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蜜柑の対策  作者: 榛原朔
蜜柑の対策7 幻世に根差す神咒

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9-契約破棄

「ふぅ、とても戦いにくい相手だね」


蜜柑達がドルチェを助け出し、奪い取った第七世界――勝利のネツァクの真上。彼女達の無事と敵がいないことを確認したジエンが、真っ先に飛び込んでいく先にある世界。


何の影響も受け入れないような真っ暗闇でありながら、互いの姿だけははっきりと見える第四世界――慈悲のケセドで。

2人の神秘と対峙している女騎士――ユスティーは、巨大な炎の翼を広げながらも、苦悩に満ちた表情でつぶやく。


敵は決して強大ではない。炎が散る派手な翼を広げた彼女と比べれば、むしろちっぽけで圧倒できているとさえ言える。


だが、巨大な炎の翼は暗闇を晴らすことはなく、攻撃自体もまったく通用せずに戦いは拮抗していた。


「まぁ、俺はパッシブ効果で何の影響も受けないからな。

契約だってされない。こいつは……知り合いなのか?

正直興味ないから、どうだっていいけど」


目の前にいるクリファは2人だが、セフィロトの世界から変化した先の名前は1つ。ここはクリフォトの世界――シェリダー。

その名前が意味するのは、拒絶。


この世界を象徴するかのような神秘――絶世の美女すらも魅了する美少年のフュイールは、心の底からどうでも良さそうに言葉を返す。


あくびをしながら目を向ける先にいるのはサラ。

ジエンと並んで、特にユスティーを慕っていた騎士の一人である元女騎士だ。しかし、今の彼女は既にクリフォトの眷属であるクリファである。


リデーレとの取引によって後に引けなくなった彼女は、最早ユスティーの意思など構わずその願いを現実にしようとしていた。申し訳無さそうに目を背けながらも、はっきりと言葉を口にする。


「……お姉様、ごめんなさい。あたしは神を殺す。

お姉様とあの男は、セフィロトと手を切って」

「サラ、僕はあの方を害しようとは思っていない。

あの方にはあの方なりの苦悩があったんだよ」

「どうでもいい。どうでもいいの。あたしはもう、止まれないから。お姉様の願う世界のために、あの偽神を……」

「そう、それが私と彼女の取引よ」

「……!?」


真っ暗闇の中でユスティーが元部下と言葉を交わしていると、突然背後から涼しげな声が聞こえてくる。

驚いて振り返ってみれば、そこにいたのは身軽そうな旅装束に身を包んだ女商人――リデーレだ。


真上にある第二世界――知恵のコクマーでグプトと戦っていたはずの彼女は、もう彼を殺してきたのか無傷で涼しい顔をしていた。


「君は……」

「顔を合わせたことはあった気がするけれど、一応名乗りましょうか? 私は"心に価値はなく(ナヘマー)"リデーレ。

クリフォト様の初期からの眷属である商人よ」

「そっか。たしかエリュシオンで暴れていたね。

……もしかして、君は誰かを殺してここに?」

「えぇ、あの忌々しい情報屋を殺してきたわ」


見て分かる通り、盤面はクリフォトによって操作されていた。自分がこの世界で2人と対峙したのと同じく、彼女も誰かとぶつかっていたのは確実だ。


名乗りを聞いて途端に表情を険しくしたユスティーは、彼女の答えを聞くとスッと目を閉じて天を仰ぐ。


「グプトさんが……また、お酒を酌み交わしたかったな。

他の家族がどこにいるのかわからないけれど……

僕は、だいぶ警戒されているみたいだね」

『その通りです。私をこの場にとどめた者ですから』

「……!?」


年長組として、何度も酒を酌み交わしたグプトの死を聞いたユスティーは、彼の死を悼むように言葉をこぼす。


その直後、さらに真横からは深みのある声が聞こえてきた。

瞬時に警戒を最大限まで高め、バッと視線を移すと、そこにいたのは……


「クリフォト……!?」

『はい、私です。お久しぶりですね、ユスティーさん』


白髪碧眼で、黒い軍服のようなものを身に纏っている青年。

彼女達が対峙するすべての邪悪の元凶であり、数多の眷属を従える邪悪の樹――クリフォトだ。


もちろん、その横にはカルラとマッチアップしていた女性――ライラもいる。歌姫を殺した彼らは、その足でユスティーのいるこの世界にやってきたようだった。


その姿を見た彼女は、さっきとはまた別の意味で天を仰いでから観念したかのようにつぶやく。


「あ、あっはは……まさか敵の首魁まで私を殺しに?

