11-消せない太陽
ウィステリアの火の海の中から現れたシャイターンは、無言のまま彼らの前まで飛んでくる。腕は4本のままだが、青い肌は焦げているように黒っぽくなっていた。
擬似的とはいえ、太陽から溢れ出した火の海に焼かれてその程度の変化というのは、どうかしているとしか言えない。
生きていることすら驚くべきことなので、これまで受けた傷も治り、完全に復活してきているというのは異常だ。
直前に彼を倒したウィステリアも、仲間であり、先程の光景を見ていなかったセファールも、動揺を隠せずにいた。
そんな彼らを嘲笑うかのように、両者と同じ高度まで飛んできたシャイターンは尊大な態度で豪快に笑い出す。
「フハハ、フハハハハッ!! 先程までは、唯一我を殺せるであろうドルチェが最強だと思っていたのだが……どうやらそれは違ったらしい!! ふふ……そうか、貴様だったのか!!
ドルチェはその能力故に最強足り得た。だが、貴様は神秘の格自体が、その存在が、最強なのだ。能力に頼ったものではなく、力を突き詰めた真の最強なのだな!! であれば、我もクリファ最強の者として、対抗せねばならん!!」
高らかに笑う彼は、どうやらウィステリアへの認識を改めているらしい。もはや太陽とそう変わりない彼をセフィロト側の最強として認め、気持ちを昂らせている。
一度は単独で壊滅させられたのだから、ウィステリアとしても彼がクリフォトの眷属最強であることは疑いようがない。
長く共に生きてきたのだから、セファールも同様だ。
敵味方問わず、必ず最強だと認めてしまうであろう怪物は、やはりたった1人でこの場の戦況を変えてしまった。
とはいえ、実質2番手であるセファールとしては、彼ら2人だけしかいないかのような、自分を除いた2人の最終決戦であるかのような言い分は、到底受け入れられないものだろう。
チラリとウィステリアの方を確認すると、隙をつかれないように注意しながらシャイターンの隣を飛んで苦言を呈する。
「できれば、私を無視しないでいただきたいですわ。
あなたのピンチと聞いて駆けつけたのですから」
「おぉ、悪ぃなセファール!! うむ、我としても、1人であれを殺し切れるとは思えねぇんだ!! 加勢は助かるぜ!!」
「……貴方、魔神に成っているのに?」
「む……」
相方に指摘されたシャイターンは、一瞬驚いたような表情をするものの、すぐに楽しげな表情を浮かべて笑い始めた。
直後、青黒く変化した肉体にはさらなる変化が。
漆黒の翼は刺々しくなり、周囲には何もしなくても黒い波動が見えるようになる。この世界を覆っている熱気は、もはや彼の周囲では作用しない。
完全なる神秘の否定が始まっていた。
さらに、4本腕で青黒い肌の背後には、ウィステリアが金色の炎で形作っているような光輪が生まれる。
無神論の具現かのようなその輪は、周囲の神秘を勝手に飲み込んでいるかのようにドス黒く、不安感を煽るように激しく脈動していた。
彼は、神。荒れた国を見捨てた神への怒りで成った魔人が、真にこの星を飲み込む魔神と成ったモノ。
魔神-"神は居らず"。それがこの怪物の、新しい名前だ。
「っ……!! 君も、ぼくと同格になってしまったんだね。
セファールもいるし、これは流石に厳しいかな……」
「あら、貴方は私を買ってくださるのね。まぁ、無理もないでしょうけれど。たとえ神に成らずとも、この身は千年以上生きた強大な神秘。資格は十分に……」
苦しげなウィステリアのつぶやきに、セファールは未だ油断ない瞳で射抜きながらも、余裕を見せて言葉を紡ぐ。
直後、シャイターンに続いて彼女の身にまで変化が現れた。
司っている言葉通り、貪欲にすべてを手に入れる絶世の美女は、優雅に、艶やかに。隣の悪魔と変わらないレベルで周囲を飲み込むようなオーラを放ち始める。
軽やかなドレスは華やかに揺れ、細く美しい手は天へ。
この熱気すらも自らに見惚れているのだと。
そう決定づけるかのような所作で、首周りや腕に絡めるよう神秘的な羽衣を纏っていく。
彼女は未だただの魔人である。だが、その在り方は既に神とそう変わりない。悠久の時を生きた神秘は、それだけでもう神に成る資格を持ち得ており、その象徴たる形をその身に顕していた。
「ありますから」
「……余計なことを、言っちゃったみたいだね」
「フハハハハッ!! 卑怯などと言ってくれるなよ!?
