エルスでの一日
ボロボロになった服を古着で揃え、俺は大通りにある武具屋へとやって来た。
予算はあまりなかったけれど、ソロで戦うならば長剣くらいは欲しいところ。ヒナがいる北大陸は遥か先なのだ。エルスまでの道のりほど簡単ではないだろう。
「おやおや、新人さんかえ?」
中古の武器が多く並んでいたから入店したのだが、店員のお婆さんは早速と俺に密着している。
「婆ちゃん、俺は安い剣と防具を探している。一番安いのはどれだ?」
「そこの棚にある防具とラックに突き刺さってる剣は全部銅貨1枚さね」
一番安いものは銅貨1枚らしい。価値的にいうと、そこそこのお店で食事が食べられる程度。露店などの食事であれば端銭単位であり、銅貨一枚は端銭100枚分の価値であった。
「革の鎧は動きやすかったけど、耐久性が最低だったな」
まずはリトルドラゴンに破壊された防具から選ぶ。銅貨1枚であるのだが、金属製の鎧まで棚には並んでいる。
『婿殿、この鎧はどうじゃ?』
『あの鎧の方がお似合いになりますよ!』
ここに来て悪霊の二人が騒ぎ出す。先ほどまで一言も喋らなかったというのに。
「お前ら、さっきまで静かだっただろ……?」
『いや、あのリリアとかいう女は割と手練れのようじゃ。見つかって面倒なことになるのは婿殿に迷惑じゃからな』
『お美しい旦那様であっても、霊に取り憑かれていると察知されては流石に問題ですからね』
「マジで言ってんの? お前たちでも気遣いができんのな?」
確かにAランク冒険者だと話していたし、悪霊二体に取り憑かれているなど大問題に発展するかもしれない。よって二人の判断は適切であるように思う。
「何をブツクサ言うとる?」
老婆は俺にピッタリとくっついている。やはり盗まれないようにとのことだろう。何しろ俺は古着を着ているのだ。金持ちに見えるはずもない。
「いや、この鎧と盾をもらいます。あと剣を見させてもらいますね」
「ほう、フルセットか。ならば特別にサービスしてやろう……」
老婆が笑顔を見せた。装備一式を買うという俺にサービスしてくれるという。
「このビッグナスビ級のデカパイを好きにしていいぞ!」
「腐ってるだろ、そのナス!!」
クソみたいなサービスはいらねぇって。まあ、確かに老婆は巨乳であったけれど、旬が過ぎているどころか、既に化石級じゃねぇかよ。
「男はみんな好きじゃろ? 多少、とうが立っておろうと……」
「立ちすぎなんだよ!」
老婆は怪訝そうな顔をする。俺とて巨乳は大好物だが、考古学に興味などなかった。
「せっかく港町エロスに来たんだから、楽しんでいけばいいのにのぉ」
「俺はエルスだと聞いたけどな!?」
そうとも言うなと老婆。どうにもツッコミ疲れてしまう。
エルスに到着してから出会う女性はスケベ過ぎる。土地柄なのか、エルスの住人は割と性に寛容なのかもしれない。
「若いんだから我慢しなくてもいいのじゃよ?」
「我慢してんじゃねぇよ!」
どうやら老婆は俺の女難スキルに惑わされている感じだ。スキルランクが二つ上がったせいかもしれない。もし仮に女難スキルの影響であるならば、さっさと剣を決めて俺は退店すべきだ。
『旦那様、この剣ってオリハルコンですよ?』
そんな折り、ミアが指さす。乱雑に突っ込まれた一本の長剣。かなり黒ずんでいたものの、彼女はそれが稀少金属であるオリハルコン製だという。
『マジ? 銅貨一枚なら安すぎるだろ?』
心の中で問う。もし仮にオリハルコンであったなら、即買いすべきだろうと。
『この紋章は見覚えがあるぞ! 妾をショック死させたあの男が使っていた意匠じゃ!』
イーサもまた意見する。しかも彼女はこの剣を以前に見たことがあるらしい。イーサは意匠だと話したけれど、確かに剣には装飾が施されていた。
剣の腹から柄まで伸びた金色の棒線。それが鍔にある横線とクロスして、各々の先にはピンク色の宝石が嵌め込まれていた。
『これが意匠なのか……?』
『間違いない。奴は鎧にもこの意匠を採用しておった。あの男が持っていたのだから、きっと業物じゃぞ!』
『マジで? 呪われるとかないだろうな?』
幾ら名剣であっても、妖刀や邪剣の類では扱いきれない。俺に浄化できる程度であれば問題はないが、生憎とステータスは四分の一にまでダウンしているのだ。
『呪いの類はない。婿殿、安心せい』
『霊の反応もありませんよ、旦那様!』
意外と役に立つ悪霊の二人。呪いを受けたり、霊が取り憑いていることはないようだ。
『忌々しい記憶が蘇るが、これもまた運命なのかもしれんの。奴の装備品が今さらになって現れるなんて。一体どこで果てたのじゃろうな……』
言ってイーサは男の名を口にする。
『あの男、タイラー・スティルハートは――――』
タイラー・スティルハートという名は間違っても偉人ではない。何しろ前世から一度も耳にしていないのだ。人知れず世界を救った英雄はアストラル世界史にその名を刻んでいない。
イーサの話を聞いて決断できた。元より銅貨一枚なのだ。損をするとは思えない。
「婆ちゃん、この剣にするよ!」
「男らしい決断力だの。全部で銅貨二枚に負けてやろう」
銅貨三枚のところを二枚に負けてくれるという。ビッグナスビ級のサービスを断ったからか、或いは単に在庫整理できたからか。俺は思わぬところで節約できていた。
「兄さんや、次の来店時にはビッグナスビもよろしくの!」
