17-眷属たちの宴
「スハァー……む、囲まれたな」
蜜柑が突然生み出された森を空から見下ろしている中。
ずっと地上にいて、為すすべなく森に飲み込まれてしまっていたグプトは、呑気に煙草を吸いながらつぶやく。
周囲にいるのは、まだ足を失ったままで倒れているドルチェと彼女を看病するタルト、ただ立っているディアボロスだ。
ドルチェは意識を失っているし、ディアボロスは興味なさげにぼんやりと木を避けており、かなり気の抜ける言動をしている彼に反応するのはタルトだけ。
ガーベラの元へ向かうことを妨害され続け、結局ドルチェの足を治せなかったため、かなり苛立たしげである。
自称姉をおぶって避けながら、普段よりもかなり毒舌に言い放っていた。
「だから言った。速く逃げないとあぶないって。
あんたがもっとねばってたらユスティーも生きてたかもだし、本当に役に立たない。何でここに来たの?」
「そりゃ強制されたからだ。スハァー……俺は最初から戦闘に向いてねぇって言ってただろうが。あれでも頑張った方だ。
殺されそうになるギリギリまで時間は稼いだからな」
とはいえ、セフィラ最年長で情報屋としても苦労してきた彼が気にすることはない。軽々と迫りくる木々を避けながら、立ち昇る煙草の煙を眺めている。
「ひとまず、今できるのは逃げることだ。
小娘が起きれば、まだやれることはあるがな」
「……なにするの?」
「クリフォトを撃つ。居場所はわかるか?」
タルトはずば抜けた観察力を元にした、未来予知じみた危機察知能力を駆使することで、軽々と避け続ける。
グプトも対象を見ることで情報を引き出し、どこを狙われているのか知った上で避けるので、ぼんやり会話をしながらも枝が掠る予感すらない。
ディアボロスを含め、全員が何かしらの事情で心ここにあらず状態で樹界を舞っていた。元々敵同士だった組み合わせに気の抜けた動き、それに反した真面目な会話。
この場のすべてがどうしょうもなくシュールだ。
「あたしの力は、き機察知と千里がん。し線を飛ばして観察し続けるだけの力だから、まずは見つけないといけない。
だけど、木の中にうまってる人は無理」
「一度知れば追えるか?」
「かべに入るとし界から消える。見つけ直さないとだめ」
「じゃあ、小娘が起きたら俺が位置情報を教えよう。
スハァー……3人で致命的な隙を生むぞ」
「りょーかい」
両足を吹き飛ばされたドルチェはまだ起きない。
どこかでベルゼビュートが暴れているらしき音が鳴っている中、彼らはぼんやりと作業的に攻撃を避け続けていく。
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まだ空にいた蜜柑達の眼下に広がっているのは、複数のヘビが絡まりながらのたうち回っているような光景だ。
もちろん、そのヘビは一本一本が人の腕では囲えないくらいに大きい樹木である。隙間は大きいが、どう考えてもその中はクリフォトの体内と言っても過言ではない。
仲間達を飲み込む形で現れたそれに、蜜柑達は難しい表情で上空を飛びながら相談を始めた。
『むぅ……これは、また乗り込むしかないのかな?』
「ハッハァ!! どうやらあの男は、相当臆病な性格をらしいなぁ!? 常に自分の領域内じゃねぇと戦わねぇとはよぉ!!」
『言ってくれますね』
挑発するように叫ぶエンの声に反応するのは、当然この森を生み出した張本人であるクリフォトだ。
彼はうねる樹木の中の1つから現れると、ひび割れた頭から血を流しながら落ち着いた声で言葉を紡ぐ。
その声と姿を確認したエンは、錫杖の周りに浮くような形で岩を纏わせ、振り回しながら飛びかかっていく。
「んっん〜♪ 出たなぁ、臆病者!!
