港町エルス
首都ダグリアを発って十日。俺はようやく港町エルスへと到着している。
ステータスダウンに加え、折れた長剣が心配であったけれど、幸いにも道中はホーンラビットのような剥ぎ取りナイフで戦える魔物しか現れなかった。さりとて魔物が弱かったせいか、レベルは一つも上がっていない。
「とりあえず、リトルドラゴンの素材を売って、宿代を捻出しよう……」
女神の加護にはアイテムボックスが含まれている。ギフトとも呼ばれるそれに俺はスライムの核石やホーンラビットの亡骸を収納していた。かといって、やはり売却のメインはリトルドラゴンである。一応は竜種であるのだから、しばらく生活ができるくらいの金額で買い取ってもらえるはずだ。
早速と俺は冒険者ギルドへと飛び込んでいる。
「いらっしゃいませ! ってあら、新人さんかしら?」
受付の女性は二十代半ばといったところ。直ぐさま胸に視線を向けるも、俺が求めるものを彼女は持っていない。顔立ちはタイプであったけれど、俺の興味は完全に失せていた。
うんまあ、ガチで流石だぜ。我が女神シルアンナさんの影響力は想像よりも強すぎる……。
「えっと、冒険者登録がしたいのです。あと買い取りもお願いできたら……」
「はい、了解。少し待ってね?」
受付の女性は水晶を机の下から取り出している。恐らくは、ある程度の資質を判別できる神具に違いない。
「手を当てて祈ってくれる? これは我らが主神シルアンナ様に通じている神具なの。君の名前からジョブや属性、大凡の強さまで調べることができるわ」
ここでシルアンナの話が出てくる。さりとて、港町エルスも彼女のお膝元。不思議な感じがするけれど、やはりレクリゾン共和国の国教はシルアンナ教なのだと分かった。
優しい笑みを向けられるも俺は無表情だ。如何なるハニートラップを仕掛けられたとして、無乳である彼女に揺らぐことはない。
俺は水晶に手を当てて、静かに祈りを捧げる。そういえばシルアンナに聞きたいことがあったのだ。本当に神具であれば、脳裏に顕現してくれるかもしれない。
『クリエス、大丈夫だった?』
程なくシルアンナが脳裏へと降臨。やはり教会と同じく、神具は彼女と接続ができるらしい。
『いやまあ、何とかな。それで俺はまたも呪われたようなんだが、どうすればいい? イーサって悪霊は間違いなくヤバいよな……?』
『ああ、それね。私も調べてるところなの。恐らく千年前の警報は彼女のせいだと思う。詳細が分かれば祈りのときに伝えるから……』
あまり長話はできない。とはいえ既にシルアンナも動き始めているのだと分かった。流石は加護を与えた主神様だと俺は感心している。強すぎる影響力はともかくとして、信頼できる女神様に違いないのだ。
ゆっくりと目を開く。もう既にシルアンナとの接続は切断されていた。
一方でギルド員は得られた情報を書き写し、何度か頷きながら顔を上げる。
「名前はカリエス君か……」
「クリエスです!!」
いきなり名前を間違われてしまう。しかも、何だか卑猥な感じに。
「ああ、ごめん。最近欲求不満で……」
「俺の名前で解消すんじゃねぇよ!?」
前世から通して名前はクリエスなのだが、カリエスだなんて間違われ方は初めてだ。見た目とは異なり、彼女は変態なのかもしれない。
「って、なかなか強いじゃない? 属性も凄いわ。光属性に加えて、闇属性を同時に持つダブルエレメントなんて初めて見た。お姉さん、このあと暇なんだけどな……?」
基本四属性が火・水・風・土の四つである。加えてレアエレメントである光と闇、更には派生レアエレメントの雷や氷なんて属性まで存在した。
二属性に関しては間違いなくネクロマンサーと魔王候補のせいだ。元々の俺は光属性の使い手でしかなかったのだから。
「いえ、そういうの結構です。買い取りお願いします……」
「つれないわねぇ。ウンとサービスしちゃうわよ?」
「買い取りお願いします」
彼女は確認の必要もないくらいの板胸であった。レクリゾン共和国では需要があるかもしれないが、生憎と俺の趣味ではない。全ての感情が無であって、すんとした表情を返すだけだ。
「ちぇぇっ、つまらないのぉ……」
口を尖らせながら、彼女が手招きをする。
俺が案内されたのは受付の隣にある大部屋。解体用の巨大な机があることから、魔物はここで査定してくれるのだろう。
「ここが解体場だけど、クリエス君って今日は何も持ってきていないのよね? いつでも持ち込みしてくれたら査定してあげるわ。それとも今日はお姉さんをここで解体しちゃう?」
「だからそういうの結構です。俺はギフト持ちなんで……」
アイテムボックスはかなりレアな先天スキルだが、ギルド職員なら知っているはずだ。
「ええ!? ギフト持ちだなんてイヤァァン! お姉さん急に身体が火照ってきちゃった……」
「何なら浄化魔法をかけましょうか? 穢れが取れますよ?」
「んもう! これだけアピってるのに、つれない子! 余計に燃えてきちゃう!」
過度に疲れるピンク脳のギルド職員であるが、少ない手持ちのせいで俺は彼女の相手をするしかない。何の因果なのかと考えさせられてしまうな……。
「じゃあ、出しますよ?」
「うん、全部出してぇぇっ!」