我は最強同士として心躍る戦いがしたいが、それ以前に主のために戦う眷属!! 使えるものは使わんとなァ!!」
「うん、別に文句はないよ。ぼくは、負けないから……!!」
「上等!!」
依然、背後に形作った神炎の光輪を輝かせ、全身を黄金鎧と黄金剣で身を固めているウィステリアは、脅威に臆さず覚悟を告げる。
その言葉を嬉しそうに聞くシャイターンは、数千年分の貯蓄を解放していくセファールを伴って彼に向かっていった。
彼らは共に、体1つで敵を叩き潰す強者だ。
しかし当然、神秘をかき消す呪いを使わない理由はない。
華奢な体に星を砕く程のパワーを得ているセファール同様、シャイターンは手を前に突き出して呪いを行使する。
今まではその体から放たれていた黒い波動は、もはや体を介すことなく世界を否定していく。
"失楽園"
手が定める的は、もちろんウィステリアだ。神秘をかき消す黒い波動は球体でその周囲にいくつも展開し、宇宙に輝く星のように不規則な配置で神秘を消していく。
いくら聖神に成ったとはいえ、相手も神なのだから完全に敵の攻撃を弾くことなどできない。
直撃してしまえば、神秘を維持することはかなり難しいことは疑いようもなかった。
ギリギリのところで避けた彼は、墜落間近のようなきりもみ回転で敵に向かって飛ぶ。
「余裕がないですわね」
「くっ……!!」
黒い波動は神秘をかき消すが、黒色であるため視界も隠している。必死に避けながらシャイターンに迫る彼は、いきなり背後に現れたセファールに気づけず、殴り飛ばされた。
飛ばされていく先に浮かぶのは、黒い波動の球体だ。
肉を穿ち、骨を粉砕するような一撃を受けたウィステリアは、避ける余裕などなくそれに突っ込んでしまう。
同じく、神である彼ら。同じく、概念や環境そのものの域にまで至っている彼らだ。神秘は完全に消え去りはしないが、金色の翼は半分が力を失い、炎は散ってしまっていた。
「うぐ、翼の維持が、難しい……!!」
「フハハハハッ!! 我らを見捨てた神は、滅べ!!」
"バチカル"
ギリギリ空中にいるという状態の彼に、シャイターンはさらに追い打ちをかける。その手に纏っているのは、いつも通り神秘をかき消す黒い波動だ。
相手をただの人間として殴るその一撃は、セファールの千年を受けてガタガタになっていたウィステリアの肉体をさらに抉り、受け止めた剣ごと腕や胸を砕いていた。
「ぐあぁ……!!」
「今となっては我も神だが……この憎悪、消えはせぬわッ!!」
猛る悪魔の眼下にて、少年は炎の海を突き破って下の世界に落ちていく。シャイターンが復活した時点で砕けていたので、この第六世界はそのまま完全に崩壊したようだ。
上から降り注いでいく金色の炎を浴びて、第九世界の氷塊は美しく光り輝いていた。
~~~~~~~~~~
「うっ……」
第九世界に叩き落されたウィステリアは、氷塊を砕いて体の自由を取り戻しながら頭を押さえる。
一気に劣勢になっていた彼だが、目立ったけがはない。
もちろん、衝撃によって内部へのダメージは甚大だろう。
だが、彼の体を包んでいる黄金の鎧が外を守っていることで、シャイターンの攻撃は外傷を与えていなかった。
「はぁ、はぁ……この感じは、ガーベラ」
セファールによって与えられた傷を焼き、戦闘態勢を整えていくウィステリアは、現在地を把握して辺りを見回す。
まだ第六世界の2人は降りてきていない。
目当ての人物を探すには、今が最適だった。
周囲に輝く神秘を辿り、氷が砕けるような音を探り、生死もわからない大切な人を探し求める。
