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蜜柑の対策  作者: 榛原朔
蜜柑の対策7 幻世に根差す神咒

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18-生誕せよ、生命の樹

蜜柑が息を粗くしながらも、なんとか暴走を堪えている中。

眷属たちの軍勢を引き連れたエンは、自ら先頭に立って樹界に攻め入っていく。


彼はタイレンの魔人"死者への冒涜(ヤマラージャ)"であり、蜜柑の眷属の"死地に光る覚者(ウリエル)"。

この星でも数少ない、神秘としての名前を2つ持つ者。


圧倒的な心の強さを持つ彼は、地獄の王として同じく神秘である強者達を支配し、臆せず樹界に飛び込んだ。


「なーっはっはっは!! 者共、かかれェ!!

かつての主、何するものぞ!! 星に刻まれた意志は我が下に!! 罪人らしく世界に贖え!!」


樹界に飛び込んでいったエンには、当然無数の樹木が差し向けられる。先端には追加でいくつかの能力が付与されており、やはり少しでも掠れば無力化されかねない。


率いられる死者たちはどうなるかわからないが、少なくとも生きている彼には絶大な効果を及ぼすことだろう。


無傷で防ぐでもそもそも避けるでもいいが、とにかくまともに一撃をもらったら終わりだ。地獄の支配者であり、大地。

その具現であり、それらそのものでもある強大なる神秘は、自身に殺到してくる必殺の木を……


"ラアル・デスサイズ"


背中に生やした、純白の翼が黒く変色したかのような毒の鎌で以て切り裂いていく。鎌は後から作り出したものなので、場所さえ空いていれば際限なく生み出せる。


押し寄せてくる樹木も数十、数百と物凄い物量ではあるが、同時に攻撃できるわけではないので防ぐことは可能だ。

おまけに鎌は毒なので、切られたそばから溶けていた。


「ギャハハハハ!! 危ねぇ危ねぇ!! 無神論、愚鈍、拒絶、貪欲、物質主義。俺様に何を与えようってんだ、あぁん!?」


錫杖も持っているはずなのに、エンは背中に生えた鎌のみで樹木を蹂躙していく。時にどっしりと待ち構え、時に回転しながら薙ぎ払い、思うがままに振る舞っていた。


「おうおう、どうしたどうした!? 死んで鈍ったか!?

お前らもさっさと暴れやがれ!!」


難なく樹界の奥に潜り込んだエンは、錫杖をガシガシと打ち付けながらまだ入口辺りにいる死者達に発破をかける。

彼らは強大な神秘ではあるが、死者。


意志も弱まっているのか、そもそも生前のような力は発揮できないのか、中々樹木の嵐を突破できずにいた。

しかし、それも地獄の王が声をかける前までの話だ。


樹界を攻略できない現状に対して、生前のように暴れていないことに対して指摘されてしまえば、もうそうはいかない。

エンの認識通りに、彼らという星の神秘の記録通りに、死者達は暴れ始める。


"バニッシュメント・デスフレア"


"失楽園"


"ケムダー"


"メタトロニオス"


直後、樹界に降り注ぐのは、この星の終わりと言われても納得できる規模の神秘の奔流だ。空に浮かんだ太陽は、投げたボールが砂山を崩すように軽々と焼き尽くし、黒い波動は、熱風がアイスを溶かすようにスッと消していく。


絶世の美女の手中には樹界が次々と吸い込まれていき、神の代理人が掲げる美麗な剣からは炎の柱が迸り、鎖の紋様を刻んだ樹木との契約で操っている。


その他の面々も、既に死んでいることを利用してけがの反射をさせまくっていたり神秘の操作を揺るがしたりして、続々と樹界の奥に侵入していた。


だが、ここにいるのはエンとその軍勢だけではない。

タルト達はドルチェが起きるまで動けず、ベルゼビュート達も別枠で戦っているが、もう1人。

この樹界の中に巻き込まれている神秘がいた。


その人物とは、信仰対象がこの世から消えてしまったことで、心神喪失状態になっていた狂信者。

生命の樹を模した世界から解放された後、ただ呆然と地上に落下していたセフィロト側の神秘。


昇天したユウリとは真逆で、自分というものを見失っていた元聖人――ジエンだ。


「ユスティー、様ァァァ!!」


ドス黒いオーラを迸らせているジエンは、まだ一言も発していないのにユスティーの存在を感じ取ったらしい。

圧倒的な樹木を自身の力と公平に分けながら、均等にな開くような瞳に、狂気的な光を宿して飛んでくる。


錯乱したように剣をただ振り回しているだけの彼は、もはや騎士とはかけ離れた姿だ。


ユスティーがいないのならば、何もかもがどうでもいい。

彼女が忠誠を誓った蜜柑も、大切にしていた維持を否定した救済も、気にかけていた家族も何もかも。


忠誠という決意――正の感情を失い、自らの神が愛していたものすら拒絶する負の感情に支配された彼は、もはや聖人ではなく。


世界はそれを、何かを救う祝福すべきものではなく、害悪となった呪いを振りまくものだと認定する。

彼は聖人から堕天し、魔人に。

その身に宿る神秘も、祝福から転じて呪いに。


"公平に滅亡を(ザドキエル)"-ジエンは、均等に花開いた瞳から禍々しい光を溢しながら、ユスティーと会うためだけに現れた。


「なーっはっはっは!! 何だ、お前動けたのか!?

