12-吹き狂う氷星
第八世界――栄光のホド。
何も感じることのできない、真っ白闇の世界にて。
まだ生命の樹が燃やされておらず、ディアボロスと戦い続けていたアオイは、世界に擬態している真っ白い神秘に痺れを切らしたように口を開く。
「あなた、本当に戦う気があるのですか?
何も感じないのはいつも通りですが、途中から明らかに攻撃してこなくなり、避けてばかりです」
どうやらディアボロスは、セフィラを殺すためここに配置されているにも関わらず、まともに戦っていないようだ。
攻撃はもちろんしない。防御も危ないのでしない。
彼はただ、緩やかに相手の人格を破壊し、その隙に避けている。おまけに、隙が生まれたらすぐに解除しているようで、アオイも距離を取っているが完全に破壊されていなかった。
明らかに時間稼ぎ。世界の隔たりにて仲間の様子がわからないアオイは、かなり焦っているようである。
だが、この生命の樹を創ったクリフォトの眷属であり、この時間稼ぎをしている側でもあるディアボロスには関係ない。
相変わらずの無感情、無表情で口を開く。
「実際のところ、ワタシにもどうしていいのかわからない。
先程、ベルゼビュートに君を殺すなと言われてね。
さらにその前には、彼に言うことを聞けと言われていた。
そして、そのことを止めるような者もいなかった。
だから、ワタシは彼に従って君を殺さない。
これが主の意思に反することでも、そう言われたから」
ディアボロスの……シロの本質は変わらない。
彼は実験により人格を漂白され尽くし、主体性なく誰かに言われた通りのことをする。
殺そうとせず、殺されることも拒否し、あまつさえアオイが他の世界へ助けに行くことも封じるベルゼビュートに。
彼女は荒々しく扇子を振るいながら、みるみる激しくなっている歪みが渦巻く瞳を、爛々と輝かせていた。
「なんですか、それは……!! だったら、せめて大人しく殺されてくださいよ!! 私には、まだやることがあるんです!!
テレパシーは遮断されていますが、私には風でわかる。
カルラやユスティーが亡くなり、ベラが弱っている。
ウィルなんて……は、反応が異常なことになって、います。
……なぜ、自由になったはずの私は、常に思うように動かせてもらえないのですか。もしかしたら今、自由の象徴だった、窓から見える憧れだった、異端者として幼い頃から唯一心を許すことのできた2人が、し、死んでしまおうと、しているのに……!! 不自由な私は、あの子達の元に駆けつけることすら許されない!! 自分の意志すら持っていない、あなたなんかのせいで……!! あなたなんかが、私の自由を……奪うなッ!!」
アオイの歪みが渦巻く瞳は、バラバラに砕かれてしまったかのようにぐちゃぐちゃだ。
扇子を振るって大気を支配していることに変わりはないが、凶暴に荒れる風も不安定に揺れており、心情を如実に表している。
声も震え、表情も不安や恐怖でボロボロ。今にも壊れてしまいそうな状態で、悲痛な叫びを発していた。
それでも、ディアボロスの態度は変わらない。
相変わらず無表情で風を避け続け、無感情に言葉を返す。
「すまないが、ワタシは言われた通りのことをするだけだ」
「なら、ベルゼビュートの言うことを聞くな!!
あなたは自由に動き、私の自由を……奪わないで」
「……いいだろう。止める者がいるのなら、彼の言っていたことは覆される。君は家族を助けに行けば良い」
「あなたは本当にっ……」
涙ながらに発した言葉によって、ディアボロスに言われていた指示は効力を失う。途端に戦闘や足止め、時間稼ぎをやめてしまった彼に、アオイはどうしょうもないやるせなさと共に言葉を吐き捨てていた。
しかし、結局のところ彼は多少因縁があるだけの他人だ。
すぐに思考を切り替えると、真っ直ぐガーベラ達がいる世界に向かい始める。
「っ……!? この、炎は……!!」
だが、タイムリミットはもうとうに過ぎていたらしい。
アオイが壁から伸びてくる樹木の妨害を粉砕しながら進んでいると、いきなり世界が金色の炎で燃え始める。
燃え始めた位置的に、出火元は隣りにある第九世界――基礎のイェセドだ。今から向かおうとしていた先からの、異常だと言える程の火力。感知だけはできていたアオイからしてみれば、これ以上ないくらいあまりにも不吉だった。
「はぁ、はぁ、はぁ……!! ウィル、ベラ……!!」
世界を繋ぐ道は既に燃え落ちている。
これが普通の城なら、まだ外から飛んでいけばよかったが、彼女達がいる生命の樹は星から断絶された別世界だ。
今から彼女達の元へなど行けはしない。
遅すぎたアオイはもはや何もできず、ただ今にも壊れそうな表情で歪みが渦巻く瞳を輝かせていた。
「世界が、生命の樹が、崩れていく……」
聖神の炎によって、精霊の世界は上書きされた。
木は燃え尽き、中にいた神秘は世界の外へ。
晴れ渡る地球の大空に放り出される。
すなわち、これまではディアボロスに足止めされていた彼女が、世界によって断絶されていた彼女が、大切な人達の元へ駆けつけられるということで……