すると、そのわずか10数秒後。彼の目には、落ちてきた彼に驚いているアイシャの前で、氷に埋まるようにして倒れているガーベラの姿が飛び込んできた。
「っ……!! ベラっ!!」
「ウィ、ル……?」
まだ生きている彼女の姿を見ると、ウィステリアは頭上への警戒も忘れて駆け寄ろうと翼を広げる。シャイターンの能力は既に切れ、彼はもう神秘に戻っていたようだ。
どうにか耐えていたガーベラも、必死な彼の声を聞いてようやくその存在に気が付き、視線を彼の方に向ける。
未だトドメをさせずにいたアイシャは、彼らの間に挟まれてしまって絶体絶命だった。
「フハハハハッ、神殺しッ!!」
「その子に手は出させませんわ」
しかし、ウィステリアが第六世界に戻ってこないのだから、上にいた2人もすぐに降りてくる。
彼らは狙いすましたかのようにウィステリアとガーベラの間に落下してくると、巨大な壁として彼の前に立ち塞がった。
特に巨体であるシャイターンなど、落下の衝撃で彼らを吹き飛ばそうとしているかのようだ。
どうにか踏ん張って衝撃に堪え、顔を庇っていた腕を外したウィステリアは、キッと強い目と口調で言葉を紡ぐ。
「シャイターン、セファール、そこを退いて」
「フハハハハッ、退くわけねぇだろうが!! 立場は違えど、我らの目的は変わらん。敵を殲滅することだ。
であれば、死にかけのセフィラはこのまま死ぬのが喜ばしいに決まっている!! 貴様という神も、必ず殺す……!!」
「右に同じ。まだ耐えているとは思わなかったけれど、彼女はせっかく私が追い詰めた子だもの。
美しく死んで欲しい。見逃すなんてとんでもないですわ」
彼らの言葉を聞いたウィステリアは、再び背後に金色の炎で光輪を創り出し、周囲を煮え滾らせていく。
第九世界は氷に覆われていたが、それすらもほとんど溶かして世界は再び火の海だ。
もちろん、ガーベラがいる辺りは上書きなどしていない。
彼女が身を守るために必要な分は残し、黄金剣と鎧へ集中的に神炎を散らせている。
「だったら、話は早いね。さっきとなんにも変わらない。
むしろ、より覚悟が固まったよ。ぼくは君達を、殺す」
「来てみるがいい、神よ。我は貴様らを……許さない。
己と己の生活以外を切り捨てた歪な神秘など、我が消す」
氷が溶けた蒸気で、視界が定かではない中で。
両陣営の最強は強い意志を持って対峙する。
満身創痍のガーベラはもちろんのこと、さっきまでは彼女を殺そうとしていたアイシャすらも、動けはしない。
ここは、神の如き炎が統治する神炎領域。
ここは、あらゆる神秘を否定する廃神領域。
唯一、それすらすべてを貪欲に得ようとしているセファールを除いて、身動きできるものなどいなかった。
「……」
「……」
蒸気が揺らめき、まばゆい神炎が燃え散る。
蒸気がかき消え、畏ろしい空白が生まれる。
刹那の沈黙。世界は聖邪に引き裂かれた。
「はぁぁぁッ!!」
「オォォォッ!!」
完全に同じタイミングで飛び出した両者は、お互いの全力を以て敵を打倒しようと意志を研ぎ澄ます。
ウィステリアは上の世界から太陽を移動させ、さらに自らの手の中にも複数の小太陽を形成していく。
天上の果実も手中にある煌めきも、一つ一つが凄まじい火力で世界を焼き焦がしていた。
当然、タイレンで造ってもらった黄金剣もフル活用だ。
剣の黄金なのか、金色の炎が覆っているから黄金なのか。
もはやそれすらもわからないような神器は、悪魔の巨体に対抗するかのように枝分かれし、手数を増やして敵を狙う。
"バニッシュメント・デスフレア"
"グロリアス・シェーナ"
そんなウィステリアに対して、シャイターンの行動は至ってシンプル。彼は、ただ神秘をかき消すだけの神秘だ。