蜜柑様の騎士としては、誇らしいことだけれど……

5対1かぁ……流石に私の命運は尽きたっぽいね」

『話が早くて助かりますね。では、早速‥』

「その前に、君達は誰を殺して来たんだい?」

『カルラ・ベルを殺してきましたよ』

「カルラちゃん……」


歌はこの世界にまでは聞こえてきてはいない。

だが、あのクリフォトまで加勢しているのだから、彼女という歌はきっと途絶えてしまったのだろう。


2度も家族の訃報を聞かされたユスティーは、騎士であるにも関わらず、みな自分の手が届かない場所で死んでいることに心を痛めていた。


敵はクリフォトを筆頭に、元部下のサラ、契約が通用しないフュイール、似た系統のリデーレ、ライラの5人。

圧倒的な戦力差を前にしているが、それ以前に心を砕かれている彼女は今にも泣き出しそうだ。


『抵抗しないのであれば、ありがたいことですが』

「……そんなこと、できる訳が無いでしょう。

私は蜜柑様の騎士、ユスティー。死んでいった仲間達の仇を取るためにも、意思を無駄にしないためにも、君達を殺す」

「では、取引ですね。戦いたいのであれば……」

「クリフォト達にかけた、この場を動けない契約を破棄」

「っ……!!」


戦意を失っていないと察したリデーレは、すぐさま行動を阻害するべく取引を持ちかける。しかし、既に彼女の厄介さを知っているユスティーなので、素直に応じたりはしない。


一方的に不利な取引をさせられる前に、現時点で破棄できるもので取引の価値があるものを捨てて攻略した。


もちろん、5人を相手にする彼女がそれで止まることなどできない。一方的な取引を防ぐと、そのまま巨大な炎の翼を鎖で縛り、右手に鎖が凝縮されたような紋様を浮かべていく。


"祝神モード-メタトロン"


神の代理たる彼女は聖神(せいじん)

現人神の秩序を拒絶しつつも、否定はしない新たな契約。


世界は彼女という王冠を認め、手に本を携えた天使の周囲に契約の具現たる鎖を顕現させる。

背後に光輪は現れないものの、頭には王冠も現れていた。


『では、私が‥』

「殺す権利なら、フュイールと契約しないことで取引を」

『っ……!!』

「契約を。私の敵は5人もいて、圧倒的に不利なのだから。

君達は私に、一方的で理不尽なデバフをつけてはいけない。

君達はできることなら、一斉に向かってきてはいけない。

私は対等に渡り合い、きっと一人でも多く道連れにすることだろう。私は君達を……討つ!!」


"ラ・ピュール"


ユスティーが紡いだ契約は、天から降り注ぐ炎の柱となってクリフォト達に。影響を受けない上に、取引までして契約を結べなくなったフュイールを除き、全員に契約の紋様を浮かび上がらせる。


サラなどは避ける気すら見せないが、避けようとしていた者や不安定にすることで防いでいたライラまで、最終的には全員が契約の餌食になった。


『くっ、やはり厄介な……!!』

「私の取引を無視して、あなただけだなんて……!!」

「神の代理人たる我は、天の書記に事象を記す。

炎の柱は堕天を焼き、玉座に侍りて()を誘う」


美麗な剣を掲げるユスティーは、真っ暗闇の世界で神の代理として輝きを放つ。敵は5人。

だが、決して臆することなく邪悪に立ち向かっていく。


『ライラさん、不安定には?』

「し、してますよ? けど、多分格が……」

『はぁ……それは仕方ないですね』

「俺は効かねぇし、取り敢えず行くよ。興味ねぇけどさ。

あの人、契約以外はただの騎士だろ?」

「……お姉様は、素晴らしい騎士」

「取り敢えず、剣しか攻撃方法ないんだろ。隙ついてくれ」


真横にいるクリフォトに向かっていくユスティーに対して、リデーレは背後に、フュイール達は地上に。

視線を外されている彼は、唯一契約の影響を受けないこともあって自ら彼女に向かっていく。


特に武器を持っている訳ではないが、神秘はそれだけで脅威だ。体も丈夫であるため、あっという間に間に入った彼は、素手で美麗な剣を受け止めてしまう。


「くっ……まずは君かい?」

「俺は他の影響を受けない。剣でも斬れないよ」


表情を歪める彼女に軽く返すと、フュイールはクロスしていた腕を開いて剣を弾く。その勢いでユスティー本人も後退し、一対一でもなくなる。一斉に向かってきてはいけないという縛りも、効力の条件下から外れていた。


