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蜜柑の対策  作者: 榛原朔
蜜柑の対策7 幻世に根差す神咒

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13-風の修復

第五世界――峻厳のゲブラー。

ここは周囲の壁が木ではなく体内のような、内臓の中にいるかのような肉壁になっている醜悪な世界だった。


それもただの肉ではなく、気持ちの悪い血管が多く浮き出ており、常にドクンドクンと脈動までしている。

生々しく悍ましい、自然と目を逸らしてしまいたくなるような、これ以上ないくらいグロテスクな場所だ。


ここはセフィロトの世界から変わって、クリフォトの世界――カイツール。その言葉が意味するのは、醜悪。

中央ではその言葉を象徴するかのような、醜悪な怪人が気色悪い笑みを浮かべていた。


「キッヒヒヒ!! やはりあなたでしたかぁ。

前回の時点で、もう負けているのですが……くふふ、せっかくなのでもう少し遊びましょう。もっと、もっと!!

私にあなたの感情を見せてください!!」


小綺麗なスーツを着ているため、見た目はそこまで悪いものではない。だが、単純にその言動が。


"醜悪な扇動(ベルフェゴール)"という呪いを宿す彼という魔人の存在自体が。

この世界に、言いようもない不快感を振りまいていた。


そんな彼と対峙している者は、当然彼という醜悪な不快感を一身に受けることになる。大抵の者であれば、きっと向かい合っているだけで吐き気を催すことだろう。


とはいえ、それは正常な者であればの話だ。

自分の人格をほとんど破壊し、彼への復讐以外の感情を残していなかったユウリ・アキレギアには通用しない。

彼はひび割れた瞳に確かな殺意を宿して言葉を紡ぐ。


「……オレは、オ前を、殺すタメに存在してイル。

以前、たシカにお前ヲ打ち倒シはしタガ……

ココにアオイはイナイ。今度こそ、キッチリ殺シてヤル」


くねくねと体を曲げながら恍惚とした表情を浮かべている彼に対して、ユウリは欠片も表情を動かすことなく真っ直ぐに言い切る。


復讐を果たすための、彼を殺すためだけの機構になっているユウリなので、あまり激しい感情はない。

ただただ静かに、人格を破壊した時から備えている冷たい殺気を放っていた。


「キヒッ……!!」

「……」


楽しげなペオルと、冷ややかなユウリ。

両者は互いに互いを宿敵と認め、必ずこの相手を打倒しようとそれぞれの呪いを使う。


片や、既に相手に精神操作は効かないと理解しており、周囲の肉壁を醜悪に歪ませて数え切れない触手として操って。


片や、もう自分の体を犠牲にしてはいけないと厳命されており、足をトン……と鳴らすだけで足元の肉を破壊し、支配下に置いた粒子の腕を伸ばして。




他の世界では段々と死者が出始め、ある世界では生命の樹の崩壊の前兆が見え始めている中。

ペオルとユウリの決着は、まだつかない。


理由は当然、明らかだ。

ペオルはユウリを苦しめるということに重点を置いており、そこまで勝つことに興味がなかったから。そして、ユウリはユウリで物思いに耽っているからである。


(オレは、アオイに人格ガ治るコトを望まレタ。

オレ自身も、ソレが正しいコトは理解シテいる。

ダガ……ソレはきっと、オレが俺に戻るというコト。

恐らくオレは、消えてしまうダロウ。それでも……

オレは本来の人格を取り戻すべキなのカ?)


醜悪な触手と、破壊され、破壊そのものと定義された触手が激しくぶつかり合っている中で。

苦しめようとしているペオルの言葉を完全に無視して、彼はユウリ・アキレギアについて考え込む。


前回の戦いでも、彼はアオイに何かを感じて復讐を放棄した。倒すだけ倒し、トドメはささずに助けに入った。

この場に彼女はいないが、彼のいる第五世界には真下にある第八世界から風が入ってきている。


流石にサポートなどはできていないものの、たしかにアオイを感じることのできる神秘の風が。

その影響もあって、彼は口汚く煽ってくる復讐相手のことをほとんど気にせず物思いに耽り続ける。


(段々ト、風に苦悩や焦りガ混じり始メタ……

痛い……オレの中にアル、何かが痛む。……風の音が聞コエる。

オレの欠片をかき集めてくレテいた、彼女の痛み。

俺の中で循環していた、慈しむような風の音。

俺の人格を組み上げようとしていた、彼女の苦しみ……!!)