彼がこれだけ強いのは、ひとえにそもそもの肉体があまりに強靭だったから。取ることのできる選択肢など、かき消して肉弾戦で叩き潰すのみだった。
そのため彼は、先程よりも数は増えているものの、同じような黒い波動の球体を無数に世界に散りばめている。
球体に触れた部分からは炎が消失し、空気中に内包されている神秘すらも消えてしまう。
触れるだけで命取りになる、間接的な致死エリアが生み出されていた。もちろん、いくら強靭な肉体があると言っても、彼自身が無防備に突っ込むこともない。
彼についている4本の腕には、そのすべてに黒い波動が纏われている。それは、たとえお互いが神であろうとも、当たれば確実にすべての神秘をかき消せる必殺の一撃だ。
圧倒的な火力。ただその一本で、彼は敵に向かっていく。
"失楽園"
"バチカル"
黒い波動――失楽園は空にも地上にも不規則に浮かんでいる。
それが作用しないのは、"神秘をかき消す神秘"そのものであるシャイターンだけだ。
金色の翼で飛ぶウィステリアは縫うように進み、直進してくるシャイターンと激突した。
「ふぬぅぁ……!!」
枝分かれした黄金剣だが、根本にある軸は変わらない。
真っ先に向かってきた拳は芯から受け止め、残りの3本は足のように動く部分で絡め取っていく。
動けなくなったシャイターンは、無防備に小太陽の直撃を受け続け、焼かれ続けていて壮絶な有り様だ。
おまけに、その剣もすべてが金色の炎を纏っていて高温なのだから、堪ったものではなかった。
シャイターンは全身を斬り裂かれながらも、周囲から球体の雨を降らせて彼を下がらせる。
「隙だらけですわ」
"リベレ"
直後、彼に迫ってくるのはセファールだ。
シャイターンが操作しているのか、あまり避けることに集中する必要のない彼女は、意図的に生み出された隙を縫って腕を振るう。
何の変哲もない拳だが、彼女は既にパッシブ効果で千年分の貯蓄を解放している。悪魔の攻撃とは違って、黄金の鎧でも完全に防ぐことは不可能だった。
「くっ……」
"グロリアス・シェーナ"
とはいえ、彼女の攻撃は上の世界でも受けたものだ。
そう何度も食らうことはない。
ウィステリアは変幻自在の黄金剣を、蜘蛛が糸を吐くように拡散した状態で伸ばすと、適当な場所に引っ掛けて緊急脱出していく。
黒い波動の球体にまでは意識が回らず、何発かは食らってしまったものの、直接の死因になりかねない拳は何とか回避に成功していた。
さらに、彼は黄金剣を握っていない方の指を下にくいっと動かすことで、炎の神秘の真価を発揮する。
第六世界との狭間にあった空からは巨大な疑似太陽が、その手前からもさっき撃ち上がった小太陽が降り注ぐ。
"バニッシュメント・デスフレア"
病気やけがすらも蓄積するセファールだが、最初から無傷で済ませる訳ではない。
蓄積された筋力から発揮されるスピードでも避けきれず、段々と足を取られ、分裂を繰り返す小太陽の手数に敗れる。
最終的には、疑似太陽の直撃を受けて悲鳴を上げていた。
「はぁ、はぁ……」
ひとまずセファールは退けたものの、ウィステリアは荒い息を吐きながらつらそうにもう一人の敵を見る。
その目は不自然に揺れ動いており、明らかに無理をしているようだった。
しかし、斬り裂かれて燃えているシャイターンは未だ健在だ。無理をしなければ、自分諸共ガーベラは死ぬ。
他に仲間もいない以上、彼に止まることなど許されない。
焦げたり裂けたりしていながらも、休む暇を与えないように迫ってくる青い拳に、再び剣を振るう。
「ぬァァァッ!!」
