5-鈍らない輝き
クリフォトにより盤面を支配され、セフィロトの眷属であるセフィラは好き勝手な相手と対面させられる。
中でも、最も狙い撃ちされているのがドルチェだ。
彼女は1人でセフィラを壊滅させられるシャイターンに対しての、唯一の切り札であるため、両陣営にとって最重要。
そのため、絶対的な価値すらも跳ね返してくるという、最も相性の悪い相手であるアイシャと対峙させられていた。
とはいえ、自らの価値を信じるドルチェが、そう簡単に負けを認めたり逃げに徹したりするはずがない。
当初、彼女と同じ世界に押し込められた時には、当たり前のように自信満々な態度を貫いていた。
しかし、絶対的な価値があるはずの攻撃は、相手と繫がっている自分にも絶対的な価値として跳ね返ってくる。
その上、この世界はクリフォトの内部であるため、敵だけが一方的に傷を治してしまうのだ。
もちろん、敵が何もしなくてもダメージを与えた瞬間に自動で回復する、とまでは言わないが……
お互いに動けない中では、伸びてくる木を止める術などなく傷は治されるため、絶望的に相性が悪かった。
現在のドルチェは、なんとか彼女をスルーして進もうと悪戦苦闘するばかりである。
「翼を撃ったら私の翼も飛べなくなる。足を撃ったら私の足も走れなくなる。治療を妨害しても、離れられなきゃ意味がない……これ、思った以上に手強いな〜♪
う〜ん……というか、個人だともう詰んでない?」
無傷で逃げ道を塞いでくる天敵を前に、ドルチェは荒い息を吐きながらも軽口を叩く。純白の翼を赤く染め、足や脇腹からも派手に血を流している彼女に余裕はない。
だが、アイシャが自分から攻撃を仕掛けてくることもないので、あくまでも完璧に足止めをされているだけ。
決して命を落とすようなこともないのだ。
焦りはあくまでも、仲間の現状がわからないことや、自分が倒すべきシャイターンが野放しになっていることについてである。
自分の状況については焦る要因はないので、内心大いに狼狽しながらも、どうにか現状を打破できるよう表面上は余裕を保っていた。
『復数いても、繋げる。どれだけの実力差、戦力差があっても、必ずあたしは相打ちにできる。あたしに勝ちはない。
けど、あたしの前に立つ敵にも、勝ちはない』
しゃがみ込むドルチェに、逃げ道を塞ぐアイシャは油断なくその動きを見据えながら宣言する。
足止めや相打ちに関して、彼女の右に出るものはいない。
複数でも無駄で、決して勝ちはないと知らされたドルチェは、日傘をさし直しながら呆然と言葉を漏らす。
「……あれ、もしかして誰が相手でも相性悪い?」
『さぁ、知らない。けど、あたしと感覚を繋げられる相手なら、その戦いで勝者は現れない』
「ふ〜ん、けがじゃなくて感覚なんだ?」
『悲しいね』
「え……?」
冷静に思考を巡らせ、着実に現状打破のための情報を集めていたドルチェは、なぜか突然涙を流し始める。
日傘を指していることで、アイシャの表情は見えていない。
しかし、さっき『悲しいね』と呟いていた通り、彼女が先に涙を流していた。どうやら、繋がった感覚によって悲しみと涙が移されたようだ。
「え、私なんで泣いてるの?」
『だって、あたしはこれからまた痛い思いをする。
とっても苦しくて、悲しい。だから、あなたも泣く』
「あ〜……やっぱり感覚、なんだね」
ドルチェの視界は涙で埋まり、日傘をズラしてももう相手の顔は見えない。涙を止めることはすぐに諦め、服を濡らしながら声によって情報を更新していた。
その言葉を聞いたアイシャも、同じように声によって彼女の思惑を理解しているようだ。
相手の動きなどほとんど見えていないはずだが、より確実に足止めするべく精神を統一していく。
『あたしの役割は、あなたの足止め。相打ちで死ぬのもいいけど、お姉さまには足止めだけでと言われている。勝つ必要はない。あたしもあなたも、勝たない。無気力、無思考』
「うっ……嫌な気分を共有しないでよ。私に無気力なんて似合わない♪ 私は、私が輝くためのステージに向かうよ☆」
『なんか、やる気出てきた。ちょっと、借りる』
「っ……!!」
自分の心を操ることで、ドルチェに思考の放棄を促していたアイシャだったが、絶対的な価値は崩れなかった。
それどころか、逆に熱意という感覚を共有されたことで彼女から仕込み銃を奪い取り、迷うことなく自分に向けていく。
「この涙で何で場所が……とりあえず、日傘を返して!!