一言一言がいかがわしく思えてしまう。嘆息しつつも俺はスライムの核石とホーンラビットを全て取り出す。十日分であったから、それだけで机の上は一杯になっている。
「すっごぉぉぉぉい! いっぱい出たねぇぇ!」
どうしてもピンク色になる受付に俺は軽蔑の眼差しを向ける。更には、まともな査定ができるのかと不安を覚えていた。
「まだあります。とびきりデカいのが……」
「お姉さん無理だから! とびきりデカいのなんて受け止めきれないわ! でも早く! クリエス君、カモーーン!」
どうにも彼女を信用しきれないのだが、出せというのだから出すだけだ。しかし、机は既に一杯なので床へとリトルドラゴンを置く。
刹那に唖然と固まる彼女。今までの態度が全て作っていたのではと思うくらい、真顔でリトルドラゴンを眺めている。
「ちょっと、クリエス君……。これリトルドラゴンじゃない……?」
一応は彼女もギルド職員なのだろう。巨大な亡骸を一瞬にして見極めていた。
「ええまあ。死ぬかと思いましたが、何とか一人で討伐できました」
「新人でしょ!? ソロ討伐だなんてあり得ない……」
「と、言われましてもね。俺は実際に狩ったんです。何度も斬り付けて、最後は鉄剣が折れてしまいましたが……」
今も額には鉄剣の刀身が刺さったままだ。引き抜けないくらい奥深くガッチリと食い込んでいる。
「これは凄いわ。的確に攻撃を仕掛けている。眉間も弱点の一つだし、無駄な攻撃が一つも見当たらない……」
「受付なのによく知っているんですね?」
「一応、私はサブマスターで、Aランク冒険者でもある。リリア・ステシールと聞けば、エルスでは知らない者なんていないわよ?」
たまたま受付にいただけのようだ。リリアは新人を見つけたから、俺の相手をしただけらしい。
リリアは興味深そうにリトルドラゴンの亡骸をチェックしている。身体にある数々の傷。ほぼ全てが魔眼による効果なのだが、彼女の目にはどう映ったことだろう。
「性職者にこのような離れ業が可能なの……?」
「聖職者な!? 念のため訂正させてもらうけど!?」
とりあえず、ツッコんでおく。俺をからかっているのか、彼女は真面目な話を続けない。
「眉間の一撃は称賛に値する。恐怖心に打ち勝ったものだけが、ここを攻撃できるの。竜種の眉間に剣を突き刺すこと。明らかに並大抵の剣士ではないわ。ここまで奥深く突き立てられるのだから」
リリアはそんな風に評価するけれど、俺はあのとき既に絶体絶命の窮地だったんだ。体力も魔力も尽きていたから、恐怖心を克服したのとは明らかに違っている。
「お姉さんも、これくらい奥深く突き立てられたい……」
「知らねぇぇっって!!」
隙あらばエロ成分を出す。本当にサブマスターなのかと疑うほどに。
「ほら、恐怖心に打ち勝って! 並大抵の剣士でないのなら、お姉さんの弱点を突くのよ!」
「黙ってろよな!?」
いや、ホントに付き合いきれねぇな。このサブマスターは……。
「君って臆病なのね? 立派なロング・ソードを持っていそうなのに」
「そこまで立派じゃないから安心しろ!」
本当に疲れる。何の話だったのか忘れてしまうほどに。
確か、リトルドラゴンの眉間に突き刺した一撃が信じられないといった話だったか。
「俺は剣術も嗜むんです。サブジョブといえば分かりますか?」
「そりゃ聞いたことはあるけど、ギルドの水晶じゃクレリックとしか表示されていないわ」
不思議だとリリア。聖職者である俺がどうやったらリトルドラゴンをソロ討伐できるのか少しも分からないようだ。
「まあいいよ。買い取ってくれたらそれでいいですから」
「この査定は明日の朝までかかるわ。悪いけど、明日また来てくれない?」
「それなら良い宿はありますか? 俺はエルスに初めて来たのです。汚くても狭くても構わない。安く泊まれるところならどこでも……」
治療院で働いていたけれど、自己鍛錬の時間を多く取ったため、週に三日しか働いていないのだ。
日々の生活は最低限としていたけれど、剣術を習うのにも装備を揃えるのにもお金が必要だった。よって俺の貯金は雀の涙である。
「なら、とっても良い宿があるわよ?」
「本当ですか!? 是非紹介してください!」
「焦らないの。冒険者にぴったりの宿。銅貨一枚で一泊二食付き……」
宿泊費以外に必要ないのなら俺の希望通り。銅貨一枚は明らかに破格だが、冒険者ギルドが勧める宿であれば問題もないだろう。
「今なら素敵なサブマスターが付いてくるの! 燃えたぎる夜を保証するわ!」
「てめぇの部屋かよ!?」
どうにも疲れてしまう。出会ってから今まで、ずっとリリアのペースであった。
「性職者なんだからガツガツいきましょうよ?」
「聖職者だっていってんだろ!?」
「最大の弱点、晒しちゃうんだから!」
「一人で晒しとけよな!?」
もう付き合いきれない。既に査定の依頼を済ませた俺は、じゃあなと声をかける。
早く宿を探さねばならない。加えて失われた装備品の買い換えが必要なのだ。
振り返りもせず去って行く俺にリリアが叫ぶ。
「カリエス君、大人の冒険しましょうよ!――――」
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