敵の拳に纏われているのは、相変わらず神秘をかき消す黒い波動だ。セファールの蓄積と違って、綺麗に決まらなければ既に完成された武具である黄金鎧を貫くことはできない。
だが、第六世界を火の海にし、ここでも疑似太陽をいくつも降り注がせている彼はかなりフラフラとしていた。
さっきと同じように剣で受け止めようとするが、悪魔の拳はそれをすり抜けて胴体に直撃した。
"バチカル"
「ぐあぁ……!!」
黄金の鎧は砕ける。こちらも変幻自在であるためすぐ直ってしまうだろうが、少なくとも今、それは砕けた。
鎧に守られていた腹部は拳で抉られ、貫かれた肉を露出させる。深く突き刺さっていてはっきりとは見えないながらも、骨や内臓くらいまでは簡単に到達している様子だ。
口からは血が流れ、熱があるように揺れ動いていた目は途端に虚ろになっていく。世界の温度も、ゆっくりと下り始めていた。
「フハハ、フハハハハッ!! 我は遂に神殺しを達成した!!
次は貴様の番だ、アークレイ!! ……だが、決して貴様を軽視したりはしない。確実に息の根を止めてやる」
「こふっ……う、はぁ、はぁ……その美しい少年の殺害私にも手伝わせていただけませんこと?」
「セファール、無事だったか」
腹部を貫いたまま、残っている腕で手や首などを掴んでいたシャイターンは、背後から聞こえてきた声に目を向けることなく返事をする。
そこにいたのは、全身がドロドロに溶けているセファールだ。ギリギリで命を保ち、ダメージの貯蓄をしているらしい彼女は、今にも倒れそうながらもはっきり言葉を紡ぐ。
「ここはまだ、クリフォト様の世界……ケムダー。
あの方の樹木も、少しばかり盾になっておりましたの」
「フハハ、どうせお前の神秘など我はかき消せる。
我はこのまま首を折るから、好きにしやがれ」
「では、そのように……」
許可をもらったセファールは、自らの治療……もといダメージの貯蓄を後回しにして手を広げる。
右手を天に、左手を受け皿のように広げて地面と水平に。
貪欲なる美女は、溶けかけた器で世界を吸収していた。
「おいおい、そんなもん撃つのかよ」
「私、手抜きは嫌いなのですわ」
既に崩落していた頭上の第六世界――ティファレトは彼女の手の中に吸い込まれていく。
メキメキと圧縮され、かろうじて残る火の海で溶けながら、鍋をかき混ぜるようにゆっくりと。
凄まじい音と悍ましい輝きを放つその手の中には、小さくも立派な宇宙が広がっている。
第六世界への出入り口は消え去り、頭上には何もなくなってしまった暗い穴だけが見えていた。
「それでは、さようなら」
「フハハ、さらばだウィステリア」
"ケムダー"
セファールの手の中から深い1つの世界が放たれるのと同時に、ウィステリアの手足と首は悪魔に折られる。
紛うことなき神を相手にしたクリファ達は、1つの世界が崩壊するエネルギーを浴びせかけて彼を確実に殺した。
「んぉ? あまりの威力に、やつの体が持っていかれたな」
すべての禍々しい光が収まった後。
ウィステリアの首を掴んでいたはずのシャイターンは、いつの間にか消えた体に驚いて目を見開く。
少し離れた位置にいるセファールは、それに反応する気力もなさそうに膝をついていた。
「そうですか。では、もう心配は……ありません、わね」
「……ウィル」
満身創痍のクリファ達が気を緩めている中。ようやく動けるようになったガーベラは、涙を流しながらポツリと彼の名前をつぶやく。
視線の先には、壁に押し付けられた燃える人型があった。
この場どころか、この世界から。
ガーベラという神秘が頼れる神秘は死んでしまった。
彼女の目は、先程のセファール戦など比にならないレベルで揺れ始め、結晶のように儚くも眩い輝きに満ちた瞳はピシリと砕けていく。
