湖に住まうもの
水竜がいるという湖の場所を聞いた俺は、その日のうちに首都ネブラを発っていた。
アーレスト王国でも問題となっているらしい水竜。住み処であるカルロ湖は南西に抜ける街道沿いであるらしく、その街道は当然のことアーレスト王国にも繋がっている。
「さてと、水竜だってよ?」
俺は悪霊たちに聞いた。もちろん、俺では手も足もでないからであり、悪霊の二人が考える討伐方法を知りたく思って。
『トカゲ風情が水浴びとはの』
『ガッカリですわ。もしも、そこそこの竜種ならば、私のアンデッド軍勢に加えて差し上げましたのに……』
やはり二人は水竜を強敵と見做していない。
水竜は歴としたドラゴンであり、リトルと付くような小物ではないというのに。二人はまるで雑用にでも出かけているような態度である。
「一つ聞くが、水竜を瀕死寸前にまで追い込んで、俺がとどめを刺すなんて可能か?」
実をいうと俺はレベルアップしたいと考えている。もしも水竜を自分の手で倒したのなら、恐らくレベルは爆上がりするだろう。また彼女たちが瀕死の状態にしてくれたとすれば、不可能ではないように思えている。
『無茶を言うな、婿殿。トカゲなのじゃぞ? 一撃で殺してしまうわい』
『そうですねぇ。でもまあ、手がないわけではありませんけれど……』
イーサは無理だというのだが、ミアには俺の作戦を成功に導く方法があるようだ。
「おお流石だな、ミア!」
『ぐぬぬ、この駄肉め。クソ弱い貴様ならば、トカゲと同格なのじゃな……』
『違いますわ! 無論のこと敵ではありませんが、私には毒を使用するという方法があるのです』
どうやら水竜を毒で弱らせるという作戦のよう。かといって、その方法は了承できないものである。
「毒は駄目だ。水場なんだぞ? どうせお前の毒は何年も浄化されない猛毒だろう? 湖が使えなくなってしまえば、それこそ王国と公国から責められるはずだ」
毒の使用なんて絶対に許可できなかった。討伐したとして罪人とされる可能性が高い。よって毒だけは絶対に却下である。
『まあ、周囲に生命どころか、草木すら自生しなくなりますね……』
やっぱりな。こうなってくるとレベルアップは不可能に感じる。彼女たちの助力無くして、俺の討伐はなし得ないのだから。
「しゃーねぇ。さっさとぶっ殺してくれ。でも原型は残せよ? 討伐報告するのに遺体を持って帰るんだからな」
どうしてか悪霊の二人は目を合わせている。俺は別に無理難題を口にしたわけじゃないぞ?
いや、ちょっと待て。この二人もしかして……。
「おい、まさかお前ら鱗一つ残さず倒すつもりだったのか!?」
『婿殿は倒せるかどうかしか問うておらなんだじゃろ?』
「いやまあ、そうなんだが……」
証拠がなければ討伐の証明は難しい。巨大な湖であり討伐確認にはかなりの時間が必要となるはずだ。疑われる未来が容易に推し量れていた。
『旦那様、時間がかかってもよろしいのでしたら、私が率いる軍勢の末席を召喚しますけれど?』
「いや待て、またドラゴンゾンビとかいうなよ? 元が古龍なら水竜は跡形もなく葬り去られてしまうだろ?」
竜種の討伐依頼だというのに、話し合いの論点は討伐結果のみ。何ともおかしな状況だけど、こいつらは馬鹿みたいに強いからな……。
勝利は確定事項として、導かれる結果の状態だけが議題としてあるだけだった。
『最弱のグリゴリであれば互角かと……』
グリゴリという名は俺も聞いたことがある。
悪魔と呼ばれる謎の種族。極めて少数しか存在しない彼らであったけれど、その名は世界中が認識している。彼らは天使が下界に降り立ち、堕落したものだという伝承があった。
「お前は悪魔まで使役してやがるのか?」
『お恥ずかしながら。非常に弱かったのですが、妙に懐かれてしまいまして……』
「弱いはずがねぇだろうが? そいつは元々天使だったと教会で習ったぞ?」
『と言われましても……』
やはり悪霊の二人は災禍に違いないな。悪魔を捕まえて弱いと言い放つなど、まるで底が見えない凶悪さじゃねぇかよ。
「まあいい。そいつでいこう。討伐しなけりゃ始まらん。水竜の身体が残るのなら構わない」
最弱のグリゴリ以外を喚び出せば、恐らく存在ごと消失させてしまう。ここはグリゴリという悪魔に任せるしかないと思う。
夜まで歩き続けた俺は、ようやくと水竜が住むというカルロ湖へと到着していた。
湖面を月明かりが照らしている。静まり返ったカルロ湖は神秘的というよりも不気味な雰囲気に包まれていた。
「さてと、どこにいるんだ?」
『婿殿、あそこじゃ!』
イーサが指さす方向。激しく湖面が盛り上がっている。恐らく水竜は餌が近付いてきたと考えているはず。悪霊を感知できないというのなら、俺のことは食肉にしか見えなかったことだろう。
即座に魔眼を実行する。王国と公国が問題視していながらも、対処できない魔物がどのようなステータスであるのかと。
【アクアドラゴン】
【種別】竜種
【属性】水
【レベル】138
【体力】291
【魔力】110
【戦闘】145
【知恵】99
【俊敏】101
【幸運】18
【説明】淡水を好む。アクアブレスは山をも吹き飛ばす水圧がある。