彼のひび割れた瞳は、段々と正しい形を取り戻す。

不規則に、歪に破壊されたような無秩序の模様だったものが、少しずつ規則的で秩序的なひび割れ模様の瞳に。


ユウリ・アキレギアという少年は、クリフォトが生み出した生命の樹の中で、アオイという風の力も得ることで遂に人格を取り戻した。


「……っ!! ごめん、天使ちゃん。俺は、ずっと……」


ようやく壊れた人格を組み上げ終わったユウリは、その反動で頭を押さえながら、強く唇を噛み締める。


今流れてくる風は弱々しく、明らかに助けを必要としていた。しかし、こんな不快感しか与えない神秘でも、ペオルが危険であることに変わりはない。


復讐相手であるということ以上に、厄介な怪人を放置してはいられなかった。自分を取り戻したユウリは、速攻で宿敵を潰すべく破壊の粒子を差し向け……


同時に、肉壁だった第五世界の壁からは突如として金色の炎が吹き出してきて、彼らをまとめて吹き飛ばしていく。


「ぐっ……!? 何だ、何が起きてる?」

「キヒッ!! おやおやおやぁ? あの方が創り出した世界が燃やされているのですかぁ? 面白くなってきましたねぇ」

「世界を、燃やしてる……?」


炎が当たらない位置にまで飛んだユウリは、同じように飛翔しているペオルの言葉に眉をひそめる。

この金色の炎は見間違いようがない。どう考えても、アオイの幼馴染みであるウィステリアの力――祝福だ。


だが、この炎は彼の力という以上に、彼そのもの……過剰な程に彼という存在や命すらも感じるものだった。

おまけに、途中からはその炎に混じって、涙のような氷の粒や叫び声のような風までもが流れ始める。


炎には決意や覚悟が満ちていたが、氷風から感じられるのはどこまでも尽きる気配のない悲しみや苦しみ、そして絶望。

あまりにも強い神秘と感情に、ユウリは装飾品が揺れている胸の辺りを押さえて悲痛な声を漏らす。


「ウィステリアは死んだのか? もう1人の子、ガーベラも。あいつは今、数少ない心を許せる存在を失って……」

「キッヒヒヒ!! シャイターンとセファールが死んだ!!

ついでに、アイシャとライラも殺されていますねぇ!!

とても惨たらしく、愉快です!! さぁさぁ!! 私達も彼らに負けないくらい凄惨な、血みどろの殺し合いを!!」


肉壁は燃え尽き、その他の世界を含めて生命の樹もすべてが焼き尽くされていく。視界はまだ完全には開けない。


しかし、崩れていく世界の隙間からは、氷樹と化して眠りについた少女の姿と、狂気に満ちた暴風が荒れ狂っている光景が見えていた。


その中心にいるであろう少女の姿は見えないが、幼馴染み達が亡くなっての暴走だ。平気であるはずも、無事であるはずもない。


唇を噛み締めるユウリは、これほどメチャクチャな状況でも楽しげなペオルに、凶暴にひび割れた瞳で手を振るう。


「人格が崩壊した俺に寄り添い続けてくれたあいつを、俺は絶対に殺させねぇ。邪魔ぁすんな、ペオル!!

俺はもう、お前なんぞに興味はねぇよ!!」


瞬間、醜悪な怪人に向かって放たれるのは、アオイが吹き荒らす嵐を破壊して生み出した破壊の手だ。

壊した狂風を破壊と定義し、粒子のように自由に変化させることで爪のような形を作って宿敵だったものを握り潰す。


"撃滅の神嵐"


破壊に握り潰されたペオルは、小さな悲鳴を上げながら醜悪に血肉を吹き出し、地上へと落ちていった。

彼だった肉塊が落ちていく光景は実に無惨でみっともなく、恨みがあるのならば実にスッキリするものだ。


とはいえ、もちろんそれはまだ復讐に囚われているのならば……という前提があればの話ではあるが。

もはやあんなものに見向きもしないユウリは、完全に世界が燃え尽きた中で暴走しているアオイを見やる。


今の彼女は、アオイとは言えない。

氷樹ガーベラの吹雪も取り込んで、クリフォトどころか蜜柑達ですら巻き添えで殺しかねないような暴走状態だ。


深刻な表情で嵐に近づいていく蜜柑、好戦的な笑みを浮かべるエン、地上から中心を狙うドルチェは、きっと彼女が誰かを殺す前に終わらせるつもりだろう。


そんな家族達を順繰りに見つめながら、ユウリ・アキレギアは覚悟を決めていく。


「ウィステリアは随分と暴れたみてーだな。

あいつはガーベラの騎士で、彼女のために仲間を守った。

なら、俺はアオイの騎士として、彼女も仲間も守るぜ。

お疲れさん、ウィル。お前のあとは俺が継ぐから……

お前はゆっくり眠っててくれ。また、いつか会おうぜ」


"破壊された平穏(カマエル)"-ユウリは……今、ようやく自分というものを取り戻した神秘は、世界を破壊して粒子の四肢を造りながら、決意を固めていく。


決してアオイを殺させはしない。

彼女が大切にしていた蜜柑にも、気にかけていた他の眷属達にも、同士討ちを期待し静観しているクリフォトにも。


復讐という負の感情を乗り越え、愛する人を含めたすべてを守るという正の感情で決意する彼は、もはや魔人ではなく。


世界はそれを、何かを呪う力ではなく、救うものだと認めて祝福する。彼は魔人から昇天し、聖人に。

その身に宿る神秘も、呪いから転じて祝福に。


"邪を破る慈風(カマエル)"-ユウリは、神々しくひび割れた瞳を輝かせながら、すべてを守るべく蜜柑の前に立ち塞がった。




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