事実はしっかりと理解しているものの、まだ直視できていない。だが、もはや心は完全に壊れ、暴走は目前だ。
「あ、ぁ、あぁぁああぁぁぁぁ……」
まだ成ったばかりであるアイシャは未だ動けず、悲痛な叫び声を聞いた悪魔がガーベラを殺そうと足を踏み出す。
神である彼の波動は、どこからともなく現れて邪魔な周囲の炎や氷を消し去っていた。
「暴走した魔人は、下手すると聖人よりも恐ろしい。
さっさと退場してもらうぞ、小娘」
『させるわけ、ないよ』
「……ッ!?」
アイシャを退かしたシャイターンは、ガーベラを確実に殺すべく接近していく。しかし、その足が彼女の前に立つ前に。
世界には少年の声が響き渡り、彼の眼前を金色の炎が駆け抜けていった。
バッと炎が放たれた方向を見てみれば、そこに在ったのは、壁から抜け出た人型から覗くウィステリアらしき人型。
燃えて完全に壁と同化していたはずの物質が、彼の形をしているものだ。
死んでも死なない聖神を見ると、同じくらいタフだったはずのシャイターンも、自分のことを棚に上げて問いかける。
「貴様……!! たしかに、体も残らず死んだはず……!!」
『ぼくは、聖神……この世界の神秘そのもの。
ぼくはたしかに死んでしまったけれど……まだ、ここに在る。
ごめんね、ガーベラ。ぼくは最後まで君と支え合えないみたいだ。だけど、君は1人じゃないから……
せめて、みんなと同じ世界に戻してあげる』
「そこに残る神秘も、我が消してやる……!!」
死後も残り続ける決意に慄くシャイターンは、4本の腕をすべて総動員して黒い波動を放つ。それがある周囲を覆い尽くし、その上で腕から放った波動で神秘をかき消していく。
『……無駄だよ。ぼくは、まだ消えない。
クリフォトが創る、偽物の生命の樹を燃やし尽くすまでは』
黒い波動によって、炎の人型は消え去った。
だが、その人型の胸があった辺りの炎は残り続け、少しずつ巨大化して疑似太陽に変化している。
それは、少し前まで神だったもの。
神秘そのものとして、この星の大自然そのものとして在ったもの。この世界に焼き付いた、ウィステリアの神秘の形。
神霊-"守護者の炎"。
ガーベラが流している涙を乾かすように世界を包む疑似太陽は、逃げる間もないクリファ達に審判を下す。
何もせずとも足を燃やし、翼を燃やし、呼吸もままならないシャイターン達に、必滅の閃光を。
"ディヴァイン・オウレオール"
クリフォトが創り出した生命の樹の、ほとんど中央に位置する世界で。疑似太陽は、その世界を上書きすべく炸裂する。
すべての神秘を否定する悪魔を、すべての物を貪欲に欲する美女を、灰も残らず燃やし尽くす。
だが、クリフォトの眷属の中でも最も強大な2人を燃やし尽くしても、彼という消えかけの太陽は収まらない。
既にない命を削り、何とか維持している神秘の体を弱々しく揺らし、今にも消えそうになりながら、それでも……
クリフォトが創り出した生命の樹を、11個ある世界の尽くを、自身が消滅するまで燃やし尽くした。
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自らのすべてを懸けて世界を燃やし尽くしたことで、ようやくウィステリアだったものの残り火は消える。
あとに残るのは、燃えて崩れていく生命の樹と、この時点で生き残っている両陣営の神秘たち。
第九世界から放り出されてきたガーベラは、生き残っているアイシャを結晶が砕け散ったような瞳で虚ろに見つめる。
その口が奏でていたのは、彼女という世界の悲鳴だ。