「くっ、デバフなしでも樹は変わらない。手数が……!!」


眷属から離れたユスティーに向かって、クリフォトは樹木を差し向ける。真っ暗闇の中から現れる枝は数十、数百もの数で、天から降り注ぐ炎の柱も難なく乗り越えていた。


しかも、フュイールはそのすべての影響を受けない。

彼だけは割り込むことも可能なので、意表を突くように背後から殴りかかっていく。


それにより、樹木は契約によって下がらざるを得なくなるが……周囲を囲うことはできており、視界は遮られていた。

気怠げに拳を振るってくるフュイールを回避しながら、彼女は思考を巡らせている。


(フュイールは斬れない、クリフォトは無茶、サラは……本気で斬れる保障がない、ライラは隣が危険。

であれば当然、狙うべきはリデーレだね……!!)


再び弾かれたフュイールと入れ替わるように、今度は彼女の視界が不安定に揺れ始める。明らかなデバフ……疑うまでもなく、ライラの力の影響だ。


とはいえ、今のユスティーは神と言っても差し支えない格を持っているので、致命的な不安定さにはならない。

取引とは違って能力の範囲内であるため、理不尽なデバフではないのだが、普通に格差で弾いていた。


「完全には効かないけど、敵の位置が……」

「ごめんなさい、お姉様。こちらに」

「うっ……!?」


しかし、不安定になっていることに変わりはない。

神秘は不安定にならず保っているが、視界は揺れて敵の位置を正確に理解することはできずにいる。


その影響で、ユスティーはついに接近してきていた元部下の女騎士の存在を見落としていた。


リデーレの取引によって強制され、いつの間にか迫ってきていたサラは真後ろに。さらに裏切りを重ねるように背後から、彼女が指導した剣技によって彼女を斬る。


"クルーアル・アウトレイジ"


"ラ・ピュール"


炎の翼を縛っていた鎖は弾け飛び、溢れ出す炎の玉によってサラは焼かれる。だが、その剣は既にユスティーを斬り裂いていた。


ギリギリで回避しようとはしており、傷は本来そう重くない。だというのに、サラによって与えられた傷は残酷な結果として背中に刻まれている。


事実だけを見るならば、かすり傷とはいかずとも、そこまで深い傷ではなかった。それでも内臓が見える程の傷跡を受けているのは、世界に残酷な結果を刻むサラの能力のせいだ。


「あっ、つい……!!」

「くぁ……!? 避けた、はずじゃ……!?」


燃えるサラは落ちていき、いつの間にか地上にいたリデーレがフュイールの代わりに受け止める。

臓器が露出する程に深く残酷な傷跡を与えられたユスティーは、肉や血をドプドプと垂らしながらも羽ばたく。


大切にしてきたサラに斬られたことやその傷の酷さにより、精神は揺らいで神秘も不安定になり始めていた。

そんな状態の契約が、クリフォト達をいつまでもとどめておけるはずがない。


彼女の視界は実際とは違った残酷な光景ばかりを映し出し、フュイールに殴られても反応できず、クリフォトが微笑んでいることも見えずにいた。


「取引を。あなたの意思は尊重します。ですので、体は私に従ってくださいね? そのまま、残酷な映像を。

このあとも、ひたすら斬って残酷な傷を」

「ごめんなさい、お姉様。ごめんなさい……」


"グラオザーム・エスタファ"


今のユスティーが見ているのは、カルラやグプトに限らず、同じ主の眷属として家族となった仲間達の死体。

サラによって見せられている、不自然で残酷な映像だ。


そんな彼女に、周囲の状況などわかりはしない。

動けずにいる元上司に、サラは取引で体を操られるままに残酷な傷を与え続けていった。


美麗な剣は主の血に濡れて落ちていく。

握っていた手は不自然に捻じれ、千切れ、血を吹き出す。

右足は粉々に砕け、左足は微塵切りのようにズタズタに。

彼女という契約は、既に壊れ始めていた。


『うん、完全に契約は解けましたかね。

では、貴女の神秘はかき消させていただきましょう』


"インストール・サタン"