こ、怖い……!! なのに、あなたは撃つの……!?」
『怖い、怖い、怖い。でも、あなたの熱意は伝わった』
「そんなの、伝わらないで!!」
ドルチェは必死にアイシャを探すが、彼女の恐怖によってより増えた涙によって大まかな位置すらも掴めない。手は空を切り続け、仕込み銃は止まることなく乱射されてしまう。
『つぁっ……!! ぐすっ、痛い……だめなのに……』
「くぅッ……!? あなた、本当にッ……!!」
足に向かって放たれた銃弾の雨は、容赦なくアイシャの足と感覚を共有したドルチェの足を吹き飛ばす。
それも、片足だけでなく両足。
立っていられなくなったアイシャはドタンと倒れ込み、足は噴水のように吹き出る血の勢いで倒れる。
最初からへたり込んでいたドルチェの足は、地面にぶつかる衝撃でくるくると血を撒き散らしながら宙を舞っていた。
倒れた足が生み出した血の水たまりはアイシャの体を浸すが、撒き散らされた血の雨は2人の全身を赤く染めていく。
赤く染まったゴスロリ少女は、かすかに痙攣しながらも必死の形相で元娼婦の少女の元へと這っていた。
「それは、悪手だったよ……☆
今の音で、あなたの居場所は大体わかったからね……♪」
「はぁ、はぁ……」
声を出すことに慣れていないアイシャも、銃弾によって足が吹き飛んだ痛みには堪えきれずに声を漏らす。
さらにその声も頼りにしたドルチェは、赤く穴だらけの翼を広げて空を飛んでいった。
「両足がなくなって、倒れたかな? でも、逃げたら追ってくる? 翼は、壊せない。私のも、壊れるから。でも、操作は技術。頭を揺らして、私は……私だけは、飛ぶ!! 足止めなんて、させないよ♪ 私の使命の方が、重いから!
せっかくできた家族と仲間、私はずっと笑っていたいの☆」
音を頼りに赤い美少女は空を飛ぶ。
いつになく泥臭く、血に塗れ、それでもまだ自分には役目があるのだと敵に迫っていく。
その声を聞いているはずのアイシャは、彼女ほど痛みに慣れていないようだ。もぞもぞと動いているが、攻撃がわかっていてもまだ逃げられずにいる。
彼女達の故郷は同じタイレンだが、ドルチェはその暴力の中で生き残った傑物。アイシャは失明や麻痺により、そもそもこういった痛みに触れる機会も少ない病弱だった少女。
その差がはっきりと出ていた。
アイシャの元に辿り着いたドルチェは、容赦なく的確に相手の頭を地面に叩きつけて、自分はその勢いで飛び立つ。
頭は割れて、上からもさらに血が吹き出しているが、勢いも使った飛翔は止まらず隣の世界へ向かっていく。
「あっ……」
「ふうぅっ……!!」
足は銃の乱射でズタズタに吹き飛び、全身も何度か共有された傷で穴だらけ。頭は割れて、翼にもいくつもの穴が空いているというのに……
彼女は、ただ空へ。常に輝かしいオーラで美少女を迸らせていたドルチェは、血だらけのボロ雑巾のような姿になってもなお、家族のためにシャイターンの元へ向かう。
甘い香りはより強くなり、彼女の意識を朧気に。
壁などから生えて伸び始める樹木はクリフォトの意思を反映し、動けないアイシャの代わりに道を阻む。
世界は彼女を否定して。だが、家族は彼女を肯定した。
"インストール・ミカエル"
瞬間、倒れているアイシャを巻き込んで、伸びてくる樹木を根こそぎ燃やし尽くすのは、金色の炎だ。
血だらけの少女は優しく温められ、いかにもな精霊然としたシンプルなワンピースに包まれた胸に抱かれる。
「蜜柑、ありがとう。心配しないで、すぐに復活するから」
『ごめんね、ドルチェ』
視線を上げると、そこにあるのはもちろん悲痛な表情をした蜜柑の顔だ。ドルチェは彼女の言葉に耳を傾けながら、一旦その意識を手放した。




