使い魔
「大いなる連山を崇める義兄弟の契りとして、かの魔物を捧げましょう!」
男前に語ったグリゴリは早速と呪文を詠唱し始める。
耳をつんざく咆吼をあげるアクアドラゴンに臆することなく。
俺は割と緊張していたけれど、ミアもイーサも平然としたままである。それよりも彼女たちの興味はグリゴリがどこまでやれるのかということだけであるようだ。
「ライトニングボルトォォッ!!」
ここでグリゴリの魔法が炸裂。雷属性は全てが上級魔法に区分されるというのに、彼は事もなげに発動している。流石は悪魔だと言わざるを得ない。
一瞬のあと、おびただしい数の稲妻が迸り、アクアドラゴンを中心として雷が延々と落ち続けていく。どうやらライトニングボルトは単体魔法ではなく、範囲攻撃であるらしい。
「マジか……?」
最弱と呼ばれたグリゴリの魔法は俺の度肝を抜いている。正直に一撃なんじゃないかと思えるほどの威力。アクアドラゴンの弱点である雷属性魔法は致命傷を与えたと考えて差し支えないと思えるものだ。
しかしながら、再び大きく咆吼するアクアドラゴン。この辺りは流石に竜種であった。強大な雷属性魔法を何発もその身に受けたというのに、まだ体力値を残しているらしい。
「おい、グリゴリ!?」
「クリエス殿、ご安心くだされ。必ずや仕留めますゆえ……」
明確に悪魔なのだが、思わず惚れそうになってしまう。あまりに男らしい彼の姿はクレリックという神に仕える立場を忘れそうになるほど格好良く見えた。
「頼むぞ、グリゴリ!」
既に第二射の詠唱をグリゴリは始めている。次なる魔法は何なのか。俺は手に汗を握りながら、グリゴリの戦いを見つめていた。
「ハイスピアサンダァァッ!!」
再び雷属性魔法。今度は明らかに単体攻撃である。強大な雷槍が閃光を伴いながら、天より地上へと突き刺さった。避ける隙すら与えず、それはアクアドラゴンの頭部を貫いている。
「やった!?」
もう既に俺は自分がとどめを刺すことなんて忘れている。同志が勝利する瞬間を純粋に期待していた。
一方で、二度の雷属性魔法を浴びたアクアドラゴンは大きく頭をもたげたかとおもえば、湖畔にその巨体を横たえていく。
「クリエス殿、早くとどめを!」
言われて気付く。どうやらアクアドラゴンはまだ絶命していないらしい。強大な雷撃を脳天に喰らって失神しているだけのようだ。
地鳴りと共に倒れ込んだアクアドラゴンに向かって、俺は迷わず駆け出していた。
同志のお膳立てを無駄にしてはならない。巨乳好きの兄として、俺はグリゴリの期待に応えねばならなかった。
しかしながら、その巨体。近付くたびに足が竦む。俺はまだリトルドラゴンくらいしか強敵と戦っていないのだ。もしも、不意にアクアドラゴンが動き出せば、確実にチビってしまうはず。
いや、大きい方が、お尻からこんにちはしても驚かねぇよ……。
「クソがぁぁっ!」
恐怖を押し殺して、俺は力一杯に剣を振り下ろした。まるで、大きい方がこんにちはしたかのような掛け声と共に。
しかし、手応えはない。まるで金属でも叩いたような音がして、ミスリル製の長剣はいとも容易く弾かれてしまう。
「ちくしょう!!」
更なる一撃を加える。今度は竜種の弱点という逆鱗を狙う。動かない今であれば簡単に攻撃できるだろうと。
首の根元にある逆さに生えた鱗。赤くマーキングされたそこは竜種の身体で一番柔い部位に他ならない。
「いけぇぇえええっ!!」
柔いと言っても他と比べてである。元々がレベル100超えの魔物なのだ。俺の剣は鱗すら砕けない。アクアドラゴンは完全に伸びていたというのに。
『婿殿、魔力放出するのじゃ!』
『旦那様、サポートいたします!』
ふと悪霊の二人が声をかけた。だが、俺は剣に魔力を流す方法を知らない。剣術を習っていた冒険者だって、そんな話は少しですら口にしていなかった。
刹那のこと。腹部に尋常ではない魔力を感じたかと思えば、それは溢れ出すようにして腕から手の平へと流れ込む。
この感覚は三日月亭で感じたものと同じ。恐らく悪霊たちが俺に魔力を供給しているのだろう。まあしかし、その量が問題だ。俺の腕は流れ込む魔力で爆発してしまいそうだった。
「おい! 腕が破裂すんぞ!?」
『手の平から放出するのじゃ! 魔法と同じじゃて!』
イーサの言葉に納得する。神聖魔法も腹の底から魔力を練り、腕から手の平へと集めるのだ。上級魔法であれば同じように手の平で魔力を圧縮する。
再び俺はアクアドラゴンを睨み付けた。こうしている間にも魔力が注ぎ込まれていく。指先から血が流れ出すほどであり、いまにも爆発しそうな感じだった。
「いいぜ、やってやんよ。しかし、お前ら……」
超大魔法をも唱えられそうな魔力が手の平にある。もしも、これが爆発したとき自分がどうなってしまうのか。指どころか腕が飛び散ったとしても驚きはしないだろう。
「加減ってもんを覚えろよなぁっ!!」
再び俺は駆け出していた。今度は目一杯の魔力を放出しながら。
逆鱗を狙った全身全霊の一撃。切っ先よりも目を見張るのは視認できるほどの魔力波であった。ドス黒い光線にも似たそれは、申し訳程度の煌めきを纏いながら、逆鱗へと放出されていく。
「貫けぇぇえええぇぇっ!」