契約が終わったことを確認したクリフォトは、勝ち誇ったような表情で右手を掲げる。その手から放たれるのは、神秘を打ち消す黒い波動だ。


出力が足りずに影響を受けないフュイールを除き、未だ斬撃を与えていたサラとユスティーは翼すら失って落ちていく。


サラは地上にいるリデーレに受け止められるが、ユスティーを受け止めるような者はいない。頭から真っ黒い地面に激突し、"黙認を拒絶する契約(メタトロン)"は潰えた。


「ユスティー様ァ!!」


ユスティーが落ちた直後。この世界には、彼女の信者であるジエンの声が轟く。商人に抱きとめられるサラは涙を流し、中央には派手な土煙。


多くのクリファに囲まれていることからも、この世界で起きた事の顛末は明らかだった。

瞬時にその事態を理解した騎士は、今にも壊れそうな表情をしながら剣を振り抜く。


「あぁぁぁぁぁぁぁぁッ……!!」


彼は聖人、"公正なる主木(ザドキエル)"。

カルラやウィステリア、ユスティーと同じく、決意などの正の感情によって成った神秘だ。


しかし、その本質はガーベラと同じく、特定の誰かのためにあった。ユスティー。彼女が消えた時点で、その性質は反転する。


聖人から魔人へ。堕天した神秘は怒り狂い、直後……

真っ暗闇の世界を照らす、一筋の光を見た。


"メタトロニオス"


「我は、玉座に侍る者……神の代理人であり、神の厳令……」

「ユスティー、様……?」

「お姉様……」


呆然と呟く2人の視線の先にいるのは、彼らが信じる騎士の中の騎士。もはや崇め奉る女神である女性――ユスティー。

契約そのものであると言える彼女は、全身を鎖で繋ぎ止めるようにしてなんとか維持し、天へ。


鎖のような紋様がある瞳を輝かせ、瞳孔を縛るように中央に凝縮していき、解き放たれた巨大な炎の翼を煌めかせる。


「私は、一人でも多く道連れにすると、契約した……

私と同質で、厄介な、リデーレ……逃さない。サラとジエンには、争ってほしくない……救えなくて、ごめんね。

だけど、せめて私の手で、終わらせてあげるから……」

「お、お姉様……!!」


もはや血肉の塊でしかないユスティーが、契約と鎖によってギリギリ自分の体を保って紡いだ言葉を受けて、サラは涙を流す。


対照的に、その隣に建っているリデーレは小馬鹿にしたように取引を持ちかけていた。


「ふん、そんな体で何ができるんです?

そんな契約、私の取引で終わらせてあげますよ。

貴女が死ぬならサラを操る意味はない。この取引を破棄することで、私に貴女の攻撃は当たらない」


一方的で理不尽なデバフを封じる契約は、ユスティーが消耗して契約が解かれたことで、既に効力を失っている。

取引が止められなかった以上、もうリデーレに攻撃が当たりはしないだろう。


それでも……自分を信じている2人の頭上で羽ばたく血だらけの大天使は、周囲に炎の柱を集めて力を貯めていた。


「私は、当たらないね……ちゃんとわかるよ。だけど、私には他のことだってわかるんだ。……あはは、聞こえる。ぐすっ……

聞こえるよ、カルラ……君の奏でる歌が」


"幻奏のシンフォニー-運命"


「なっ、これは……!?」

『あの歌姫は、私がたしかに殺したはず……!!』

「これは、きっと幻聴。もういない彼女が、世界に刻みつけた歌。死後の世界から、別の次元から、歌は……聞こえる」


目を剥いて驚くクリフォト達を尻目に、ユスティーはさらに高めた力を放出していく。

真っ暗闇の世界は照らされ、彼女の死を理解し、言葉もなく号泣している2人の大切な部下の顔を照らしていた。


「さようなら、ジエン、サラ。今行くよ、カルラ……」


"ラ・ピュール"


ユスティーの攻撃はリデーレに当たらない。

しかし、カルラの歌の旋律に沿って放てば……彼女の神秘からの必中効果を受ければ、運命は彼女に味方する。


「こんな、こんな……!! 私の取引が……!!」

「……ありがとう。そしてごめんなさい、お姉様……」


世界を照らす炎の柱は、暗闇に響く歌声が生み出した運命力によって2人の邪悪を穿ち、ドロドロに溶かし殺した。


後に残るのは、呆然と立ち尽くすジエン。

そして、クリフォトとライラ、フュイールの4人だけだ。

ユスティーがいたはずの場所に人影はなく、ただ灰だけが侘びしく舞っている。


『天の書記よ、最後の契約だ。ジエン……君は、生きろ』

「ユスティー、さまぁ……!! あぁぁぁぁぁ……!!」


他の世界からの影響か、真っ暗闇の世界がひび割れ、金色の炎で燃えながら崩れ始めていく中。

第四世界――慈悲のケセドでは、無慈悲な死に直面したジエンの悲痛な叫び声だけが響き渡っていた。


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