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蜜柑の対策  作者: 榛原朔
蜜柑の対策7 幻世に根差す神咒

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3-依頼者の守り

「んー、始まったみたいだなぁ」


ウィステリアやガーベラ達の故郷――マンダリン。

その付近の丘上に生えている、蜜柑の本体である樹の上で。


ボロボロの黒いローブを身に纏った男――蜜柑達にはレイスと呼称される人物は、退屈そうにあくびをしながら呟いた。


さわさわと穏やかに風が吹いている中、彼の目の前にあるのは何の変哲もないマンダリンの村だ。

そこで行われているのはごく普通の日常であり、決して何も始まってはいない。


だというのに、彼は顔のほとんどを隠したフードを風に揺らしながら、何かが始まったのだと……そう呟いていた。


「自分で依頼したことながら、悪いことをした。

勝っても負けても、全員無事ってのは厳しいからな」


彼が寝転がる枝は風にしなり、その体を働かせようとするようにブンブンと揺り動かす。

しかし、彼はまったく動かないどころか、ボロボロのフードすらも脱げることなく言葉を続けた。


彼が出した依頼とは、もちろんこうして本体である樹を守る代わりに、蜜柑達がクリフォトを伐採することである。

つまり、蜜柑の木の上に寝転んでいながら彼が見ているのは、今まさに激突したセフィロトとクリフォトだ。


「ま、俺は手が出せない以上、どうせいずれはぶつかるはずだったものだよな。早めた意味は……うん、ちゃんと3人共無事に決戦に臨めた。殺されてから動くよりマシだろ」


彼は確かにマンダリンにいる。

彼は確かに蜜柑の木の上にいる。

だが、同時に。

彼は確かに蜜柑とクリフォトの激突を見ていた。


蜜柑達よりも概念に近いと言う彼は。大自然そのものどころか、神と同義であるとさえ言える彼は。

フードの下に隠れた顔と同じく、その力――呪いや呪名の一切を隠したまま傍観者に徹していた。


「あの子にゃ悪いが、クリフォトが消えるならその後のことはどうでもいい。誰が生き残ろうが、大局に影響はない。

もちろん、依頼したからには本体は守るけどな」


あくびを繰り返して風に吹かれる彼は、独り言を終えてからカクンと首を落とすように視線を上に向けた。

目の前にいたのは、純白の翼を生やしている中性的な人物――カラスの羽のように汚れたマントを羽織ったエリスだ。


それは未だに枝の上で寝転がったままのレイスを見下ろすと、散歩中に会ったとでもいうような優しげな笑顔で、だが何も見ていないかのような黒く、虚ろな目で挨拶をする。


「こんにちは」

「へーへー、こんにちは」


不気味なエリスの挨拶に、レイスは面倒くさそうにしながらもちゃんと挨拶を返す。どちらも丁寧に挨拶をしているが、両者の目には明らかに敵意が渦巻いていた。


「一応聞いておくが、ここへは何しに来たんだ、エリス?」

「もちろん、セフィロトの回収だよ。

無理に捕らえて子ども達が死んでしまうのは耐えられない。

だから、僕が来た。君は何を?」


レイスが頭をかきながら、心の底からどうでも良さそうに問いかけると、それはにっこりと笑って宣言する。

まるで、自分が来れば回収は成功すると決まっているかのような、圧倒的な威厳に満ち溢れた態度だ。


それこそ、凄まじいオーラによって、蜜柑の本体である樹がビリビリと震えているくらいに。

しかし、自らを概念に近いと言うレイスは、変わらずあくびをしていてまともに取り合わない。


お返しとして形ばかりに問いかけられても、取り繕うこともせずにしれっと答えていた。


「俺はあれにクリフォトの伐採を依頼したんでな。精神体が離れてる間、代わりに本体を守ってる。お前から、な」

「あぁ、私が来ると確信していたんだね。俺を信頼してくれていて嬉しいよ、数少ないエリーゼを覚えている君。

だけど、僕と君は戦うことが禁じられている。

それがあの維持に狂った現人神が定めたルールだ。

戦えないのに、どうやって止めるつもりなのかな?」

「戦えねぇってことなら、お前も俺を退かせねぇだろ?」


嬉しいと言いながらも敵意を高めていくエリスに、レイスはまったくやる気がなさそうな態度で言葉を返す。


戦うことが禁じられているというのなら、無理はないのかもしれない。だが、たとえレイスにやる気がなくても、あちらは笑顔の仮面の下に隠しきれない苛立ちを滲ませていた。


それを感じ取ったらしい彼も、流石に挑発的な返事をするのをやめて起き上がっていく。


「ふぁ〜……わかってるよ。お前なら、俺を攻撃せずにこの木をくり抜ける。まぁ、俺も攻撃せずに守れるけどな」

「でも、そうなった時点であれは動くでしょ。

あれの主観で判断されるんだから」

「まぁな。だから、今回は俺も少し考えた。お互いが納得できる決着をさ。まだ揉め事を起こすつもりはねぇからよ」

「ふーん、用意周到だね」


胡座をかいて左右に揺れるレイスの言葉に、エリスも珍しく感心したように言葉を漏らす。敵意はなくならないものの、笑顔を取り繕う仮面は正常に作用していた。