安全な体内に引っ込んでねぇで、外で戦おうや」
『はぁ……かなりの戦力差があるのですから、全力でやるに決まっているでしょう? バカを言わないでください。
私は1人で殲滅しないといけないのですよ』
浮いている岩ごと叩きつけるように殴ると、どこにそんな切れ味があるのか、錫杖はクリフォトがいた辺りの木をスパッと切ってしまう。
しかし、その時には既にクリフォトはおらず、場違いに落ち着く低音はどこかの木から響くように聞こえていた。
樹界の中からは、枝を折る音や剣が打ち鳴らされる音。
おそらくは音の出どころであるベルゼビュートとフュイールが騒いでいるような声が聞こえる。
タルト達の声は聞こえないが、敵の体内にいるも同義なのだから、やはり楽観視できる状況ではない。
不利を覚悟で樹界に突入するか、どうにかして破壊するか。
どちらにしても、中の様子がはっきりわからない以上余裕はなかった。
『エンのお陰で出てきたけど、エンのせいですぐに引っ込んじゃった。なんとも言えない複雑な気分』
「なーっはっはっは!! あの樹木は俺様に恐れをなしたってことよ!! お前も崇め讃えてくれていいぜ!?」
『どうやったら殺せるんだろう? 本体を狙えば守りに出てくるかな? でも、城塞は変わらずあるし……』
「燃やせばいいだろ。お前は強力な炎を出せるんだからよ」
逃がしたのにハイテンションなエンだったが、蜜柑は完全に無視して静かに殺意を燃やす。
2人のように、わかりやすく狂って暴走してはいないものの、静かな分余計に恐ろしいくらいだ。
彼としても同じ感覚を受けたのか、極寒の水を差されたようにスンッと大人しくなると、妥当な案を出し始めた。
だが、それが実現できるかどうかは別である。
ちゃんと会話ができるようになったことで、返事はしてもらえるようになったが、残念ながら首は横に振られてしまう。
『私はウィルじゃないから、さっきみたいな世界を燃やす程の火力は出せないよ。あくまでも、果実によって眷属が得た力の一部借りてるようなものだから』
「俺様の力は大地。それから、元からある死……
んっん〜♪ 仕方ねぇから暴れてやるぜ!! ガハハ!!」
『全然仕方ないって感じがしないんだけど』
眷属自身でないと、本来の力は発揮できない。
それを聞いたエンは、自分も眷属であるため、すぐに持っている2つの力をつぶやいて悪ガキのようにニヤリと笑った。
表情からも口調からも、何かしでかそうとしていることや、心の底から楽しんでいることがありありと伝わってくる。
本体の木があるマンダリンではかなり振り回されていたので、彼を見る蜜柑が浮かべているのはうんざりした表情だ。
「なーっはっはっは!! 俺様はお前らの強さを知ってるぜ!?
俺様のように、強い眷属を生み出して丸投げすること!!
ありがてぇことだが、お前ら自身は借り物ばかりの雑魚!!」
『は? なんでいきなりディスられたの?』
『……』
錫杖をカチャカチャと鳴らすエンは、樹界全体に轟くような大声でいきなり大樹の精霊2人をディスった。
うんざりした表情をしていた蜜柑はあ然とし、ひっそりと顔を出していたクリフォトは不快そうな顔をしている。
「おい、俺様を守れ蜜柑!!」
『はい……? って、え……またこのパターン!?』
叫ぶエンに胡乱げな視線を向ける蜜柑だったが、すぐに彼が何をしようとしているかに思い当たったらしい。
あまりにも似ている展開で、既視感があるにも程がある。
彼が行っていたのは挑発であり、樹木の中から顔を覗かせたクリフォトが繰り出すのは殺意のこもった一撃だ。
いくつかの神秘が込められた樹木の雨が、土砂降りのように彼女達に降り注いでいく。
"インストール・アスタロト"
"インストール・アスモデウス"
