聖女じゃ駄目ですの
程なく大聖堂に到着し、わたくしは聖母神ディーテ像の前へと跪く。いつも通りに手を合わせて熱心に祈りを捧げていました。
「主よ、この世界をお救いください……」
悪役令嬢を自称するわたくしですが、祈りに関しては真面目そのものです。熱心に祈りを捧げていると、近付いてくる大司教様にも気付きませんでした。
祈りを終え、わたくしが顔を上げると、
「ヒナ様、これから礼拝集会があるのですが、是非ともヒナ様に一言お願いしたいのです」
聖堂に現れた大司教はそんな要求を口にします。わたくし自身が悪役令嬢を自称していることは彼も知っていたというのに。
「それは構いませんが、わたくしは悪役令嬢ですよ?」
「私こそ勉強不足で申し訳ございません。ヒナ様の著書でしか悪役令嬢を学んでおりませんが、きっと聡明なヒナ様に相応しいものなのでしょうな。信徒たちはヒナ様がディーテ様の御使だと口々に申しております」
その認識は間違っておりませんが、流石に嘆息するしかありませんね。日増しに評価が高まっていおります。悪役令嬢の認識については自分で蒔いた種かもしれないですけれど、それでも聖女とされてしまうなんて心外ですわ。
しばらくして大聖堂に信徒たちが集まり始めました。安請け合いをしたわたくしですが、これもディーテ様の使徒である務め。席が埋まるや、信徒たちを前に語り出しています。
「皆様、ヒナ・テオドールでございます。未熟なわたくしではございますけれど、ディーテ様を崇める心は皆様と同じ。大いなる神に我らは祈り続けましょう……」
何の中身もない話でしたが、万雷の拍手がわたくしへと送られています。
えっと、マズいですわね。これでは益々悪い方向へと進んでしまいそうです。
わたくしは簡単に予想できる未来を危惧していました。悪役令嬢として認められるため、ここは本日行った悪事を口にしていくしかありませんわ。
「わたくしは本日、配膳されたサラダを食べませんでした。農家の方たちが丹精込めて育ててくれたにもかかわらず……」
一転して聖堂がどよめく。思いもしなかったのか、誰もが困惑顔をしています。最近は不作でお野菜が手に入りにくくなっていると聞いていたのです。よって、聴衆様の反応は想定通りですの。
わたくしが聖女ではないと思い直したのか、聖堂内のざわつきが収まりません。
やりましたわ。遂にわたくしの悪事が認められた瞬間に違いありません。ここは更なる悪事を口にするべきでしょうね。
「わたくしはこっそりと中庭にサラダを撒いたのです。中庭には小動物が沢山おりますから……」
これ以上の悪事はないと思いますわ。好き嫌いをした挙げ句、中庭に捨てたのですから。
ところが、どうしてか拍手が返されていました。それはまるで予想していない反応です。
そんな折り、信徒様の一人が立ち上がって、わたくしに声をかけてくれます。
「天候不順が続き、動物たちも餓えていると聞きます! まだ成長期であられるというのに、自身の食料を動物に与えられるだなんて何と慈悲深いことだろう! ヒナ様こそが聖女に違いない!」
どこの誰かは知りませんけれど、止めていただけませんか? せっかく、わたくしの悪事が認められたというのに、脚色を加えて美談としてしまうなんて。
「み、みなさま! わたくしは聖堂前にいた孤児たちにお金ではなく、食べかけのお菓子しか与えなかったのですよ! ポーチには白金貨が何枚も入っていたというのに!」
精一杯に訴えましたけれど、それは無駄なことでした。わたくしが語る全ては聖女補正にて美化されて、わたくしは聖女として崇められるだけのよう。
「流石です! 孤児たちに大金を手渡したとして、悪党が暴行を加えた上に奪っていくのは歴然としております。しかし、開封された菓子であればその限りではない。悪党は金目のもの以外に興味がないのですからな!」
盛大な拍手が返されていました。何を言っても無駄。悪役令嬢を勘違いした人々に、わたくしの悪事が連想できるはずもありません。わたくしは明らかな極悪だというのに、信徒様たちは盲目的に崇めてしまうのでしょう。
「み、みなさま……?」
「うおお! 聖女様、我々に祝福を! ディーテ様の使徒である聖女様に我々は永遠の忠誠を誓います!」
どうしてか大喝采に沸き返る大聖堂。わたくしは魂が抜けたような顔をして信徒様たちを見ています。もう既にどうしようもないのだと。
鳴り止まない拍手の中、大聖堂をあとにしていく。肩を落とし、長い息を吐きながら……。
「ねぇエルサ、わたくしはどうして悪役令嬢として認められないのでしょうか?」
堪らず問いを投げました。彼女なら分かるはずと。聖女だなんて目指すところとは正反対であり、何が間違っているのかを、わたくしは知りたく思うのです。
「お嬢様、人は自分にないものに憧れを抱きます。隣の芝が青く見えるのと同じ。よってお嬢様が憧れる悪というものは、お嬢様と本質的に異なっているものです。だから漠然と望むだけでいいのではないでしょうか? お嬢様はアストラル世界の希望なのだと、これまで私はずっとそう考えていました」
それは違うと訂正しようと思うも、無駄な足掻きであるのは理解しております。エルサは未だかつて一度もわたくしを悪く言わないのですから。わたくしが考える悪事を肯定するのはエルサも民衆と同じであることでしょう。
とはいえ、流石に落胆してしまう。わたくしはエルサに聞こえないような小さな声で、愚痴を漏らしている。
聖女じゃ追放されないじゃないの――――と。
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