15-神業ピエロ
嵐の外周部が破壊されながら引き離されていく中。
さっきまでは中心へと近づこうとしていた蜜柑は、アオイをユウリに任せたことでUターンして敵と向き合う。
クリフォトが創り出していた、自身の能力である生命の樹を型どった世界はウィステリアによって破壊された。
お互いに多くいた眷属も、その過程の戦闘で多くが脱落している。もはや残りはわずかだ。
嵐から引き剥がされても吹き荒れる吹雪から顔を庇いながら、氷樹と邪悪の樹以外は何も無い荒野を見渡す。
セフィロトである蜜柑を筆頭に、セフィラの生き残り……中でも離脱していない者は、ドルチェ、タルト、エン。
離脱した者、実質生きていない者も含めれば、暴走しているアオイとユウリ、氷樹と化したガーベラ、心神喪失のジエンも含まれるが……戦える状態にあるのはこの4人だけだった。
対して、彼女達の敵であるクリフォト側の戦力は、死者を除いた全員である。主のクリフォトを筆頭に、ディアボロス、ベルゼビュート、フュイール。
お互いに4人ずつで、戦力差はない。完全に拮抗していた。
とはいえ、これ以降もう死ぬ以外でお互いの戦力に変化がないとも言い切れないだろう。飛んでいたエンと合流した蜜柑は、クリフォトの元に集まる敵の中にいる者を射抜く。
『ベルゼビュート、ディアボロス。アオイから話は聞いてるよ。あなた達はまだそっち側? ここで私達の側につかないなら、普通にクリフォトごと殺すことになるけど』
彼女が呼びかけたのは、ベルゼビュートとディアボロス。
特に、アオイに裏切りを示唆してきたというベルゼビュートに対してである。
この、最終局面での裏切り。あまりにも驚愕すべきことで、隣で羽ばたくエンや、ガーベラとの合流を妨害されて足が治せなかったドルチェを守るタルトなどは目を見開いていた。
しかし、当のクリフォト側の面々はほぼ無反応だ。
クリフォトは諦めたように瞑目しており、ベルゼビュートはピエロらしい笑顔。ディアボロスに反応など期待できないし、フュイールは無関係だとばかりに興味なさげである。
ここまで無反応になると、彼らは本当に裏切るのか、彼らが裏切ってクリフォトの不利になるのか疑わしい。
そう思ってしまうほど、セフィラの方がよっぽどいい反応を示していた。
「そうやねぇ。戦力差は同ずだが、好意的さ見でそごさはまだユウリやガーベラ、アオイもいる。
そいでなってん、ここまで拮抗しちょっじゃっで裏切れば、確実に生き残ぃがなっじゃろうねぇ」
そんな反応を受けても、蜜柑はアオイの言葉を信じてじっと見つめ続ける。すると、胡散臭くも爽やかで派手なピエロは、やがて何歩か前に出てきて笑いかけてきた。
フュイールと同じく、いよいよ裏切りの話が始まって危険になってきてもディアボロスはまったくの無反応だ。
とはいえ、下手したらクリフォトに消されるような話題だからか、ベルゼビュートは彼も手動で前に出す。
その顔に張り付いているのは笑顔だが、左右で色の違う派手な瞳は油断なく主を警戒している。
『わかりにくかったけど、裏切った方が生き残れるってことでいい? もう時間はないから、決断は早くしてね』
「あはは、わかってるよ。俺達は裏切る。それでいいよ。
君もこっちにつくんだディアボロス。
万が一の時は俺の言う事を聞く約束だろ?」
急かされたベルゼビュートは、慎重ながらも迷うことなく裏切りを決める。口調もごちゃ混ぜの方言ではない。
ディアボロスを笑わせる必要がないため、真面目に言い聞かせるような口調になっていた。
「……別にワタシに意見はない。好きにするといい」
「ということで、悪いなぁクリフォト様。
俺達はセフィロト側につくぜ。確実に生き残るために」
もちろん、主体性のないディアボロスが断ることはない。
すぐに了承した彼を蜜柑達がいる側に押しやりながら、ベルゼビュートはクリフォトに言葉ばかりの謝罪を述べる。
『別に構いませんよ、ベルゼビュートさん。
君とはディアボロスさんを除けば最も長い付き合いだ。
こうなることは予想できていたし、尊重したいと思います。
2人で生き残れるかは君の頑張り次第ですが、少なくとも戦いが始まるまでは手を出しません』
「最後まで悪いね。……これでも、貴方にはとても感謝しているんだ。身勝手ながら、それだけは言っておくよ」
『えぇ、君達の未来に幸がありますように』
涼しい顔で裏切りを容認すると言ってのけるクリフォトに、ベルゼビュートも軽い調子で言葉を返す。
宣言した通り、クリフォトは蜜柑と激突する前に攻撃したりはしない。
蜜柑の前まで飛んでいくピエロを、黙って見上げていた。
これで、クリフォト側の戦力は残りフュイールのみだ。
たった1人になると、流石の彼も困惑したように主に問いかけていく。
「なぁ、あの人達行かせちゃっていいのか?」
『えぇ、構いませんよ。あなたも生き残りたければどうぞ。
私は命に頓着しないので、好きにしてください。
そう在れと願われたから滅ぼすだけの私にも、討たれるべきものであるとの自覚はありますからね』
「俺は誰にも何にも影響は受けねぇ。流れであんたの側についてんだから、今更変わんねーよ。おばさんも死んだしな」
『そうですか。では、私という出来損ないの終末装置の死に様を、せいぜいしっかりと焼き付けてもらいましょうかね』
2人の眷属がセフィロトに下る中、裏切られた側であるはずのクリフォト達は、実に穏やかなやり取りで時間を潰す。
それは、レイスが見出してエリスが育てた終末装置。
かつてそう在れと願われた種が、邪悪に成長した大樹。
欠片も悪意のない悪意は、世界を滅ぼすという機能を備えているだけの純粋な大自然は、開戦の時をただ待っていた。
クリフォト達がぼんやりと待っている中。
彼らとは対照的に緊迫した雰囲気でいる蜜柑は、ゲラゲラと笑うエンの隣でベルゼビュート達を迎えていた。
「なーっはっはっは!! 何だこの気が抜けるような展開は!?
