仇討ち
俺は失意に暮れていた。
あれほど邪魔に感じていた悪霊の消失。更には自身を騙そうとしたハーフエルフの死去。しかし、いざいなくなってみると、騒がしかったあの頃が懐かしくなってしまう。
『婿殿、あんな奴でもいないとなれば、寂しいものじゃな?』
イーサが声をかけてくる。喧嘩ばかりしていた二人であるが、千年以上も一緒にいたのだ。その言葉は俺を宥めるためじゃなく、恐らく彼女の本心だろう。
「まったくだ。今度は真っ当な人間に転生して欲しいな……」
邪神竜はあれから接触して来ない。恐らくはイーサの格を知り、近付いて来ないのだと思われる。
しばらくは俺たちに会話などない。しかし、俺はただ沈み込んでいたわけではなかった。
「なぁ、俺は仇を討ちたい」
思わぬ話であったかもしれないが、イーサは驚かなかった。
俺の感情は魂を共にするイーサにも流れ込んでいるのだ。この数日落ち込みはしたけれど、俺がちゃんと前を向いていることを分かっていたはず。
『それは妾の力を借りないという意味かの?』
「当たり前だ。俺はミアの主人なんだぞ? イーサの力で邪神竜を倒しても、ミアの弔いにはならない……」
俺は揺らぐことなくイーサを見ていた。自身の弱さを嘆くことをやめた俺は少しばかり強くなっているのかもしれない。
『ならば婿殿は戦いに明け暮れるしかないな。今のままでは間違いなく返り討ちに遭うじゃろう』
「どうすればいい? 今の俺では邪神竜を倒せない。でも俺は倒したいんだ!」
真っ直ぐに向けた眼差し。イーサは少しばかり視線を外している。
何度か顔を振ったあと、イーサはニヤリと口角を切り上げた。
『婿殿、やはり妾の目に狂いはなかったのじゃ。きっと駄肉のやつも同じ気持ちじゃろうな!』
なぜか破顔一笑のイーサ。俺は問いかけただけだ。彼女を満足させるような台詞を吐いた覚えはない。
『婿殿は魔王候補とネクロマンサーという稀有なジョブを二つも手に入れておる。できなくはないじゃろうな。まあ、少しばかり無理をする必要はあるじゃろうが……』
まずイーサは俺のサブジョブについて話をする。
ミアが消失した今も俺のサブジョブにあるネクロマンサーは健在であった。なくなるどころか、魂強度を奪ったおかげで使用できなかった基礎スキルが選択できるようになっている。
『妾が南大陸へとやって来た理由を知っておるかの?』
ここでイーサが聞く。北大陸にいたことは知っていたけれど、南大陸に来た理由は聞いたことがない。
「タイラーを追いかけて来たんじゃないのか?」
『タイラーに会ったのは南大陸に来てからじゃ。妾は別の目的があって南大陸へと渡ったのじゃよ』
そういえばイーサは少しも隙を見せないタイラーに対し、泉にて襲いかかったと話していた。北大陸から追ってきたのであれば、流石に少しくらいは隙を見つけられたはずで、彼女もそれなりの準備ができたことだろう。
「じゃあ、何の用があったんだよ?」
『若気の至りというのかの。妾はもっと力を得ようとしていたのじゃ。それは壮大な夢。全世界を同時に操る超高難度の術式を習得しようとしていたのじゃ……』
現時点でレベル2500に迫る終末級であったにもかかわらず、イーサは更なる力を求めていたらしい。またそれは彼女の夢でもあったという。
『世界中の男を同時にイカせたかった……』
「最低な夢だし!?」
確かに壮大だけどな。それ明確な悪夢だわ。同時に果てる姿など想像したくもねぇよ。
『手っ取り早く成長したくての。妾は南大陸にある魔層穴という大穴を目指しておったのじゃ。ちいっとばかしタイプの男を追いかけはしたがの……』
「そのちいっとは千年も続くんだけどな……」
イーサが語る魔層穴というものは聞いたことがなかった。前世から俺は南大陸にいたというのに。
「その魔層穴って何だ?」
『平たく言えばダンジョンだの。超大なダンジョンコアがあるらしい。幾らでも災難級の魔物が湧くようじゃ。恐らく駄肉の奴であれば知っておったかもしれん。割と強めの魔物を使役しておったじゃろ? 使い魔を厳選するために挑んだ可能性があるの』
