悪役令嬢の矜持
わたくしは着々と旅立つ準備をこなしております。
ディーテ様が手回しした教皇様への神託は想像以上の効果がございまして、公爵家の一人娘ながらわたくしの旅立ちを全員が受け入れてくれました。
本日は大聖堂にてエバートン教皇様による演説が行われております。何でも神託にあった世界の危機を世に伝えるためらしいですわ。また、その様子は映写魔法によって、国中に生中継されるのだと伺っております。
「アストラル世界は存亡の機にある! ディーテ様は世界の未来を危惧しておられるのだ。しかし、安心して構わない。ディーテ様がこの世を救うべく使わせた女性がいるのだから。数奇な運命を背負う彼女こそが世界の希望。我ら信徒は使徒様の旅を影ながら支えていこうではないか!」
エバートン様の声に万雷の拍手が返されております。
グランタル聖王国聖都ネオシュバルツはディーテ教団の総本山ですの。トップである教皇様が神託を受けたという話は衝撃であったらしく、信徒様たちは全員が世界の危機について真剣に受け止めているみたいですわ。
「では若き聖女様を紹介しよう。ディーテ様の加護を受ける聡明なお方だ。また彼女はこのままでは十八歳の誕生日を迎えられないという。けれども、臆することなく地に足を付け、未来を見ておられる。尊い自己犠牲の精神をお持ちだ。我らはディーテ様の御使であるヒナ様を敬わなければならない」
あまりにも規模が大きすぎる話です。実をいうと、わたくしは期待などされておりません。間に合わせの転生者なのですから。
天界での遣り取りをご存じでない信徒様たちが盛り上がるほどに、わたくしは恐縮しております。
エバートン様に手を引かれ、わたくしは壇上へと立ちました。
「皆様、ヒナ・テオドールでございます。わたくしは常々悪役令嬢として邁進してきましたが……」
わたくしが話し始めて直ぐ、どうしてかエバートン様が割って入っております。どうやら、わたくしの話に補足があるらしいですわ。
「ああ、ヒナ様が仰る悪役令嬢とは困難に打ち勝つ者を指すようだ。ディーテ様は悪を屠る役目を持つ令嬢のことだと話しておられた」
「いや、それは違いま……」
どうやらディーテ様は今も悪役令嬢について誤解しているみたい。従いまして、ディーテ様は間違った認識をエバートン様に伝えてしまったようです。
わたくしは慌てて訂正しようと思うも、またもやエバートン様に遮られてしまう。
「ヒナ様こそが聖女。朝晩の祈りを欠かしたことがない敬虔なディーテ教信者である。弱者を守り、強大な困難にも立ち向かう。世界の未来を彼女は背負っておられるのだ。十六歳にして邪竜だけでなく魔王と対峙する覚悟を決められるなど、他の如何なる勇者にも不可能だろう。ヒナ様にディーテ神様の祝福がありますように!」
もう否定できなくなっていました。向けられる大歓声が咽から漏れ出そうとする言葉を飲み込ませています。
「聖女様に幸あれ! アストラル世界に光あれ!」
結局、わたくしは挨拶以上の話ができないままです。この場を借りて悪役令嬢であることを周知させようと考えていたというのに、気付けば益々聖女として認知されてしまいましたの。
「どうして、わたくしは悪役令嬢と呼ばれないのでしょう……?」
小さな声で呟く。聖女として悪霊様を祓うという役割は全うするつもりですが、やはり転生前に願った姿になりたいのです。
そんな折り、急に大聖堂の扉が開かれました。現れたのは僧兵様。まだわたくしの紹介が途中であったため、エバートン教皇様は怪訝な表情を浮かべております。
「何事だ!? これからヒナ様の大切な所信表明があるのだぞ!?」
「申し訳ございません! ガーゴイルの一団が飛来しているのです!」
聞けば聖都ネオシュバルツに魔物が飛来したとのこと。大聖堂の直ぐ近くらしく、使者の目的は緊急的な避難を促すものでありました。
これでは流石に演説は続けられません。エバートン様は大聖堂にいる信徒様たちに向けて、声を張っておられます。
「皆の者、落ち着いてくれ! 避難は西門からだ! 僧兵はヒナ様をお守りしろ!」