手応えはない。さりとて長剣は抵抗なく根元まで突き刺さっていた。
魔力を宿したミスリルの剣は目的を達し、逆鱗を貫いている。
「いつまで魔力を垂れ流してんだよ!?」
今もまだ濃密な魔力が供給され、剣へと伝達されていた。俺はただ突き刺さった愛剣を握るだけである。腕が破裂しないように、流れ込む魔力を全て放出しながら……。
一瞬のあと変化が起きた。かといって俺にではない。長剣が突き刺さったアクアドラゴンの向こう側に、どうしてかドス黒い魔力波が伸びていたのだ。
「貫通した!?」
供給され続ける膨大な魔力は遂にアクアドラゴンを貫いて、向こう側へと放出されてしまったようである。
「おい、もうやめろ! 充分だろ!?」
俺の要請に、ようやくと魔力供給が停止される。何とか腕も指も無事であったけれど、無事ではないものも存在していた。
「嘘……だよな……?」
確かにアクアドラゴンの首元に剣を突き立てた。けれど、それ以上のことはしていない。だが、アクアドラゴンの太い首は綺麗に切断されていたのだ。
やがて支えるものを失ったアクアドラゴンの頭部は転がって、完全に胴体と切り離されてしまう。
俺が立つ隣へと静かに佇み、何を映すでもない巨大な眼が俺を捉えているようだった。
『ふむ、やはりトカゲじゃの?』
『お見事です、旦那様!』
呆気に取られていた俺だけど、ここで我に返る。さりとて悪霊の声かけによってではない。嵐かと感じるような突風が俺へと向かってきたからだ。
思わず身体を屈める。しかしながら、浴びた強風はその全てが体内へと流れ込む。リトルドラゴンの討伐時にも覚えたあの体験を彷彿とさせていた。
『レベル129になりました――――』
ゴクリと唾を呑み込む。どうにも信じられないでいた。レベルが一度に100も上がってしまうなんてと。
「クリエス殿、おめでとうございます!」
そういえばまだ召喚されたグリゴリがいたのだ。既に彼は俺の同志。その声に悪意など込められていなかった。
「サンキューな。お前がいたから倒せたんだ」
「いえいえ、滅相もない! ところで、お隣にいらっしゃる銀髪の女性は……?」
ミアは金髪であるから、銀髪といえばイーサに違いない。悪魔という霊的な存在に近いグリゴリには、使役者ではなくてもイーサという存在が見えているのだろう。
「ああ、こいつはイーサだ。俺に取り憑いているもう一体の悪霊だな」
「おお、イーサ様! 私めはグリゴリ。以後お見知り置きを……」
頭を下げるグリゴリだが、視線は胸に釘付けである。何とも欲望に正直なところは悪魔らしいといえる。イーサのギガメロン級をグリゴリは凝視していた。
『良きにはからえなのじゃ! 駄肉の使いにしては礼儀を弁えておるではないか?』
『無き者に頭を下げるのではありません! 腐肉にしてやりますよ!?』
二人の遣り取りに困惑したのか、グリゴリは俺へと視線を向けた。
まあ戸惑うのは分かる。俺たちは一見するとパーティーを組んでいるみたいだからな。ただその実は二人とも俺を依り代としているだけで、力を合わせて戦っているわけじゃない。
「この二人は仲があまり良くなくてな。千年前にミアを殺したのがイーサなんだ……」
「何と!? ミア様を殺めるような存在でしたか!?」
『不意打ちを受けただけです! 鵜呑みにするのではありません!』
ミアは当時を思い出したのか、キィィっという奇声を上げていた。
千年前など想像もできない俺なのだが、結果的にミアが失われたことは世界にとって好都合だったと改めて思う。何しろ彼女は最弱の使い魔をして竜種を圧倒してしまうのだから。
「ミア様、どうか私の使役を解いてくださいませんか?」
どうしてかグリゴリはそんなことを口にする。死後も仕え続けたミアに使役を解いてくれという話を。
「私は改めてクリエス様に使役されとうございます。彼は心の友。力及ばぬ私ですが、影ながらお守りしたいのです」
俺はグリゴリの心情を推し量っていた。
ああ、分かるぜ兄弟。何しろ、礼儀正しくともお前は悪魔だ。自身に利益のない行動はしないはず。単にイーサの巨乳が気になってしまい、中立の立場を手に入れたかっただけだよな?
『それは良い心がけです。旦那様に尽くしなさい』
「ちょっと待て! 俺は承諾してねぇぞ!」
堪らず俺が声を張る。悪霊二体に取り憑かれただけでなく、悪魔を使役するなどクレリックとしてあり得ない。
俺が拒否したからか、透かさずグリゴリは耳打ちをする。彼は俺を納得させる特技でも持っているのかもしれない。
「クリエス様、私の部下にパリカという女悪魔がおります。テラキャベツ級の持ち主で恋人はおりません……」
不機嫌そうに聞いていた俺の目がカッと見開く。聞く耳を持たない表情は瞬間的に消え失せていた。
「グリゴリ、一つ聞くが可愛いのか? 俺は痩せ巨乳がタイプなんだぞ?」
「容姿は魔界きっての美貌。スタイルもボンキューボンでございますよ?」
ヒソヒソと男二人の密談が続く。しかし、それは長く続かなかった。
ミアの前へと歩む俺は大きな声で宣言している。
「今よりグリゴリを我が使い魔とする!――――」
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