから……』
『クリエス君、貴方は優秀だけど、少しくらいは他人を信頼するべきよ。女神ディーテの名において明言いたします』
ディーテ様は本心を告げる。未来予想ともいえる内容であるが、彼女は確信を持っているかのようだ。
『ヒナは必ずや制約を成し遂げるでしょう』
女神ディーテの予言。それでも俺には届かなかったけれど、彼女が断言したことを否定できない。この世界の主神が見る未来は可能性を含んでいるはずなのだから。
『何も努力だけで成し遂げるとは、ワタシだって考えていないわよ?』
懐疑的な俺にディーテ様が続けた。信じるにたる明確な根拠が彼女にはあるらしい。
『ヒナが持つ固有スキル【華の女子高生】。現状は20%アップでしかないけれど、そのスキルが昇格すれば、50%アップとなるかもしれない。レベルアップと併用するのなら充分に間に合う数値となるでしょう』
そういえばヒナはジョブスキルを最初から持っていた。しかし、それはJKというジョブに付随していたはず。
『聖女になったら、そのスキルは使えないのではないですか?』
『言ったでしょ? 彼女固有のスキルだと。ジョブからして特殊だったのよ。世界はヒナのジョブスキルを固有の先天スキルとして処理したみたいね』
ここでようやく俺も笑みを浮かべる。
個人に限定するスキルならばジョブに縛られない。聖女となっても華の女子高生は機能するはずだ。
『じゃあ、ヒナは生き続けられるのですか? 俺は彼女に会いたいのです!』
思念通話であるはず。けれど、女神様たちは俺の強い想いを感じ取っていた。
どこまでも押し寄せる大きな波のように、幾つもの波紋が女神様の心にまで届いている。
『クリエス、あんたも頑張りなよ? ヒナに会ったとき、クリエスの方が弱いんじゃカッコ悪いわよ?』
ここでシルアンナが揶揄するように言った。
まあしかし、俺は笑っている。シルアンナはとても気が利く女神だ。この十六年でそれは充分に理解しているからな。
『任せろ。俺は魔王も邪竜も邪神さえもぶった斬ってやる。アストラル世界は必ず守ってやんよ。悪霊の二人も問題なく祓ってやる……』
転生を経て色々と学んだ。この世界には自分だけがいるのではない。孤児として育った俺は大勢に助けられて生きてきたのだ。主義主張に差はあれど、会話を交わすことで全員が理解し合える。転生前に懸念していたシルアンナ教徒という立場でさえ、迫害を受けることなどなかったのだ。
人と人との繋がりは美しく、俺が守りたいものである。だからこそ、俺は世界を破壊しようとする者たちを許せない。
『やっぱクリエスは凄いわ。あのレベルの悪霊に取り憑かれたら、普通は一体でも彼女たちの重さに魂が耐えられなくなる。それを抑え込むだけじゃなく、ちゃんと制御できるなんてクリエスの魂評価はSランクだったのでしょうね』
シルアンナの返答に俺は小首を傾げた。俺自身が知る内容と違っているように思う。
『んん? 俺は確かAランクだったよな?』
『そうなんだけど、強力な呪いのせいでランクダウンしているってことよ。魂の格が強くなければ、災禍とも呼ばれた悪霊に取り憑かれて平気なはずがないわ』
なるほど。祓えはしなかったが、呪殺されない現状は目に見えて魂の格が劣っていないということか。
『てことは、俺がもっと強くなれば、あの二人を輪廻に還せるってわけだな?』
俺は希望を抱く。
やはりヒナを頼るのではなく、自分自身で祓ってやりたい。自分を慕う悪霊たちはヒナに祓われることを良しとしないはず。最後は俺の手によって天へと還りたいだろうと。
『そゆこと。何かあったらまた連絡するわ。問題があればディーテ様に祈ってくれたら、私も降臨できるからね。絶対に一人で抱え込んじゃ駄目よ? クリエスもヒナも一人じゃない。私たち女神がついているのだからね』
シルアンナが優しく微笑んだあと、脳裏に浮かぶ彼女たちは薄く消えゆく。
俺はしばしボウッとしていた。なぜなら最後に見たシルアンナの笑顔にどうしてか見惚れてしまったからだ。
絶対に相容れない体型と嗜好。だというのに、俺は彼女に魅せられていた。女神と使徒という絆が成せる現実なのか、或いはこの十六年で深まった信頼によるものなのか。
シルアンナの笑顔は見慣れていたはずだけど、妙に俺の心をざわつかせていた。
俺は目を開き、長い息を吐く。
脳裏へと残る残像には溜め息を吐くしかない。
「ド貧乳じゃなければな――――」
本作はネット小説大賞に応募中です!
気に入ってもらえましたら、ブックマークと★評価いただけますと嬉しいです!
どうぞよろしくお願いいたしますm(_ _)m