直ぐさま壇上を警護していた僧兵様がわたくしの手を引く。魔物被害の反対側。西側の通用出口へと連れられていました。
「わたくし、戦います……」
ここでわたくしは決意を告げます。この先にある旅の予行演習とばかりに。
「いや、ヒナ様!?」
「エルサ、わたくしの剣を!」
直ぐさまエルサに指示を出す。馬車まで愛剣を取りに行くようにと。
大聖堂に直付けしていたのは幸運でした。幾ばくもせずにエルサが戻って来ます。
「お嬢様、ガーゴイルは十体とのこと。僧兵では相手になりません。加えて、衛兵の到着を待っていては被害が拡大するでしょう」
エルサもまた剣を持っていました。彼女はわたくしのメイドであるだけでなく、剣術の指南役でもあるのです。従って、わたくしを止めるどころか、参戦する気満々ですわね。
「ヒナ様、その格好で戦われるのでしょうか!?」
エバートン教皇様が疑問を口にしています。というのも、わたくしはスカートを穿いたまま。防具は何もなく、壇上にいたままの制服姿であったのです。
「エバートン教皇様、わたくしはこの格好でないと真の実力が発揮できません。防具などは不要ですわ」
固有スキル『華の女子高生』は制服の着用にてステータスが増加いたしますの。加算されるのは二割でありましたけれど、全ステータスに影響を及ぼすのです。結果として防具により得られる恩恵よりも、制服で戦う方が強くなっております。
「エルサ、行きましょう!」
「はい、お嬢様!」
エバートン様に礼をしてから、わたくしたちは現場である大聖堂の東側へ。暴れ回っているというガーゴイル様の対処を始めております。
「お嬢様、何体かお任せしてよろしいですか? 初めての実戦ですけれど……」
「問題ありません。ガーゴイルはDランクの魔物。一人でも殲滅できるほどの力がなければ、この先などありませんから」
勇ましい返事だったでしょうか? エルサは師匠として嬉しかったのか、目を細めてわたくしを見ております。
けれども、Dランクの魔物は決して弱くありません。街道を彷徨くような魔物は概ねFランクなのですから。
「ならば私は左側を!」
「エルサ、頼みます!」
早速と戦闘が始まります。ガーゴイル様は石像が魂を得て魔物と化したものです。古城などで発生する魔物であり、街に飛来する事例は極めて少ないと読んだ記憶がございます。また石像の名残で防御力が高く、魔法も効きづらいという特性があるようです。
「大丈夫。わたくしは戦うために努力してきたのです……」
わたくしは心を強く持つ。先の見えない新しい人生。自分でも信じられないくらい自己研鑽に励んできました。十八年という区切りを与えられたことにより、わたくしは一分一秒を大切にして生きてきたのです。
「ガーゴイル様に恨みはございませんが、生憎とわたくしは冷酷非道な悪役令嬢ですの」
剣に魔力を乗せ、全身全霊で斬りかかる。だけど、予想していたよりも遥かに硬いです。しかし、わたくしは引けません。力の限りに長剣を振りきって、ガーゴイル様を砕くように討伐しています。
「わたくしでも戦えます! ガーゴイル様を一撃ですわ!」
努力の成果が実ったこと。流石に笑みが零れてしまいます。ならば、剣を掲げて周囲に聞こえるよう大声を張るときですわ。
今こそが注目を浴びるとき。この瞬間こそ悪役令嬢として認めてもらうべきときなのです。
「弱者は跪くのです! わたくしは悪役令嬢ヒナ・テオドールですの!」
わたくしは昂揚していました。自分でも戦えると知ったのです。漫画で読んだ冒険譚のプロローグを体験しているような気になっておりました。
「ひょっとして、この状況は……?」
わたくしはゴクリと息を呑む。
危険度Dランクのガーゴイル様を一撃で倒した事実に。
二体目のガーゴイル様もまた一刀にて仕留めた現実に。
「きっと、これは俺TUEEEですわっ!」
わたくしは笑みを浮かべていました。努力し続けた過去が実を結んでいるのだと知れましたの。
わたくしは再びガーゴイル様に向かっていく。もう少しも怖くありませんでした。まるで物語の主人公になったかのように、わたくしは次々とガーゴイル様を討伐しています。
「お嬢様、三体が空に!」
