諦めない王子
刻一刻と旅立ちの時が近づいていました。
わたくしが語る内容と教皇様が受けた神託の内容が同じであったこと。その事実は相互に信憑性を与え、結果としてわたくしの旅立ちを後押しする格好となっております。
ただし、たった一人を除いて……。
「ヒナ、考え直してくれ! 僕にできることは何でもする! 二人でヒナが生き抜く方法を考えるんだ!」
公務があるはずなのに、ルーカス殿下は毎日のようにテオドール邸へと押しかけていました。わたくしたちは始まってもいないというのに、殿下は旅立つことに反対しているのですわ。
「殿下、わたくしは旅立つしかないのです。婚約も誤解ですし、わたくしは王家に嫁ぐつもりなどありません」
もう言葉を濁さない。ここまで、わたくしたちは意思疎通が図れなかったのです。全ては曖昧に答えた結果であり、わたくしの使命が公表された現在では濁す必要がありません。
「しかしヒナ、僕はもう君しか考えられない……」
わたくしは長い息を吐く。前世を通して初めて純粋な好意を寄せられているのですが、まるで心に響かないのです。加えて正直に迷惑にも感じております。
王子様に求愛される場面は漫画で憧れたシチュエーションの一つでありましたけれど、どうしてもルーカス殿下に惹かれません。どうしてか下心丸出しであったクリエス様の方が、ずっと気になる存在でした。クリエス様の言葉の方が真っ直ぐに心へと届いていたのです。
「殿下はわたくしの何が好きなのでしょうか?」
大した関わりはありません。まともに話したのは王家主催の誕生パーティーのみ。それも馬鹿だと罵っております。よって、わたくしには好かれる理由がありませんでした。
「僕は君の……」
言葉に詰まるルーカス殿下。しかし、話が続くことはなく、わたくしは延々と待たされる羽目に。恐らくは具体的な理由などなかったのだと思われます。
「殿下、わたくしは何もしなければ、十八歳を前に失われる運命です。ですから戦うしかありません。こうした話し合いの時間さえも惜しいのです。もしも、わたくしが殿下に望むことがあるとすれば、わたくしを聖王国から追放し、自由な身としてくれることしかありませんわ」
わたくしは願望を伝えました。話し合うだけ無駄なのです。よって自身の希望は聖王国から追放されることだけなのだと口にしております。
「追放? ヒナを追放できるはずがないだろ?」
「殿下、その認識からして、わたくしと違うのです。わたくしは殿下にしか追放を言い渡せないと考えておりました。だからこそ悪口を言って追放されようとしていたのです。でもなければ、公爵家の娘であるわたくしが旅立つなど不可能でしたから……」
追放からの旅立ちこそがスムーズな流れだと考えていたのですわ。ディーテ様の神託により、それらの考えは根本から覆りましたけれど、今でもそうした旅立ちをわたくしは望んでいるのです。
「今さらだよ。ヒナは聖女として認知されている。そんな君を一方的に追放できると思うかい? 王家はそれだけで民衆の反感を買い、存続できなくなるだろう」
ルーカス殿下の意見はもっともでしたが、語った全てはわたくしの願望ですの。追放されたあとにある大逆転劇こそがカタルシスであり、悪役令嬢になりたいと思う理由でした。
「テオドール公爵家は長く王家と関わりを持っていない。ここでヒナを妃として迎えることは何も間違っていないと思うけれど?」
まだ諦めていないのか、ルーカス殿下は婚姻の理由として、テオドール公爵家の問題を提起しています。
八つある公爵家の内で王家に嫁がせていない期間はテオドール公爵家が一番長かったみたいです。関わりが薄れると発言力が低下し、所領の運営にも影響があるのだとか。
「別にルーカス殿下が気にすることではございません。わたくしはテオドール公爵家のためだけに結婚なんて考えもしていませんわ」
ルーカス殿下の話は正論であったものの、わたくしの感情を逆撫でるだけでした。それは決してルーカス殿下本人の意志ではありません。婚姻はわたくしたちの問題であったというのに、理由をすげ替えるような話では生憎とわたくしには響きませんし、ときめきなど覚えるはずがないのです。
ズルい言い回しと呼ぶべきでしょうか。まだ身体が欲しいとストレートに願われた方が潔い。真っ直ぐに気持ちが届かないのは体裁を取り繕う姿勢のせいだと、わたくしは考えております。
「わたくしには心に決めた方がおります……」
