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蜜柑の対策  作者: 榛原朔
蜜柑の対策7 幻世に根差す神咒

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8-世界に響く歌姫

「い、いきなりラスボスだなんて、どういうこと……?」


不安定に環境が移り変わっている世界で。

心や能力までもが揺らいでいるカルラは、突如として現れた白髪碧眼で黒い軍服のようなものを身にまとっている青年――クリフォトに驚いて声を上げる。


第一世界――王冠のケテルからやってきていた彼は、不安定な歌声が響く世界の中で優雅に微笑んでいた。

へらへら笑うライラを眼下に見下ろしており、まさに王者のような威厳だ。


『残念なことに、いくつかの世界をセフィロトに奪われてしまいまして。頼りになる味方が少ない私の世界に、蜜柑さんを単独で呼び出すことに失敗してしまったのですよ。

彼女は彼女で、さらに世界を奪いに来ていますから……

私も、玉座でふんぞり返っている訳にもいかないでしょう?

カルラ、エン、グプト。最も厄介な貴女を殺しに来ました』

「っ……!!」


包み隠さず明かされる意図に、カルラは顔を恐怖で染める。

蜜柑がクリフォトの手の内に落ちなかったのは、これ以上ないくらいに幸運なことだ。


これでまだ、大勢を立て直すことができるだろう。

しかしその代償として、戦闘能力という面で頼りにならないと見なされながら、厄介ではあると認められたカルラが狙われた。


彼の中には、眷属であるクリファの能力がすべて備えられているのだから、ただの一眷属でしかないカルラでは太刀打ちできない。彼女の死は確定したようなものだった。


実質的な死刑宣告を受けたカルラは、ギュッと目をつむる。

クリフォトには余裕があるので、まだ手は出してこない。


思う存分その事実を噛み締めた後、目を開いた彼女は優雅で優しい旋律のような瞳を輝かせながら言葉を紡ぐ。


「そっか……わたしは殺されちゃうんだね。

歌という性質上、蜜柑さんはわたしの能力を使えないだろうし……これはもう、サンダルフォンは脱落かな」


思いの外落ち着いている彼女は、揺らぐ歌声の代わりのように瞳の旋律を揺らす。不安定な世界は、それすらも凍りつかせるように吹雪になっていた。


生命の息吹など存在しない。

クリフォトやライラごと、カルラとその瞳を凍らせていく。


『意外と落ち着いているんですね』

「あ、あはは……わたしがやりたかったことは、もう終わったかなって思うから。もちろん、し、死ぬのは怖いけど……

ふふ、タイレンにはわたしの歌を残せたの。

永遠には無理でも、少なくとも数百年彼らは笑ってくれる」

『だから、未練はないと?』

「神秘には寿命がない。だったら、やり切ったわたしは死ねる時に死んだ方が楽になる……でしょ? 生き残っていれば、まだあなたとの戦いで役目はあったかもだけど……

あ、あはは……どうせわたしにできるのは、みんなのサポートくらいだから。いなくたって、みんながやってくれるよ。

流石にもう、クターの時みたいな壊滅はないだろうしね。

わたしの役目は、神秘に成った時点でもう終わったの」

『……』


不思議そうに問いかけてくるクリフォトに、セフィロト側でも4人しかいない聖人である彼女は、自身を形作るもの通りの善性で以て断言した。


凍てつく空気によって、瞳の旋律は鳴りを潜めている。

それでも、恨みなどによって成る魔人とは違って、ある決意によって成った聖人である彼女は、揺るがない。


まだ、カルラ・ベルが信じたものがあるのだから。

まだ、カルラ・ベルを形作るものは揺るがないのだから。


自分の眷属にはいない、聖人の輝かしさを目の当たりにしたクリフォトは、驚きつつも感嘆の声を漏らす。

殺意自体は薄れていないが、目の前の聖人を賞賛するかのように手を叩き、微笑みかけていた。


『なるほど、聖人とはこういうものですか。あの現人神も、まだ壊れていないうちに死ねればよかったのですね』

「わたしは他国のことは知らないけど、神様がいるんだ」

『……えぇ。かつては貴女のように決意に満ち溢れ。

しかし、今では維持のための傀儡になっている偶像。

貴女はそうならないよう、ここで殺してあげましょう』

「……うん。でも、抵抗はするよ。わたしの役目は終わったけど、家族に何も残さないつもりはない。わたしはタイレンのために歌ったけど……あの子達にだって、笑っていて欲しい。

だってわたしは……」


(みんなの笑顔が、好きだから)


"笑顔を生む美声(サンダルフォン)"


「〜♪」


クリフォトとの対話を終えたカルラは、再び瞳の旋律を揺らしながら歌い始める。祝福を全力開放した彼女の周囲には、綺麗な旋律が可視化されて漂う。


不安定さに負けず、吹雪にも負けず。

クリフォトという、自身よりも多くの世界を内包した神秘への恐怖にすら負けず。


歌姫カルラ・ベルは、この吹雪の轟音を上書きするかのように神秘的な歌を奏で始めた。


『ライラさん、揺るがしていますか?』

「は、はい。ふへへへへ……もちろんです。ふわふわーっと、彼女は心も神秘も揺らいでますよ? 