いよいよボスを殺すぜって時に引き抜きたぁやってくれる!!
ほんと、面白ぇやつだよなぁ蜜柑は!!」
『ちょっと、気は抜かないでよ!
クリフォトキレてたらどうすんの!?』
アオイから聞いていた通り、ベルゼビュート達を裏切らせることには成功した。とはいえ、結局クリフォトが自分と同じように眷属の力を持っていることに変わりはないのだ。
ここに来て裏切りに合った彼がキレていることを危惧して、蜜柑は気が気ではないようである。
ウィステリア、ガーベラ、アオイと続いた悲劇を頭の片隅に追いやるように、彼女は大げさな反応を示していた。
しかし、たった今彼の近くから逃げてきたディアボロスは、やはりあまり気にしていない。
不慣れな者の接近にも警戒して身構える蜜柑に対して、淡々とした言葉を投げかける。
「あの方はワタシも還元しているんだぞ?
目的はあるが、別にそれにも生死にも頓着していない」
『そ、そうなんですか……』
「ということで、こちらが仕掛けるまでは安心さ。
そんなお知らせをするのはこのワタシ!
神出鬼没の神業ピ〜エロ!! お久しぶりやなぁ」
『あぁ、エリュシオンで会った神業ピエロさん……
エリュシオンで会った神業ピエロさん!?』
ベルゼビュートの言葉をすんなり受け取ったかに見えた蜜柑だったが、その直後、目を限界まで見開いて驚く。
どうやら、初めてまともに言葉を交わした時のことは忘れていたらしい。
オウム返しに繰り返した後、さらに声を大きくして繰り返す彼女に、ベルゼビュートは愉快そうに笑いかける。
「なんやなんや、気づいてへんかったのかいな。
こ〜んな濃いキャラ、そうそう他にはいねえべ」
『あや、あの国では現人神やシャイターンにも会ったから』
「かーっ、濃い奴らばっかやな。そらしゃあないわ。
まぁとりあえず……世話になるぜ、セフィロト」
『うん、こちらこそ』
口調を改めて挨拶をしてくるベルゼビュートに、蜜柑も既にちゃんと話したこともあったので普通に返す。
エンがうずうずしていることもあって、次の言葉は早速この後の戦いについてだ。
「早速だが、戦うのは俺だけな。ディアボロスには下にいる奴らのとこで待っててもらう。どこいても危険だけどさ」
『そうなの?』
「これが最後だぞ? 君もあの人も全力出すだろ。
樹はここら一帯を支配する。逃げ場はない」
『なるほど……』
「だから、できれば下にいるグプトに情報を隠蔽してほしいところだけどー……あのおっさん、まだやれるんかいな?」
『はい!? グプトさん生きてるの!?』
より長生きでクリフォトのことも知っている相手の話なこともあって、真面目に聞いていた蜜柑は、いきなり予想外の名を話題に挙げられて声を上げる。
ここで仲間の名前を出されるのは、共闘関係にあるのだからおかしいことではないたろう。
だが、名前を出されたのはグプトなのだ。
直接現場を見ている訳ではないが、彼は状況や生命の樹から出てきた者の中にいなかったことから、既に亡くなっていると思われていたので、驚くのも無理はない。
彼女は空を飛んでいるのに驚いて飛び上がり、急いで地上を見回してグプトを見つけたことで、さらに飛び上がった。
『ほんとだ、生きてる!! よ、よかったぁ……』
「うん。ということで、下にいる3人とディアボロスは待機。
やるとしてもサポートだよ。どうせ彼に戦闘はできないし」
『わかった、問題ないよ。
彼とは私自身が決着を付けないといけないからね』
話し合いが終わると、ディアボロスは言われるがままに下へ降りていった。彼の役割は連絡係。
安全な場所はないことだけ伝えたら、その後は味方を巻き込まないよう能力を使わず守られるだけだ。
その様子を見届けた蜜柑は、左右に近接の陽動役を引き連れてクリフォトの前へと羽ばたいていく。
『お待たせ、じゃあ決着をつけようか』
『いいでしょう。私はセフィロトを打ち倒し、終末装置としての機能を果たすとします』
生命の樹と邪悪の樹の精霊は、既に死滅した土地の空で遂に対峙する。吹き荒ぶは氷樹から生まれる吹雪。ぶつかり合うは無数の世界の意志。両者の間で天は裂け、宇宙からの瞳が彼らを見下ろしていた。