ミアは南大陸の出身である。加えて千年前から存在しているのだ。ミアであれば知っていた可能性は高いように思う。
「マジか。でも今さら情報を聞き出せないじゃねぇか。お前は何も知らんのか?」
『南大陸の南部。千年前からダンジョン化した。それ以外にはなんも知らぬ』
南部といえば俺の故郷であるレクリゾン共和国も一応は南部になる。共和国は南東であったから、恐らく魔層穴は中部か西部にあるのだろう。
「怪しいのは火山地帯か……」
南大陸の山地は北側を東西に走るアル・デス山脈と中南部にそびえ立つオルカプス火山が有名だ。オルカプス火山は両大陸で一番標高が高く、活火山であったため人が寄りつかないエリアであった。
『ま、その辺りじゃろうな。妾は信頼のおける確かな文献を見たのじゃ。存在するのは間違いないじゃろうて』
「その文献はもう持っていないんだよな?」
『霊体となったからの。日記と同じようにどこかへ行ってしもうたはず。今は誰の手にあるのじゃろうな……』
イーサが失われて千年が過ぎている。いかがわしい日記と同じく、確かな文献とやらも既に誰かの手へと渡っているはずだ。
『妾の尻穴大辞典は……』
「それ信頼できんの!?」
信憑性が急激に低下していた。
尻穴大辞典という卑猥な書物に掲載されていた情報らしい。わざわざイーサは南大陸まで来てしまったようだが、俺は既に魔層穴というダンジョンがあるとは思えなくなっている。
『ダンジョンは穴からモリモリと魔物が出てくるじゃろう? 一緒じゃよ』
「一緒じゃねぇよ! なんでそんな本にダンジョンが載ってんだ!?」
意味が分からない。尻の穴についての大辞典にダンジョンが載っているなんて。
『魔物もウ○コも一緒じゃろ?』
「知るかよ!」
確かな文献が明確になるや、信憑性は消え失せている。しかし、何の情報もない現状は尻穴大辞典に頼るしかないのも事実だ。
「不本意だが、信頼してみるか……」
『うむ、尻穴は嘘をつかぬからな』
まるで同意できないが、俺はとりあえず南を目指すことに。
ところが、現在地から南側にはアル・デス山脈がそびえている。
陸路での通行は不可能。馬車を捨てるような真似もできず、お金はかかるけれど港町プルネアから船に乗るしかない。
嘆息しつつも、俺は頷いている。もう懐かしさすら覚える港町エルスへと海路にて戻ることに決めた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
慣れない馬車を操り、俺は北街道の終着地点プルネアに到着していた。
冒険者ギルドエルス支部の副マスターであるリリアさんの情報によると確か船賃は金貨10枚だった。加えて馬車は別途料金が必要となっていたけれど、旅路を急ぐ俺にとって出し惜しむお金ではなかった。
大枚を叩いた俺は僅か一日で山脈の南側にあるエルスへと到着している。加えて南大陸を半周した事実は上陸をして直ぐ実感することになった。
どうしてか知った顔が港にいたのだ。強烈な印象を残した彼女がなぜか眼前にいる。
「リリアさん!?」
「やあ、久しぶりだね……」
目の前にいる彼女は頭の中がピンク色で染まった冒険者ギルドの変態サブマスター。Aランク冒険者でもあるリリア・ステシールに他ならない。
「久しぶり、カリエス君!」
「クリエスですからね!?」
いきなりの挨拶であった。もう既に感慨深さもなくなっている。
「船で帰って来るなんて、ひょっとしてお金持ちになっちゃった?」
笑みを浮かべたリリアさんが聞く。旅立ちの時には金貨10枚が用意できなかった俺なのだ。船で戻ってきた理由を想像するのは容易だったはず。
「実は爵位を得まして……」
隠すことでもないし、俺は事実を告げる。公国と王国の爵位を得たことについて。
これには目を丸くするリリアさん。流石に一年も経たずして、爵位を得るなんて話は信じられなかったことだろう。
「ええ!? ホントに!?」
驚愕の事実にリリアさんは何度も顔を振る。俺に起きた変化を信じられないといった感じだ。
「クリエス君、爵位を得て帰ってくるなんて、驚いたし、とても困惑しているわ……」