動けんなら、最初からぼんやり膝ついてんじゃねぇよ!!」

「やはり神は死なない!! 世界は貴女を愛しているのです!!

神像を造りましょう!! 世界中に!! ユスティー様!!」


突然現れたジエンに笑いかけるエンだったが、完全に狂って魔人と成った彼にはほとんど話が通じない。

ちゃんと向かい合っているし、目も真っ直ぐ見ているはずなのに、まともな返事になっていなかった。


そのあまりにも常軌を逸した言動に、流石のエンも困惑を隠せずドン引きしたように口を開く。


「あぁん……? 何だよ、テメェ遂に話が通じなくなったな。

まぁいい。お前の神が言ってるぜ、クリフォトを殺せと」

「あぁ、あぁっ……!! 貴女様の仰せのままに!!

神の代弁者に従い、私は一方的な暴力を否定します!!」


まったく話が通じないジエンだったが、ユスティー、彼の神という共通言語を使いさえすれば意思疎通は可能だ。


地獄の王としてユスティーの死霊を従属させているエンを、彼女の代弁者と認識しているらしく、驚くほど素直に命令に従って能力を発動する。


"女神の天秤"


たとえ聖人から魔人に、祝福から呪いに変わったとしても、その本質が変わることはない。

公平に人々を救いたいと願っていたユスティーと同じように、彼は公平に物事の格差を均す。


目の前に樹木で天秤を作り出すと、周囲にいる者たちの力を均等になるように吸収し、全員を同格にしてしまった。

クリフォトは圧倒的な物量でかなり暴れ回っていたが、公平にされたことで威力がかなり落ちている。


ウィステリアなどの死者はエンの力で一時的に復活しているだけなので、このカウントには含まれない。

取られるとしたらエンの力になるため、クリフォトだけが弱体化していて形勢逆転だ。


周囲を完全に覆っていた樹界は、カルラやアイシャなどの霊を倒しながらも、少しずつ規模を縮小させていく。


「カカッ、ただ死者を隷属させてるだけのはずが、いつの間にか神の代弁者か!! 気分がいいぜェ!!」

「ユスティー様、私は敵を倒すきっかけを作りました!!

トドメは貴女が!! 世界に称賛される神になりましょう!!」


エン、ジエンも加わって暴れ回る中、クリフォトはかつての眷属を含めた死者を次々に屠っていく。


世界を飲み込むセファールを内部から引き裂き、神秘をかき消すシャイターンの力を不安定にして貫き、天災の如き火力で焼いてくるウィステリアを貪欲に飲み込み。


最終的に、空から契約を振りまくユスティーの力を、取引で少しずつ上書きして物量で押し潰した。


「ユスティー、さま……?」


彼女が再びこの世界からいなくなったことで、ジエンも再び心神喪失状態になる。彼はユスティーに対する信仰しか持ち合わせていないのだから、当然だ。天秤は壊れ、均等になるよう吸収されていた力は元の場所に戻っていく。


既に十分すぎるほど樹界は破壊されていたが、クリフォトは奪われていた力を取り戻し、勢いを盛り返していた。

もちろんエンは抗うものの、ジエンは抜け殻のように地面に突っ伏している。


1人では手が足りず、邪悪の樹は緩やかに、だが確かな速度で再生していき、周囲は再び樹界に戻って……


"生誕せよ、生命の樹(セフィロト)"


環境が上書きされる直前に、世界には輝かしい聖なる樹木の息吹があがり、生命の脈動を響かせた。

弱っていながらも、禍々しくのたうち回るヘビのような樹界を押し退け、雄大な神樹は世界を書き換えてしまう。


天には純白の翼を羽ばたかせる、白無地ワンピースを着たのいかにもな精霊が。


精霊の神秘的なオーラをやや黒く染めていきながら、白い翼を氷炎で輝かせ、金銀の光輪を背後に浮かべている。


頭の上には花開くような木の王冠、足元から吹き上げる暴風は彼女の髪をかき上げ、すべてを見通すのような瞳の先で、世界をひび割れさせていく。


木々と岩石によって創られた足場に立ち、周囲には幻想的な旋律を可視化させる姿は、まさに神。誰であれ公平に蹂躙し、あらゆる契約を支配し得る絶対的な存在だった。


"呪神-セフィロト"


「なっはっは!! 自然の神秘が共鳴したのは獣の生存本能。

人がそれに張り合うなら意志の力が強くねぇとなァ。

ちゃんと仇を取って、あいつらがいた世界を守るってんなら、自分の感情を押し殺してんじゃねぇぞ、蜜柑!!」


クリフォトに叩き落とされたエンは、樹の上に寝っ転がった状態で空にいる蜜柑を見上げる。

彼の言葉を聞くと、蜜柑という、"友を護る神秘の樹(セフィロト)"という方向性を持った神は対極の神秘に襲いかかっていった。




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