「うぅ、うぁ……!!」
「あぁぁぁぁああぁぁぁぁああああぁぁ……!!」
目の前には、完全に崩壊して暴走しているガーベラと、氷星となった彼女に殺されかけているアイシャの姿が飛び込んできた。
『お姉さま、お姉さま……!! あたしは、どうしたら。
とっても、悲しい。なのに、この人、凍ってて……』
「あぁぁぁぁああぁぁぁぁああああぁぁ……!!」
アオイが呆然と見つめているのは、周囲にとんでもない量の氷を浮かせて叫ぶ幼馴染みだ。あまりにも一点に密集しているため、見た目はまさしく氷の惑星。
中央にいるであろうガーベラの姿など、一切見通せない。
しかし、そんな状態でも唯一はっきりとわかることがある。
彼女がこれだけ悲痛に叫んでいて、近くには太陽や少年の姿がないのだから、もはや疑いようがない。
ガーベラの大切な人であり、2人と唯一心を許せた幼馴染みでもあるウィステリアは、死んでしまったのだ。
歪みが渦巻く瞳は、絶望に捻じれ、ひび割れ、世界は彼女という狂風に包まれる。彼女は、魔人。
何かへの恨みや怒りなど、負の感情によって成った神秘。
強いられた強さが表すのは不自由。
心を許すことのできた2人が象徴するのは、自由。
自身を形作るものから支えを失った魔人は、不安定な神秘である彼女は、感情のままに暴走するモノに成り果てる。
"呪神モード-ラファエル"
同じく姉と慕う者を失った悲しみに暮れるアイシャは、氷星と狂風に挟まれて逃げ場を失っていた。
氷に反響する叫び声と、風によって遠くまで響く叫び声は絶えず絶望を奏でる。
氷星からはアイシャを狙って数多の氷塊が飛び、天国と現世を繋ぐかのような嵐になっている狂風からは、すべてを抉る斬風が飛ぶ。
アイシャという神秘は、傷を相手と共有してしまう神秘だ。
だが、ガーベラは既に氷に包まれており、アオイも風の中にいるのだから。反射してもほとんど意味はない。
彼女は氷に胸を貫かれて氷像となり、風に真っ二つにされて果てた。そのダメージは反射されるも、ガーベラは真に氷星として叫び声が封じられるのみ、アオイは既に死んでいた後だったので無傷だ。
(リアがいないのなら、もうわたしは生きていたくない。
誰も彼も、わたしだけに強さを求めるから。もう、眠ろう。
神秘に自殺ができないのなら、せめて眠り続け……)
アイシャに反射されて胸を貫かれたガーベラだったが、凍りついたことで死にはしない。彼女とは違って氷の神秘であるため、体を包む氷は彼女自身なのだ。
反射された分は違っていたとしても、包んでいる氷や冷気はまた別である。ただ身動きが取れないだけでしかなかった。
そのためガーベラは、ゆっくりと地上へ。
凍りついた体を樹木のように伸ばしていき、この惑星に根を下ろす。死にはしない。だが、生きてもいない。完全に意識を消した彼女は、氷の木として永い眠りについた。
周囲にはひたすらに狂気的な吹雪が吹き荒れる。
邪悪の樹を除き、何一つ生きていない死んだ土地には、唯一氷樹と吹雪だけが生き生きと輝いていた。
『……!? 何ですか、これは』
クリフォト達も遅れて駆けつけるが、凄まじい規模の暴走に言葉を失っている。眷属のトップツーを失い、今まさにもう一人の眷属も失った彼は、放心状態だ。
「ふへへ、荒れてるなら、うちがやりますよ。
神秘を不安定にさせて、不確かな霊を操って……」
『っ……!! 待ちなさい、迂闊なことはしてはいけません』
クリフォトの静止も間に合わず、彼と一緒に来ていたライラは能力を使う。彼女は"不安定な幕引き"。
不安定を意味する、神秘を揺るがす神秘。
暴走している2つの神秘を不安定にさせ、さらに不確かな霊をそこらの死体などに憑依させて操り始めた。
"不確かな憑依人形"
憑依している霊は不明だが、憑依させられている死体は明らかだ。頭を潰されたことで死体が残っているカルラである。
その他のものは死体ごと消えているので、憑依体はそこらの木片などだった。
カルラだったものに指揮される憑依人形達は、神秘が不安定になっている2人の元へ。脅威を排除するべく戦闘を開始……
「……え?」
冒涜的な軍隊が動き始めた刹那、それを操るライラの口からは、ごぽごぽっと赤い液体が爆発的に溢れ出る。
視線を下に向けると、そこにあったのはドスンと地面に横たわった足だ。
つまり、足と頭を繋ぐ部分が消え失せている。
彼女の体は、胴体部分を一瞬で抉り取られて死んでいた。
「不安定に、なっているはずなのに、なんで……?」
一撃で致命傷を与えられたライラは、遅れてきた痛みに顔を歪めながら落ちていく。すでに肉塊でしかない彼女は疑問を投げかけるが、そんなこと考えるまでもない。
彼女の神秘は不安定にさせること。
しかし、暴走している2つの神秘は、とっくに不安定になって抑えきれなくなっているのだ。追加で能力を使っても、彼女達の仲間の死体を使っても、逆撫でするだけである。
さらに遅れてきた蜜柑達の前で、狂気に飲まれてしまった2つの星は絶望の歌を奏で続けていた。