ここで口にする。必ずしも自身の意志ではなかったのですが、わたくしは天界で確かに約束したのです。わたくしが欲しいと仰った彼の話に承諾していました。
もし仮に彼が是認してくれなければ現状はありません。転生するには彼の許可が必要だったのです。だからこそ、わたくしは彼との約束を守るだけ。この世界で彼こそがパートナーなのだと。
「え……? そんな話は公爵から聞いていないぞ!?」
「お父様は存じません。ディーテ様から授かった未来ですから。わたくしには結ばれるべき方がこの世界におります」
流石にルーカス殿下は反論を導けない。ディーテ様の神託によって相手が決まっているのなら、王子であろうとどうにもできないのだと。
「それは……事実か?」
「わたくしが嘘を言ってどうするのです? この生を受けてより決まっていたこと。わたくしの運命を切り開くお方。クリエス様と共に歩む以外、わたくしは十八の誕生日を迎えられません……」
脚色を加えながら話しているのは事実ですけれど、どうにも胸が高鳴ってしまう。
運命の人。そう考えるだけで魂を揺さぶられるような感覚にわたくしは陥っていく。
「わたくしはクリエス様をお慕い申し上げます――――」
遂には決定的な台詞が口を衝きました。わたくし自身、クリエス様は胸しか見ていないと確信していたというのに、どうしてか否定するような感情は湧き立つことなく、ただ彼の偏った愛に応えたいと考えてしまうのでした。
「そんな……」
わたくしの発言にルーカス殿下は何度も首を振る。
これで良いはずですの。わたくしと殿下が共にする時間など初めから存在しないのですから。
「どこの……どいつなんだ……?」
諦めたのかと思いきや、意外にも殿下は食い下がっています。
また彼は立場的な優位を覚えているのかもしれません。グランタル聖王国の第一王子よりも有望な人材なのかと問うているのですし。
ルーカス殿下の疑問に答えられる内容は多くありません。わたくし自身もろくな情報を持っていないのです。何しろ最近になるまで、主神様と話をする機会すらなかったわけですから。
「南大陸に住む一般人ですわ……」
予期せぬ話だったのか、ルーカス殿下は頭を抱えています。
恐らく女神ディーテ様の神託に疑問を覚えていることでしょう。公爵令嬢のパートナーが南大陸に住む平民だなんてと。
「ヒナは会ったこともない平民を慕っているのか?」
「容姿も性格も嗜好ですら存じております。彼もまた世界を救うべく使命を負う者。彼がわたくしを望むと仰るので、わたくしはその申し出を受けております……」
本当を言うと神託などではありません。わたくしたちは実際に顔を合わせていたのですから。
彼は確かに言いました。わたくしが手に入るのなら、他には何もいらないのだと。
だからこそ、わたくしは彼のものになる。わたくしだけが彼の望みであるのなら。
ルーカス殿下は何度も首を振りながらも、溜め息と共に返しています。
「ディーテ様のお考えは理解した。でも僕は諦めない。もしも君が世界を救ったあと。そのときに付け入る隙があるのなら、僕は再び君に求婚しよう。たとえ聖教会を敵に回したとしても……」
予期せぬ話に、わたくしはハッと驚かされています。
その言葉は初めて心に届いた。人間らしさを覚えた。決して曲げられない信念のような想いを感じています。
この場限りの嘘かもしれない。けれども、聖王国の第一王子が軽々しく口にする言葉ではなく、ルーカス殿下もそれなりの覚悟をもって語ったことでしょう。
わたくしは徐に頭を上下させています。
もし仮に世界を救ったあと。もしもクリエス様がわたくしに興味を示さなかったならば、改めて考えようと思います。それこそ真剣に悩みたいなと。
「わたくしは殿下のお申し出を嬉しく存じます。しかし、期待はしないよう願います。恐らく、わたくしと殿下に縁などございませんから」
それ以上のことは返せない。現状で明らかなのはクリエス様と旅をすることだけです。彼を蝕む悪霊様をわたくしが祓い、彼の力を借りて制約を果たすことだけ。
その先は未定です。まあでも、先々が決定していないからこそ、感情というものがあるのだと思います。喜びや悲しみ、絶望や期待。その折々で得られた結果が感情に結びつくのだろうと。
今は十八歳の誕生日を無事に迎えられるのかどうか。本当に世界を救えるのかどうか。
わたくしはそのときどういった感情を抱いていることでしょうね……。
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