起き上がったレイスは木の上で胡座をかいている。

ずっと空を飛んでいたそれも、彼に合わせるように木を生やして座り、話を聞く準備は万端だ。


「おう、褒めろ褒めろ」

「調子に乗るな」

「ハハッ」


対等な彼らは木の上に。

お互い、この世界で数少ない同格の神秘を前にして、軽口を叩きながらも油断なく相手を見据えていた。


そんな2人の間には、殺伐としながらも和やかという究極的に矛盾した空気が流れている。


「……で? 結局私達はどうやって決着をつける?」

「簡単だ。俺もお前も、いくつかの手駒を持ってる。

お前には名を与えた子ども達、俺には俺の友人たち」

「君のはただの不可侵同盟だろう? 一緒にするなよ」

「別に、あいつら以外にも使える駒はあるさ。

ともかく、俺達は互いに代理で戦ってくれる者の名を呼ぶ。

俺がその名前を聞いて呼び出す。終わり」

「ふん、まぁいいだろう。君に限って、こちらだけを呼ばないなんてことはありえないだろうからね」

「信用していただけているようで何よりだ。

んじゃ、あの時計が鳴ったら同時に呼ぶってことで」


エリスの同意を受けて、レイスは目線を2人の間に向ける。

すると、いつの間にかそこに立っていたのは、野ざらしの丘には似つかわしくない立派な古時計だ。


古時計はあくまでもタイマーでしかないのか、なぜか現在の時間とはズレた11時59分を示していた。ちらりとそれを見たエリスは、笑顔の仮面を被って同意した。


「……」

「ふぁ……」


2人の概念の間には、ゆっくりとした時間が流れる。

古時計はチチチチと正確に刻を進め、召喚の時を今か今かと待っていた。残り、40秒……30……10……3、2、1、0。


秒針はカチリと12時を指し示し、世界にはゴーン、ゴーンという終末のような音色が響く。

同時にそれらの口からは、それぞれが代理人として戦わせる戦士の名前が紡ぎ出され……


「ミモザ・スノーフレーク」

「フォノス」


2つの樹木の間には、2人の神秘の姿が現れた。

1人は、レイスが名前を呼んで召喚した者。

長くウェーブした髪を持つ女騎士――聖花騎士団の魔導騎士長であるミモザ・スノーフレーク。


もう1人は、エリスに呼ばれて召喚された彼女の子ども。

血塗られたように真っ赤な肌、鷹のような鋭い目、鮫のようにギザギザの歯で頭には角を生やした大柄な男――フォノスだ。


彼女達は、どちらもなぜここにいるのかわからないらしく、キョロキョロと周囲を見回している。


「よう、ミモザ魔導騎士長。あんた蜜柑の知り合いだよな?

この木が本体なんだが、守るために戦ってくれ」

「はい〜? あなた、一体だれ……いえ、まさかあなた‥」

「俺はエリスと戦えない。英雄様に聞いてるだろ?

蜜柑を見捨てるつもりがないなら、頼むぜ」

「……はぁ、まさか物語で伝わるような御方に呼ばれるとは。

彼女に会ったのは気まぐれだったというのに、すごい奇跡的な縁ですよ〜。本当に、妙な体験をしてしまいましたね〜。

私は王都でくつろいでいたのですが……でも、いいですよ〜。

あれを殺せば良いんですよね〜?」


レイスに軽く事情を聞いたミモザは、案外すんなりと状況を受け入れる。ほわほわとしていながらも、たしかな強さを感じさせる瞳が射抜いているのは、赤い肌の鬼神(きじん)だ。


彼は八咫という島国に生まれた人の神秘。

その中でも、レイスやエリスと同じように神にまで成った上でさらにエリスに名を与えられた者である。


「おうおう、準備はできたかよ、女ァ? 俺様はお袋に言われりゃ断れねぇ。テメェはこのフォノス様が殺すぜ!!」

「う〜ん、とっても野蛮ですね〜。

ここはフラーですが、八咫の癌は取り除きましょうか〜」

「周りへの被害は考えなくていいよ。

そんなことで不利にはさせない。僕が世界を創るから……」


代理で戦う2人が舌戦を繰り広げていると、ふわりと浮かび上がったエリスが右手を掲げながらつぶやく。

すると次の瞬間、世界は明確に上書きされ始めた。


それの身から迸る邪悪な輝きは、蜜柑の木を除いた丘の上を黒く侵食し、空を夜よりも濃い闇で包んでしまう。同時に、不気味に揺れる大地は代理人達に浮遊感を与え、周囲の状況がわからない2人は行動を制限された。


やがて視界が晴れてくると、彼女達の前に広がっていたのは果てしない地平線に、晴れ渡る空。輪っかになった太陽だ。


ここは、丘の上に浮かぶ擬似的な天球のシミュレーション。

エリスによって創り出された、地球から切り離された空間である。


「さぁ、舞台は整った」

「俺達の代わりに」

「殺し合ってもらおうか」

「「ッ……!!」」


セフィロトとクリフォトが激突していた頃。

蜜柑達がクリフォトによって別空間に閉じ込められていた頃。


彼女達の故郷のマンダリン上空では、半分がこの世の終わりのような火山地帯、もう半分が柔らかな雨風に育まれた草花の世界となった小惑星が輝いていた。


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