「だから、いらねぇって!」
年寄りのジョークなのかさっぱり分からないが、俺は手を振ってお婆さんと別れた。このあとの用事は宿を探すだけである。
しかし、宿探しは難航してしまう。大通りにある宿屋は軒並み銅貨十枚以上。しかも素泊まりであって、食事は別に用意する必要があった。
「交易で賑わっているにしても高すぎるな。かといってエロサブマスターの部屋に泊まるなんてできないし……」
リリアなら食事付きで銅貨一枚であるが、色々と搾り取られてしまう。妙齢でもあるし、下手な別れ話は前世と同じ結末を迎えてしまうはずだ。
俺は街中を歩き回り、そのうちガラの悪いスラム的な通りへと辿り着く。
引き返そうかと思うも、眼前には『三日月亭』という酒場兼宿屋があった。また看板には一泊銅貨一枚と書かれている。
「どうみても俺は新人だしヤバいかな。でも、この値段は魅力的……」
俺が二の足を踏んでいると、
『婿殿、妾に全て任せておけ。強力な爆裂魔法や催淫スキルを持っておる。恐れることは何もないのじゃ!』
イーサが背中を押す。さりとて俺は軽蔑するような薄い視線を向けている。
「偉人でもない男に看破されたスキルなんぞには期待しねぇよ……」
イーサの申し出は心強くもあったけれど、彼女がスタイルを馬鹿にされただけでショック死してしまう豆腐メンタルなのは明らかだ。
『旦那様、悪漢が襲ってこようものなら、私の腐食術や死霊術にお任せください!』
「街中に死霊なんていねぇよ。お前にも期待していない」
二人の存在は少なからず俺に安心感を与えていたけれど、よくよく考えると役に立ちそうにない。強者であるはずのイーサでさえ、泉で休んでいただけの男に負けているのだから。
「男は度胸だ。やっぱ銅貨一枚ってのは捨てがたい……」
今や俺のステータスは四分の一である。取り憑いた二人が輪廻に還らぬせいで、成人男性の平均より少し強い程度。酒場には荒くれ者が集っているはずだし、踏み込むのには不安しか覚えない。
「取り憑かれる前に祓うべきだったな……」
如何に強大な悪霊といえども、レベルアップ直後のステータスであれば祓えたかもしれない。実際に取り憑かれた今となってはだが、悪霊に隙を見せたのは失態であった。
「よし、行くぞ……」
俺は堂々と三日月亭へと入っていく。それこそ新人だと思われてしまえば、舐められてしまうだろうと。
昼間だというのに、一階は酒を飲む者たちで溢れていた。だが、それは想定内だ。治安が悪そうなストリートにある酒場が落ち着いた雰囲気であるはずがない。
一つ息を吸ってから、俺は奥のカウンターにいた店主らしき男に声をかける。
「宿泊したいのだが?」
ここまで酔っ払いに絡まれなかったのは幸いだが、受付の店主もまた筋骨隆々であり、善良な市民であるようには思えない。
「金は持ってるのか? 一泊銅貨五枚だ……」
俺は早速と吹っかけられてしまう。看板には銅貨一枚だと書かれていたのだ。店主は俺をカモだと思ったのか、五倍の料金を吹っかけていた。
『旦那様、このようなクソ野郎は腐乱死体にしてやりましょう!』
『婿殿を愚弄するなど許せぬ! 魂が壊れるまで痛めつけてやるわ!』
店主の対応に悪霊の二人が荒ぶっている。物騒な話に俺は不安げな表情を浮かべていた。
次の瞬間、俺は身体の自由を失う。どうしてか勝手に口が動き、意図せず言葉を発している。
「おいクソハゲ、貴様は妾を怒らせた。今さら後悔しても遅いぞ? このゴミ溜めが貴様の墓標となるのじゃ!」
『おい、やめろ!』
勝手に喋り出したのは明らかにイーサだ。彼女を制止しようと俺は心の中で叫ぶも、イーサは少しも聞く耳を持たない。憑依していた彼女は完全に俺の身体を乗っ取ってしまう。
「爆散せよ! 妾の怒りは永遠に貴様の魂を破壊し続けるのじゃぁぁっ!」
俺が唱えたこともない呪文をイーサは詠唱し始める。身体中の魔力が手の平に集中していくのが、俺にも理解できた。
「ゴミ掃除は得意ですの。貴方はたった今、生きる資格を失ったのです。聡明な旦那様を騙すなど、凡そ人の所業ではありません。蛆にまみれた廃棄物と成り果てなさい!」
ミアもまた俺の身体を乗っ取ったらしい。イーサの詠唱に割り込んでは謎の文言を口にしている。
『これは……マジでヤバいって!』
悪霊二人の詠唱に酒場全体が凍り付く。異様な魔力の圧縮は、一般人でも容易に察知できたことだろう。
「ちょ、坊主すまん! ちょいとからかっただけなんだよ!」
「今さら四の五の言うな! 死をもって償うがいいのじゃ!」
「貴方は今より腐り果て、生きながら標本となるのです! 下水道に飾り付けてあげましょう!」
並列起動する魔法陣。その強大な魔法は尋常ではない魔力波を発している。
刹那に店全体が軋むような音を立てた。ろくな建て付けではない三日月亭は魔法の発動前であっても、既に倒壊してしまいそうだ。
『やめろっ!』
いきなり問題ごとを起こすのは得策ではない。だからこそ、俺は声を張る。この二人を止められるのは自分しかいないのだと。
俺の女難に惑わされているのなら、効果が見込めるだろう。きっと俺は彼女たちを止められるはずだ。
『もう二度と口を聞いてやらねぇからな!――――』
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