へへ、なんか普通に使ってますけど」

『……ふむ』


考え込むクリフォトを尻目に、カルラは歌を歌い続ける。

背後に浮かぶ旋律はより大きく、広く、躍動的に。

彼女という歌の世界を広げていく。


"荒野に咲くシンフォニア-ジュピター"


歌声は吹雪を圧倒し、静寂の世界に彩りを。

旋律に沿って生命は爆発していき、この世界に癒やしと拒絶の天国を作り出す。


『これは、予想以上に……』

「ふへへへへ、なんだろう、すごく心が落ち着く。

死と恐怖の不安定さが消えちゃった」


ライラの隣に降り立ったクリフォトの足元には、吹雪をものともしない草花が顔を出している。周りには樹木がみるみる育っていき、ここはもはや森が草原だ。


しかし、決してクリフォト達にとっての楽園ではない。

旋律に沿って広がる生命の楽園は、彼らには生命力に満ち溢れた爆発という形で襲いかかっていく。


可視化された旋律。それが当たるごとに、クリフォト達の体は爆発に巻き込まれていた。


『くっ、理解できません。ですが、神秘ならばかき消せる。

歌はともかく、その能力は今すぐ止めなさい』


"インストール・サタン"


生命の爆発に打ちのめされ、草原に倒れ伏すライラを庇うように立ったクリフォトは、空で歌う天使を鋭い視線で射抜くと手を掲げる。


その手から放たれるのは、シャイターンの呪いを主木に還元した力だ。本人ではないので出力は下がっているが、神秘をかき消すという効果自体に変化はない。


神秘をかき消す神秘は黒い膜のような波動となり、歌の領域を上書きするように広がっていく。


"荒野に咲くシンフォニア-未完成"


『な、に……!?』


神秘をかき消されれば、ただの歌姫でしかなく武器も持たないカルラは、もう為すすべなく殺されるしかない。

だが、まだかき消される前の歌声ならば対抗は可能だ。


生命を爆発させていた歌声は、音色を切り替え敵の行動を不発にしてしまうものに。まだ広がり途中だった黒い波動は、最初からなかったかのように消えていった。


『っ……!! 外に出たものは不発に終わるとでも!?

ならば、私が直接向かうまでです!!』


"インストール・ルキフグス"


"インストール・アドラメレク"


サタンの力を不発に終わらせられたクリフォトは、すぐさま能力を切り替えて空に飛び立つ。漆黒の翼を翻す彼が還元したのは、フュイールとセファールの力だ。


何者にも影響されず、これまで貯蓄してきた筋力を解き放つ彼は、不発の歌声に影響されることなく急接近する。


「〜♪」


"荒野に咲くシンフォニア-新世界より"


しかし、不発にできないのならば、次の歌を歌うのみだ。

カルラもまたすぐに歌を切り替えると、彼の視界を幻想的な光景で埋め尽くしてしまう。


この吹雪の中でも輝く生命。

雪解け水が流れる川や、水滴を帯びた草花の笑顔。

それらに視界を埋められたクリフォトは、混乱のままに空中で動きを止めた。


『私は、ここで、何を……?』


歌を歌う。その前提があってこその、万能に近い力。

あくまでもサポート特化であり、敵を打ち倒す程の力はないが……少なくとも現在、クリフォトはどうしょうもなく惑っている。


幻想的な光景に紛れて吹雪のどこかで歌い続けるカルラは、彼の様子を見ながらも思考を巡らせていた。


(わたしは、彼を倒せない。生命の爆発も、必ず当たる運命の攻撃誘導も、不発も、幻想的な新世界も……致命傷は与えられない。わたしは、1人ではどうしょうもなく無力だ。

できるのはせいぜい、時間稼ぎ。みんな、急いで……!!)


吹雪の中で歌声は奏でられ、世界は生命に満ち溢れる。

ここは彼女の新世界。可視化された旋律に踊る歌姫の領域。

カルラ・ベルは歌い続け、時間を稼ぎ、クリフォトをこの場に留め……




『はぁ、はぁ……随分と、手こずりました』


ついに歌声が止んだ頃、クリフォトはボロボロになった歌姫の頭を掴んで空を飛んでいた。


少し前まで神秘的な世界を創り出していた彼女だったが、今ではもう見る影もない。思考は鈍化し、神秘はかき消され、取引によって口は閉ざされ、人格は崩壊寸前だ。


四肢には醜悪な出来物だらけになり、顔などにも残酷な傷跡が刻まれてしまっている。


それでも、聖人である"笑顔を生む美声(サンダルフォン)"は。


誰よりも歌を愛し、みんなの笑顔を愛し、そのために生きていた歌姫は、優雅で優しい旋律のような瞳を強く輝かせていた。


(やっぱり、わたしは、死んじゃうんだね……

みんなは、笑顔になれるかな? みんなに、残せたかな?

わたしの歌は、この世界に、届いたかな……?)


"幻奏のシンフォニー"


死の淵にあっても、歌姫はみんなのことを想う。

誰かの笑顔のために歌い、誰かを救うために歌い、この世界に彼女という歌を刻みつける。


どこまでも、最後の最後まで聖人で在り続けた彼女は、声を出すこともできないまま頭を握り潰されて果てた。



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