木に込められているのは、ディアボロスの人格を崩壊させる力と、サラの軽く掠っただけでも残酷な傷を与えるの力だ。
掠っただけでも影響が出る概念的な力なので、仮に直撃したらそれだけで致命傷になりかねない。
蜜柑もマンダリンの時より早く気がつくと、青ざめた顔で木々に対抗し始めた。
"インストール・ラファエル"
"インストール・カマエル"
彼女が使ったのは、アオイの風の力とユウリの破壊の力。
片目に強い歪みを渦巻かせ、反対の目をボロボロにひび割れさせながら使う力は、代償付きで最大威力だ。
片目は引き裂け、反対の目は砕け散らせたことで、どうにか破壊の粒子で膜のようなシールドを作り、それでも防げない範囲は風で受け流していく。
"幻奏のシンフォニー-未完成"
その上、この場には幻想的な歌声も響いていた。
木々が荒れ狂う音で聞こえにくくはなっているが、たしかに響く歌声は危ない木々を未完成としてなかったことに。
蜜柑達を守っている。
とはいえ、それに彼女達が気がつくことはなく。
守られている間に準備を終えたエンが、その歌声をかき消すかのような怒鳴り声を轟かせた。
「ハッハァ、上出来だ!! んじゃあ、出てこい眷属共!!」
"ヤマ・ピトリローカ"
いつの間にか、彼女達の周囲には怪しげな光のサークルと、木々に潰された心ばかりの岩壁が作り出されている。
ここはヤマ・ピトリローカ。地獄道・エンが支配する地獄の具現化、その中でも祖霊達が審判の時を待つ世界だ。
つまり、彼の能力下にあるこの場には死者がいる。
ご機嫌で錫杖を打ち鳴らすエンの眼下には、つい先程ここで死んだ者達の姿があった。
『あなたね……!! ウィル達を従属させるつもり!?』
「なーっはっはっは!! そりゃあそうだろ!!
ここは祖霊の世界、死後の審判の時間だぜ!?」
"閻魔の審判"
主である蜜柑すらも抗議する中、エンは構わず錫杖を足元に打ち付け、審判を開始する。
対象はシャイターンやセファールだけでなく、蜜柑が抗議した通りウィステリアも含まれていた。
「クリファの奴らは問うまでもない!! 神殺しはともかく、世界を滅ぼそうとしたのだから有罪だ!!」
"ヤマキターブ"
彼が宣言すると、いつの間にか手にあった本から黒いモヤが飛び、彼らの首に黒光りする首輪として巻き付いた。
朧気だった姿もはっきりとし始め、契約は成立する。
とっくに死んでいるクリフォトの眷属たち――シャイターン、セファール、リデーレ、サラ、アイシャ、ライラは先程までと変わらない姿で地獄の支配者に跪く。
「続いて、俺様の同族達よ!! 当然、お前らは悪だと思っている訳では無いが……力を貸してもらうぞ!! 最後まで蜜柑を助けられなかった罪で、有罪とする!!」
優しい表情で罪を受け入れたセフィラの面々は、慈愛に満ちた表情で蜜柑に微笑みかけてからエンに跪く。
彼らの首にも、もちろん本から伸びたモヤでできた首輪が。
死者を冒涜するように、蜜柑とクリフォトどちらもの怒りを逆撫でするように、地獄の王は死者の軍勢を引き連れて指揮を取っていた。
大切な人達を死してなお奴隷のようにされた蜜柑は、今にも殺しかねないような形相で睨んでいる。
「エン、フィールドッ……!!」
「カカッ、今のお前には正しい感情が必要だぜ?
ちゃんと悲しみ、乗り越える!! それが人の死ってもんだ!!
目を逸らしたって良いことなんざこれっぽっちもねぇよ!!
そして何より、力の方向とズレてちゃ本気出ねぇだろ!?
全力出せるようになるまで、家族が冒涜されんの見てな!!」
錫杖を掲げる地獄の王は、明らかにキレて殺意を持っている主に吐き捨て、戦いに臨む。同じく殺意を放つ樹界の中へ、邪悪の権化たる精霊の体内へ。
これより始まるのは、死と眷属たちの宴。
始まりの世界の中で、自らの世界を終わらせる舞闘だ。