流石のリリアさんも戸惑ったらしい。困惑顔をして俺を見ている。
「いきなりプロポーズだなんて困るわ……」
「俺がいつしたよ!?」
相変わらずのリリアさんに俺は嘆息している。板胸である彼女には何の魅力も感じないのだ。
「あの夜の責任を取るつもりなのね!!」
「俺は三日月亭に泊まったんだよ! 事実を歪曲するな!」
正直にあの日の判断は正しかったと思う。彼女の好意に甘えていたとすれば、今頃は言い逃れができない事態となっていたかもしれない。
「嘘おっしゃい! 執拗にお姉さんの弱点を突きまくったじゃないの!?」
「俺が突いたのはリトルドラゴンの弱点だからな!?」
「串刺しにされたあの夜の屈辱は忘れない……」
「妄想力逞しいなぁ」
本当に付き合いきれない。真実が少しも混じっていないのだ。起きながらにして夢を見る彼女の妄想に付き合う必要はないだろう。
「それで港で何をしていたのですか?」
ここで話題を変える。妙な話を引っ張ったとして俺に利益などないのだと。
対するリリアさんは頷きを返す。彼女も訳あって港にいたのだという。
「北側に邪竜が発生したでしょ? それで移民が多くてさ、その中に犯罪者がいないかチェックしてんのよ」
ナーガラージの影響はエルスにも及んでいた。数多の移民が流れ込み、冒険者ギルドは指名手配犯が紛れていないかをチェックしているらしい。
「サブマスターが直々にですか? 何かやらかしたんですかね? 若い冒険者を何人も美味しく食べてしまったとか?」
冗談ではあったけれど、リリアさんならばあり得る話だ。胸の大きさにこだわりさえなければ、彼女は強く美しい女性であるのだから。
しかしながら、俺の話にリリアさんは頬を膨らませた。どうやら一応は節度をわきまえているらしく、若い冒険者に手を出していない感じだ。
「失礼しちゃうわ。ほんの少しよ……」
「そこは否定しろよ!!」
ちょっとした冗談のつもりが、シャレにならない返答があった。
俺は港街エルスの行く末を明確に見ている。このような変態サブマスターがいたのでは、エルスの安寧など考えられなかった。
「それでリリアさんは魔層穴って知ってますか?」
ここで俺は情報収集を始める。ギルドのサブマスターであれば、何かしらの情報を持っているかもしれないと。
「ああ、エムホールのこと? それなら知ってるけど」
「何です? それ……」
どう考えても違う何かだ。イーサでさえ小首を傾げているそれが魔層穴であるはずもない。
「マゾの穴でしょ?」
「魔層穴だからな!?」
やはり彼女はピンク脳であった。エルス支部のサブマスターは確かな文献にあるダンジョンをエムホールと呼んでいるらしい。
「エムホールだったらオルカプス火山のことね。千年前から火口がダンジョンになっているのだけど、魔物は強いし活火山だから挑む冒険者などいないわ。秘宝ともいうべきダンジョンコアがあるという噂よね」
この変態は意外と情報を持っているみたいだ。驚くべきことに確かな文献は割と的を射ている感じ。強大なダンジョンコアがあるという話はどうしてか一致している。
「他に知っていることは?」
「んー、他には何もないかなぁ。それよりも、お姉さんは急にキノコ鍋が食べたくなったわ。君が山の話なんかするからさ。お姉さん、カリエス君に生えたキノコ狩りしたいなぁ」
「ちっとは自重しろよな!?」
長居すると危険である。隙あらば俺を狙ってくるリリアさんとは距離を置くべきだ。女難のランクは低下していたけれど、今も彼女は当時と何も変わっていない。
「とりあえず俺はもう行きます。犯罪者の取り締まり、しっかりしてくださいね?」
言って俺は馬車を走らせる。まだ馬の扱いには慣れていなかったけれど、これ以上リリアさんに付き合う筋合いはないのだと。
買い出しはプルネアで済ませていた俺はリリアさんの叫び声を聞きながら、エルスを発つのだった。
「キノコ狩りしたいなぁぁっ!!――――」
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