ここでエルサが大声で叫ぶ。二人の強者に恐れをなしたのか、残りの三体は大きく羽を開き、宙を舞っております。
「逃がしません! 俺TUEEEは常に殲滅と相場が決まっているのですから!」
調子が出てきたわたくしは魔法を詠唱し始めています。わたくしの武器は剣術だけではありません。制約さえなければ魔術に専念したといえるほど、わたくしは魔法の才能を秘めていたのです。
尖った知恵のステータスは全て魔法能力に還元され、魔力量に長けただけでなく、魔法術式の理解力もズバ抜けていました。
「ガーゴイル様、申し訳ございませんけれど、わたくしは弱者を蹂躙しなければならない身の上なのです!」
わたくしの選択は火属性に分類される爆裂魔法ですの。わたくしは光属性と火属性のダブルエレメントでありまして、爆裂魔法は得意としていた攻撃魔法に他なりません。魔法耐性が高いガーゴイル様には表面を焼くよりも、衝撃を生む爆裂魔法が効果的だと考えたのです。
「ハイプロージョン!!」
見守る全員が息を呑んでおります。聖女と聞いて想像していたものと明確に異なったことでしょう。中級魔法であるハイプロージョンをわたくしは事もなげに唱えていたのですから。
わたくしは悪役令嬢。間違っても聖女などではありませんわ!
上空でわたくしが唱えたハイプロージョンが大爆発を起こしていました。連鎖的にダメージを与え、程なく飛び去ろうとしたガーゴイル様を一網打尽としております。
ふぅっと息を吐く。しかし、落ち着いている場合ではありません。耳目を集めた今こそが、前世から練習していたことの見せ場であるはずですの。
それは悪役令嬢の矜持。わたくしは周囲に轟く大きな声で、高笑いをするのでした。
「オーホッホッ!!」
気分は最高潮ですの。ようやくお披露目ができた高笑いに、わたくしの胸は過度に脈動しております。しかし、堂々と胸を張るだけ。間違っても威厳を損なってはなりません。
まるで漫画の主人公であるかのように。悪役令嬢はいつ何時も自信満々に振る舞わなくてはならないのですから。
瞬時に大歓声が木霊していました。鳴り止まぬ拍手と声援。被害を最小限に食い止めたわたくしに惜しみない賛辞が送られています。
「聖女様!」「聖女様ァァッ!」
え? どうして?
わたくしが期待した声はありませんでした。せっかく高笑いを披露したというのに、街の危機を救ったわたくしは意図せず聖女との名声を高めているようです。
「み、皆様、わたくしは弱者を倒しただけ……」
何とか認識を変えようと試みるも、わたくしの側にはエバートン教皇様の姿がありました。
「ヒナ様、ガーゴイルは弱者などではございません。正直にお見それいたしました。まさに貴方様はディーテ様の使い。神託で見た美しいディーテ様のお姿と今や明確に重なって見えます」
エバートン様はわたくしに一礼したあと、高らかに宣言しておられます。
「ヒナ様こそが聖女! 皆の者、天より使わされし聖女ヒナ様を称えよ! この愛らしい女神をこの地に使わせたディーテ様に感謝を!」
再び大通りは沸き返ってしまう。こうなると、わたくしにはどうすることもできません。
歓喜の声に湧く大通りの中で、わたくしは一人肩を落としています。
「エルサ、わたくしは悪役令嬢になりたいのに……」
「お嬢様、まだ十六歳ではありませんか? それに旅立ちの日は近いのです。各地で悪役令嬢として振る舞えばいいのですよ。噂が広まれば、自然とそう呼ばれることになりますから」
エルサは励ましてくれました。常々彼女はわたくしに悪事の素質がないと口にしていますけれど、優しい彼女はわたくしを気遣ってくれます。
確かにエルサが話す通りですの。わたくしはこれからの人生で悪役令嬢として認知されるだけ。訪れる未来に期待するだけだわ。旅立ち前に沈み込む時間などあるはずもないのですから。
大歓声を背に受けながら、わたくしたちは屋敷へと戻っていく。
本作はネット小説大賞に応募中です!
気に入ってもらえましたら、ブックマークと★評価いただけますと嬉しいです!
どうぞよろしくお願いいたしますm(_ _)m