意外にも詳しいデータが見て取れる。正直にレベルくらいしか判明しないと考えていたのに。
「マジか。弱点のマーカーまで見える……」
リトルドラゴンと比べて弱点は少なかったものの、幾つかのマーカーがあり、首の根元にある一点は赤色で表示されていた。
「あれが逆鱗ってやつか?」
大きな波を起こしながら、グングンと迫ってくるアクアドラゴン。近付くにつれて、その巨大さが露わになっていく。
「おい、大丈夫だろうな!?」
『お任せください!』
今もまだ平然としている悪霊たち。俺はかなり動揺していたというのに、彼女たちを見ていると怯える自分が馬鹿らしく感じてしまう。
やはり格が違うのかもしれない。魔眼による鑑定もその予想を肯定していたのだ。
「ミアとイーサは未だにレベルすら分からないんだよな……」
彼女たちが取り乱さないわけは判然としている。それは絶対強者であることだ。
間違っても既に死んでいるという理由ではない。何しろ依り代とした俺が消失したとすれば、俺の魂を宿り木とする彼女たちは強制的に天へと還る運命なのだ。
きっと彼女たちには俺を生かす自信がある。尚且つ、討伐できると確信しているはずだ。
「ま、頼もしいといえば頼もしいな」
現状は味方である。だからこそ俺は力を借りるだけだ。脅威となっているアクアドラゴンを討伐してもらうだけであった。
「ミア、頼むぞ?」
『お任せください! 出でよグリゴリ!』
瞬時にミアが詠唱を始めた。すると即座に彼女の眼前には巨大な魔法陣が現れ、天使のような影が浮かび上がっている。
程なく現れたのはグリゴリという悪魔。シルエットであったときには天使と見間違えるものであったけれど、実際には全身が真っ黒であって、羽毛ではなく飛竜のような羽が背中についていた。
「お久しゅうございます。ミア様……」
『グリゴリ、貴方は水竜とかいうトカゲと戦えまして? 無理だというのなら、他を召喚します』
「待ってくださいミア様! ミア様が望まれるならば、仮にサタン様であっても戦い抜く所存です!」
本当に心酔しきっている感じだ。ミアは既に霊体であったというのに、グリゴリは生前と代わらず、彼女に使役されたままのよう。
『じゃあ、戦いなさい。できれば瀕死状態とし、クリエス様にとどめを刺してもらいます』
「ミア様、この男は誰でしょうか!?」
どうやらややこしい事態に発展しそうな雰囲気だ。ミアに全てを捧げたかのような悪魔が素直に聞き入れるとは思えない。
『グリゴリ、死にたいの? この方は私の旦那様です。無礼な物言いをするのであれば、肉体だけでなく魂まで腐らせますよ?』
「ミア、やめろ。俺は別に何を言われようが構わない。グリゴリがアクアドラゴンを倒せるのなら、俺はそれで問題ないから……」
『しかし、旦那様!? 身の程を知らしめることも使役者の義務ですよ!?』
いや、その従魔って悪魔じゃん? 身の程を知らしめるって、元は天使なんだぜ?
全く以て底が見えないミアの実力なのだが、命を受けたグリゴリは呆然としている。やはり俺が旦那様だと呼ばれた事実が精神的ダメージとなっているみたいだ。
「グリゴリ、俺はミアに取り憑かれているだけだ。触れることも出来ないんだぞ? だから、この超ドデカカボチャ級はまだ誰のものでもない」
俺は推し量っていた。悪魔が魅入ってしまった理由について。絶対に強さだけではない。
グリゴリは俺と同じ嗜好を持つ同類であると。
「クリエス殿、まことでしょうか!? 私はミア様のアレが……」
「それ以上言うな、グリゴリ。俺たちは同志だ。デカければデカいほど良い。登山家が高い山に挑むのと同じだ。お前もそうなんだろ?」
俺の話にグリゴリは全身を震わせていた。
きっと彼の心に届いたことだろう。これ以上の言葉を交わさずとも、俺たちは分かり合えるはず。
「クリエス殿も我が同志でしたか! ならば承知しました。貴方様のために、このグリゴリは一肌脱ぎましょうぞ!」
俺とグリゴリは通じ合っていた。超大双丘を愛する者同士。理解し合うのに時間なんてかからないさ。
「やっぱ巨乳好きに悪い奴はいねぇな……」
「ハハハ、ごもっともです!」
話しているうちに、アクアドラゴンは直ぐ目の前まで来ていた。ドラゴンというよりも蛇に近い形状。大木のような身体を湖面から突き出している。
「クリエス殿、あの蛇が我らの敵なのですね?」
「ああそうだ。出来れば死ぬ寸前で止めてくれ。俺がとどめを刺したい」
グリゴリは返事をすることなく、こぶしを突き出していた。その意味合いを俺は瞬時に推し量っている。
ふっ、悪魔にしては紳士的だな? いいぜ、兄弟。俺はお前に全てを託そう。
俺とグリゴリはフィストバンプを交わした。互いの拳がコツンと当たる。決して契約ではなかったけれど、俺とグリゴリの絆が結ばれたのだ。この瞬間に俺たちは一つになっている。
グリゴリは凛々しく微笑み、戦いへと赴く決意を語った。
「大いなる連山を崇める義兄弟の契りとして、かの魔物を捧げましょう!」
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